BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


71

 遠山奈津美(女子13番)は目を開いた。
 周囲は一面の霧の中。足下さえも見えない。
 一体、ここはどこ? あたしは何してるの?
 全く状況が判らないし、何故か記憶を辿ることさえも出来ない。
 奈津美は周囲を見回した。右の方で何かが微かに動いた。接近してみると、自分と同じセーラー服を着た少女だった。同じ学校の生徒なのだろうか。
「誰?」
 思わず声を掛けていた。
 相手は振り向かずに答えた。
「奈津美でしょ。あたしが判らないの? あたしよ。奈津紀よ」
 奈津紀? 友達の名前だろうか。何となく懐かしい名前だ。
 なぜか、かなり身近だったのにいつのまにか遠ざかってしまった名前のような感じがする。
「奈津美。こっちへ来て。遊ぼうよ」
 誘われたのだが、どういうわけか行かない方がいいような気がした。
 とまどっていると、奈津紀という少女がゆっくりと振り向いた。
 奈津美は、その顔を見た瞬間に反対方向に駆け出していた。なぜなら、少女の顔には目も鼻も口も何も無かったからだ。
 しばらく走ると、今度は学ランを着た少年を見かけた。やはり後姿だった。
「奈津美。来てくれたのか。淋しかったぜ。俺だよ、猛だよ」
 これまた懐かしい感じがする名前だ。
 だが先程と同様に、奈津美はこの少年に近寄らない方がいいような気がした。
 少年が振り返った。やはり、顔が無かった。
 奈津美は再び駆け出した。
 それからも、何人かの少年少女に出会った。いずれも懐かしい響きの名前を名乗った。自分は、かつてこの少年少女たちと知り合いだったのだろう。けれども、どうしても近寄る気になれなかった。そして、彼らにはことごとく顔が無かったのだった。
 そして、また奈津美は後姿の少年を見つけた。
 振り向かれる前に逃げようかと思ったが、その前に少年が声をかけてきた。
「奈津美。大丈夫か」
 今までと違って少年は名乗らなかった。
 しかし、奈津美はその背中を見詰めているうちに何故か安堵の気持ちが湧いてきた。全くいやな感じがしない。この少年にならば近寄ってもかまわないような気がした。
 突如、奈津美の頭に一つの名前が浮かんだ。とても、安心感を与えてくれる名前だ。この少年の名前のような気がした。
 思わず、口にしていた。
「勇一君だよね」
「そうだよ」
 答えながら、少年が振り向こうとした。
 もう、のっぺらぼうは見たくない。目を閉じようとしたが、少年の動きの方が早かった。
 そして、見たものはとてもハンサムな少年の顔だった。
 大丈夫だ。この少年なら安心して近寄れる。奈津美は少年に駆け寄ろうとした。
 その時、けたたましい音が鳴り響いた。
 え? 火事?

 奈津美はパチリと目を開いた。
 霧と少年は姿を消し、何か薄暗い空間にいるようだった。
 目の前で鳴っているのは、5時50分にセットされた目覚まし時計であった。
 奈津美の記憶は一瞬で戻った。
 今は、プログラム中であり、先刻
松崎稔(男子16番)に騙されて眠らされたのであることも鮮明に思い出した。
 目の前の目覚まし時計は、6時の放送を聞き逃さないようにという稔の配慮であることも瞬時に理解できた。
 といっても、プログラム中にベルが鳴り響き続くのは危険だ。奈津美は、急いでベルを止めた。
 ふと横を見ると、
佐々木はる奈(女子10番)も既に覚醒していて眠そうに目をこすっていた。
 薄暗い中、はる奈の顔を見ていた奈津美は何となく違和感を感じた。
 視線を感じたはる奈が言った。
「どうしたのよ、奈津美。あたしの顔に何かついてる?」
 うん、ついてる。目も鼻も口も・・・
 って、そんなの当然じゃないの。さっきの夢でのっぺらぼうばかり見ていたから、まともな顔が奇妙に見えちゃうのだろうか。
 そんなはずはない。何かが違う。そう、見慣れた何かが無い。
 何だろう・・・ 
 わかった、首輪だ。首輪が無いんだ。
 思わず叫んでいた。
「はる奈。無くなってるよ、無くなってるよ首輪が」
「え?」
 驚いた表情のはる奈が首に手をやって、首輪が無いことを確認した。
 そして奈津美は、はる奈の視線が自分の首に注がれていることに気付いた。
 そうか、ひょっとするとあたしの首輪も・・・
 確かに、あの重苦しい感触が消失している。急いで首に手をやると、確かに首輪は無かった。
「まさか、夢じゃないよね」
 どちらからともなく言った2人は、お互いの体をつねって確認した。
 間違いない、夢じゃない。
 奈津美は、心の奥から湧き出してくるような喜びと解放感を抑えられなかった。プログラム開始以来、初めて真の笑顔を浮かべることが出来た。はる奈も満面の笑みを浮かべている。思わず2人は抱き合っていた。
 だが、喜んでばかりもいられない。解らない事だらけだ。
 ここはどこなのか? 稔が自分たちを眠らせた真意は? 首輪はどうして消えたのか?
 奈津美は光の差している方へ進んだ。はる奈が後に続いた。
 背の高い草がびっしりと生えているところを通り抜けると森の中へ出た。どうやら、自分たちは洞窟のようなところにいたらしい。
 振り向いてみると入り口は草に覆われて殆ど見えない。稔が意識の無い自分たちを平気で放置していったのも納得できた。きっと、稔は以前にここを発見して何かの際に使えると思っていたのだろう。
 森の中とはいえ比較的明るいところに出てきて、奈津美ははる奈の制服の胸ポケットが妙に膨らんでいるのを見つけた。
「はる奈。何か入ってるよ、ポケット」
「え?」
 一瞬、驚いたはる奈はポケットから折りたたまれた封筒を取り出した。開いてみると手紙が出てきた。
「稔君からの手紙だわ」
 奈津美は訊ねた。
「あたしも読んでいい?」
「もちろんよ」
 快諾を得た奈津美ははる奈に顔を近づけて、一緒に手紙を読んだ。時々、周囲を警戒しなければならないのが少々不便だったが。
 手紙の内容は以下の通りであった。
“遠山およびはる奈へ。
 まずは、騙して眠らせたことを深くお詫びする。
 だが、これには2つの目的があったことを理解して欲しい。
 まず1つめだが、脱出作戦を遂行するには、中立の者はともかくとして、ゲームに乗ってる連中は始末せざるを得ない。
 だが不殺の信念の強い君たちは多分納得してくれないだろうし、マシンガンを持った松尾と戦う際に、もし君たちが先刻のように邪魔をしたら勝ち目は全く無い。俺も君たちも間違いなく死ぬ結果になる。
 だから君たちを同伴して戦うことは出来ない。
 といって、別行動することも君たちは同意しないだろうし、第一危険だ。
 結局、しばらく眠ってもらうしかなかった。
 2つめの理由だが、これは松尾や黒野を始末した後の問題だ。
 坂持や真砂の態度にもよるが、中上を含めた全員で仲間割れによる相打ちを装って首輪を外す予定だ。
 だが全員が死亡したことにしてしまうと、政府はさっさと撤収したり俺たちの亡骸を確認しようとしたりするかもしれない。
 そうなると、政府に鉄槌を下すのが困難になる。
 そこで君たちを仮の生存者にしたてて、政府にはプログラム続行中と思わせておくことにしたい。
 無論そのままでは、俺たちが政府を襲撃した途端に君たちの首輪が爆破される危険が高い。
 だから、偽の生存者を用意することにした。
 もう感づいているだろうけど、君たちの首輪は外した。外すと同時に先程連れてきた犬の首に装着した。犬たちには申し訳ないが、身代わりになってもらったわけだ。
 これだけでは君たちに眠ってもらう理由にはならないけれど、実は首輪には盗聴器が仕込まれている。これだけの内容を筆談で説明しても、君たちが余計な声を出したら終わりだ。
 それゆえに眠ってもらうことにしたんだ。申し訳ないが了解して欲しい。
 ちなみに犬たちは先程の場所の大木に縛ってある。当然、盗聴器は健在だから接近してはだめだよ。

 さて、俺たちは政府を攻撃する予定だが、君たちにはそんな危険なことにかかわって欲しくは無い。絶対に生き延びて欲しい。だから、この手紙を読んだら俺たちのことは気にせずに、すぐに2人で逃亡して欲しいと思う。
 夜になるのを待って、市街地の東の海辺へ行くんだ。小型の漁船が繋がれているから、それで逃げるんだ。もちろんこれは政府の罠で、船底に爆弾が仕掛けられていたけれど俺が除去した。『乗ると爆発する。 政府』と、貼り紙しておいたから多分大丈夫だと思う。動力も使えることを確認しておいたから安心して乗ってくれ。
 俺たちは、政府の連中を壊滅させたら泳いで逃げるから気にしなくていい。生きてさえいれば、また必ずどこかで会えるさ。
 しばらくのお別れになるけれど、間違っても俺たちの戦いに参加しようなどと思わないでくれよ。俺の最大の願いは君たちの無事なんだから。
 それでは、また。いつか、どこかで。

松崎 稔”

 読んでいたはる奈の目から涙が溢れ出してきた。
「稔君・・・ そこまでしてあたしを助けようとしてくれてるのね・・・ その気持ちは、とても嬉しい・・・ で、でも稔君と離れ離れにはなりたくないよ、あたしは。それなら、生き残っても嬉しくないよ」
 奈津美は複雑な気分だった。稔の手紙は表向きは2人宛てだが、実際ははる奈宛てと言っても良い。悪く言えば、自分はおまけだ。
 稔でなくて勇一ならばどうしただろうかと考えた。恐らく政府との戦いにも自分を同伴するだろうと思った。そう、政府に鉄槌を下したいのは勇一も自分も同じなのだ。自分だけがさっさと逃亡するなんてとんでもない。
 一方、稔はあくまでもはる奈を死なせないことを優先したいようだ。いかなる命でも奪うべきでは無いと考えているはる奈には、その方がふさわしいかもしれない。
 思わず訊いていた。
「はる奈。どうするの? 稔君に従う? それとも・・・」
 はる奈は涙を拭いながら首を横に振った。
「まさか。みんなを置き去りにして逃げるわけにいかないわよ。最後まで戦いを見届ける義務があると思うわ」
 奈津美は頷きながら答えた。
「そうよね。夜になったら体育館に忍び寄ってみようよ」
「そうね。そうしましょう」
 はる奈が答えた時、静寂を破って午後6時の放送が始まった。
“川渕だぞ。誰も聞いてないかもしれんが放送を始めるぞ。まず、死んだ奴からだ。男子6番 黒野紀広、男子15番 松尾康之、女子16番 真砂彩香、男子16番 松崎稔、女子9番 坂持美咲、男子11番 中上勇一、以上6名だ。これで、あと2人になった。遠山、佐々木、もし起きていたら聞いてくれ。残っているのはお前たちだけだ。さぁ、目の前の相手を殺せば優勝だぞ。生きて家族のところへ帰れるぞ。頑張って早く決着をつけて欲しい”
 稔の手紙を読む前にこの放送を聞いていたら、大パニックになりかねなかったと奈津美は思った。見事に自分たち以外の全員が死んでいる。ということは、全て稔の計略どおりに進んだ可能性が高い。最後から2人目が美咲ということは美咲も協力してくれたのだろう。朝方の命がけの舌戦が奏功したのかもしれない。美咲がゲームに乗って本当に相打ちになった可能性も否定できないし、美咲を倒した勇一が後に事故死した可能性も考えられないことはない。
 だが奈津美は、これらの可能性を敢えて頭から排除した。作戦の成功を信じることにした。そう思わなければ、正気を保てないかも知れなかった。
 続いて、禁止エリアの指定があった。
“午後7時からC=5”
 何と、今いる場所だ。
“午後9時からI=4”
 体育館の南の山だ。
“午後11時からC=7”
 北東の集落だ。
 思わず背筋が寒くなった。首輪が外れているから問題ないとはいえ、1時間後にはここが禁止エリアになるのだ。
 もし、首輪が付いたままで、目覚まし時計がなかったらアウトだったのだ。
 奈津美とはる奈は顔を見合わせて肩をすくめた。本当に首輪から解放されているのは有難かった。
 2人はゆっくりと、体育館の方向へ移動を始めた。
 西に大きく傾いた太陽は、いまだ眩く輝いていた。
 

  
                           <残り2(実は6)人>


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