BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
70
川渕源一(プログラム担当官)は不機嫌そのものの表情で机を蹴り上げた。
兵士の1人が声を掛けた。
「どうなさいましたか。突然?」
川渕は兵士の襟元をつかんで怒鳴った。
「うるさいぞ、遠藤。俺の3か月分の給料がパーになったのだ。荒れるに決まってるだろうが」
遠藤という兵士は目を丸くした。
「そ、そんなに坂持に賭けていたのですか?」
「そうだ。あいつの正体と底力はクラスの連中は誰も知らん。絶対に優勝できると思ったのだが、相打ちなんぞになりおって。折角、マシンガンを支給してやったのに、この役立たずが」
川渕の腕は怒りで震えていた。
坂持美咲が中上勇一と松崎稔に加勢して松尾康之を仕留めたところまでは、川渕にとっては理想の展開だった。
そして美咲が勇一たちの脱出策の相談に乗ったのも計算の範囲内だった。
美咲の国に対する忠誠心を考えれば、本気で脱出を考えるはずが無い。2人を油断させて倒す作戦と思われた。
真砂彩香を連れているのも、勇一たちを油断させるのに役立つであろう。というより、そのような目的で連れているとしか考えられなかった。
美咲は、残りの2人の女子の居場所も聞き出した。これで、完璧だ。
タイミング良く裏切って2人を倒せば、後は女子ばかり。それも、全員が眠っている状態なのだから美咲にとってはただのカモだ。優勝は確実だろう。
そして、予測どおり美咲は2人を裏切って戦い始めた。
最初に彩香を始末してしまったのが少々不思議だったが、美咲はマシンガンで男子2人は拳銃なのだから、川渕は美咲の勝利を確信していた。
そして稔の首輪の反応が消えた時、川渕は小さくガッツポーズをした。後は勇一だけだ。
だが、無情にも美咲と勇一の首輪の反応は同時に消えた。
川渕の賭けが敗北に終わった瞬間だった。
陸軍大臣や教育長が賭けていた者たちが倒れると、内心ほくそえんでいた川渕だったのだが。
しかし、気分を入れ替えて仕事を続けなければならない。まずは、間近に迫った午後6時の放送の準備だ。
生存者は後2人。遠山奈津美(女子13番)と佐々木はる奈(女子10番)だ。2人ともまだ眠っているようだったが。
そこで、川渕はあることを思い出して、怒鳴った。
「原田、ちょっとこっちへ来い」
原田という兵士が怪訝そうな表情で近寄ってきた。
「お前、確か佐々木に賭けてるんだよな」
川渕の気迫にたじたじの原田が答えた。
「はい。小額ですが」
「これで佐々木が遠山を殺せば、お前が大当たりだ。とんだ大穴だ」
もし奈津美とはる奈が戦えば、運動能力的には奈津美がずっと上だが、本物の銃を持っているのははる奈の方だ。はる奈が勝つ可能性も充分にあるだろう。無論、2人のうちどちらが先に覚醒するかが最大のポイントかもしれないが。
そして、はる奈が勝てば間違いなく高配当だ。川渕は、大金を手にした原田を想像して激しく嫉妬した。
「そんなことは許せん。俺は遠山の応援をするぞ!」
川渕の怒鳴り声に震えながらも、原田はおどおどと答えた。
「お言葉ですが、あの2人が戦うとはとても思えません。時間切れが妥当かと思われます」
川渕の心に僅かな光が差した。
時間切れならば賭けは不成立となり、賭けた金は返還される。損はせずにすむ。ただ時間切れになるのは、担当官としては極めて不名誉なことではあるのだが。
川渕は迷ったが、名誉よりも3か月分の給料の方が大事だ。
とすれば名案がある。2人が眠っているエリアC=5を午後7時からの禁止エリアにしてしまうのだ。禁止エリアはコンピューターに決めさせることになっているが、多少の職権濫用は黙認されているから大丈夫だ。そのまま2人が7時まで眠っていてくれれば大成功だ。仕事を早く終わらせたいという望みもかなえられて一石二鳥というわけだ。
少し立ち直った川渕は何気なくコンピューターに近寄り、生存している2人の情報を確認した。画面には2人の脈拍が表示されている。
川渕は眉を顰めた。人間は眠ると脈がやや遅くなるのが普通だ。だが、2人の脈はかなり速い。何か変だ。
「おい、2人が眠る前からの記録を丁寧に調べろ」
川渕の指示で兵士たちはチェックを始めた。
自分の机に戻って、まずそうにコーヒーを飲んでいた川渕のところに1人の兵士が結果をまとめて持ってきた。
「村野、早く見せろ」
村野という兵士から不機嫌そうに書類を受け取り、川渕は目を通し始めた。
まず、2人の脈拍は覚醒していた時よりも眠っている今の方が速いことが明白になった。これは、どう考えても不自然だ。松崎稔が2人に飲ませた睡眠薬に脈を速める薬が混ざっていたと考えられなくもないが、そんなことをする理由が稔には無いはずだ。
さらに、盗聴記録と丁寧に比較して調べた。
すると2人が眠った時刻よりも少し遅れて脈が速くなっていることが判明した。しかも、その切り替わりの時にごく僅かの時間だが脈が止まっているのだ。さらに、その時刻は2人の間で僅かにずれている。
尋常な状況でないことは火を見るよりも明らかだ。問題解決のために2人の首輪を爆破してしまうという方法もあるのだが、最後の2人であるがゆえに不可能だ。故意にプログラムを破壊したとして、自分が処刑されてしまうだろう。
一体、何がどうしたというのだろう。こうなったら、直接2人の様子を見る他はない。
「村野、2人の様子を見て来て報告しろ。ただし、絶対2人に感づかれるなよ。それから、念のため無線は使うな。報告は帰ってきてからでいい」
川渕の命令に村野は敬礼をして走り出した。
再び、川渕の心は暗闇に沈み始めた。外はまだまだ明るかったのだけれども。
<残り2(実は6)人>