BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


69

 中上勇一(男子11番)は厳しい表情で、自分に向けて銃を構えている坂持美咲(女子9番)を見詰め返した。
 やはり、こいつはゲームに乗っているのか? だが、松尾康之との戦いには加勢してくれたじゃないか。それとも・・・
 なるほど美咲が優勝を目指すにしても、脱出を目指すにしても康之を倒さねばならないことは明らかだ。康之は、勇一にとっても美咲にとっても共通の敵と言えるわけだ。実際、3人の力を合わせなければ康之を倒すことは出来なかっただろう。
 だから美咲が一旦自分たちに協力するのは、ある意味では当然のことなのだ。そして最強の敵がいなくなってから正体を見せたと考えればよいわけだ。自分の考えが甘かったのだろうか。
 その時、勇一の側にいた
松崎稔(男子16番)がそっと移動する気配を勇一は感じた。
 勇一の視野の隅で、稔は銃を抜いて美咲に向けて構えた。
 うまいぞ、稔。これならば。
 丁度3人は正三角形の頂点の位置に立っている。もし美咲が2人のうちのどちらかを撃てば、もう1人が美咲を撃つことが可能だ。従って、美咲も不用意な攻撃は出来ないはずだ。
 現実には3人の足下には2丁のマシンガンが転がっているのだから、戦い始めたらどんな展開になるか予想もつかないのではあるのだが。
 とにかく美咲の真意を知らねばならない。勇一は、普段から美咲とは学問の話をよくしている。稔や石本竜太郎も参加して、討論したり数学などの問題を出し合ったりしている。成績の悪い男子を小ばかにしている美咲も、この3人には一目置いているようだった。
 すなわち、美咲は比較的親しい相手なのだ。現に美咲は問答無用で撃ってきてはいない。話し合う余地はありそうだ。
 だが、先に口を開いたのは美咲だった。
「勇一君も稔君もどうするつもりなの? 戦うと言うのならば全力でお相手するけど」
 勇一はきっぱりと答えた。
「俺たちは脱出を目指している」
 美咲は微笑んだ。
「やっぱりね。多分そうだろうと思った」
 美咲は拳銃を懐にしまうと、代わりに手帳とペンを取り出して何かを書いて勇一に見せながら言った。
「それで? 具体的にはどうするつもり? そう簡単に脱出できるとも思えないけど」
 勇一の目は手帳に吸いつけられた。こう書かれていた。
“首輪に盗聴器があるから、発言に注意してね”
 盗聴を美咲が知っていることには驚いた勇一だが、これなら話がしやすい。それに、どうやら美咲を信用してもよさそうだ。
 手帳を取り出しながら、こう言った。
「いや、具体的にはまだだ。みんなで相談しよう」
 手帳にはこう書いて美咲に見せた。
“何とかなりそうだよ”
 笑顔で頷いた美咲が言った。
「わかった。あたしも知恵を貸すわ」
 稔も口を挟んだ。
「それは、有難い。君が味方ならとても心強いよ」
 それから3人は、脱出に関して議論を続けたが悲観的な話ばかりだった。何の結論も出なかった。
 というのは、口先だけのことで筆談の方では順調に綿密な策が練られていた。
 だが、勇一は冷や汗をかく羽目となった。
 それは、稔のこの質問が元だった。
“どうして君は盗聴を見抜いたんだい? 俺は梶田たちの首輪を調べたわけだが”
 美咲の回答はこれだった。
“元から知ってるのよ。あたしの父は生前プログラム担当官だったからね。いろいろ聞かされてたわ”
 美咲の父が早死にしたことは知っている。だが、プログラム担当官だったとは。
 ん? 坂持? 待てよ・・・
 姉の典子からの手紙には、自分たちが参加したプログラムの担当官の名前が書かれていた。川田という男子に倒されたその担当官の名前が確か坂持だった。そして、美咲の父が死んだのもそのころだったはずだ。坂持などという苗字の人がそんなにいるとも思えない。美咲はほぼ間違いなくその時の担当官の娘なのだ。これで美咲の強さも納得できる。だが、自分の正体を美咲に知らせることは控えた方がよさそうだ。自分が盗聴を知っているのは稔に教わったことにすれば問題ない。
 だが、次に稔が書いて美咲に見せた文を見て青ざめる他はなかった。
 といっても、そのプログラム担当官の名前が坂持であることを知らない稔を責めるわけにはいかないのだが。
“それは、奇遇だな。勇一は数年前のプログラム脱走者の弟なんだぜ”
 勇一は、美咲の表情が一瞬引き攣るのを見た。
 美咲が懐に手を入れた。拳銃を抜き出すつもりだろう。
 勇一も身構えた。これですべてぶちこわしだが仕方ないと思った。
 だが、美咲は大きく深呼吸すると再びペンをとった。
“個人的な恨みで他の子の脱出まで妨げるわけにはいかないわね。ひとまずここは抑えておくわ”
 胸を撫で下ろした勇一は答えた。
“感謝するよ”
 目をパチパチさせている稔にも筆談で説明をした。稔は申し訳なさそうに頭を掻いた。
 相談はさらに続き、全ての計画がまとまった。さぁ、実行だ。
 美咲が口を開いた。
「折角だから、真砂さんにも相談してみない?」
 勇一が答えた。
「え? 真砂の居場所を知っているのか?」
 稔が言った。
「よし、それならば黒野以外の生存者全員の居所がわかったわけだ。まず、真砂のところへ案内してくれ」
「いいわよ。ついて来て。それに、黒野君はあたしが仕留めたから心配ないわ」
 美咲の言葉で3人は歩き始めた。
 少し離れた深い森の中に、
真砂彩香(女子16番)は横たわっていた。
「まさか死んでるんじゃないだろうな」
 勇一の言葉に美咲は答えた。
「大丈夫よ。混乱して襲ってきたから、当身で落としたの。さっきの銃撃戦に参加する寸前まであたしが担いでいたのよ」
 彩香のところに辿り着くと稔は手早く工具を取り出して彩香の首輪を外し始めた。
 そして、あと一工程で外れるところで手を止め美咲に目配せした。
 美咲は突如拳銃を抜いて叫んだ。
「芝居はここまでね。3人まとめて殺してやるわ」
 勇一が怒鳴った。
「何の真似だ。脱出に協力するのじゃなかったのか」
 美咲はクールに答えた。
「脱出できそうなら手伝ってもいいと思ったわ。でも、結局具体的な方法が見つからないじゃない。失敗して政府に殺されるくらいなら優勝してやるわよ。幸い他の2人の居場所も聞いちゃったし、あたしを信じた貴方たちの負けね。まずは真砂さんから血祭りに上げさせてもらうわ」
 言うが早いか虚空に向けて1発撃った。稔はすぐさま最後の工程を実施し、彩香の首輪を外した。
「この、裏切り者。絶対、許さんぞ」
 叫んだ勇一は、稔から工具を受け取ると教わった方法で稔の首輪を外し始めた。
 その間、美咲はマシンガンを稔は拳銃2丁を虚空に向けて撃ちながら叫び、3人による銃撃戦を演出した。
 そして、稔が悲鳴を上げた直後に首輪は外された。
 続いて、稔は勇一と美咲の首輪を平行して外し始めた。無論、2人は怒鳴りあいながら銃を撃った。
 そしてほぼ同時に2人の首輪は外され、銃声と叫び声はピタリと止まった。言うまでも無く相打ちを装ったのだった。
 数十時間ぶりに首輪から解放された3人は笑顔で握手を交わした。
「後は日没を待って川渕たちに鉄槌だな。ただ、脱出するだけでは気がすまないものな」
 勇一の言葉に稔が頷いた。
「当然だ。脱走者が出ればあいつらは処分されるだろうけど、その前に俺たちの手で」
 背後では、美咲が彩香を覚醒させて事情を説明している。彩香はなかなか状況が理解できずに呆然としているようであったが、首輪が無いことを確認するとやっと笑顔を浮かべた。
「君たちはどうする?」
 勇一の問いに、美咲は口を尖らせて答えた。
「あたしも参加するに決まってるでしょ。それにあたしがいないと、返り討ちに遭うかもよ」
 勇一は苦笑した。美咲にも参戦してもらった方が戦いやすいのは事実だが。
 今度は、彩香が口を開いた。
「悪いけど、あたしは少し離れたところで見てるわ」
「それでいいよ」
 勇一は頷きながら答えた。
 こうして政府の記録では死亡扱いになった4人は森の中で静かに闇夜を待つこととなった。
 
 

  
                           <残り2(実は6)人>


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