BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
68
松林の中にマシンガンの銃声が響き渡る。
中上勇一は、脱出作戦の前に松尾康之を捜し出して仕留めておく必要があると考えていた。
これには松崎稔も同意していたのだが、捜すまでもなく康之の方から攻撃を仕掛けてきたのだった。
一旦伏せた勇一は、素早く体を起こすと太い松の陰に身を隠し、予備の弾以外の荷物は足下に置いた。稔も同様に、少し離れた松の陰に飛び込んだようだ。
松尾、勝負だ。お前だけには何の遠慮も容赦もしないぞ。
勇一は、ベレッタを抜き放ち、康之めがけて撃った。
少し遅れて稔の銃も火を噴いた。
マシンガンの音は一瞬途絶えたが、2人が撃ち終わると直ぐに聞こえ始めた。松の木の小枝や、草が激しく飛び散った。
勇一は、稔に目配せした。稔は首を上下に動かして了解の意思表示をした。
稔が発砲し、同時に勇一は少し離れた松の陰に移動した。これで勇一と稔はかなり離れた位置にいることとなった。
銃を持った2人が別の角度から康之に相対すれば、康之も迂闊に動けないだろうというのが勇一の読みだった。
だが康之は何も考えていないかのように、勇一の方向にだけマシンガンを撃ちながら急速に接近してくる。稔が2発ほど撃ったが、康之の動きが速く、体を捉えることは出来ないようだ。
不意に勇一は左の二の腕に激痛を感じた。見ると、明らかに銃創になっており血が滲み出している。直接命中するはずは無い。どこかから跳ね返ってきた弾なのだろう。
クソッ! このままじゃやられる。
だが、奴はなぜ躊躇無く突っ込んで来れるのだ。こっちも銃を持っているのだから、少しは怖いだろうに。
勇一は危険を承知で少し顔を出した。
康之の表情を見た勇一は、思わず顔を引っ込めた。見たものは、不気味な笑みに満たされた、正に狂気があふれ出すような表情だった。
戦慄が走る。最早人間の表情ではない。康之は優勝を目指しているのではなく、単に殺戮を楽しんでいるのだろう。
俺は、こんな奴と戦っていたのか。だが、だが絶対負けるわけにはいかない。
もし自分たちが倒されたら脱出は不可能になるだろう。そうなれば、遠山奈津美と佐々木はる奈もいつかは康之に見つかって殺されてしまうだろう。坂持美咲が優勝する可能性も残っているが、おそらくは康之が優勝してしまうことになるだろう。もっとも今の康之ならば、優勝しても政府の連中にマシンガンを乱射して処刑される結果になるのは明白なのだが。
この化物め!
康之はさらに接近してきた。これ以上距離を詰められたら間違いなくアウトだ。竜太郎もこうしてやられてしまったのだろうか。
勇一は地面を転がりながらベレッタを撃った。正確に狙えるはずもなく、それでも一発は太腿を掠めたように見えたのだが、康之には全く応えていないようだ。そして、直ぐ後をマシンガンの弾が追ってくる。稔が背後から撃っている音も聞こえるが、康之には命中していない。というより、現状では康之を挟んで勇一と稔が同一直線上にいるために、稔は誤射を恐れて牽制程度しか出来ないのだと思われる。
勇一は松と松の間を転がって移動しながら必死で戦ったが、康之との距離は詰まる一方だった。
その時、甲高い声が響いた。
「伏せな!」
勇一は、思わず宙を仰いだ。勇一のやや右後方から何か金属質と思われる物体が康之めがけて飛んでいた。
あ、あれは手榴弾か? まずいぞ、この距離では俺もやられる。
勇一はやむなく立ち上がると全力で数歩走り、大木の陰に頭から飛び込んだ。その間、銃弾が学ランを掠めただけだったのは幸運以外の何物でもなかっただろう。
素早く振り向いた勇一が見たものは、マシンガンを野球のバットのように使って手榴弾を打ち返した康之の姿だった。
もし打球(?)が投直だったら勇一に助かる術はなかったが、結果は三邪飛のようで勇一から見て右手、康之からならば左手の木の陰で爆発が起こった。
ある程度の距離はあったが、爆風は凄い。小さめの松が2本ほど倒れているのが見える。自分よりも爆発点に近い康之はどうなのか。ダメージはあったのだろうか。手榴弾を投げたのが誰かということを考える余裕はなかった。
勇一は康之の方を見た。流石の康之も地に伏せていたが、何事もなかったかのように立ち上がりマシンガンを構えた。だが、銃口は勇一よりも右、すなわち手榴弾が飛んできた方向に向いている。しかし、康之が撃つより早く、康之のマシンガンとはやや音質が異なる連続音が勇一の右後方から聞こえ、康之の鉄兜で火花が散った。康之が慌てて松の陰に身を隠すのが見えた。
勇一は振り向いた。体の半分を木に隠してマシンガンを撃っていたのは坂持美咲であった。
滅多に見れないほどの厳しい表情をしている美咲が声を掛けてきた。
「勇一君、この場は助太刀させてもらうわよ」
“この場”という表現が気になったが、マシンガンを持った者が味方についたのだからこれほど心強いことは無い。
「有難いが、さっきの手榴弾は乱暴だぞ」
勇一の言葉に、美咲はマシンガンを撃ちながら答えた。
「気持ちは解るけど、あの場は手榴弾で牽制しないと貴方が危なかったと思うけど」
確かに美咲の言うとおりだ。自分と康之の距離を考えると、美咲が手榴弾を使わずに最初からマシンガンを撃っていたら、康之は美咲の相手をする前に自分を倒そうとしただろうし、美咲の弾が勇一に命中する可能性もあっただろう。
美咲は撃ちながら木々の間を素早く移動し、康之との間合いを徐々に詰めていった。
その美咲の動きを見ていた勇一は驚愕する他はなかった。美咲の運動神経や反射神経のよさは理解しているつもりだったが、今の動きは勇一の想像を遥かに超越するものであった。学校の体育の授業などでは、かなりセーブしているとしか思えない。正に“能ある鷹は爪を隠す”と言ったところか。
先程までと立場が逆転し、康之の方がジリジリと後退していた。いつの間にか勇一の傍まで来ていた稔が言った。
「本当に化物だ、あいつは。途中で吹き矢を2発くらい命中させたのだが痛くも痒くもないみたいだ」
勇一は答えた。
「確かに。だが、坂持も同じようなものかもしれん。とにかく、今は坂持を援護しよう」
話している間にも、両者のマシンガンの銃声が激しく交錯する。
が、そこで一方の音が止まった。どうやら、美咲のマシンガンが弾切れになったようだ。康之がダッシュをかける足音がした。
まずい!
勇一は康之の眼前を狙って発砲した。稔は胸を狙って撃ったようだ。
命中はしなかったが、康之が怯んでいる間に再び美咲のマシンガンが火を噴き、康之は一旦後退した。
突如、康之は勇一の方へ突進し始めた。美咲と決着をつける前に勇一と稔を始末する作戦に出たのだろうか。
勇一のベレッタが咆えたが、康之はかまわずにマシンガンを乱射しながら突っ込んでくる。背後からは美咲も撃っているがなかなか命中しないようだ。
とても身を守れそうにない。勇一と稔は左右に別れ、再び地面を転がって逃れた。康之は勇一の方を追った。弾痕の列は着実に勇一に迫った。稔の銃の音がしたが、康之は全く怯まない。
観念しかけた勇一の目に、康之がマシンガンを取り落として右腕を押さえる姿が飛び込んできた。腕には刃物が刺さっているようだ。美咲が投げたのだろうか。
マシンガンを奪ってしまいたかったが、伏せた姿勢の勇一には困難だった。それに、康之は直ぐにマシンガンを拾い上げてしまった。
だが、この僅かの時間に勇一は立ち上がって康之との距離を広げることが出来た。逃げるつもりならば、全力疾走すれば逃げ切れそうな状況になった。無論、そんなつもりはなかったが。
康之は体を半回転させ、今度は美咲を狙って撃ち始めた。現状の康之が最も倒さねばならない相手はどう考えても美咲だろう。美咲は、すぐに身を隠して応戦した。が、再度美咲は弾切れになったようだ。ここぞとばかりに康之が突進する。先程よりも2人の距離が近いのでかなり危険だ。
勇一は、ベレッタを撃って援護しようとした。稔も発砲した。だが、康之は振り向きもしない。
その時、美咲のマシンガンが火を噴き始めた。マガジンを交換する余裕はなかったはずだ。美咲は弾切れのフリをしたのだろう。
流石の康之も数発を浴びてのけぞった。そして勇一の放った弾丸が康之のマシンガンに命中し、マシンガンは康之の手から離れた。
美咲が飛び出して、とどめを刺そうとした。間違いなく康之を蜂の巣に出来る間合いだ。
よし、これで俺たちの勝ちだ。
勇一は拳を握り締めた。
けれども、美咲のマシンガンは今度こそ本当に弾切れのようだった。美咲が顔を顰めるのと、康之が懐から拳銃を取り出すのが同時だった。
康之の拳銃が火を噴き、美咲はマシンガンを投げ捨てて地面を一回転して逃れた。
そして勇一は見た。素早く立ち上がった美咲が左手に鞭を右手に拳銃を握っているのを。
瞬時に美咲が鞭を下から上の方向に力強く振るった。康之の拳銃と鉄兜が同時に宙に舞った。間髪を入れずに、美咲は発砲した。
康之の頭が大きく揺れたかと思うと、そのまま仰向けに倒れた。倒れた康之の胸に美咲はもう一発撃ちこんだが、既に康之は死んでいるようだった。
勇一は全力で駆け寄った。康之の額と胸に大きな穴が開き、血液が流れ出している。それ以外にも弾痕が多い。康之はかなりの弾丸を浴びながらも戦い続けていたのだ。これも、狂気のなせる業だったのだろうか。
ついに狂気に囚われた男、松尾康之はこのようにしてその生涯を閉じた。
勇一は胸を撫で下ろした。これで、本格的に脱出準備に取り掛かれる。黒野紀広が存命していても大した障害にはならないだろう。それに、竜太郎や河野猛の敵も討てた。追いついてきた稔も安堵の表情をしている。
だが、勇一は突如殺気を感じて美咲に視線を送った。
何と美咲の銃口はピタリと勇一に向けられている。美咲が不敵な笑みを浮かべた。
時刻は、午後五時を回ろうとしていた。
男子15番 松尾康之 没
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