BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
第5部
決着
67
中上勇一(男子11番)は唇を強く噛み締めた。ベレッタを握った右手の先が少し震えた。
目の前には無残な姿に成り果てた石本竜太郎が横たわっている。傷を見る限りマシンガンで倒されていることは明白で、息絶え絶えの和栗怜花が言い残したことが事実であることを物語っていた。竜太郎を倒したのが松尾康之(男子15番)であることも間違いないだろう。
勇一は肩に下げた荷物の中の長い包みを握り締めた。
竜太郎、生きて会いたかったぞ。こんな姿になる前に会いたかったぞ。だが、和栗のおかげでお前の遺志の一部を継げそうだ。必ず政府の連中と松尾には鉄拳を下してやるからな。自分を犠牲にしてまで和栗を逃がした気持ちを、決して無にはしないからな。
勇一は誓いを新たにした。
和栗怜花の最期を看取った勇一は、ひとまず竜太郎が怜花に託したメモに従って行動することとした。
メモの内容はこうだった。
“エリアI=3の採石場の小屋の裏にある蓋付きのゴミ箱”
これだけだった。
だが、竜太郎がそこに何かを隠していて、それを勇一に託したいのだということは明らかだ。
エリアI=3は、かなり遠い。それに、遠山奈津美(女子13番)や松崎稔(男子16番)を捜すのも大事だ。一瞬の迷いが生じたが、やはり竜太郎の遺志を優先することとした。
すまん、奈津美。少し捜すのが遅くなるが生き延びていてくれよ。
祈るような気持ちで慎重に移動を開始した。歩きながらも考えた。竜太郎は一体何を託したいのだろう。採石場にありそうなものといえば・・・
そうか! アレに違いない。
勇一はポンと手を打った。
けわしい山道を進んだ。周囲を警戒しながらなのでかなりの時間がかかったが、視野に採石場を捉えた時はホッとした。
メモの通り、小屋の裏にゴミ箱があるようだ。だが、不用意に近づくわけにはいかない。
まず、小屋の戸に小石を投げつけてみたが何の反応も無い。低い姿勢で小屋に近寄り、そっと戸を開けてみたが人の気配は無かった。
それから、問題のゴミ箱に接近した。メモの主が竜太郎でなければ、開ける勇気は持てなかっただろう。開けると爆発する罠の可能性もあるのだから。だが、メモの筆跡は間違いなく竜太郎だ。もしゲームに乗っているものに脅されたりしても、それに従うような男ではない。先刻の怜花の目を見る限り、怜花の証言自体も充分信用できるだろう。
思い切って、蓋を開けた。紙屑のほかに長い包みが入っている。そっと開いてみると、中身は予想通りのダイナマイトだった。導火線もついているので、点火するだけで使えるだろう。勇一はダイナマイトをそっと荷物に加えた。これだけの量があれば、あの体育館を吹っ飛ばすことも可能だろう。日陰のゴミ箱に隠してあったのは、自然発火の虞を考慮したのだろう。
しかし、ダイナマイトならば採石場には大量にあるはずだ。
勇一は、再度小屋を調べて大量のダイナマイトを発見したが、いずれも水がかけられていて使えそうに無かった。おそらく竜太郎はゲームに乗っているものがダイナマイトを見つけて悪用することを予防したのだろう。あるいは、有刺鉄線を吹き飛ばして逃げようなどという危険な行為をする者が現れないようにしたのかもしれない。
竜太郎が、ダイナマイトのことを怜花に隠していたのも、竜太郎が首輪の盗聴システムを知っていたとすれば理解できる。怜花がもしダイナマイトなどと口走れば、政府に厳しく警戒されてしまい、脱出の妨げになりかねないからだ。
ただダイナマイトで政府にダメージを与えるには、まず首輪を処理しなければならない。ひょっとしたら、竜太郎は首輪の外し方まで知っていたのだろうか。おそらく、そうに違いない。
早い段階で竜太郎に会えていれば・・・
無念の気持ちが渦巻く。
こうなったら、頼れそうなのは稔だけか。早く、会わないと・・・ それに、奈津美も守らねば・・・
プログラム生存者の弟でありながら、首輪の外し方を知らない自分がとてももどかしく思えた。
再び半島の東部へ戻る途中で正午の放送があった。生存者はたったの8名だ。何度も銃声がしていたから、ある程度は覚悟していたがこれほどとは。大勢で脱出したかったのだが、それは叶わぬ夢のようだ。でも、最後まで望みを捨てる気は無かった。
その後も奈津美や稔を捜しながらエリアG=9に差し掛かった。そして松林の中に変わり果てた竜太郎を発見したのだった。
勇一は竜太郎の傍らに跪いた。もし、死者の脳内の情報を読み取る手段があれば、首輪の外し方が判るのかもしれない。だが、所詮それは不可能だ。
自分には生きて会わねばならない人がいる。いつまでもこうしてはいられない。
竜太郎にそっと別れを告げて立ち上がり、北へ向かって歩いた。松林はずっと続いている。防風林として植樹されたものかもしれない。
いつのまにかエリアE=9に入っていた勇一は、突如遠方に男子と思われる人影を見つけた。誰かは判らないが、反射的に松の陰に隠れた。
相手も既に自分を発見しているらしく、じりじりと近寄ってくる。ベレッタを握る手に力が入った。もしも相手が康之ならば、マシンガンを乱射される前に一撃で倒してしまうのがベストだ。といっても、康之ならば自分を発見した途端に撃ってくると思われるので、多分康之ではないだろう。ならば、稔か黒野紀広ということになる。紀広ならば、それこそマシンガンでも持っているのでない限り負ける気はしない。襲ってくれば、遠山奈津紀の無念を晴らさせてもらうだけのことだ。
それでも勇一は慎重だった。坂持美咲(女子9番)が、学ランを着て男子に変装している可能性まで一応考えたからだ。美咲がゲームに乗っているのなら容易な相手ではない。もっとも、男子が女子に変装するのは相手を油断させる効果があるだろうが、女子が男子に変装してもあまりメリットはなさそうではあるのだが。
だが、悩むまでも無く相手から声をかけてきた。
「勇一。俺だ。松崎だ」
最も会いたかった男の名前だ。声も稔に相違ない。心を覆っていたもやの半分が吹き飛ばされる感じだった。後の半分は、奈津美に会えるまで晴れそうにないが。
勇一が木の陰から顔を出すと、既にかなり接近していた稔はノートの1ページと思われる紙を勇一に示しながら言った。
「勇一、会いたかったぞ」
「俺も会いたかったぞ」
と言いながら、勇一の目は稔の示した紙に吸いつけられた。こう書かれていた。
“首輪に盗聴器が仕込まれている。余計なことは喋るな”
そうか、稔も知っていたのか。流石に頼れる男だぜ。
勇一は手帳を取り出して、こう書いて稔に示した。
“それは、俺も知っている。口では適当に話しながら大事なことは筆談しよう”
稔は頷きながら言った。
「先に教えておくが遠山は無事だ。はる奈と一緒にかくまっている。安心してくれ」
勇一は表情が緩むのを抑えられなかった。やっと、奈津美の無事を直接確認できたのだから。それも、佐々木はる奈(女子10番)が一緒なら心強い。だが、なぜ同行していないのだろう。
質問する前に稔が言った。
「2人は優しすぎる。ゲームに乗ってるものも助けたいらしい。先刻、黒野に襲われたのだが、俺は2人に邪魔されて黒野を倒せなかった。遠山から聞いたのだが、松尾はもっと危険らしい。松尾と戦うとすれば、彼女たちの考え方は命取りになりかねない。だから、2人には薬で眠ってもらった」
勇一は眉を顰めた。意識の無い女子をどこかに放置してきたとでもいうのだろうか。同行しているよりも、危険なのではないかと思えた。
勇一の表情を読み取った稔が続けた。
「森の中に古い防空壕があった。2人はそこで寝ている。入り口は背の高い草で覆われていた。そのつもりで探さない限り誰かに見つかる心配はない」
言いながら、稔はノートに何かを書き連ねて勇一に見せた。
その内容に勇一は一瞬驚いたが、すぐに安堵の気持ちに変わった。脱出への自信が深まったからだ。後は、ゲームに乗ってる連中の始末だけが問題だ。
「わかった。それなら、彼女たちは安全だ。でも、少なくとも松尾だけは早めに退治しないとな」
勇一の言葉に、稔は頷いた。
2人は雑談をしながら筆談で作戦会議を続けた。
自分がプログラム生存者の弟であることを明かした際には、流石の稔も目を丸くしていた。
その時、2人の足下で草と土が飛び散り、同時にコンクリートを砕くような連続音が轟いた。
咄嗟に伏せた勇一の視線の先でマシンガンを構えていたのは、まぎれもなく松尾康之であった。
<残り7人>