BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


66

 遠山奈津美はエリアC=5の大きな岩に腰掛けた姿勢のまま、周囲を注意深く見回した。
 同じ岩に背中合わせに座っている
佐々木はる奈も同じようにあたりを警戒している。
 誰かが接近してくるような様子は全くない。耳を澄ましても聞こえるのは風の音ばかりだ。
 
松崎稔(男子16番)は、近くの民家を探索に行っている。危険を避けるために、2人はここで待機していたのだ。
 奈津美は周囲に目を光らせたままでじっくりと状況を考えた。
 正午の放送の段階で、生存者は8人だった。それ以降、黒野紀広が自分たちを襲撃した時以外には銃声は聞こえていない。8人がそのまま生存している可能性はかなり高いだろう。
 8人のうち3人は自分たちだから、この場にいないのは5人ということになる。
 1人1人について考えてみた。
 まず、
中上勇一(男子11番)だ。別れてしまってから全く消息がつかめないが、最も会いたい人物だ。と同時に、無条件に信用できる人物だ。稔も勇一を見つけてから脱出について本格的に考慮する予定のようなので、どうしても捜し出さなければならない。会う前に、勇一か自分たちが誰かに倒されてしまったら終わりだ。ぐずぐずしてはいられないのだ。
 会いたいよ、勇一君。どこにいるの?
 次は、
松尾康之(男子15番)だ。こちらは最も危険な相手といえる。自分たちに対しても問答無用でマシンガンを乱射してきた。とても味方には出来そうにない。会えば戦闘になるのは確実で、自分たちが殺される危険が充分にある。勇一が殺される虞もある。出来るならば会わないままで脱出してしまいたい。と言っても稔は、おそらく勇一もなのだが、康之だけは倒さねばならないと考えているだろう。自分としては避けたいところなのだが。
 さらに、先刻撃退した黒野紀広だ。これまたゲームに乗っているのだが、銃を奪ってあるので、さほどの脅威にはならない。こちらが3人でいる限りは負けるとも思えない。油断は禁物だが、あまり意識する必要はなさそうだ。
 よく判らないのが
坂持美咲だ。ゲームに乗っていないことだけは確かだといえる。美咲が乗っているのなら、自分はとっくに棺桶入りの予約をしていたはずだ。では、自分たちの味方に出来るかというと、心許ない。もし敵に回せば、康之に負けないほどの強敵となってしまう。自分の気持ちとしては、是非味方にして一緒に脱出したい人物だ。朝の会話で、美咲の思考回路が自分に都合のよい方に変化していることを祈りたかった。会いたいような会いたくないような複雑な感じだった。
 最後は
真砂彩香だ。極めて本人には失礼な言い方だが、この段階まで生存しているのが少々不思議だった。彩香の身体能力を考えると、誰に襲われても助からないような気がしてならない。残りメンバーを考えると、彩香は単独で行動していると思われる。上手な隠れ場所を見つけて潜んでいるのだろうか。もっとも、今は勇一あたりに保護されている可能性もあるのだけれども。ゲームに乗るとは思えず、会えれば仲間に加えることは可能だろう。勿論、一緒に脱出したい人物といえる。
 奈津美は頭の中を整理した。康之や紀広と脱出するのは恐らく不可能なので、脱出可能なのは最大でも6人ということだ。
 あたしたちのクラスは42人なのに・・・ 
 それに、脱出後は逃亡と亡命の生活になるだろう。平和な家庭生活は2度と戻らないのだ。
 またまた、政府への怒りが湧き上がってきた。
 ゲームに乗ってる子に恨みはないけど、貴方たちはいくら恨んでも足りないくらいよね。
 よく考えれば、担当官も兵士も政府の命令で動いているのに過ぎないのだから、彼らを恨むのも筋違いなのかも知れないが、奈津美にはそこまで配慮するだけの心のゆとりはなかった。
 突如として、耳に何者かの足音が飛び込んできた。
 ハッとして視線を送ると、それは稔だった。民家の探索を終えたようだ。
 だが、奈津美の目は稔ではなく、稔が連れているモノに注がれていた。
 それもそのはず、稔は鎖に繋がれたままの2頭の秋田犬を連れていたのだ。犬たちは、ガッチリとした口輪をつけられていて全く声が出せないようだ。しかも、かなり衰弱しているらしく足下が覚束ない。
「どうしたの? その犬」
 奈津美よりも先にはる奈が訊ねた。
 稔が答えた。
「今の民家に繋がれていたんだ。飼い主は強制退去先に連れていけなくて、やむなく残していったんだろうね。弱ってるけど、番犬として使えるかもしれないから連れてきたんだ。餌の容器やドッグフードも見つけてきたから」
 稔の表情が妙に明るいのが、奈津美には気になった。こんな弱った犬を見つけたのがそんなに嬉しいのだろうか。たいして役に立つとも思えないが。
 はる奈は、口輪を外して犬に水とドッグフードを与えた。犬たちは喜んで食べ、少し元気になった。
「さてと、大事な話がある。あの中へ入ろう」
 稔は、深い森を指差した。
 いよいよ脱出に向けての作戦会議かな。でも、まだ勇一君に会ってない。
 と言っても、ここは稔に従わざるを得ないだろう。
 奈津美たちは、再び口輪を付けられた犬たちとともに鬱蒼とした森に入った。かなり薄暗くて気味が悪い。やや涼しいのは有難かったが。
 3人が切り株などに腰を下ろすと、稔は荷物からペットボトル入りの清涼飲料水と紙コップを取り出した。
「これも、さっきの民家で調達した。飲みながら話そう」
 と言いながら、3つのコップに飲料水を分け入れて、めいめいに渡した。
 奈津美は何となく嫌な予感がした。何の根拠もない。第六感というやつだろうか。
 すぐに飲もうとしたはる奈の手を奈津美は握って止めた。はる奈は怪訝そうな顔をした。
 奈津美は静かに言った。
「松崎君、ゴメンね。けっして、疑ってるわけじゃないの。百パーセント信じてる。でもね、プログラムに参加してるうちに、あたしの性格が悪くなったみたい。何となく気になるの。悪いけど、先に松崎君が飲んでくれないかしら」
 稔よりも先にはる奈が答えた。少し怒った口調だった。
「何を言い出すのよ、奈津美。毒が入ってるとでも言いたいの? 稔君があたしたちを殺すわけないじゃない。絶対、ありえないわ。万一そうだとしたら、今までだってあたしたちを簡単に射殺できたはずよ。こんな手の込んだことしなくても。ね、稔君」
 奈津美は表情を変えずに答えた。
「それは解ってる。解りすぎるほど解ってる。松崎君があたしたちを裏切るはずなんかない。でも、でもね。どう説明していいか解らないけど、どうしても潜在意識が逆らうのよ。ゴメンね、はる奈」
 今度は稔が口を開いた。
「それだけ、危険を察知する勘が働いてるんだよ。プログラムの中で磨かれたんだね。別に俺は気にしない。ご希望どおり、先に毒見させてもらうよ」
 稔は一気に飲み干した。空になったコップを奈津美に見せた。
「ほら、大丈夫でしょ」
 飲みながら、少し非難したような声ではる奈が言った。
「ゴメン、あたしどうかしてた」
 奈津美は謝りながら飲み干した。美味しかった。でも、嫌な予感がしたことだけは確かだし、まだ何となく違和感がある。
 稔が言った。
「それくらい慎重な方がこの状況では安全だけどね。でも、1つ訊いていいかい?」
 奈津美は黙って頷いた。
「もし、今のが俺じゃなくて中上だったらどうだった? やっぱり疑ったかい?」
 ハッとした。確かにそうだ。勇一が用意したのなら何も疑わずに飲んでいるだろう。もし、同じように嫌な予感がしていても、そちらの方を打ち消しただろう。
 信頼と言うイメージなら、勇一も稔も同等だ。だが、恋愛感情がからんだ信頼はそうでない信頼よりずっと強い絆として作用するのだ。意味は少し違うが、まさに“恋は盲目”だ。はる奈が何も疑わなかったのも当然といえるだろう。
 もし、稔の代わりに勇一がいて同じ状況だったら、はる奈が自分と同じ行動をしたのかもしれない。
 こう答えるしかなかった。
「多分、言うとおりだわ。本当にゴメンね、松崎君」
 稔は笑って答えた。
「いや、それで当然だよ。俺ももし、はる奈に疑われたのならショックだけど遠山にならかまわない。というよりも、感心したよ」
 稔が怒っていないことに、奈津美はホッとしていた。
 それから雑談が続いた。
 え? 作戦会議じゃないの? こんな雑談のためにこんな薄気味悪いところへ来たの?
 疑問に思い始めた奈津美は、突如強烈な眠気に襲われた。勿論、病院で眠ったとはいえまだまだ睡眠不足だ。だが、この眠気は少々不自然だった。
 この感じ、どこかで・・・ そうだ、あの時と同じだ。
 そう、レストランで眠らされた時と全く同じ感触なのだ。慌ててはる奈を見ると、草の上に横たわって早くも寝息を立てている。
 やられた・・・ で、でも松崎君、どういうつもりなの? それに、どうやって?
 ペットボトルからコップに分けるところは見ている。薬物を混入する機会はなかったはずだ。ペットボトルに初めから入れてあったなら、稔にも効いてしまう。とすれば・・・
 分かった。コップの内側に初めから薬物が塗ってあったんだ。しまった、毒見の時にコップを交換するべきだったんだ。
 奈津美は稔を睨みつけた。もう、声は出せなかった。体もほとんど動かない。
「悪いな、遠山。君の勘は大当たりだったのさ。ヒヤっとしたよ。毒見を要求されてもかまわないように細工しておいて正解だったよ」
 何、言ってんのよ。あたしたちを眠らせてどうするつもりよ。
 奈津美は消えてしまいそうな意識を奮い起こして、稔の言葉を聞いた。
「俺や中上は松尾とは必ず決着をつけなければならないし、黒野も始末せざるをえない。場合によっては、坂持も消す必要があるだろう。その間、君たちに眠っていてもらうことにしたのさ。悪いが、君たち同伴ではとても満足に戦えない。今から、君たちの体は深い茂みの中に隠す。まず発見されてしまうことはないだろう。安心して、寝ていてくれ。勿論、脱出の時に迎えに来るから。本当に、ゴメンな」
 そこまで聞いたところで、奈津美の意識は途切れた。
 木漏れ日の差す深い森の中には、小鳥の声だけが聞こえていた。

  

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第4部 終盤戦 了


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