BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
26
[迷いながら(中村雅俊)]
「くそっ! 何をやっているんだ、オレは!」
遠藤章次(男子4番)は悔しそうに言った。
自分の恋人である笹本香織(女子8番)の命を奪ったあの朝宮みさきと名乗った女と、その横にいた黒スーツの男を殺してやると誓ったのだ。
だが、あの連中を殺すためには「プログラム」で優勝をするしかない。あの山の中腹にあった「本部」を出る時には章次の気持ちは、かなりやる気になっていた。
クラスメイトなんて関係ない、香織の仇を討つためだったら何でもやってやると思った。
優勝するために一番有効な手段として「本部」入り口での待ち伏せをしようとしたのだが、すでに入り口でやられていた迫水良子(女子7番)を助けようとしている沢渡雪菜(女子9番)の姿を見て章次の気持ちは揺らいだ。
───オレは沢渡みたいなやつを殺してまで優勝したいのか?
一瞬、章次の頭にそのような問いが浮かんだが、右脇腹の痛みと左の耳に無理やり着けたピアスの痛みがその問いを振り払った。
香織の仇を討つためだ! と自分に言い聞かせたが、次に出てきた五代冬哉(男子10番)の顔を見るとやはり撃つ事が出来なかった。それどころか、別の誰かに襲われた二人の援護までしてしまったのだ。
章次は自己嫌悪と自問自答の繰り返しでその場でうずくまっていたが
───五代には借りを返した。もう、迷う事は無い。オレは鬼になる!
そう決心して顔を上げた。ちょうど横山純子(女子20番)が走り去るところであった。
それを見て、まず香織の親友だった連中を殺そうと思った。
章次も横山千佳子(女子21番)と同じ様に、香織の仲間の集合方法や手話の読み取り方を事前に教えてもらっていたのだ。
黒田亜季(女子5番)の示した手話は『E−2・Wテスト』であったので、地図を見ればすぐに水質試験場だと判った。
章次はゆっくりと腰を上げると、周りに注意を払いながら歩き始めた。
しかし、思うように歩は進まなかった。朝宮にやられた脇腹には息をするたび、歩くたびに激痛が走ったのだ。ようやく、水質試験場に着いたがそこには誰も居なかった。
入り口近くの壁に一枚の紙がマチ針で留めてあった。あまりに暗くて読めなかったが、一足違いで亜季達は出発した事は判った。
章次の気力も体力も限界が来ており、水質試験場の資材倉庫の様な所で休む事にした。
少しでも荷物を軽くしようとカバンの中を物色すると、鎮痛剤が出てきた。
ボランティア実習に行くバスの中で香織からもらったものだ。
「香織・・・」
バスの中で話した事、「本部」で自分に助けを求めてきた事、そしてもう何も反応をしなくなった香織を抱きしめた事。次々と今日一日の事が涙と一緒に溢れ出してきた。
章次は鎮痛剤を握り締めると、そのまま気絶するように眠りに落ちた。
そして、章次が目覚めたのは6:00の放送の時であった。朝宮の声を聞くと、また新たに闘志が湧いてきた。
そして決心も固まった。
昨夜見つけた、貼り紙を改めて見てみるといくつかの穴が開いていた。
そこには香織に聞いた通り、点字で
『純ちゃん、私たちは南に移動して最初に目についた建物に入ります。千佳子さんも一緒よ。無事に遭える事を祈ります。 亜季』と書いてあった。
章次はそれを頼りに南に移動した。
───もうオレは迷わない! みんなには悪いが死んでもらう。
章次は心に誓った。
南に歩いて最初に目に入ったのは、不思議な事に森の真ん中にポツンと建っているオシャレな感じのコテージだった。
章次がゆっくり近づくと中から怒鳴り声が聞こえた。何か、モメている様子だった。
───モメていようが、オレには関係ないさ。死んでもらうぜ。
そう思いながら、章次が少し離れた位置から中を覗き込むと「喝!」という気合を掛ける遠藤絹子(女子2番)の姿が見えた。同時に、絹子の足元に居る人物を見て章次は驚いた。
「何でここに、五代と沢渡が居るんだ!?」
あまりの驚きに、思わず言葉が漏れた。
すると横山純子がテーブルに置いてある銃に飛びつき、みんなの方に向かって構えたのだ。
とっさに章次は自分のUZIを構え、引鉄を引いていた。
「本部」に向けて撃った時よりも胸に響き、すぐに引鉄を離した。
痛みを堪えながら中を覗くと、五代と沢渡は居なかった。他の連中も一気に外に出て行ったようだ。
何故かほっとする自分に対して口から出た言葉が
「クソッ! 何をやっているんだ、俺は!」だった。
その場を離れるためにフラフラと歩き、適当な木の下で章次は肩から提げていたUZIを下ろすとそこに座り込んだ。
痛みのためか、長時間歩く事が出来なくなっている様であった。
香織にもらった鎮痛剤を水と一緒に取り出して飲んだ。
朝のまぶしい日差しと、山の中の清々しい空気が章次を包んでいた。
「五代や・・・沢渡みたいなやつは殺せないな・・・」章次は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。しかしもう一人の自分が
───香織の敵討ちはどうする! と、頭の中で責める。章次は頭を抱えた。
その左腕から頭に突き抜けるようにゴンッという衝撃が走った。
章次は攻撃を避けるように転がりながら、その場を離れた。
しびれた左腕を押さえながら起き上がると、目の前には西村観月(女子15番)が立っていた。観月の手には章次のUZIが握られていた。
「どういうつもりだ、西村?」章次は左手の痛みを堪えて、精一杯ドスの利いた声で言った。観月は小刻みに震えながら
「あんたこそ、どういうつもり? 私、あんたがこの銃を撃ちまくっている所を見たんやで。香織の復讐の為やったらクラスメイトを殺してもええんか?
そんなん許されへん!」
と、正に絶叫といった感じで言った。
「うるさい、お前にオレの気持ちが分かってたまるかい! お前こそナンや。お前にオレを批判する資格があるんか?」
章次もムキになって応えた。西村はこんなに正義感の強いやつだったか? と思ったが、地面に転がっているモノを見てフンッと鼻で笑うと
「西村、偉そうな事を言うてるけど、お前ホンマはその銃が欲しかったんやろう?」
見下す様に観月に言った。
さっき観月が章次の左腕を殴ったのは、トンファーという棍棒にグリップをつけた様な武器だった。
観月はビクッと肩をすくませ、急に落ち着きがなくなりオドオドとし始めた。そんな観月に向かって
「やっぱりか・・・ オレはな、お前みたいな卑怯な奴が生き残っていて、香織みたいに正直な人間が死んでしまうのが納得いかんのや!」
章次は自分の怒りを言葉に変えて観月へと投げつけた。
だが、観月は引きつった笑いを浮かべると
「そうよ、私は銃が欲しかった。こんな武器じゃあ男子にはとても勝てないからね。ひょっとして守ってくれるかもしれないと思っていた柴田君や三浦君は誰かに殺されてしまったし…。でも銃さえあれば、やり方次第で私が優勝出来るかもしれないしね」
と、いつものように滑らかにしゃべった。
章次は天を仰いだ。
───こんな奴が生き残っていいのか? オレは…、オレは……
「西村、多分お前にオレを殺す事は出来ん。今なら黙って見逃してやる。そうでないなら・・・」
そう言った時、観月が
「何を言ってるの? あんた、この状況を判っているの? ・・・あんたの代わりに私が優勝してあげるわ。香織のところに行け!」
言い終わると同時に引鉄を引いた。
しかし、カチカチと音がするだけで弾が発射されない。引鉄が完全に引き絞れないのだ。
「そんな・・・なんで・・・? 弾が、弾が出ない」
観月は額から汗を滴らせながら言った。
章次は冷静に地面に落ちているトンファーを拾い上げると、思いっきり観月の左腕に振り下ろした。
枯葉で覆われた木の枝を踏み折った時のような音がした。
「あっぐうぅぅ」
奇妙な悲鳴をあげながら観月は左手を押さえ、うずくまった。左手の前腕部にもう一つ関節が増えたように外側に折れ曲がっていた。
章次はトンファーを観月の方に放り投げ、代わりに彼女が落したUZIをゆっくり拾い上げると
「だから言ったろう? これは特殊な安全装置が付いていてな、グリップの根元のこの部分を押し込まないと弾は出ないようになっているんだ。説明書を読んでいないお前には使えなかったんだよ」
そう言ってグリップセーフティーを押し込むと、観月に銃口を向けた。
しかし、すぐ下ろすと自分の荷物を拾いあげてその場を立ち去ろうとした。
それを見て観月は
「お前みたいな奴は優勝できっこない! さっさと誰かにやられてしまえ!!!」
と、捨てゼリフを吐いた。
章次はその言葉も聞こえていないかのように、その場を離れた。
「香織、オレはどうすればいいんだ・・・」
歩きながら、この言葉だけを繰り返しつぶやいていた。
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