BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
27
[真夜中に交わした約束(MALICE MIZER)]
カタカタカタ、カタカタカタカタ、カタカタカタカタ。
相沢芳夫(男子1番)と福田拓史(男子16番)が東田尚子(女子16番)に出会い、沢渡雪菜(女子9番)を起こそうと五代冬哉(男子10番)が時計を見た頃、ある一室でこのような音が絶え間なく続いていた。
「ふうっ。よし、こんなもんかな。後はこいつをカムフラージュして『本部』のホストコンピューターに送ればいいって訳だ」
そう言ってイスから立ち上がると、永井達也(男子14番)は大きく伸びをした。
普段からあまり運動をしないので、痩せ型で身長ばかりが高く見え ひょろりとした印象を与えるが、集中力は誰にも負けないつもりだった。時計を見ると、針は7時40分を示していた。
「結城のヤツ、大丈夫かな? もう、5時間は経つけど・・・ まったく得体の知れんヤツやな」達也はそう言いながら、もう一度モニターを見た。
ここはC−9にある、南おのころ総合病院の2階にある電算室であった。病院の補助電源をコンピューターの方に回したのだ。このプログラムで私物を持って行けたのはラッキーだった。彼の荷物の中には自慢のノートパソコンが入っていたのだ。本来は2泊3日のボランティア実習の様子を、自らのホームページに載せようと持ってきたものだった。だが、それが役に立った。
父が出張中や仕事で家を空ける際に、父の部屋のパソコンを使ってハッキング用のソフトや会社のデーター、防衛軍の資料についても、こっそりと自分のパソコンに移していたのだ。
達也の父は専守防衛軍の武器や装備品について、一切を任されているヤマテツカンパニーに勤めていた。しかも父は主に電子機器部門についての担当重役だったのだ。
その為、他の重役に比べて防衛軍の資料については、極秘に近いようなモノまで見ることが出来ていたようだ。
父はそうした理由の為か、家でも無口で、達也は父にかまってもらった記憶がなかった。
母は、「お父さんはこの国を守る防衛軍の手助けをなさっているのよ。あなたもそれに恥じないようにがんばってね」と、よく達也や妹の英美に言っていた。
だが、ある事件から達也は父を避けるようになり、中学生になると、むしろ憎悪を抱くようになっていたのだ。それはもちろんプログラムの為であった。
達也の父には、非常に優秀な秘書がいた。達也は彼を尊敬していたし、彼も達也を可愛がってくれていた。彼は父がいない時にも仕事や家庭教師で家に来て、何かと世話をしてくれた。その時に達也はコンピューターの使い方や、ヤマテツ製の電子機器、大東亜共和国に入ってきている兵器の詳細な解説などを習ったのだ。
そしてさっき思い出したが、プログラムについても・・・
彼の甥も神戸に住んでいる際にプログラム対象クラスに選ばれたのだそうだ。
その甥は見事に優勝したらしいが、プログラムで負ったケガの治療の為留年したらしい。そして信じられない事に転校した先の香川県で、再度このクソゲームに参加させられたそうだ。達也はそんなバカな事があるのかと思った。
自分ならこんな狂気に満ちたゲームなど2度目は狂ってしまうか、自殺してしまうだろうと思った。それをなんと彼の甥は、再び優勝してのけたのだそうだ。
だが、2度目の優勝を決めた後、やはりその傷が元で帰らぬ人となってしまったらしい。
最初の優勝の後、彼が他に身寄りの無い甥を見舞った際、
「おっちゃん。人を信じるのは、ほんまに難しい・・・」そう言ったそうだ。
話を聞いた当時、中学に入学したての達也には、それがどういう事か分からなかった。
もっとプログラムについて尋ねたのだが、彼はそれ以上を教えてはくれなかった。
その後、達也は彼の甥が言った言葉の意味を実感する事になった。
秘書である彼が達也の目の前で射殺されたのだ。重役以上しか見る事のできない極秘事項のファイルを閲覧した事による国家反逆罪の疑いだった。達也には信じられなかった。彼は断じてそんな事をする人間ではなかった。
だが弁解をする間もなく、あっさりと彼は殺されてしまった。
達也は彼の無実を証明しようと閲覧されたファイルの在処やアクセスログを調べた。もちろん、バレれば達也も彼と同じ運命だ。懸命に調べたところ、彼を陥れた人物が浮かび上がってきた。そう、達也の父だ。
達也は怒りに任せ父に詰め寄った。父は少し驚いたような顔をした後、達也に
「ヤツがやったのだ! 例え違っていても、そういうことにしておいた方がみんなの為なのだ! もうお前もヤツのことは忘れろ、いいな!」 と言った。
もちろん、警察や検察にも資料を送ろうとしたが、子供の言う事など誰も聞いてはくれなかった。
数ヶ月後、達也の元に彼から荷物が届いた。それはMOディスクに収められた、プログラムに関する極秘資料であった。一緒に彼からメッセージが入っていた。それには、
『この手紙を君が見る頃には私は逮捕されるか、この世にいないかのどちらかでしょう。
だが君はこの事で怒って、軽率な行動をしてはいけない。
そして父上を恨むような事をしてもいけない。何故なら父上は何も悪くないのだから。本当に悪いのはこの国であり、このシステムです。
いつか、君が私と同じ志を持った時に、この国のシステムを君の仲間と破壊してくれればと思います。君が興味を持っていたプログラムについて資料を同封します。これを送ってくれる友人に頼んで、常に更新しているので問題はありません。君はまだ、プログラム対象クラスになる可能性がある。その時の為にわずかではありますが、君が生き残る確率を上げる為の資料です。役に立てて下さい』
と、綴ってあった。彼の友人が、もしもの時にはこれを発送するという手はずにしていたようだ。達也は涙を拭こうともせず、その手紙を何度も読んだ。そして、自分がプログラムに選ばれなくても、必ずこれで政府に一泡吹かせてやろうと思っていたのだ。
今回、自分でこの資料を生かせるというのは達也には、皮肉だが僥倖であった。彼の弔い合戦も兼ねているからだ。
何とか自前のパソコンとこのソフトを駆使して、プログラム自体を破壊してやろうと思ったのだが、そううまくはいかなかった。何といっても達也は自分の身を守る術を知らなかったからだ。
「本部」を出た後、迫水良子の死体を見て、達也は震えが止まらなかった。
そして、なす術も行くアテも無くただ歩き回っていた。その時、貯水池の支流になっている谷川に落ちてしまったのだ。達也はパニックに陥った。夜なのでどちらが陸かも分からず、溺れてしまうところだったのだ。
そこに結城真吾(男子22番)が現れた。真吾は水球部だけあって泳ぎは達者で何の苦も無く達也を助けてくれた。しかし、なんと言っても真吾はあの「ブラック・サン」なのだから、ある意味この状況では藤田一輝(男子17番)の不良グループよりも一緒にいるのは避けた方が良いのかもしれなかった。
だが、真吾はずぶ濡れになった自分を守るようにして、ここまで連れてきてくれたのだ。達也は真吾とあまり話した事は無かったので、ずっと警戒心を解かなかった。「本部」で遠藤章次(男子4番)をかばったのも、他の連中を油断させる為かもしれないからだ。
しかし、そんな事を気にした風もなく、真吾は自身もケガをしているのにもかかわらず先に達也の手当てをし、何かと気を使ってくれた。
達也は「何で、オレを助けた?」と聞いた。
真吾は刃物で切られたような頬の傷を消毒しながら、困ったような顔をして「だって、クラスメイトやンか。それに、人の命を何とも思っていない様な政府のクソ野郎どもの思い通りになるのもシャクやしな」と言った。
達也はこの言葉で真吾を「同じ志を持つ仲間」として信じ、一緒にプログラムから脱出しようと話をしようとした。だが、すぐ達也の口を押さえ、そばにあった紙に
『首輪で盗聴、盗撮されている』と、書いた。
達也は忘れていた。父の秘書にもらった資料に、確かにその事は書いてあった。
二人は病院の処置室から包帯を持ち出し、首輪に巻いた。これでカメラの方は死んだはずだ。マイクの方は壊しようが無いので、パソコンを使って筆談をした。
そして達也は自分の父の事、秘書の事、そしてこのパソコンにハッキング用のソフトとウィルスが入っている事を、手短に真吾へ伝えた。真吾は、達也の話を聞くとゆっくりとうなずき微笑んだ。そして、さっきの紙に数行、何事かを書き綴った。
達也がその紙を覗き込むと、それには
『お前のパソコンのバッテリーが切れるとおしまいだから、ここの非常電源とコンピューターを使おう。あと、ちょっとした警報装置を作ったら、お互いに支給された武器の確認と作戦会議だ』と書いてあった。
真吾は、噂とまったく違って優しく、そして噂どおりいろいろな事に精通していた。
真吾がどこからか持ってきた懐中電灯を自分のバッグに突っ込んでいて、先ほどからそのバッグの周りはぼんやりと明るかった。
その明かりをたよりに、二人でお互い自分のバッグを探った。
真吾のバッグには、矢印のような形の刃物が数本入っていた。手のひらと同じ位の大きさで、柄の先端にドーナツ型の穴が空いていた。
「それ、何?」と達也は真吾に聞いた。
真吾は少し顔を歪めると「くない。知ってる?」と言った。達也は首を横に振った。
「昔、忍者っていう諜報員がおったんやって。その忍者が使っていた武器で、ナイフみたいなものかな」と解説してくれたが、達也にはピンとこなかった。
達也の武器は・・・最初、電子手帳かと思った。
バッグに入れて光を漏らさないようにした懐中電灯の淡い光の中で、苦労をしながら読んだ説明書にはこう書いてあった。
『簡易レーダー・ソロモン』
それは父の秘書から譲り受けた資料にもあった。プログラムの武器の中にサブマシンガンと同様、ほぼ毎回入っているようだ。毎年マイナーチェンジがあるようで、今回達也が手にしたものは、昨年度のモノより8%小型軽量、バックライト付き液晶画面、生活防水機構付きのスグレ物らしい。探知できるサイトも会場全体が出る「マップ」自分の今いるエリアが出る「エリア」そして自分の周囲約100メートルが表示される「ポイント」と、3段階に切り替え可能。
「ポイント」モードの際は、親切な事に誰なのか分かる様に、モニターに表示されるらしい。さっそくスイッチを入れてみた。すると画面に二つ光点が浮かんでいる。
モードを切り替えると丸の中にM14、M22と表示された。
真吾はそれを見ると「下の調剤室に行ってくる。ついでに警報装置も仕掛けてくるから。絶対に懐中電灯をバッグから出すなよ。すぐ戻るから」と言って出ていった。
しばらくしてゴロゴロゴロゴロ─────という不気味な音が聞こえて、達也は緊張した。
真吾が、入院患者に食事を配る配膳車を押しながら戻ってきたときには、何やら色々なものを持ってきた。鍋と炭、家庭用コンロ、いくつかの薬品、ビーカーそしてどこにあったのかカップラーメンも持ち出してきていた。
「腹へってない? お湯も沸かせるから腹減ったら食えよ。」と、達也に渡してくれた。
「お前に会わんかったら、とりあえず街に行って商店街を物色しようと思っていたけど、結構病院で欲しいものは揃うなぁ」と、感心しながら言った。
達也は何とも不思議な気持ちになった。こんな状況でも何故か真吾は楽しんでいるように見えたのだ。
だが、その後真面目な顔で『まずコンピュータールームに行こう。その後、病院の非常電源をその部屋に回す』と書いた紙を達也に見せた。
さっそく二人で協力して、配電盤を操作し電気を電算室に回した。その後達也はコンピューターを起動させ、ウィルスソフトとハッキングソフトを作動させる準備を始めた。
真吾はさっき調剤室から持ってきた薬品を混ぜ、何かを作り始めた。それが一段落すると、今度は電算室の中を行ったりきたりし始めた。
「どうしたん?」と、達也が聞くと真吾は立ち止まり
「さっき銃声じゃなくって爆発音がしたんや。何人かが戦闘状態になっているみたいやねんけど、ちょっとレーダー見てくれへんか」と、言った。
達也はレーダーを取り出すとスイッチを入れた。「エリア」モードには反応が無かったので、「マップ」モードに切り替えた。近くには誰もいなかったが画面の右端辺りで光が消えたようだった。
それを見て真吾は「急がないとな。全てが無駄になる・・・」そう言って自分の荷物をまとめ始めた。
「どうするの?」と、達也は不安そうに言った。
真吾は紙に『お前の計画には乗るけど、通信回線の確保をしないとダメやろう? さっき電話をかけようと試したら、繋がってなかった。だからこういうのに詳しい俊介を探す。山頂にアンテナがあるみたいだから、それが使えるかついでに調べてくる。後、冬哉もこういう事には頭が回るはずやから、何とか見つけて合流したい』と書き、「いいか?」と聞いた。
達也は、全然気づいていなかった事を恥ずかしく思った。せっかく自分が「本部」のコンピューターを狂わせる手段を持っていても、通信機器が無ければ意味の無い事なのだ。
「でも、信用出来るか?」と不安そうに聞いたが、真吾は苦笑いをしながら
「永井は、俺を信じてくれたやんか」と言った。
そうだ、ここまできたら真吾だけは信用しないといけない。もちろん真吾が信じる者も・・・
「分かった。じゃあこれ持って行けよ」そう言ってレーダーを真吾に渡そうとした。不特定の人間を探すならこれは最適だからだ。だが真吾は首を振ってそれを辞退した。
「お前が持っておけよ。俺は自分の身を守る為に、ヤバイ所を迂回しながら進めばいいけど、お前はここに居てないとダメやんか? 病院ってケガをした奴とかが本能的に寄ってくるからな。やる気満々な奴だったら、尚更や。一分でも早く探知出来たほうがいい。対策も立て易いしな。一応、罠はかけておくから」
真吾はそう言いながら、出発の準備を続けた。達也はその言葉にしびれた。
そして、自分がいかにアマちゃんだったかを思い知らされた。政府を倒すという意気込みはあって、その為の道具もありながら自分自身は何も準備をしていなかったのだ。
後悔というものは字の通り後から来るものなのだということが身に染みて分かった。
達也の心を読み取ったかの様に「今、ベストを尽くそう。なっ!」と、真吾は言った。
「もしも俊介や冬哉と入れ違いになった時の為に、お前が仲間だって言う合図を教えておくな。いくつか注意する事と最後に一つだけ、頼みがある・・・」
そう言い残して、真吾は病院を出ていったのだ。
達也は、先ほどまでのやり取りを思い出しながら、真吾が自分の事を「仲間」と言ってくれた事に、喜びを感じていた。そしてもっと早く真吾と話をしていればよかったと思った。自分が今まで心の中に溜めていたドス黒いものを、真吾がきれいにぬぐいさってくれたように感じたのだ。
「やっぱり、変な奴だよな結城って」達也はそうつぶやき、やりかけていた携帯電話の改造をしながら、コンピューターの横に置いていた『ソロモン』の画面を見た。すると今まではなかった光点が灯っていた。
その光点は、間違いなく達也の位置を示す光点に近づいてきていた。
あわてて「エリア」から「ポイント」にモードを変更した。すると、その来訪者がもう病院の入り口近くまで来ている事が分かった。達也は恐怖で襟足の毛が逆立つのを覚えた。
真吾の残してくれた武器を手に取ると、もう一度『ソロモン』を見た。
それを見て、達也は慌てて電算室を出ると一階へ通じる階段へ向かった。『ソロモン』の画面が示している「ポイント」モードの光点にはM13の表示があった。
男子13番、伊達俊介であった。
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