BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


28

[再会(松尾和子)]

 C−9にある南おのころ総合病院の玄関前まで来て、伊達俊介(男子13番)は一息ついた。
「さて、ここまでは何とか無事に来れたけど、問題はここからだな。このでかい建物に誰もいないって思うほうが不自然だしな・・・」
 そう言って俊介は、一面ガラス張りの病院玄関から自分の姿が見えない様に柱の影に身を隠し、自分の武器であるH&K VP70を握りなおした。
 ───まず、どうやって中に入るかだな。正面玄関はガラス張りだから、入るのに手間取ると、中に誰かがいた場合は絶対にまずい。やっぱり、窓か? 音を立てると、それ以上にまずいしな・・・
 俊介はいろいろ考えながら、柱の影から少し顔を覗かせて、中の様子をうかがった。
 玄関のホールの向こうに2階に通じると思われる階段が見えた。そこから視線を右に移すと、玄関脇の部屋の小窓が少し開いているようだった。
「罠か?」と一瞬思ったが、それにしては妙だ。近づいてみないと分からない位しか開いていないからだ。
 ───虎穴にいらずんば、虎子を得ずってやつか。いっちょう行ってみるか。
 俊介は窓に近づいた。
 窓にゆっくり手を掛け、音を立てない様に開けた。少し立て付けが悪いのか何かが引っかかっているような感触がした後、窓は開いた。
 俊介はビルドアップされたごつい体だったが、豹のようなしなやかさを兼ね備えていた。ゆっくりと中に入ると受付と繋がっている事務室のような所だった。その部屋のドアから注意深く廊下に出て、屋上に上がるための階段を探した。
 ───問題はここに誰かいるかもしれないって事だな。あそこの窓だけ開いているのはおかしい。ひょっとしたら罠もあるかもしれないな・・・
 俊介は姿勢を低くしながら、玄関ホールにある階段に近づいていった。ここには誰もいない事を確認し、一気に体を反転させて階段を駆け上ろうとした瞬間
「────伊達!」と、階上にいる人物に呼ばれた。俊介はびっくりして手すりを乗り越え、玄関ホールに飛び降りると上からの攻撃に備えて階段の影に移動した。
 こいつは誰だ?
 上からは絶対見えない様に移動したのに、何で自分だと分かった?
 それよりも何故、攻撃してこないんだ?─────色々な疑問が、俊介の頭に沸いては消えて行った。そして、もう一度自分の銃が発射可能な事を確認すると、覚悟を決めた。
 すばやく、階段の影から玄関ホールのところへ移動すると、
「誰だ、お前は?」と、平静を装い、極めて普段通りの口調で階上に居ると思われる人物に言った。すると、
「オレだ、永井だ」という返事が返ってきた。
 俊介は意外な人物からの返答だったので、彼の腹を探るように
「何をしている、こんな所で」と聞いた。
「伊達、そんな所じゃなく上で話そう。お前もオレもこの状態で話をするのは危険だ。外から丸見えだからな。結城にも、そう言われているんだ!」最後の言葉に俊介は反応した。
「真吾? 真吾がここにいるのか?」と、階段の正面に出てきて言った。上にいる達也は
「説明するから、攻撃しないでくれよ」と急いで言った。
 俊介は達也を疑う訳ではないが、その言葉を聞いてもう一度階段の影に戻ろうとした。すると達也が
「オレはやる気なんて無い! 武器も持っていないから、そっちに行かないでくれ」と言った。
 俊介はこの時「何で永井には自分のいる位置が分かるんだ?」と、思った。すると階段の上で永井が両手を上げて姿を見せた。そこで一回転すると
「ほら、何も持っていないから、早く上に来てくれ!」と叫ぶように言った。
 俊介は銃をしまわずに階段を2段飛ばしで駆け上ると、永井が入った部屋の前まで来た。
 しばらく部屋に入らずに様子を見ていると、中から達也が顔を出し
「何してるんだ? 早く入ってくれよ」と、言った。
 俊介は用心しながら部屋に入ると中を一瞥し、「真吾はどこだ?」と手に持ったVP70を達也に向けた。達也は再び両手を上げると
「ここにはいない。でも、帰ってくるから・・・」と言った。
 達也は俊介が今にも、手に持った銃の引鉄を引くのではないかと思った。恐怖心のせいか、俊介のごつくてデカイ体が、いつもより一回り大きく感じた。
 そして、その時思い出したのだ。真吾に聞いた仲間の合図を・・・
「お前、本田の写真が欲しいって、結城に言っていたんだろう? それ、預かっているんだ」と、達也は俊介に怯えながら言った。
 その言葉を聞いて、俊介はそのごつい顔を真っ赤にしながら
「何でお前がそれを知っているんだ!」と、達也につめよった。
「知らんよ。もし、伊達が結城との話を信じなくて、オレの事を疑っている素振りを見せたら、この事を言えって言っていたんだ」達也は少し安心した。俊介がいつもの表情に戻ったからだ。
 合図とはいえ、自分の秘密をバラされた俊介は耳まで真っ赤になっていた。
 達也は俊介に対して、真吾に抱いていたような偏見を持っていたのだと思った。
 それどころか、自分はクラスメイトとこんなに親しく話しをした事など無いまま、自分の印象やその人物の噂のみを基準に接していたのだと思った。
 こんな状況であったが達也は「仲間」を得る事が出来たという事に感謝した。
「おい、いつまでも、ニコニコしている場合じゃあないだろう? 自分に分かるように、最初から話しをしてくれ」俊介は言った。達也は順を追って説明をしようとしたが、
「あ、しまった。その前にやっておく事があるんだ。もう一度下に来てくれ」と言って部屋を出ていった。廊下を通り、1階へ向かって歩き始めた達也を見て俊介は
「おい、誰か外から見ていたらどうするんだ! もっと慎重に行け!」と、言った。
 達也は振り向きながら
「大丈夫。今、100メートル以内にいるのはお前だけだ」と言った。
「何で、そんな事が分かるんだ?」俊介は先ほど疑問に思った事を改めて達也に聞いた。達也は答えず、先ほど俊介が侵入した窓に近づくと、窓を細く開いた状態まで閉め、そこに落ちている細い紐とつまよう枝のような物を拾い、クリップで固定した。
「これでよし」と、言って、もとの部屋へ戻った。「何だ、あれ?」と、俊介は尋ねた。達也はモニターの上にぶらさがっている缶の位置を確認すると
「簡単な防犯装置さ。って言っても結城が作ったんだけどね。正面から入ってこようとする奴はともかく、すべての窓を監視する訳にもいかないから鳴子みたいなモノを作ってくれたんだ。これなら、一人でも十分対処できるしね。あと、オレに支給された武器ってこれなんだ」そう言って達也は『ソロモン』を見せた。
 俊介はこれに興味を示し
「これすごいなぁ。でもお前みたいな奴に当たって良かったよ。万が一、やる気になっている奴がこいつを手に入れたら、そいつの優勝決定だもんな」と、言った。そして
「ところで、真吾の奴はどうしたん?」と聞いてきた。
 達也は『ソロモン』を「エリア」モードにして目の前に置き、自分の首輪を指差した。
 俊介はそこで始めて達也が首輪に包帯を巻いている事に気がついた。達也は黙って余っている包帯を差し出し、自分がしているように俊介の首輪に巻かせた。そして、先ほど真吾が書いた『首輪で盗聴、盗撮されている』という紙を見せた。
 俊介は驚いたような表情をしたが、すぐ指でOKのサインを作り、達也に話しを続けるように促した。真吾に出会うまでの差し支えの無い所は声を出して伝えた。父の秘書の話しや、彼から受け継いだコンピューターウイルスの件は、真吾にパソコンの筆談で伝えた際のメモパッドを記憶させていたので、それを見せた。
 そして俊介がそれを見ている間に、通信機器が無いので俊介にそれをつなぐ方法を考えて欲しいという事と、アンテナが使用できるのかを調べる為、そして俊介と冬哉を探す為に真吾が出かけた事を紙に書いて俊介に見せた。俊介はそれを受け取って読むと、分かったというように頷いた。そして今コンピューターがどんな状況になっているのかを確認した。
 俊介は紙に『朝宮たちが使っている建物はダムの工事事務所だろう。そういう現場は事故があったときの為に病院とのホットラインを引いているんだ。その回線が使えれば、お前の計画は実行できる!』と書いた。早速、二人はそれを探す作業を始めた。
 うかつに話しが出来ないため筆談をしながらの作業になり、思ったよりも時間がかかってしまったようだ。
「それにしても真吾の奴、遅いな。何か・・・あったのかな?」俊介は心配そうに言った。確かに、もう真吾が出発してから6時間近くが経過していた。
 達也も不安になり『ソロモン』を覗いた。するとそれに答えるように「エリア」モードの画面に、自分たち以外の4つの光点が表示された。
 達也は驚いてそれを俊介に見せた。見せられた俊介も驚いていたが、冷静に
「こいつらが誰か分かるか?」と言った。「ポイント」モードに切り替えてみたが、まだ全部の点が100メートル以内に入っていないらしく、誰なのかは分からなかった。もう一度「エリア」モードへ切り替えながら
「結城のヤツならいいんだけど」と達也はつぶやいた。だが、俊介は
「例え一人が真吾だとしても、この他の3つも明らかにここに向かっているぞ。こいつらが友好的で、オレ達の仲間になるような奴らならいいけど、そうでないとしたら? それに下手すりゃこの4人が病院の近くでやりあって、来て欲しくも無い連中を呼び寄せるかもしれないぞ」と、言った。
 確かに不良グループ男女それぞれのボス、藤田一輝(男子17番)と竹内潤子(女子10番)は健在なのだ。それとグループ生き残りの堀剛(男子18番)がツルンでいるとすれば、数が合う。
「全員が敵なら最悪だぞ。なんとしてでも、ここでやりあうのは避けないとな。お前他に武器はあるのか?」と、俊介は聞いた。
「あるよ。いくつか結城が置いていってくれたから」と、いくつか道具を取り出した。
「正面玄関と裏口から来るヤツは罠にかかるって、結城が言っていた。だから問題は・・・」
「窓から別々に入ってくるヤツか・・・・」と、俊介は達也の言葉を遮るように言った。
 その時、鳴子の一つがすっと落ちながら鳴った。さっき俊介が入ってきたのとは別の窓のようだ。
「速すぎる! こんなに速く着くなんて・・・」と、俊介は言った。
 達也はすぐ『ソロモン』を見た。その顔が笑顔になった。
「結城だ!
帰ってきたんだ!」と、叫ぶように言った。俊介と達也は電算室を出た。
 すると、その廊下の反対側にある階段から真吾が顔を出した。
「俊介!お前・・・」と、真吾は笑顔で言った。 俊介も
「真吾!
やっぱりお前は、しぶといな! 会えてよかったぜ!!!」そう言って抱きつこうとした。真吾はさっと、それをかわすと
「男と抱き合う趣味は無い! 暑苦しい!」と、冗談ぽく言った。そして達也のほうを見ると「ただいま」と、微笑んだ。
 達也もつられて微笑んだが、すぐ真顔に戻って「それより大変なんだ!」と、言った。
 事情を説明したが、真吾は少しも慌てず
「そいつらの出方を見よう。近くに来てもすぐに進入はしないだろうから、少しの間は大丈夫。そのうちの一人は英明かもしれないしな。そっちの首尾はどうだ?」
 と言いながらメモ用紙にペンを走らせた。
『山頂のアンテナは携帯の中継用だった。あれ、電気さえあれば使えるんじゃないか?』と、書いてあった。達也は驚いたような顔をして俊介を見た。
「何で英明がここに来るんだ? それにここでやりあうと他のヤツを呼び寄せるぞ」
と、俊介は真吾に言ったのだが、それを聞いていないかの様に
「大丈夫だって。訓練も受けてないヤツが持っている銃なんて怖くないよ。それより永井にアレもらったか?」と、言った。
 俊介はため息をつくと「な、こういう奴やねん、こいつ。心配するほうがアホみたいやろ?」と、達也に言った。
 達也は、全然緊張感が無いけど、本当に大丈夫なのかな? と思った。
 『ソロモン』を見ると、先ほどの光点がもう100メートル以内に来ていた。表示された番号からすると相沢芳夫、福田拓史、東田尚子の三人だった。
 真吾と俊介にそれを告げると全員で電算室へ戻った。
 真吾は達也と俊介に手短に罠の位置を説明した後、おもむろに机の上にある紙片を俊介に差し出した。それは達也が預かっていた本田洋子(女子19番)の写真だった。俊介は顔を赤らめ、奪い取るようにしてそれを受け取ると、もう一度それを見てそっとズボンのポケットに入れた。
 その時鳴子が落ちてきた。それは、先ほど俊介が入ってきた窓を示していた。
 真吾は達也に玄関ホール前の階段に行くように指示し、合図をしたら話し掛けるようにと言った。
「出来るだけあいつらが撃つ前に武器を取り上げるつもりだけど、いきなり撃ってくるかもしれないから気をつけろ。さっきも言ったけど銃なんてまず当らない。だけど屋内だと跳弾っていう跳ね返ってくる弾があるから怖くても壁ぎわに行くなよ。俺と俊介は、先に反対の階段から一階まで降りるからな」と言い残し、足音も立てずに走り去った。
 残された達也は真吾に言われた通り玄関前の階段に行き、廊下に伏せたまま様子を見た。
 達也は、恐怖で震えだす体を必死で押さえようといていた。

【残り 31人】


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