BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
29
[HOSPITAL(BABY BIRD)]
福田拓史(男子16番)は映画で見た通りの手順で病院の建物に近づくと、中を確認し先ほどからしているように、相沢芳夫(男子1番)と東田尚子(女子16番)を呼び寄せた。
二人は周りに注意しながら拓史のところまで来ると壁にぴたりと付いた。拓史は正面玄関を避け、その横にある部屋の窓から入ろうとしたのだ。拓史は窓から中を見て安全を確認すると窓に手をかけた。すると、ちょっとした引っ掛かりはあったものの窓は簡単に開いたのだ。拓史が何の疑いも無くその窓から入るのを見て、尚子は止めようとした。
───窓が開いているって事は、誰かがいるかも知れないって事じゃないの!
尚子は怒鳴りたくなる気持ちを押さえて、それに続いた。
相沢が部屋に入って来る前に拓史の手を引っ張ると
「調子に乗って先に行かないで! 罠だったらどうするの!?」と、拓史の耳元で言った。拓史は注意された事よりも女性に耳元でささやかれた事に緊張した。
拓史は相沢が中に入ってくるのを確かめ、尚子に「ここからどうしよう?」と聞いた。
尚子は部屋を見渡し、部屋のドアと受付のカウンターを交互に見た。そして
「こっちに行きましょう」と受付のカウンターの方に移動を始めた。
銃を持っているのは拓史と尚子の二人だったので今までは一応、男の拓史が先行をして行っていたのだが、この時は尚子が這うようにして進んで行った。カウンターの影で一度止まると落ち着くために一呼吸した。心拍数が一気に上がり、自分の鼓動が耳元であのやかましいだけのロックという音楽を奏でているように感じたからだ。
もう一度、大きく息を吸い込むと意を決してカウンターから顔を出し、銃を構えた。
左・右・左と銃を持った手を動かし、誰もいないことを確認すると「ふう〜」と息を吐き出し、祈るような格好をしてカウンターにひじをついた。後ろを向くと、ゆっくり拓史と相沢がドアから出て行くところだった。
いつになったら、安心できるのだろう? そう思うとため息と涙が出た。その時、不意に階段のほうから
「おい、東田」と呼ばれた。
尚子は、あわててカウンターの中に引っ込んだ。拓史と相沢の姿は見えない。
───どうすればいい? 一体誰なの? まだ死にたくない! やるしかないの!?
尚子は混乱した。自分がこれほどまで動揺するとは思ってもみなかったので、今の状況は逆に新鮮でもあったが…。
そしてあの恐ろしい言葉が頭に浮かんだ『殺らなければ、殺られる』と。
────こうなったら、このカウンターを飛び越えて戦うしかない。
そう決心して立ち上がった瞬間、階段の上に人がいるのが見えた。尚子は反射的に撃った。バンッという発射音が聞こえないほど興奮していた。
「うっ!」という声に聞き覚えがあったが、とっさに誰なのか分からなかった。
だがその後の「オレだ、永井だよ。やる気なんて無いから出てきてくれ」と言う言葉が尚子の記憶を呼び覚ました。
「永井君! 本当に永井君なの?」そう言うと尚子は階段に向かって駆け出した。
もう相沢や拓史の事、その他にいるかもしれない敵の事は完全に頭に無かった。
階段の上の壁際には永井達也(男子14番)が倒れていた。その右腕は絵の具をこぼしたかのように真っ赤に染まっていた。
「永井君大丈夫? ごめんなさい。私・・・私・・・・・・」
尚子はどう詫びていいのか判らず、ただ永井の体を抱き起こした。
「オレは大丈夫。それより、相沢と福田が銃を持っているのなら撃たない様に言ってくれ。オレ以外にも・・・伊達と結城がいるんだ。アイツらもやる気は無い、味方なんだ」
苦しそうに、だがはっきりと永井は尚子に言った。
「わかった、すぐに伝えてくる。少し待っていて!」尚子がそう言って階段を降りようと振り向いた。その視線の先にすでに伊達俊介(男子13番)と結城真吾(男子22番)はいた。
尚子は驚いてまた銃を構えたが、なんとか踏みとどまった。彼らの前には相沢芳夫と福田拓史が腕を取られた状態で立っていたからだ。
「東田さん、先に言っておくけど俺達、やる気は無い」
「永井! 大丈夫か?」真吾と俊介は、ほぼ同時に言った。
真吾は拓史から取り上げたブローニングを俊介に放ると、入れ替わるようにして達也に駆け寄った。
真吾は達也が撃たれた個所を見ると俊介達も促し、先ほどの電算室に連れていった。
俊介達4人が呆然として見守る中、真吾はあれこれと別の部屋から持ってきた。
電算室の床に横たわっている達也のシャツの袖を肩のところで破ると、注射の時に使う駆血帯を患部の上方に巻いた。
そしてイソジンを含ませたガーゼで患部と患部の周辺を拭うようにして消毒をすると、別の液体を含ませたガーゼでさらに拭いた。そこに新しいガーゼを置くと包帯を巻き、駆血帯をゆるめると治療を終えた。
「これでヨシ。かすり傷でよかった。合図したら声をかけろって言ったのに、先に声をかけやがって…」と、少したしなめる様に真吾は言った。
達也は申し訳なさそうな顔をしていた。真吾はまたごそごそと荷物をあさると
「これ、化膿止めと鎮痛剤。飲んでおけよ」と言って配給された水と一緒に渡した。
ずっと突っ立っていた俊介達へ向き直ると
「俊介、銃はもう良いだろう。東田さんもやる気は無いみたいだし。なぁ?」と言った。俊介は慌てて銃を降ろすと「そうだな。ス、スマン」と気まずそうに言った。
相沢と福田は幾分安心したようだが、東田尚子だけは先ほどからずっと泣いていた。
「私が…私が永井くんを…ごめんなさい」と尚子は叫ぶように言った。
「私はこのゲームが始まってから、ずっと正気を失わずにいようと思っていた。狂気に飲み込まれては戦う事も出来ないとパパに教えてもらっていたから…。そして絶対に友達は傷つけないでおこうと思っていたの。だけど…だけど私は自分が思っていたよりも強くなかった! だからいつもと同じようにコーヒーをいれたりしていたのよ。この現実から逃避しようとして…私は…」まるで自分の体から絞り出すような悲痛な叫びだった。
そこにいる誰にも尚子にかける言葉が無かった。
だが、そこで真吾が突然
「東田さん『朝』っていう字を見て何を思い浮かべる?」と聞いてきた。
俊介達は何事かと思った。その質問の意味が全く分からなかったからだ。だが俊介がそれに答えて
「朝っていうと…太陽かな? いや、字を見てか。難しいな…」と言った。
「オレは、何で『朝』なのに『月』が入っているかが不思議だな」と達也が体を起こしながら言った。
「おっ! 永井いい感じ。『朝』っていう字を分解すると『十月十日』になるだろう? これって人間がこの世に生まれるまでの日数やンか。だから朝がきたら昨日とは違う生まれ変わった気持ちで、またその日を生きなさいって…俺のお師匠さんの受け売りなんやけどね。東田さんも今日を生き抜いてさ、明日には生まれ変わればいいやンか」
真吾は穏やかに言った。
「でも、ぼく達…明日の朝を迎える事が出来ないかもしれないじゃないか…」
と、拓史は寂しそうに言った。それを否定するように
「イヤ絶対に生き残ってみせる! ここに居る全員で力を合わせれば何とかなるさ!」
と達也は言った。そして真吾の方に向き直ると
「結城、伊達と二人で協力して何とかなりそうなんだ! 後はいくつかテストをするだけだ」と言った。
俊介もそれに合わせてにっこりと笑った。
「本当か? やったな! ちょっとその前に3人の入ってきた所の鳴子をもう一回セットしておくよ。ついでに他のところも点検しとく。俊介、手伝ってくれ。3人サンはコーヒーのいい匂いをさせているけど、俺達は朝飯がまだなんでね。食い物も探してくるよ」
そう言って真吾と俊介は電算室を出て行った。相沢と拓史は興味深そうにあれこれと電算室のコンピューターを見ていた。
達也が触るなと言おうとした時、尚子が少し落ち着いた様子で
「永井君ごめんなさい。私、このクラスであなただけは絶対に見間違わないと思っていたの。だって小学生のころからずっといっしょにいたじゃない? なのに…」
と、また謝罪した。二人は親同士が仕事で付き合いがあったため、学校だけでなくヤマテツのパーティーや防衛軍のセレモニーにそれぞれの父親のお供で行き、よく顔を合わせていたのだ。
同じ年頃の子供が他に来ていなかった為、自然と一緒にいるようになっていた。幼馴染とは違う何か仲間意識の様なものがあった。
「オレだって悪いさ。結城に合図をされてから声をかけるように言われていたのに。東田は絶対に大丈夫だと思っていたけど…お前の顔を見るまではやっぱり信じきれていなかったんだと思う。階段の上で殺されるんじゃないかと震えていたよ。でも、カウンターから出てきたお前が怖い顔をして銃を構えているのを見て少しでも安心させてやりたいと思ったんだ。結城のヤツならもっと上手くやれたんだろうけど…」
達也は少し悔しそうに言った。
尚子はそんな事はないと言おうとしたが涙がこぼれ、ただ首を横に振った。
その時、相沢と拓史が
「うわわわ〜〜〜〜〜〜」と情けない声をあげた。
達也と尚子が驚いてそちらを見ると、あのウィルスを入れたコンピューターが起動していた。
そこには大東亜共和国専守防衛陸軍のマークが禍禍しく、画面一杯に表示されていた。
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