BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝 刻の雫 〜


 2000年7月15日(土)午後12時55分
 照りつける日差しが、体力を奪って行く。
 湿度も、太陽に味方をするかのようにじりじりと上がり、徐々に不快指数を上げていく。
「ようやく今日も終った…クーラーくらい付けてくれって」
 市立神戸東第一中学1年3組の委員長を勤めるオレこと御影英明(1年3組 男子20番)は、ぼやきながら校舎を出た。
 先日終わった期末試験も、明後日の辺りからそろそろ結果が返ってくる。
 いくら成績が上の中というオレでも憂鬱な事には変わりなかった。
「夏休み前の試練だな」
 誰とも無く言ったオレの頭は、後ろから叩かれた。
 眉を吊り上げて振り向いたオレの目に映ったのは、石田正晴(1年1組 男子1番)を始めとした男子運動部の面々であった。
「おい、御影。ぼーっとしながら歩くなよ」
 サッカー部の高橋聡一(1年2組 男子13番)や、安田順(1年2組 男子21番)が次々と奇声を上げながらオレを追い抜き、校門の方へ走っていった。
 ───小学校の時はお前たちの方がボーっとしていただろう…
 むっとしながら、グラウンドを横切って門に向かった所、先ほどオレを追いぬいて行った運動部の連中が、校門の横でいつもタムロしている上級生に捕まった。
 連中はどうやら難癖を付けられているらしい。
 少し気の毒だとは思ったが、連中にはいいクスリだろう。
 巻き添えを食らわないうちに…と彼らの横を通り過ぎようとしたオレは、次の瞬間氷ついてしまった。
「おーっす、英明。随分のんびりと帰っているな」
 オレだけでなく、その廻りにいた全員が声の主を見た。
 女子に負けないほどさらさらの髪を、うなじの辺りでひとつに括り、ワイシャツのボタンを全部開けて、気だるそうに歩いてきたのは、五代冬哉(1年3組 男子9番)であった。
 引きつった笑いを浮かべるオレの事などお構いなしに、明るく通る声で
「どうした? ようやく学校から解放されたのに、シケた顔するな。運が全部逃げて行くぞ」
 と言ってポンポンと肩を叩いた。
 とにかく、この場から立ち去るのが肝心だと思ったオレは、冬哉の手を掴んで駆け出そうとした。
 冬哉はオレの手をかわすと、運動部の連中の方を見た。
「先輩の指導を受けてんのか?」
 冬哉は聡一達に声をかけると、返答を待たずに
「こいつら素行が悪いから、先輩からもよく指導してやってよ。でも、仁科の野郎が見回りしているから、ほどほどに」
 と言って、さっさと歩き出した。
 オレも遅れまいと、冬哉の後に続いた。
 本当に冬哉は恐い物知らずだ。
 不良だろうが、教師だろうが全くお構いなしにタメ口である。
 しかも、相手が怒り出しそうな事まで平気で口にする。
「おい、冬哉まずいよ…」
 小声で冬哉に注意していると
「何がまずいんだ?」
 と、突然後ろから声を掛けられ、オレはビクッとした。
 恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはタオルで汗を拭っている、伊達俊介(1年3組 男子12番)が立っていた。
「なんや、俊介か。さっきの先輩かと思った…脅かすなよ」
 オレは俊介に向かって言った。
 涼しげな顔の俊介に
「今日は何部の助っ人なんだ?」
 冬哉が皮肉を込めて俊介に尋ねると
「夏休みに入ったら、氷川先輩のコネで中央高校の合宿に参加させてもらうんだ。今はその為の準備さ」
 と、誇らしげに答えた。
「合宿で体を動かすんなら今のうちに休めておけばいいやんか」
「お前こそ、普段動かしていないんだから、こういう時にこそ運動した方がいいんじゃあないのか? マジックだって体力勝負だろう」
「アホらしい。オレ様はイリュージョン系のマジックは、やらないんだよ。ドタバタ動き回るようなモノは優雅じゃあないからな」
 二人の会話だけを聞いていれば、今にも掴み合いのケンカになりそうな雰囲気だが、全くそんな様子はなかった。
 むしろ二人ともが、そんな会話を楽しんでいるようであった。
 そんなオレ達の横を、校門の方から走ってきた数人の女子が駆け抜けていった。
「何で早く教えてくれへんのよ」
「強化合宿やって」
「急に体育館が空いたから…私も知らんかったわよ」
「いいから、急ぐよ!」
 その一団の口からは、不満や愚痴が次々に噴出していた。
「何だ、あれは」
 冬哉が不機嫌そうに言った。
 冬哉は、女子が騒ぐと何故かムカツクそうだ。
 マジックを見せている時はいいのだが、それ以外で騒いでいる女子がいると必ずと言っていいほど不機嫌になる。
 女の子にキャーキャー言われると嬉しくなるオレとしては、不思議で仕方なかった。   
 ぼんやりとその女子を眺めていると、別の生徒も体育館に向かっていっていた。  
 その中の生徒に向かって、俊介が声をかけた。
「おーい、沢渡」
 呼びかけに応えて、一人の女生徒がこちらに向かって走ってくる。
「3人でお揃いなのね。俊介君、なにかしら?」
 少し息を切らしながら、沢渡雪菜(1年3組 女子9番)は笑顔で訊いた。
「体育館で何かあるのかな?」
 俊介は親しげに沢渡に尋ねた。
 沢渡以外の女子と話す時は、緊張のあまり赤面し、まともに話せないのだ。
「ちーらん…坂野先輩の演技があるの。夏休みに入ったら、すぐ強化合宿を行って夏の大会用の演技を細かく仕上げるんだけど、それに備えて今日は先輩が通しで演技をしてくれるの。だから、表現力を競う部活に入っている人たちが一斉に集まってきているのよ」
 笑顔で答えてくれる沢渡に
「ダンナは?」
 と、冬哉はぶっきらぼうに訊いた。
「雪菜ー、早くしないと場所無くなるよ」
 チアリーディング部の藤川恭子(1年2組 女子19番)やシンクロ部の本田洋子(1年3組 女子19番)が大声で沢渡を呼んだ。
「すぐ行くー」と、片手を挙げて答えた沢渡は、こちらに向き直ると
「確か大阪まで試合をしに行ったはずよ。いつもの無茶修行ってヤツ」と、言ってウインクをした。
「良かったら、冬哉君たちも見に来て。じゃあね」
 そう言うと沢渡は体育館に向かって駆け出した。
「坂野先輩の演技か…一見の価値はあるな」
 つぶやくように俊介が言うと
「そんじゃ、また来週な」
 あっさりと言って、冬哉は校門へ向かおうとした。
 オレは冬哉のズボンを掴むと 
「面白そうだから見に行こうよ」
 と、言って誘った。
「オレ様のことはいいんだよ。おまえ達だけで行け」
 嫌そうに言うのが面白かったのか、俊介までも冬哉を抱きかかえるようにして
「ぐずぐず言うな、ほら行くぞ」
 と、体育館に向かって駆け出した。 



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