BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝2 〜
07
2001年3月23日(金)午後12時33分
オレと冬哉は東警察署を後にし、みんなの待っているハンバーガー屋に入った。
しかし、店には冬哉の彼女 坂野千尋さんしか残っていなかった。
「真吾達はどうしたんですか?」
オレが尋ねると
「誰かのお見舞いに行くって言って帰ったわよ。遠藤君だっけ? 彼も無理やり連れて行かれてたわ」
千尋さんは笑顔で答えてくれた。
夏の事件から急接近した二人は、いつの間にか付き合い始めたらしい。
真吾と沢渡のように、すごく自然な感じがするカップルだ。
───オレだって、あの時は結構がんばったのに・・・
二人を見る度に、そう思わずにはいられなかったのも正直な感想だった。
「それで、どうだったの?」
千尋さんの問いに、冬哉は首を振った。
「古田のおっさんのわがままに、オレ様が乗っかれっていう話さ」
意味不明の言葉を並べる冬哉に代わって、オレが千尋さんに説明をした。
「なるほどね。春風碧ファンの古田さんとしては、自分で犯人を挙げたいけれど署内の事情で出来ない。それなら全く第三者である冬哉君に解決して欲しいっていうところかな・・・」
千尋さんは少し呆れ気味に言った。
公僕が民間人に事件を解決させようとするなんて、普通はあり得ない事だ。
「多分、派閥抗争か何かがあるんだろう。それか、何らかの圧力が掛かっている感じもするし・・・そうでなかったら、あのおっさんがこれほど簡単に内部資料なんてくれる訳がない。まあ、同級生が容疑者っていうんならオレ様も黙ってないけどな」
そう言いながら、冬哉は先ほどの資料に目を通し始めた。
「オレにも見せてくれよ」
と、当然の主張をしたのだが、冬哉の無言の圧力により却下された。
後日、資料を見せてもらったが、この時でなくて本当に良かったと思った。
被害者は一度ではなく、数回ナイフで刺されていたのだ。
その写真を見ていたら、とてもハンバーガーなんて食べられない。
オレ達の無言の攻防を見ていた千尋さんがクスクスと笑いながら
「冬哉君はテリヤキバーガーね。御影君も何か食べる?」
オレはチーズバーガーをリクエストしてお金を渡そうとしたが、千尋さんがご馳走してくれた。
いつもはオレの家でやる事件の考察が、ハンバーガーショップ「ウィング」に場所を変えただけの話だ。
「第一発見者は加賀屋先生なの? あの先生も事件に縁があるのね」
冬哉の読んでいる資料を横から覗き込んでいた千尋さんが目を丸くしながら言った。
オレが同じ事を言ったら皮肉を言われるか、黙っているように言われるのだが
「ロードワークの最中だったらしいぜ。来週からの強化練習に備えてじゃないのか?」
冬哉は、千尋さんに優しく言った。
しかも資料から顔を上げ、千尋さんを見つめながらだ。
見ているオレの方が恥かしくなってしまった。
「わたしなら大丈夫よ。先輩としては、雪菜の方が心配だわ・・・」
千尋さんは答えた後、続けて
「これってミステリー小説に出てきそうな事件ね。なぜ犯人は死体を移動させたのか? そしてその方法は・・・。ある意味密室殺人の一面も持っているわね」
と、言った。
「密室?」
オレは少しバカにしたような言い方をしてしまった。
被害者が発見されたのは、山の中腹にある公園だ。
山中公園とみんなが呼んでいるこの公園は、夏には夜景が見えるスポットとして車を利用したアベックが訪れるのだが、秋から春先に掛けては、伊達俊介のようなガチンコ系のアスリートくらいしか寄り付かなかった。
ロードワークが出来るようになっている割には山の中腹という立地条件の悪さで、運動部の連中でも滅多に行かない。
車を使わずに、急な傾斜の先にあるこの公園に行くだけで、ハードなトレーニングになるからだ。
しかし、だからといって、この公園が千尋さんの言うように密室になるという事は決してない。
だから否定の意味を込めてオレはそう言ったのだ。
それとは別に、千尋さんに対して、オレの中に嫉妬に似た感情が湧いていたというのもあった。
見る見るうちにしょんぼりした表情になっていく千尋さんに、少しだけ良心が痛んだが
「こいつの言葉を真に受けるんじゃねえ。オレ様もお前と同じ事を考えていたんだから」
と、冬哉が助け舟を出した。
冬哉のこういう言い方には慣れていたが、今回は何故かカチンと来た。
「どこが密室なんだよ。山の中だったら密室なんて全然関係ないじゃんか」
オレが強く言い返すと、冬哉は
「おめでたいヤツだな、お前は。流しの犯行だとしたら、担当を外されている古田のおっさんがわざわざオレ様にあんな事を訊く訳ないだろう」
と言った。
確かに冬哉の言う通りだった。
状況だけを見ると、山中公園にたまたま行った被害者が、偶然殺人鬼に出会って殺されたという事になる。
それなら古田さんがトリックの事を尋ねたりはしない。
それに偶然がこれほど重なるなんて、どう考えても不自然だ。
ありっこない。
それに笹本香織の証言・・・。
「スイマセン、偉そうな事を言って」
オレは、千尋さんに頭を下げた。
千尋さんは笑って首を横に振ってくれた。
冬哉はフンッと鼻で笑い
「早速、訊きこみでもするか」
と言って立ち上がった。
§
オレ達は、まず笹本香織の自宅へ向かった。
警察の資料通り、彼女の家はクリーニング屋だった。(当たり前だ・・・)
店に入ると香織の母親らしき人が
「いらっしゃいませ」
と、言って奥から出てきた。オレ達の姿を見ると
「香織のお友達? 心配して来てくれたのね、どうもありがとう」
と、言いながらも疑いの視線を向けてきた。
「3組学級委員の御影と申します。香織さん、いますか?」
オレが優等生スマイル&トークで応えると、香織の母親もようやく警戒心を解いた。
「はいはい。さっき遠藤君も来てくれたところなのよ。どうぞ、上がって」
と、香織の部屋へ案内された。
「香織、お友達よ」
部屋をノックしながら言ってくれたが、一瞬間があって
「えっ・・・ど、どうぞ」
という答えが返ってきた。
冬哉が遠慮なく開けると、ドアの前に香織が立っていた。
「お邪魔だったみたいだな」
冬哉がニヤニヤしながら言うので部屋の中を覗くと、そこには遠藤章次がいた。
「変なコト言うな!」
章次の頬が紅くなっているのは、冬哉の一言のせいばかりではなさそうだ。
オレの周りは不純異性交遊ばっかりだ。
話を逸らせようと、どうだったか尋ねる章次に
「おかしな事だらけで、正直何から手をつけていいか判らないよ」
と、言った。
不安そうな表情を作る香織の肩を抱いた章次に、冬哉は
「いちゃつくのは後にして、ちょっと彼女と話をさせてくれ」
と言った。
章次は少し眉根を寄せたが、香織に「大丈夫か?」とでも言うような視線を送り、彼女がうなずくのを確認するとようやく離れた。
香織が配達に行った時の様子を思い出しながら話してくれた。
冬哉は黙ってそれを聴き、その横で千尋さんは時々メモ帳に何かを書き取っていた。
オレは・・・・・・邪魔にならないように、黙って聞いていた。
おおよそ話し終えた所で、章次が
「警察の奴ら・・・香織を犯人に仕立てたいんだ。総統が帝劇のファンらしいから、ジェンヌの中から犯人が出ると下手すりゃ警察にとばっちりが来かねないからな」
と怒りをあらわにした。
「白いものを黒にするなんて、この国じゃよくある事だ。情けねえ事だけどな」
小馬鹿にしたように言う冬哉に
「よくある事で終わらせちゃダメ! そんなに簡単な事じゃないけど変えられない社会なんて無いわ。わたし達だけでもそんな事を考えないようにしようよ」
千尋さんが諭すように言った。
それを聞いた章次が
「なんか、オレ・・・感動しました」
と、妙なタイミングで千尋さんに言うのを聞いて、オレはわざと馬鹿笑いをしてみせた。
それにつられて、硬い表情を崩さなかった香織もクスクス笑い始めた。
香織の笑顔を見た章次の顔にも安堵の表情が浮かんでいる。
章次なりに、香織の様子を気にしていたのだろう。
オレのキャラとは異なるけど、オレがピエロになる事で章次達が笑えるのなら、それもいいかと思った。
オレの気持ちを察してくれたように、冬哉がオレの頭をポンと叩き
「明日、ジェンヌ達の取り調べに立ち会う。今週中に決着をつけるぜ」
と、頼もしく宣言した。