BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝2 〜


06

「うーん、よく来てくれたね、そちらに掛けて。あっ、君・・・彼らにお茶を入れてあげて」
 兵庫県警捜査一課 古田金四郎警部補はオレ達を慇懃にもてなしてくれた。
 隣の取調室のような小部屋に通され、椅子を勧められた。
 古田さん自身もオレの正面の椅子に掛けたが、深く座るとすぐ足を組み、肘掛にひじを乗せた。
 小説に出てくる「安楽椅子探偵」そのものだった。
「夏の事件ではウチの小泉が随分助けてもらったようだね」
 古田は人懐っこい笑顔で言った。
「その話しはちょっと・・・」
 オレは、冬哉を横目で見ながら言った。
 古田さんの言っている事件の犯人は冬哉の先輩で、しかもそのトリックを暴いたのは他でもない冬哉自身なのだ。
「強制労働キャンプは免れたみたいだな。東京の方の少年院に行ったらしいけど・・・何か情報入ってる?」
 冬哉は、いつもの口調で古田さんに訊いた。
 癖なのか、古田さんはおでこに指を当てて唇を巻き込むと
「うーん」 
 といって、暫く言葉を捜した。
 そして、ゆっくり冬哉の方を向くと「大変、模範的だそうです」と、残念そうに言った。
 普通なら「何で残念そうなんだ?」と、怒ってもよさそうなものだが、この国の少年院で「模範的」ということは、この大東亜共和国の思想にどっぷりと漬かっているということなのだ。
 古田さんもそれが判っているので、残念そうに言ったのだ。
「まあ、あの人の事だ・・・何か考えがあるんだろうよ」
 冬哉は、しれっと言った。
「で、何でオレ様を呼んだんだい? ハゲが担当するならともかく、あんたならどんな事件でも楽勝だろうよ」
 続けて冬哉が言うと、お茶を持ってきた警官がわなわなと震えだした。
 冬哉に今しがた「ハゲ」呼ばわりされた小泉伸太郎巡査部長だった。
「お、お茶どうぞ」
 震えながらオレ達にお茶を差し出すと、真っ赤な顔をしながら部屋を出て行った。
 その怒りは、ハゲと言われた事に対してなのか、遠まわしに無能呼ばわりされた事に対してなのか判りかねた。
「うーん」
 古田さんはゆっくり歩いていくと、廊下を見回し
「西園君、ちょっと」
 と、若い刑事を呼んだ。
 彼が入ってくると、もう一度廊下を見回して、そっとドアを閉めた。
「彼は西園くんと言ってね、優秀な部下なんだ」
 と、その刑事を紹介してくれた。
 西園は「恐縮です」と言って、古田さんに軽く頭を下げると
「西園守といいます。よろしく」
 と言って、オレ達にお辞儀をしてくれた。
 オレは慌てて立ち上がり、深々と礼をしたが、冬哉はだらしなく敬礼をしただけだった。
「実は、帝劇トップスターの殺人事件・・・私は担当しないことになったんだよ」
 古田さんは、いきなり切り出した。
「えっ、何でですか?」
 驚いて訊いたオレに
「この国のトップスターが殺害されたという事は、わが国に対する挑戦だという事です。それと・・・」
 西園さんは古田さんの方を見ながら少し低い声で言った。  
「上からの圧力かい?」
 西園さんの言葉をさえぎった冬哉の問いに、古田さんは黙ってうなずいた。
「容疑者の中に未成年がいるし、少し奇妙な事件という事もその理由なんだけどね、私の上司が大の帝劇ファンで、無理やり捜査本部に入ったんだよ。その間、私を出張に出そうという魂胆らしいんだ」
 と言いながら、どこかの哲学者のように頭を抱えた。
「古田さんを敬愛する者ばかりでは無いという事です。春風碧ファンだというのが表向きの理由ですが・・・」
 暫く間を置いて西園さんが言うと、冬哉は呆れたように
「『小人の心は、養い難し』だな・・・で、オレ様は何をすればいい? 捜査の邪魔か、それとも…」
 と、含みを持たせて訊いた。
 古田さんは嬉しそうに答えた。
「君は本当に頭がいい。ウチの小泉とトレードしたいくらいだ」
「お世辞はいいよ・・・って、お世辞じゃなさそうなのがイタイな」
 冬哉の発言に、古田さんは少し情けなさそうな顔をした。
 西園さんは怪訝な表情でオレ達を見ている。
 ただの中学生が警官の事をボロクソに言っているのだから、当然の反応であった。
「今日来てもらったのは、この事件の『少し奇妙な点』についてです」 
 古田さんは出し抜けに言い始めた。
「西園君、資料を出して」
 と、古田さんに言われたものの、西園さんはすぐに出してくれなかった。
「古田さん、無礼を承知で申し上げますが、捜査資料を民間人に見せるというのは、規則違反ではないでしょうか?」
 西園さんの言うことは、至極まともな事であった。
 但し、まともな人に対して…。
「民間人とはいえ、協力を仰ぐ以上はある程度の情報公開も致し方ない事と思ったんだが」
 古田さんは額に手を当てた。
───相変わらず、人の心理を突くのが上手いな…
 オレは感心してしまった。
 冬哉も似たような事を考えていたようで、ニヤッと笑っていた。
 西園さんは、額に汗をかきながら
「し、失礼しました。どうぞ…」
 と言って、捜査資料を机の上に広げた。
 古田さんは、冬哉が覗きこむのを見計らって口を開いた。
「え〜、昨日午後18時48分 山中公園の遊歩道で華組トップスター 春風碧こと蒼田聖子23歳が遺体で発見された。死因は、背部から鋭利な刃物で刺された事による失血死。死亡推定時刻は16:00から18:00の間。第一発見者は、ん〜加賀屋早紀…」 
「えっ、加賀屋先生?」
 思わず叫んだオレの口を冬哉が塞いだ。
 両手を合わせ、ゼスチャーで「スイマセン」と謝るオレを見て、古田さんは続けた。
「うーん、他は読んでみて下さい。ただ、これが判らないんだな…死体が発見される一時間前に、彼女のマンションで彼女を見たという人物がいて……えー、何と言ったかな」
「笹本香織13歳、神戸市立東中学校の一年生。クリーニングの配達に行った際に、彼女は被害者が玄関口で倒れていたのを目撃したと証言しています。しかも、この時は確実に生きていたという事です」
 西園さんが古田さんの補足をした。
「んー、これが納得できないんです…」
 無言のまま、冬哉が古田さんの顔を見た。
 それを待っていたかのように
「凶器であるナイフは被害者の自宅・・・寝室で見つかりました。血まみれのシーツと一緒に、ドアから死角になるようベッドと壁の隙間に突っ込んでありました。え〜 被害者の自宅マンションから犯行現場までは、車で約一時間。笹本香織が本当に生きている被害者を見たとすれば、犯人は何故被害者をそれほど離れた場所に移動させる必要があったのか・・・?」
 と、古田さんがつぶやいた。
「笹本香織から詳しく事情を聴いたのですが、これも奇妙でした。彼女が倒れている被害者を発見した後、助けを呼びに少しの間現場を離れたそうです。彼女が戻った時、被害者は忽然と姿を消していました」
 冬哉が目を細めた。
「おかしな事もあるものだ…うーん、実に興味深い事件です。五代君、尋ねたかったのはこれなんです。外からドアロックを掛けるようなマジックがあるのか。或いは、距離を一気に縮めるような事がマジックで可能なのか」
 古田さんは冬哉の顔を覗きこんだ。
 しばらく考えた後
「どっちも無理なんじゃないの?」
 と、冬哉は答えた。
 その答えを期待していたかのように、古田さんはうなずいた。
 西園さんも、眉間にシワを寄せてうなだれてしまった。
「ただ…」
 冬哉が言うと、二人はパッと顔を上げた。
「ただ、何らかのトリックは使われている。しかも、マジックに近いトリックがね・・・」
 と、冬哉は自信を持って言った。
「そうですか、やはり私の思った通りです・・・西園君、そういう事ですから後は宜しくお願いします」
 古田さんは言ったが、西園さんには意味が判らないらしく
「しかし、丑四警部から私も捜査から外れるように言われているのですが」
 と、困惑しながら言った。
「いいんだよ。オレ様が現場を見たい時なんかに、あんたが便宜を図ってくれれば」
 なれなれしく言う冬哉の言葉に
「私からも取り調べをする警部に言っておきますが、笹本香織というお嬢さんをくれぐれも丁重に扱うように便宜を図ってください。じゃあ、そういう事で・・・」
 と、言って古田さんはニヤリと笑った。
 ハンカチを取り出し、額の汗を拭った西園さんは
「承知しました」
 とだけ答えた。
 ニヒルな笑みを浮かべ、西園さんに向かって数回うなずいた古田さんは、おもむろに束になった紙を出した。
「西園君、さっきコピー機が詰まって、裏にテスト刷りをした束があるんだが・・・両面コピーしてしまったから、メモにも使えないね」
 と言って、それを西園さんに渡した。
 確かに、その紙の裏には“昼はカラス、夜は鳩”等と、訳の分からない暗号のような事が書いてある。
「それでは、これをシュレッダーに掛けておきます」
 西園さんは平静を装いつつ部屋を出て行こうとした。
「いや、ここに捨てておけばいい。関係ない人が拾っても意味のないものだからね」
 古田さんはそう言って、それをごみ箱にまとめて捨てさせた。
 さっさと拾えとでも言うように、冬哉はオレをごみ箱の方に突き飛ばした。
 オレが資料を拾うのを見届けた古田さんは数回うなずくと 
「さて、私は出張の準備をしないと・・・。西園君、一つ確認なんだが・・・」
 と、人差し指を立てた。
「さっき君も言っていましたが、事件の事を聞かれても関係者以外に話してはいけないのは知っているね?」
 と、西園さんに訊いた。
「存じております」
 との返答に、古田さんは
「捜査資料を読んだ人は関係者だと思うかね?」
 と、続けて訊いた。
 西園さんは不思議そうな顔をした後、オレ達の方を見た。
 暫く考えて
「この部屋にいれば、少なくとも関係者であると思います」
 と、大真面目に答えた。
 古田さんは、満足そうに微笑むと
「君は本当に優秀な部下だ。明日からジェンヌの取り調べも始まるようですが・・・関係者には、協力を惜しまないように。私がいない間、お願いします」
 西園さんの肩をぽんと叩くと、冬哉に向かって目配せをした。
 部屋を出て行く古田さんと西園さんにオレが頭を下げている間も、冬哉はいつものようにトランプをシャッフルしていた。


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