BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝2 〜


05

 2001年3月23日(金)午前11時34分
 オレこと御影英明は、東警察署の前を行ったり来たりしていた。
 昨日、この街で起きた帝塚山歌劇団のトップスター殺人事件にオレ達の同級生が容疑者として挙がっているという情報を受けたのだ。


 国立帝塚山歌劇団。
 通称「帝劇」は、大東亜共和国の中でもトップクラスの劇団だ。
 この国に数多くある劇団の中で、トップクラスと称されるには「国立」という看板だけではない。
 その地位を支えてきたモノは、入団方法とスターシステムである。 
「帝劇」には、誰でも簡単に入れる訳ではない。
 入団を希望する者は、高校卒業後に付属の音楽学校に入学をする必要がある。
 この音楽学校も簡単に入学が出来る訳もなく、80人という定員に全国から毎年20000人もの応募があるという。
 全国から集まる猛者の中で、まずこの競争を勝ち抜かなければならない。
 それはこの国の最高学府に入学することより困難だといわれていた。
 仮に入学が許可されたとしても、卒業までの2年間は踊りや声楽の基礎をイヤというほどやらされる。 
 ここでさらに篩いに掛けられた生徒達は、卒業時には約40人前後しか残ることは出来ないという。
 卒業した女性達は晴れて帝劇に入団し「ジェンヌ」と呼ばれるようになる。
 しかし、本当の勝負はここからなのだ。
 帝劇では「華」「蝶」「風」「月」の4組が存在する。
 それは完全な実力主義で分類され、ランクが一組違うだけで待遇も雲泥の差となる。
 音楽学校を卒業したジェンヌ達は、まず最下級の月組へ編入され、そこから最高位の花組を目指す。
 当然、組の中でも席次があり、日頃から一つでも上位に上がろうとする努力とオーディションが繰り返される。
 下に行くほど、台詞はおろか舞台に登場する回数も少なくなるのだ。
 ジェンヌ達は「常に向上心を忘れず」という言葉を胸に、上を目指していく。
 これがピラミッド型のスターシステムである。
 この完全実力主義こそが、今日の帝劇のショービジネスへの君臨と屋台骨を支えているのだった。
 それ故に、華組のトップこそは「スター オブ スター」と称され、この国のトップスターであると言っても過言ではない。
 それは、この国の女性達が一度は憧れる地位なのであった。 
 

 そんな帝劇の華組トップ、春風碧が昨日殺害されたのだ。
 捜査本部の置かれる東警察署の古田警部補から連絡をもらい、オレは慌てて親友 五代冬哉に連絡を入れた。
 なかなか繋がらなかったが、昼前に何とか連絡がついたのだ。
 冬哉恒例のワンギリも、今回ばかりは待ち遠しかった。
 警察署の前で待ち合わせようという事になり、オレは檻に入れられた動物のようにうろうろと歩き回っているのだった。
「よう、英明。お前、成績どうだった?」
 冬哉の第一声が、これだった。
 オレは脱力感を覚えながら
「少なくともお前より良かったよ」
 と、律儀に答えた。
「それより、何でこんな・・・大人数で来たんだよ」
 オレは不満をぶちまけた。
 冬哉以外に、結城真吾と沢渡雪菜、坂野千尋さん、そして遠藤章次までがいたのだ。
「俊介のヤツも着替えたら来るって言っていたぜ」
 冬哉は平然と言った。
 オレは出来るだけ小さな声で
「古田さんには、お前と二人で行くって言ったんだよ。こんなに大勢で・・・どうするんだよ」
 と、言った。
「何だ、古田のおっさんか。じゃあ問題ねえな」
「問題アリアリだろう。坂野さんや沢渡はともかく、章次はまずいよ・・・」
 チラッと章次の方を見ると、目が合った。
 章次はオレの方へ歩いてくると、いきなり胸倉を掴み
「おい、香織が容疑者ってどういう事だ! 説明しろ!」
 と、オレに食って掛かった。
───こうなるから、章次はマズいんだよ・・・
 心の中で涙を流しながら、オレは章次の手を引き剥がそうとした。
「落ち着け、章次。こいつだって未だ何も知らないんだ」
 真吾が章次の手を抑えた。
 オレがどうやっても引き剥がせなかった章次の手が軽々と外れた。
 章次も面食らったようで、顔つきが少し穏やかになった。
「中に入るのは冬哉と英明だけだ」 
 真吾が出し抜けに言った。
「何で? 冬哉君は別にいいって・・・」
 沢渡が不満を口にした。
 しかし、真吾の言う事は絶対な様で、それ以上は何も言わなかった。
「オレは行くぞ!」
 章次が鼻息も荒く言ったが「お前も留守番だ」と、真吾に首のところを軽くつままれると、そのまま棒立ちになった。
 おそらく、何処かのツボを押しているんだろう。(オレも昔やられたことがある)
「古田さんが英明に連絡してくれただけでも、何か裏があるっていう事が判る。こんな大勢で行っても迷惑になるだけさ。それに、容疑者の一人が笹本さんなんだろう? ヘタすると章次は共犯者にされるぞ。夏休みの事件でもそうだったらしいけど、学生がウロウロするのを良く思わない人の方が多いんだよ、警察ってところは。だから呼ばれた者以外は行かない方がいい」
 こういう時に真吾は頼りになる。
 常識も持ち合わせているのだ。それに比べて・・・。
「じゃあ、オレ様達だけ行ってくる。そこでハンバーガーでも食って待っててくれ」
 冬哉は千尋さんにそう言うと、さっさと警察署の中に入って行った。


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