BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝2 〜


09

 オレと冬哉は取調室の映像と音声を別室でモニタしていた。
 古田警部補の部下である西園守刑事の取り計らいだった。
 二人が真剣に画面を見ているのに対し、オレは幾分ミーハー気分であった。
 容疑を掛けられている笹本香織には悪いが、帝劇ジェンヌ達のプライベートをオレ達だけが垣間見る事が出来るのだ。
 一通りの聴取が終わった所で、西園刑事が
「どうです?」
 と、訊いた。
「橙羽さんのウエスト、人間とは思えないくらい細いっスね。内臓とかちゃんと入ってるんですかね?」
 オレは思わずつぶやいた。
 西園さんは軽くオレの言った事をシカトしながら
「今ので何か掴めましたか?」
 と、冬哉の方を見て言った。
 鼻の下を伸ばしていたオレは、ハッと正気に戻ると慌てて冬哉の方を見た。
 机の上に置いている数枚のトランプを一つずつ動かした後で、冬哉は
「大体の事は掴めたよ」
 と、西園刑事に言った。
 少し驚いたような表情をしている西園刑事に
「あんたも大体分かったんじゃないの?」
 と、冬哉は推理小説の犯人当てをするかのように言った。
「ウラが取れるまでは、まだ分かりません」
 生真面目に応える西園刑事には、少々引いてしまう。
 しかし、冬哉は違うように感じた様で
「さすが、古田さんの右腕。スケベ英明やコイツとは全然違うな」
 と、画面を指差しながら言った。
 取調室を映している画面には(オレも面識はある・・・)オレ以上に鼻の下を伸ばしているダメ刑事、小泉巡査長が映っていた。


§

 警察署を出たオレ達は、西園刑事と一緒に笹本香織の家へ行った。
 西園刑事が言う所の『ウラを取る』作業をするためだ。
 道中でオレは彼に訊いた。
「あの〜捜査本部では、どれくらい進展しているんですか?」
「それが、あまり話してくれないんですよ。容疑者もジェンヌや未成年ですし、妙な・・・というか特殊な事件じゃないですか? 分かっている事はあるんだと思いますが、冷たいものですね」
 西園刑事は残念そうに言った。
 オレはなんと言っていいかわからず「そうですか・・・」と、形式的に言った。
 その時
「こんにちは」
 と、挨拶をされた。
 振り向くと、そこには同じクラスの新井真里(女子1番)が立っていた。
「よう」
「やあ、新井さん。珍しいね、街で会うなんて。どこか出かけるの?」
 オレと冬哉が同時に声を掛けた。
 真里はうつむき加減で、はにかむようにして笑った。
「わたし達、来週誕生日なの。それで、お互いのプレゼントを買いに・・・」
「わたし達?」
 オレは思わず訊き返した。
 後ろを振り向いた真里の視線を追うと、その先にもう一人新井真里がいた。
「えっ、ええっ!」
 驚いて言葉を詰まらせたオレと対照的に落ち着いた声で
「双子だったのか?」
 と、冬哉が言った。
 恥かしそうに真里はうなずいた。
「双子だけど年度をまたいで生まれたから、妹の学年は一つ下なの」
 真里に手招きされ、妹が隣に来た。
「真季です・・・よろしくお願いします」
 真里と全く同じ顔で真季が挨拶をした。
 あまり双子に縁の無かったオレには不思議な光景だった。
 双子というのもそうだが、学年が違うとなると極めて珍しいんじゃないだろうか?
「本当にそっくりだね。入れ替わっても分からないだろうな・・・」
「みんな同じことを言うのよ」
 少々間の抜けたオレの発言に二人はクスクスと笑った。(その笑顔までが同じだった)
 しかし、双子とは言っても二人のファッションセンスは微妙に違うようだ。
 真里は白いブラウスに紺のボレロを羽織り、膝丈のフリルのついたスカートを着ているのに対し、妹の真季は薄手のTシャツにGジャンを着て、ベージュのパンツを履いていた。
 髪型も定規で測ったようにきっちりとしたボブカットの真里に対し、真季はゆるくウェーブを掛け少しボリュームが出るようなカットをしている。
 長さが同じだけに二人の違いがはっきりと分かった。
 一見、仲が悪いのかと思えるほどだったが、オレ達には知り得ない事情があるのかもしれない。
 まじまじと二人を眺めているオレをみっともないと思ったのか
「じゃあ、ちょっと早いけどオレ様からのプレゼントだ」
 突然、冬哉が言いだしトランプを取り出した。
 赤いカードの中からジョーカーを二枚取り出すと、それを全員に見せて裏返しにした。
 その表面を指で弾き、ゆっくりと元に戻すと一枚からジョーカーが消え、もう一枚にジョーカーが増えていた。
「うそー」
 真季は本当に驚いて、思わず口を押さえた。
 話し方とちょっとしたオーバーアクションは、おとなしい姉と違って活発な印象を受ける。
 冬哉はジョーカーだけをポケットにしまうと、残りのカードを真季に差しだし
「一枚引いて」
 と言った。
 恐る恐るカードを引いた真季は、それを姉と一緒に見た。
「お前さんの引いたカードはハートの7だ」
 冬哉は速攻で言った。
「な、なんで・・・当たるの・・・・・」
 真季の手は少し震えていた。
 冬哉はポケットからサインペンを取り出して真里に渡すと、それにサインをさせた。
『マリ&マキ』 
 と、下の方に書かれたカードが冬哉の手に戻った。
「こいつをカードの山の中に入れる。そして、指を鳴らすと・・・」
 冬哉が言葉通り、サインされたハートの7をデックの真ん中あたりに入れ、指を鳴らした。
 そして、一番上のカードをめくると・・・そこにはあるはずの無いハートの7が出てきた。
 しかも、そのカードには『マリ&マキ』のサインがあるのだ。
 言葉を失っているオレ達を無視して、冬哉は同じ事を繰り返した。
 やはり指を鳴らすとハートの7が一番上に来ていた。
 驚きのあまり口を半開きにしている妹とは対照的に、真里は猛然と拍手をした。
「スゴイ、五代君。私、こういうの初めて見たわ」
 興奮気味に話す真里に、冬哉は「そうかい」と、そっけなく言った。
「そのカード・・・もらってもいい?」
 真里が冬哉に言った。
 冬哉は軽く顎を引くようにして頷くと、ポケットから緑色のサインペンを取り出し『Happy Birtyday』と、書き込んだ。
 しゃれた感じのメッセージカードに見える。
───汚らしい筆跡だな
 と思ったが、オレはそれを口にするような無粋な男ではなかった。
「誕生日おめでとう」
 冬哉はそう言って、カードを渡した。
 真里の目が涙で潤んでいる。
───えっ、まさか・・・
 オレの脳裏に 信じられない仮説が浮かんだが、それを確認する前に冬哉はさっさと歩き出していた。
「五代君、ありがとう」
 と、言って手を振る真里に、冬哉は振り向きもせず、ただ右手を上げて答えていた。


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