BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝2 〜


10

 2001年3月24日(土)午後15時23分
 新井真里、真希の姉妹と別れたオレ達は、笹本香織の家を訪問した。
 香織の母親は昨日と違い、明らかに嫌悪の目でオレ達を見た。
 警察官が一緒にいるだけで、オレ達も同類だと思われたのだろう。
「オレ様は香織さんの無実を証明するために来たんだよ。安心してくれ」 
 という冬哉の一言で、無事に香織の部屋に通された。
 いつも思うんだが、冬哉は年上の女性の扱いが異常に上手い。
 同級生や下級生の女子には『そっけない』『かっこつけ』『自信家』etc・・・と、結構評判が悪いのに対し、上級生やPTAのお母さん方にはファンが多い。(オレの母親もその内の一人だ)
 今付き合っている千尋さんも一学年上だし・・・。
 何がそうさせているのか分からないが、いつかその謎を解き明かしたい。
 話が逸れた(汗)
 オレ達は香織の部屋に通されると、早速事件当日の事を尋ねた。
 部屋の奥に香織が座り、その正面(ドアに一番近い位置)にオレ。オレの右に冬哉、左に西園刑事という位置取りだ。
「あの日は4時過ぎに学校から帰って、すぐに配達に行かされたの。回る件数がとても多かったから、ちょっと辛かったんだ。でも、あの日は聖子さんに会えるから、そんな思いも吹き飛ばせた。17時30分頃マンションに着いてエレベーターホールに入ったの。そこで綾さんに会ったの。あ、綾さんて・・・」
 香織がジェンヌの名前をどう呼ぶかで迷い、話を中断しようとしたが、西園刑事がそれを制した。
「あなたが気を使うことはありませんよ。話し易い言葉で結構ですし、分からない事があれば後で質問しますから。どうぞ気にせず続けてください」
 優しい口調には刑事特有のいやらしさはなかった。
 香織は少しリラックスが出来たようで、軽く深呼吸をすると話を続けた。
「綾さんに後で寄ってほしいと言われました。それから他の配達を済ませて、12階の聖子さんの部屋に行ったんです。時間は17時45分でした。時計を見たので間違いありません。いつもその時間にお伺いするようにしているんです。聖子さんが一番余裕のあるお時間なので・・・インターホンを2、3回押したんですが、応答がありませんでした。いつもと様子が違うので、ドアを開けたんです。
 そうしたら・・・聖子さんが・・・・・・」
 香織は唇を震わせた。
 冬哉がチラッとオレの方を見た。
「あの・・・辛いところを悪いんだけど、そこが一番訊きたい所なんだ」
 オレは、しどろもどろしながら香織に言った。
 冬哉が軽くうなずくと、西園刑事が
「そうなんです。あなたの容疑を解くためには、そこからが一番重要なんです。スイマセンが良く思い出してもらえますか?」
 と、優しく丁寧な口調で言った。
 この辺りの呼吸は古田警部補と同じだ。
 きっと、この刑事は出世するだろう。
 オレが物思いに耽っていると、香織が口を開いていた。
「聖子さんは玄関口で倒れていました。驚いて中を覗きこむと、傍に血の付いたナイフが落ちていたんです。慌てて、部屋に入ろうとしたら、ドアロックって言うんですか? あれが掛かっていたので入ることが出来ませんでした」
 香織は目に涙を浮べながらも、ひとつひとつを思い出しながら話した。
「とにかく、何とかしなきゃと思って手を伸ばしました。そうしたら、聖子さんの肩に触ることが出来たんです。ゆっくりと手繰り寄せて手首の脈を診ました。少しだけど脈を感じたので、すぐに隣の部屋のインターホンを押しました。絵美さんに救急車を呼んでもらおうと思ったんです。でも、眠っていたらしくて、全然出てきてくれなかったんです。それで・・・わたし、どうしていいか分からなくなって・・・その場から逃げ出しちゃったんです。それで、エレベーターで下に降りたら、ちょうど貴子さんと米田さんが来て・・・」
 と、言った途端、香織の目から涙がこぼれた。
 西園刑事が、香織の肩にそっと手を置くと
「あなたの取った行動は、別に非難されるものではありませんよ。一般人の・・・しかも中学生なら、そうした方がいいんです。もし、春風碧を殺害した犯人がその場にいたら、あなたまで犠牲になっていたかもしれません。あなたは間違った事なんてしていないんですよ」
 と、言った。
 すると、廊下からドドド・・・と足音が聞こえてきた。
 オレのケツに勢いよく当たりながら開いたドアの向こうに、遠藤章次が立っていた。
「手前ら、何のつもりだ。オレに断りもなく、香織に事情聴取してんのか?!」
 完全に章次の頭に血が上っていた。
 真っ赤になっているその顔面に、一枚のカードが投げつけられた。
 章次の目と目の間に見事に命中したそれは、ひらひらとオレの手元に舞い降りてきた。
 スペードのキング
 もちろん冬哉が投げたものだった。
「馬鹿は黙ってろ。ホント、筋肉ばっかりのヤツは優雅さが足りんな・・・」
 冬哉が眉を寄せながら言った。
「なんだとぅ・・・」
 ぎりっと歯を鳴らし、章次は拳を握りしめた。
 同時に、冬哉がパチンと指を鳴らした。
 その直後、章次の目の前に炎が上がった。
「うおぉぉぉ」
 慌てて自分の顔の前を振り払い、しゃがみこんだ章次に向かって
「よし、そのまま座ってろ」
 クールに言い放つ冬哉に
「スゴイ! 今のマジック・・・だよね?」
 香織が目を耀かせながら訊いた。
「後でご覧にいれるよ」
 冬哉は、薄く笑顔を見せた。
「それより、先ずは状況の確認だ。西園刑事は質問無いの?」
 それまで呆けていた西園刑事は、冬哉に声を掛けられて正気に戻ったようだ。
「あっ・・・し、失礼。えーっと、血の付いたナイフが落ちていたと言われましたが、血液は、どんな感じでした? 乾いていたとか、絵の具みたいだったとか・・・」
 妙な質問だなと思ったが、これは結構大事なことらしい。
 香織は少し考えて
「よく覚えていないです。とっさに血が付いていると思ったので、そんなに乾いてはいなかったと思います」
 と、答えた。
 西園刑事は、それを書き留めると
「脈を診て生きている感じがしたんですね。顔色とかはどうでした?」
 と続けた。
「顔は、よく見えませんでした。とにかく、ぐったりしてしていたので救急車を呼ばなきゃって思ったんです」
「部屋に人の気配はなかったですか?」
 立て続けに、西園刑事は質問を続けた。
 香織は首を横に振ると
「少なくとも、玄関口では人の気配なんてありませんでした。部屋の奥に隠れる所はあると思いますけど、そこまでは・・・」
 と、申し訳なさそうに答えた。
「いえ、そんなに恐縮しないで下さい。余裕があるような状況じゃないですからね、どうもありがとうございました」
 そう言って西園刑事は ぺこりと頭を下げた。
「もう、いいんでしゅか?」
 舌が回らず、赤ちゃん言葉になったオレを章次が小突いた。
 西園刑事は、軽くうなずいて冬哉の方に視線を向けた。
 パラパラとトランプをシャッフルしていた冬哉は、その手を止めて香織の方を向いた。 
「被害者は、どんな格好で倒れていたか教えてくれ」
 これまでと違って冬哉は真剣な表情で尋ねた。
「えっと、ほとんど寝転がったような感じで・・・どう言ったらいいんだろう・・・・・・」
 香織が言葉に詰まると、冬哉が章次の手を引っ張り
「こいつにそのポーズを取らせてくれ」
 と、言った。
 訳も分からず寝っ転がされた章次は、ママゴトの人形のようにポーズを取らされた。
 ウチの親父が酔っ払ってソファーからずり落ちた格好に似ているなと思った。
 椅子からずり落ちて、肩で壁にもたれるようになっている。
 顔は下を向いていて、呼吸もしづらそうだ。
「こんな感じだった」
 香織は複雑な表情で死体の真似をしている章次を見下ろした。
 西園刑事は、必死な表情で手帳に何やら書き込んでいる。
 反対に冬哉は色々な角度から章次の身体を観察した。
「顔は見えなかったんだよな・・・被害者の髪型はどんな感じだった?」
 と、西園刑事に尋ねた。
「資料に写真は添付されていなかったのかな? 肩よりも長くて少しウェーブがかかっていました」
 西園刑事は、丁寧に教えてくれた。
 顎を引くようにしてうなずいた冬哉は、香織の方を向くと
「脈はどんな風に取ったんだ? ちょっとやってみてくれ」
 と言って、自分の右手を香織の方へ突き出した。
 香織は困惑した表情を浮べながらも冬哉の手を取って、そこに自分の指を当てた。
「こうだったと思うんだけど・・・・・・いゃあ!」
 香織が突然悲鳴を上げた。
 その声に章次は慌てて立ち上がると、香織を支えるように抱いた。
「どうした?」
 章次の問いかけに香織は唇を震わせながら答えた。
「ご、五代君の脈が・・・聖子さんと・・・あの時の聖子さんと、同じ・・・だったの」
 オレを含めた一同の視線は冬哉に注がれた。
 四人の視線を受けた冬哉は、黙って不敵な笑いを浮べているだけだった。


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