BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝2 〜
エピローグ
「よう、見舞いにきてくれたのか」
章次の明るい声が、オレ達を迎えてくれた。
オレと冬哉、千尋さん、沢渡、俊介の5人で章次の入院している病院に見舞いにきたのだ。
帝塚山歌劇団を舞台にした事件は、犯人である飛鳥橙羽こと松野絵美の自殺によって幕を閉じた。
わが国の最高峰である帝劇のトップを巡るシステムが、それまで興味の無かった人々にも知れ渡ると、その競争原理は社会に少なからず影響を与えた。
まだ暫くの間はマスコミの良いネタになる事だろう。
「笹本さんの様子はどう?」
千尋さんが章次に訊いた。
「オレはまだ会えていないんですが、まだショックから抜けきれていないようです。目の前で知り合いが首を斬って死んだんですからね。あのシーンが夢に出てきて、オレも夜中に飛び起きたりしますもん。医者の話しじゃ、同じようなショックをもう一度受けると、香織の心は崩れちゃうかもしれないそうです」
章次は悔しそうに言った。
実はオレもあのシーンが脳裏に焼き付いていた。
舞台用の剣を振り上げた橙羽は、申し訳無さそうな表情を浮べると自らの首すじに剣を当て、一気に引いた。
脳内麻薬のためか、ここからスローモーションになったのを覚えている。
特殊効果のように血が迸り、オレ達3人を真っ赤なシャワーが濡らした。
とっさに章次が笹本をかばったので、直接そのシーンを見なかったはずだが、それでもショックは大きかったはずだ。
不謹慎かもしれないが、下手なスプラッタムービーよりも強烈だったのだから。
「それじゃあ、これからもオメエが笹本を守ってやらなきゃな」
冬哉の言葉に、章次はテレながら頭を掻いた。
「本当に・・・お前には借りが出来たな、五代。いつか返すからな」
「そんな事は、さっさと忘れて笑っていろ」
冬哉は相変わらず身も蓋も無いような言い方をした。
「何か、メッセージとか笹本さんに届けてあげようか?」
沢渡が、章次に訊いたが
「いや、オレ宛にジェンヌの人達から手紙が着たんだけど、落ち着いたら香織の見舞いに行ってくれるらしいんだ。オレが行くよりそっちの方がよっぽど嬉しいさ」
と、寂しそうに言った。
「情けない事を言うな。お前はこれからのラグビー生活と引き換えに彼女を守ったんだぞ、もっと自信を持て」
俊介がバンと章次の肩を叩いた。
橙羽に殴られ、アキレス腱を部分的に断裂した章次は、ラグビーの様に激しいスポーツをする事が出来なくなってしまったのだ。
一気に暗い雰囲気になりそうだったのだが、冬哉が
「俊介、病院でケガ人を作るんじゃねえぞ」
と、言った事でみんな思わず吹き出してしまった。
「五代、香織がいないから聞くけど、何で飛鳥橙羽が犯人だって分かったんだ?」
章次が、探るように訊いた。
冬哉はポケットからトランプを取り出すと
「この中からどれでも好きなカードを一枚引いてみな」
そう言って章次の前にトランプを広げた。
章次は その中から“ハートのA”を引いた。
「似合わねえカードを引くな」
冬哉は毒を吐きつつ、ポケットからサインペンを取り出して章次に渡すと、新井姉妹の時と同じようにサインをさせた。
字なのか図形なのか判らないようなモノを書き殴った章次は、カードを冬哉に返した。
「こいつをカードの真ん中あたりに入れる。そして、指を鳴らすと・・・」
冬哉が言葉通り、サインされたハートのAをデックの真ん中あたりに入れ、指を鳴らした。
そして、一番上のカードをめくると・・・新井姉妹の時と全く同じように、あるはずの無いハートのAが姿を現した。
「う、うそー」
素っ頓狂な声をあげた沢渡はもちろん、以前に見たことのあるオレでさえも驚いて目を見開いていた。
何度か繰り返したが、必ず一番上はハートのAだった。
「これはアンビシャスカードというマジックで、100年前に考案されたものだ」
「五代、これが何か関係あるのかよ?」
淡々と説明をする冬哉に、章次が口を挟んだ。
「こいつを新井姉妹に見せた時に閃いたんだ。目の前に見えているカードが入れ替わる・・・つまり被害者と犯人が入れ替わるトリックを使ったとしたらってな」
意味が飲み込めない章次に、もっと理解できるように冬哉は補足をした。
「笹本が見た春風碧が犯人だって事だよ。そこから、入れ替わってバレないくらい被害者の体格に似ていて、被害者の部屋に短時間で出入りの出来る人物を絞っていけば、自ずと飛鳥橙羽が犯人って事になるんだ」
なるほど・・・と感心していると、ドアがノックされ、結城真吾が病室に入ってきた。
「この病院は知り合いが多いな。ミサちゃんに、樋川に、章次とはな・・・」
真吾の言葉に、沢渡が反応した。
「ミサちゃんって、誰?」
沢渡に睨みつけられた真吾は
「い、いや、昔の知り合いだよ。別に変な関係じゃないって・・・」
真吾の慌てぶりが異常に可笑しくて、みんな爆笑した。
その笑い声にまぎれ「何かあったら、わたしを守ってね」と言った千尋さんに、冬哉が見たことも無いような笑顔で頷いたのをオレは見逃さなかった。