BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝2 〜
13
五代冬哉の指差した人物、それは飛鳥橙羽だった。
彼女は怒っているような、それでいて呆れているような微妙な表情を作っていた。
「ちょっと、何をバカな事を言っているの。警察でもない中坊が・・・これだからガキは嫌いなのよ。どこに証拠があるっていうの?」
一気にまくし立てた橙羽を睨み返し、ポケットから紙の束を出した冬哉は
「そこまで言うなら、調書と資料からあんたの行動を解析してみよう」
と、言った。
丑四警部が目を丸くしているのを軽くいなしながら冬哉は話し始めた。
「事件当日の午後3時頃、あんたはブティックに出かけ買い物を済ませた。もちろん、これはアリバイを作るためだ。或いは、血で汚れるかもしれない服を事前に準備するためかもな・・・。そのブティックから犯行現場までは車で10分と掛からない。午後4時に被害者である春風碧を現場に呼び出しておいたあんたは、その場で彼女を刺殺。それから次の作業の為に車で自宅に帰った。この時点で時間は午後5時過ぎ・・・あんたは合鍵を使って被害者の部屋に入り、偽装工作を済ませると被害者の扮装をしていつも午後5時45分に来るクリーニング屋、笹本香織を玄関で待った。脈を止めるトリックと血の付いたナイフを見れば、誰だって刺されたと思うさ。そのミスディレクションに嵌った笹本は、あんたを春風碧だと思い込み、そして思惑通り警察で証言してくれたんだ」
オレの見た感じでは、橙羽の顔色が少し青ざめたように思えた。
しかし、冬哉の推理には穴がある。
「ガキの妄想を聞かされるのもムカつくねぇ。それなら、綾や貴子にでも出来るじゃないか。あたしがやったっていう証拠はあるのかい?」
橙羽がヒステリックに言った。
「普通は殺人の容疑を掛けられたら、名誉毀損で訴えるって言うんだけどな・・・」
涼しい顔で、冬哉は言ってのけた。
「なんですって・・・」
と、逆上しかける橙羽を西園刑事がなだめた。
「朝比奈桃音、諏訪紫苑ともアリバイは完璧だ。朝比奈桃音は電話の相手やパソコンといった第三者の証言がある。諏訪紫苑については、米田匠と口裏を合わせる可能性もあったが、彼女達の行った先々の店で裏が取れている。だけど、あんたについては犯行時刻に空白の1時間があるんだよ」
冬哉が言い終わらないうちに
「クリーニング屋はどうなのよ。その子の証言自体が狂言っていうこともあるでしょう」
と、橙羽が言った。
「ふざけた事言ってんじゃねえぞ、ゴラァ!」
橙羽に負けない勢いで章次が怒鳴った。
オレは慌てて章次を抑えようとした。
かなり怒っているようで、オレを引きずりながら橙羽に詰め寄ろうとした。
「笹本は車の運転なんて出来ねえよ。他の二人も含めて車を運転できるのは、あんただけだ。それに、あの場所でこの時期に突風が吹くなんて、普通のヤツは知らねえ。高校生の時から、あの場所を知っている被害者やあんた以外はな」
冬哉が章次の行く手を遮るようにしながら言った。
橙羽の顔は強張り、鬼の様に見えた。
「聖子さんがいるうちは、ナンバー2なのよ・・・」
鬼女の口から怨念にも似た言葉が吐き出された。
「橙羽は私の最高のパートナー・・・何度それを言われた事か。私は一番になりたいのよ。だから、帝劇を辞めてテレビや他の舞台でトップになろうと思った。それなのに・・・それを聞いた聖子さんは『私も辞める』って言ったのよ。いくら元ジェンヌといっても、トップスターとそれ以外の差がどんなものか知ってる? 私は考え直すように言ったわ。だけど、全く聞く耳を持ってくれなかった。だから、殺したのよ!」
次々と紡ぎ出される言葉の呪いにかかったように、ジェンヌ達の顔色は青ざめて行った。
「違う、聖子さんはそんな事を言ったんじゃない!」
それまで章次に守られるように立っていた香織が言った。
「絵美さんがいないと私はダメだって聖子さんが言ってた。だから、絵美さんが帝劇を辞めるって聞いた聖子さんは、きっと引退するつもりだったのよ」
香織の言葉に、橙羽は愕然となった。
「だから、あんな辺鄙な所に呼び出されても春風碧は出かけて行ったんだ・・・」
オレは冬哉の方に目を向けながら言った。
オレの言葉を肯定するように、冬哉は頷いた。
と、その時、橙羽が駆け出した。
「逃がすかよ! このアマ」
章次がダッシュした。
我が校ラグビー部期待のスクラムハーフは、稽古場の隅にある道具置き場の前でタックルをした。
その足首めがけ、橙羽は小道具らしき棒を振り下ろした。
「ぐ、がぁ」
鈍い音と同時に章次が足首を押さえて倒れた。
「章ちゃん!」
香織が駆け寄ろうとするのを、オレは必死で押さえた。
そのオレの右肩に棒が振り下ろされる。
「い、痛えぇ・・・」
いささか情けない悲鳴をあげてオレは転倒した。
───確か、次の舞台の為に本物の武道家に習ったって言っていたな。
オレがそんな事を考えているその隙に、橙羽は別のモノを手にしていた。
───剣
オレは、真吾を連れてこなかった事を心底後悔した。
こういう場面で一番頼りになるのは、警察なんかよりも我が友、結城真吾なのだ。
「バカな真似はよせ」
冬哉がいつもと違う口調で言った。
橙羽は首を横に振ると
「あ、あたし・・・聖子さんを殺してしまった。あたしの事をそんなに考えてくれていたなんて・・・なのに、聖子さんを・・・・・・」
と、泣きながら言った。
「やめて下さい、絵美さん」
「そうよ、罪を償ってやり直しましょう」
桃音と紫苑が訴えた。
橙羽は幼い子供のように首を横に振ると
「罪を償っても、舞台には立てないわ。それなら、こうするしか・・・ないの」
と言って橙羽は剣を振り上げた。
「イヤッ!」
「やめて!」
二人の後輩の叫びが稽古場に響いた。