BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第92話〜『自己』
プログラム会場の東端に位置する、D−10エリア。やや中心部から外れたこの場所には、会場北西にあるものよりもやや小さな住宅街が、中華街と隣接するように存在する。少々 雑多な家々が立ち並び、いわゆる下町のような雰囲気がある。
その中に、この街を管轄していたであろう警察署があった。
警察署といえど、プログラム会場になるということもあってか施錠の類は全くといって良いほどされていない。その警察署の中に、侵入している女子生徒の姿があった。
「……何となく、地下とかにあるイメージなんだけど−−ないみたい、ね」
玉山真琴(女子8番)はそう呟くと、ふっとため息をつく。ため息と同時に真琴の左肩に痛みが鋭く走り、思わず顔を顰めた。
昨日夏野ちはる(女子11番)に負わされた傷を、真琴は処置していなかった。病院などの医療施設がどこにあるのかもよく分かっていなかったし、何よりも真琴の脳内は、一つの思考に支配されてしまっていた。
−−銃。銃さえあれば、この状況も……。
以前阪田雪乃(女子5番)たちと一緒にホテルに立て籠もっていたとき、真琴は見張りに立つたびに雪乃に支給された武器である拳銃を手にした。不思議とその拳銃を手にしている間は、自分がプログラムという殺し合いゲームに巻き込まれたことへの恐怖が紛れた。
だからこそ今、銃が欲しい。
今ある危機を、あの武器でどうにかしたい。
真琴はそんな思考に凝り固まっていた。
そもそも、真琴は自分がプログラムに参加させられると知った時から、自分が生き残ることを最優先にして行動してきた。
昔から、真琴はそうやって生きてきたのだ。いつだって、どんな時だって己を最優先に考えた。生きていくうえで必要ならば友人も作って交流を深めてきたが、彼女にとってそれは『友人』であって『親友』ではない。否、親友など必要なかった。
そんなものがなくても生きていけると彼女は捉えていたし、事実今までそうだった。『親しい友人』ではないから、必要なければ離れれば良い。離れ方さえ気を付けておけば、悪評がたつこともない。そうやっていけば、人生は円滑に進んでいく。それが真琴の人生哲学。そしてこれからも、そうやって生きていくのだろう。真琴はそう思っていた。
だから最初は、雪乃が回してきたメモの指示になど従う気はなかった。この状況下で友情などという頼りなく役に立たないものに身を任せ、死にたくはなかったからだ。
しかし自分に支給された武器がただのパタークラブだと気づいたとき、そして偶然にも度会奈保(女子19番)と出くわしたことが、真琴の行動を決定づけたと言える。
自分の武器はあまりにも弱い。だからこそ、雪乃たちのグループに加わって少しでも生存確率を上げる。そして頃合いを見て他の武器を盗んでグループを離れ、優勝を狙って行動する。そんな道筋が、真琴の脳内では構築されていた。
果たしてその目的は果たせる寸前までいった。奈保と共にホテルへと向かい、そこで真琴は雪乃が拳銃を持っていることを知った。しかもその銃は、見張り役に交代ごとに渡されるようになっていた。絶好のチャンスだと、真琴は思っていた。しかし、計画は失敗した。雪乃と井本直美(女子1番)の行動がきっかけで。
真琴が行動のタイミングを計っているその時、直美が突然ホテルを出て行ったのだ。そしてよりによって雪乃が、拳銃を手にその後を追いかけていってしまった。
完全に、計画が狂った。
武器を手に入れられないとなれば、こんなところにいつまでもいる意味はない。残りの人数も少なくなってきた今、碌な武器もなしに籠り続けていてもジリ貧になる。
そう判断した真琴は、見張り役を終えてホテル内に引っ込むと同時に、奈保や戸叶光(女子10番)の眼を盗んで、裏口のバリケードを開けて外へ出た。
−−ここからは、完全に私一人。やってやる。絶対に生き残ってやる。
決意を新たに外へ飛び出したが、物事はちっともうまく運ばない。
最初に出くわしたちはるは、拳銃を持っていたのでうまく騙してその銃を奪おうかと考え近づいた。体力的には真琴の方が確実に勝っている。勝利を確信して行動したのだが……。
−−玉山さん。信用してほしいのなら、まずはその右手に持っているものを出してくれない?
いともあっさりと、その目論見はちはるに見抜かれてしまった。今思えば、ちはるは最初から真琴に疑念を抱いていたに違いない。自分と出会った直後から、彼女の眼は疑いが強く表れていたように思える。
やむなく強硬手段に出たが、その結果はこれである。左肩を撃ち抜かれ、その痛みに今も苦しんでいる。
−−……あいつ、次に会ったら絶対許さない。
真琴の中で、ちはるに対する怒りが強まっていく。次に会ったら必ずちはるをこの手で。そのためには武器が要る。その思いが真琴を武器探しに駆り立てた(その後の放送で雪乃たちが死んだということも耳にしたが、もはや真琴はそんなことに構っていられる余裕がなかった。直美だけが生き残っているということも、正直どうでも良くなっていた)。
その過程で警察署の存在に気づき、今こうして警察署内の家探しをしている。警察ならば、拳銃の一丁や二丁はあるかと思ったのが……プログラム会場になるということもあって、そういったものは持ち出されてしまったのかもしれない。もしそうならば、とんだ徒労だったということになる。
「何よ、それ。ふざけんじゃないわよ……」
苛立ちのこもった呟きが漏れ、周囲に響き渡る。ちょっと声が大きかったかとも思ったが、幸い誰かに気づかれた様子はないようだ。
とにかく、碌に収穫がない以上、これ以上ここにいても無意味だ。とっととどこかへ移動して、今後のことを考えなければならない。
生き残るためには武器が必要。それは変わることのない事実なのだから。
−−私は死にたくない。生き残ってやる。絶対生き残ってやるんだ。もう、他の誰かなんて知ったこっちゃない。
真琴は改めて自分に言い聞かせると、歩みを進める。彼女が今いるのは、警察署の一階。その中でも廊下の向こうにある奥まった場所。ここでやる気の誰かに遭えば逃げ場はない。早めにここを脱出する必要がある。そう考えて、真琴は出入口−−最初に真琴が侵入するときに使った正面のドアだ−−へと向かった。
慎重に、真琴はドアへと近づく。どうにかドアへたどり着き、ノブを握ったその時だった。ガラス張りのドアの向こう、やや遠くに人影を見つけた。
咄嗟に近くの壁に背中を張り付けて隠れる。そして、右手で強くパタークラブを握りしめた。
−−一瞬だったけど、間違いない。
その人影の正体が、真琴には分かっていた。原尾友宏(男子14番)。男子バスケ部に所属する、いかにもな爽やか系スポーツマンといった感じの男子生徒。バドミントン部の真琴は、同じ体育館を使うこともあって友宏とはある程度面識があるが、彼は十中八九このゲームに乗ってはいないだろう。そして彼は、拳銃を持っていた。
先程友宏の姿を見た時、僅かだが他の誰かの影も見えた。友宏が行動を共にしていて、尚且つ今も生き残っている人物といえば−−星崎百合(女子14番)以外にはありえない。友宏の恋人であり、出発順も並んでいたはずの百合なら、まず間違いなく友宏と一緒にいるだろう。
−−チャンスかもしれない。
真琴はそう思った。額を汗が一筋伝う。
ゲームに乗ることなく二人で行動している友宏たちならば、上手く隙を作ることも可能かもしれない。場合によっては百合を上手く捕えて友宏を脅し、銃を奪うというのもありだろう。
そして何より彼らは−−この警察署に向かってきていた。入ってくれば隙を突いて攻撃する。入らなければ背中を見せたところで攻撃する。これで良いだろう。
「早く来なさいよ。ここまで……」
真琴の声は、期待に膨らんでいた。
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