BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第91話〜門番の章・6『危惧』
会場の東−−エリア表記で言う、D−9エリア。中華街と住宅街の境目に位置し、店舗に代わって次第に民家が増え始める地域。その路地に、岡元哲弥(男子3番)は身を潜めている。
イントラテックDC−9を両手でしっかりと持ち、スタームルガーは腰に差して万が一の時のために備えておく。
先の定時放送までの間、ゆっくりと身体を休めたのが良かったのだろう。今は心身ともにかなりすっきりした気分だ。
そこで、ポケットに入れていたトランシーバーが雑音をたてる。どうやら、光海冬子(女子16番)からの通信が入ったらしい。哲弥は周囲の状況を観察しつつ、通信に出ることにした。
「……冬子か」
『ずいぶんと素っ気ないわね、哲弥君』
トランシーバー越しの冬子の声は、少々不機嫌そうだった。だがそれが、彼女流の冗談だということを哲弥は知っている。
−−あいつが本気の時は、もっと静かだもんな。
事実、哲弥は冬子のそう言った面を幾度となく見てきた。『あの日』から数日後、一昨年の夏休み、そして中学三年になってすぐ……。彼女が本気で何かをしでかそうとしている時は、ぐっと静かになる。そして考えている間は哲弥でさえも彼女に声をかけられなくなるほどに強い敵意を放つ。
そうやって考えられた彼女の提案を、哲弥は実行に移してきた。中には気分の悪くなるものもあった。
だがそれも全て『あの日』を守るためにやってきたことだ。『あの日』を守らなければ、哲弥は冬子と共に歩めない。
哲弥と冬子がともにこの先へと歩んでいくために。そのために『要塞』は作られた。その『要塞』を脅かし『あの日』を知ろうとする者は存在していてはいけないのだから。そのために哲弥は、戦ってきた。プログラムが始まるずっと前から。
「悪い、ちょっと周囲を気にしてたもんだから」
哲弥は冬子の通信に、そう答える。
「こっちは今、D−9エリア辺りにいる。そっちは今、どんな状況だ?」
冬子にそう問いかけてみる。
『今は移動中よ。場所は−−B−5エリア辺りかしら? 浦島君たちにああも拒否されるとは、ちょっと思ってなかったから、まだショックかも』
口ではそう言っているが、その口調は軽口めいていて、哲弥は冬子が大してショックを受けていないと理解した。
冬子が浦島隆彦(男子2番)たちに合流を拒否された、という話は前に聞いた。隆彦と篠居幸靖(男子8番)は以前ショッピングモールにいたメンバーだが、ひょっとして冬子が哲弥を招き入れたと疑っているのだろうか。
だとしたら、隆彦たちにも十分注意しなければならない。こちらの繋がりに気づかれてしまうのは避けたい。
しかしもう一つ、気になることを冬子は言っていた。
−−浦島君は、他の仲間に確認をとっているようにも見えたわ。でもその時の感じが、何か引っかかるのよね……。妙に気を遣っているというか、ね。
その場では特に何も言わなかった哲弥だが、今改めて考えてみると違和感がある。
隆彦の仲間といえば、幸靖以外にはありえないはずだ。しかし、隆彦が幸靖に確認をとっていたのだとしたら、気を遣うような雰囲気は出ないだろう。幸靖は隆彦の舎弟というか、取り巻きのようなものであって、隆彦がいちいち気を遣う相手ではないはずだ。
となると、その場には隆彦と幸靖以外の誰かがいた、という可能性が高い。
その誰かが先の定時放送で名前を呼ばれていないと仮定すると、可能性があるのは他の生徒。
清川永市(男子9番)は、あり得る。モールでも一緒にいたようだし、脱出後に再合流した可能性はある。
原尾友宏(男子14番)は、隆彦たちといるよりも恋人の星崎百合(女子14番)と一緒にいる方が可能性が高そうに思える。
福島伊織(男子15番)は論外。やる気になっているあの男が、仲間など作っているはずがない。
井本直美(女子1番)も、仲が良いらしい玉山真琴(女子8番)が生き残っているだけに、ちょっと分からない。
北岡弓(女子4番)は、ちょっと読めない。立ち位置的には隆彦たちと近そうだが、どうにもよく分からない。
夏野ちはる(女子11番)は、その場にいてもおかしくはないが……彼女が果たして冬子との合流を拒むだろうか。その可能性は哲弥には低く思える。
そして矢田蛍(女子17番)……。
−−……待てよ。
哲弥はふと、過去の記憶を引っ張り出す。
あれは一昨年の夏休みの時−−そう、蛍が不登校となる直前。『あの時』−−蛍は哲弥たちの存在を知ったかもしれない。
一瞬、嫌な予感が脳裏を過った。『あの時』、確かに哲弥たちの行動は成功した。だからこそ、蛍は不登校となったのだ。だがあの時、ひょっとしたら。
−−矢田蛍は『要塞』を突破して『あの日』に近づきかねない存在ではないのか?
『哲弥君、どうかした?』
冬子の声が、トランシーバー越しに聞こえる。どうも、長い間沈黙したままだったらしい。そこでようやく、哲弥は現実に戻ってきた。
−−可能性の話でしかないが、冬子にも伝えておく必要がありそうだな。
「冬子。さっきの浦島たちの件だが……」
『それが、どうかした?』
「ひょっとしたらあの時、浦島たちと一緒に矢田蛍がいたかもしれない。あいつは、俺たちのことを知っている可能性があるぞ」
トランシーバー越しの冬子の声が、止まった。そして、しばしの沈黙の後で答えが返ってきた。それは静かな、でも強い敵意のこもった声。いつもの、冬子だった。
『なら、この状況は好都合ね』
「好都合? ……なるほど」
哲弥は、冬子の言いたいことの意味がすぐに理解できた。蛍がこのプログラムに参加していなければ、不確定要素を外に残したままになってしまうところだった。だが今蛍は、哲弥たちと同じ土俵に立っているのだ。すなわち−−。
「この機に乗じて、口を完全に塞ぐ」
『そういうこと』
冬子の声が、一転してまた軽やかになった。いつも通りの阿吽の呼吸。この状況下で乱れるほど、軟な生き方はしていないつもりだ。
『でも、私じゃ武器が弱すぎるわ。浦島君や篠居君を相手にしながら彼女をやれるとは、思えないわね』
「そのために俺がいるんだ。どの道、ここから冬子が生きて帰るには邪魔な障害なんだ。俺が確実に仕留めるさ」
『了解。じゃあ、矢田さんについてはそっちに任せるわ。私は身を潜めつつ、上手くやっていくから』
「オーケー。じゃ、また何かあったら連絡をよろしくな」
『分かった。それじゃあね……』
そう言って、冬子からの通信は切れた。哲弥はポケットにトランシーバーを仕舞いなおすと、再び周囲をチェックする。路地から見える、目の前のそこそこ大きな道路。そこに−−何者かの姿があった。
人影は……二つ。一人は右手に自動式拳銃と思われるものを持っている。即座に攻撃を仕掛けることも考えたが、銃を持っている方がなかなか周囲を注意深く観察している。いくらマシンガンがあるとはいえ、正面から突っ込むのは得策ではなさそうだ。
哲弥は路地の電柱に身を潜めつつ、二つの人影が通り過ぎるのを見守る。
人影の正体は−−原尾友宏と星崎百合に間違いなかった。友宏が銃を持って、周囲を警戒しながら道路を東へと進んでいく。
仕留めるとすれば、背後をとった方が確実だろう。だが、友宏の警戒が厳しい以上、迂闊に接近しすぎるのもまずい。
−−様子を見つつ、追いかけてみるか。
哲弥は友宏たちが十分に離れたところを見計らって、路地から出て行った。
<残り13人>