BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第90話〜代行の章・4『抵抗』
直美が語った話の全てを聞いて、永市はただただ沈黙していた。
彼女の父親の身に降りかかった悲劇。奪われた手帳のページ。直美たちを監視していた何者か。そして、直美の悠斗への想い。
あまりにも情報が多すぎて、頭が混乱しそうになるが、永市は必死で決して良くはない己の頭脳を回転させる(学校の成績は、正直下から数えたほうが早い。志賀崎康(男子7番)に、テストの時はいつも頼っていた気がする)。
「悪い、井本。ちょっとだけ話を整理させてくれ」
「それは、別に構わないけど……」
直美に一声かけると、永市は思考を整理していく。
--まずは、五年前の殺人事件だ。
この事件は、永市もよく覚えている。自分たちの身近で起こった事件なのだ。忘れるはずがない。
近くの学区にあった、一軒の廃ビル。地元の小学生たちが遊び場として使っていて、危険だから近づかないようにと学校側がたびたび注意をしていた場所だったはずだ。その廃墟で、四人もの男性の死体が見つかった。それも、明らかな他殺体で。
あの事件をきっかけに、とうとうその廃ビルは取り壊しが正式に決定し、今ではただの更地になってしまっている。事件の風聞もあってか、未だに跡地に何かが建つ気配すらない。
そしてその事件を、直美の父親が捜査していたという。
事件から五年経っても彼は捜査を続け、そして事故に遭った。
だが彼の持っていた手帳が消え、やがて五年前以降の記述が破り取られた状態で発見された。
これが意味しているのは、一つだけだ。
--手帳を奪った何者かは、五年前の事件について知られたくない何かがあった。
おそらくは、直美の父親は捜査の過程で何か五年前の犯人に繋がる事柄を見つけたのかもしれない。そしてその存在を恐れた何者かが彼を襲い……事故に見せかけて殺そうとして、捜査内容について書かれていた手帳を奪った。しかし彼は死ななかった。
だから、手帳から五年前以降の記述を破り、警察に発見させたのだろう。手帳の件から自分たちに捜査の手が及ばないようにしたのだ。
たぶん、この一連の行動をとった何者かは、五年前の事件の犯人自身なのではないか。永市はそう思う。
あの事件の犯人は、今もなお捕まっていない。
一体今は、どこで何をしているのだろうか? ごくごく平凡に、日々を過ごしているというのか。それとも、さらなる凶行に手を染めているのだろうか。それらを知る術は、今の永市にはなかった。
ひとまず、直美の話から分かることはそのくらいだろう。
さすがに、今永市たちが置かれている状況と密接に関係しているとは、とても言えない話だ。永市としては、直美が悠斗から離れた理由が知りたかったに過ぎないし、これ以上そのことばかり考えている余裕はないだろう。
今は、殺し合いゲーム??プログラムの最中なのだから。
「ありがとう、井本。おかげである程度まとまった」
永市は、そう直美に声をかける。そして続ける。
「五年前の事件絡みは、ひとまずこの辺にしておこうか。今の状況だと、そこまで重要ではないだろうしな」
「……まあ、そうだよね。今考えるべきは--」
直美の言葉を引き継ぐ形で、永市が続けた。
「どうやってこの状況を生き抜くか。そして、何とか脱出することはできないか、だ」
当面の問題は、やはりそれとなる。
残る生徒は自分たちを含めて十三人。その中で信用できる者を集め、知恵を絞って脱出の方策を考える。非常に厳しい話だ。まずは、信用できる生徒について考える必要があるだろう。
まず、岡元哲弥、福島伊織の二人は論外だ。あの二人がこのゲームに乗っているのは、他ならぬ永市と直美が知っているのだ。
しかも哲弥はサブマシンガン、伊織はショットガンで武装している。遭遇するのは極めて危険だと言わざるを得ない。こちらには、直美が今も後生大事に握っているファイブセブンしか武器はない。しかもこの銃でさえ、今装填されている分しか弾丸がない。
何とか、永市の持っている探知機で他の生徒の居場所を特定するよう努め、この二人に出くわしそうならひたすら回避していくしかないだろう。
それと、玉山真琴も駄目だ。彼女は直美たちと一緒にいながら離脱している。それはつまり、これ以上仲間で固まって行動する気はないということ。彼女も現在ゲームに乗っている可能性がある。仲間にはできないだろう。
あの光海冬子も、決して安心できる相手ではない。いずれは会ってその真意を確かめたいが、脱出を目指す仲間として扱うのは現状難しい。不登校の矢田蛍も、情報がない以上注意しておくにこしたことはないはずだ。
となると、あと信用できそうなのは--浦島隆彦(男子2番)と篠居幸靖(男子8番)だろう。
あの二人は日常であれば関わりのなさそうな相手だが、この状況下で脱出を目指していると言っていた。ショッピングモール脱出の際に別れたが、彼らがそのスタンスを変えているとは思えない。今のところ一番信用が持てる相手だ。
それと、隆彦たちと遭遇したという原尾友宏(男子14番)と星崎百合(女子14番)。この二人もやる気ではないらしい。永市はまだ会っていないが、信用しても良いかもしれない。
残るは、北岡弓(女子4番)と夏野ちはる(女子11番)。
弓については、正直分からない。特に交流もないし、このゲームに乗る理由も思い当たらない。
ただ、彼女の友人と呼べる乙子志穂(女子2番)と沼井玲香(女子12番)は、ゲーム開始早々にその生命を散らしている。それが彼女の仕業かもしれないし、そうでなくてもその事実が彼女の精神状態に影響を及ぼしている可能性はある。一応注意しておくべきだろうか。
最後にちはる。彼女は冬子の友人だったが、全体的に交友が広かったから永市も弓よりは人となりを知っている。正直言って、ちはるがゲームに乗る姿を想像できない。確定とまでは言わないが、そこまで極端な警戒は必要なさそうだ。
--大体、こんなところか。
永市は、一度思考を打ち切る。
現状では、もう一度隆彦たちと出会い、友宏と百合も加えて脱出を目指すというのが上策といえる。
いや、上策というにはあまりにも先の見えない話なのだが……とにかく、やってみなければ分からない。
--俺たちがやらなきゃ、誰がやるってんだ。このくそったれなゲームに参加せずに、生きて帰るために……俺たちは俺たちの戦いをしていかなきゃならない。そうだろ? 皆。
そうと決めたら、あとは行動あるのみだった。
「よし、井本。そろそろ行こう」
「えっ、行こうって……どこへ?」
直美が問いかける。そりゃそうか、と永市は思う。ここまでの自分の考えは言葉になっていない。きちんと伝えなくては。
「俺も井本も、生き抜くと決めた。なら、やることは一つだ。このゲームから脱出する。そのために、もう一度仲間を集めよう。浦島と篠居、原尾と星崎。まだ大丈夫な奴はいるんだから」
永市はそう言って、自分の荷物を抱えて部屋の出口へと向かう。そして扉のドアノブに手をかけた。
そこで、直美が言った。
「……待って。私もすぐ行くから。私も、悠斗や雪乃に託された思いを叶えたいから」
直美の眼は、強い意志に満ちていた。永市はそれを見て、より心を強く持てた気がした。
--見てろよ、あの海パン変態野郎。いつか吠え面かかせてやるからな。
<残り13人>