BATTLE ROYALE
終焉の日にあなたは何を思う


 アラームの代わりに香ってきたのはカレーのいい匂いだった。
 スパイスの香りに
牧園冬馬(鴨見中学校三年C組12番)は頭を起こした。
 時計が指していたのは9時半、遅刻である。
 いつものことだからそこまで気にすることではない。
 受験生の悩み遅刻欠席はそこまで冬馬にとっては気にすることではなかった。
 とりあえず枕の横で眠っていた眼鏡をかけ、 ゆっくりとだるさとベットの名残が残る身体を起こし、着替えを済ませてリビングへ向かった。

 キッチンでは冬馬の姉で2つ上の秋穂がカレーを煮込んでいた。
 姉とは思えなくてむしろ二つ下の妹のような感じで、高校生のブレザーが似合わない顔つきをしている。
 秋穂は中学校に在校したとき家庭科部をやっていたので、母さんの不在のときは腕を振るっている。
 特に姉が作るカレーは大きな声ではいえないがまあまあ絶品なものだ。
 姉もこの時間だと遅刻だろう、改めて牧園家のマイペースさには驚く。

「あ、冬馬カレー作っているんだけど食べる?」

「いや、あんまりお腹空いてないからいいよ」

 すると秋穂はその幼い顔でこちらをぶすっとにらむなり二人分のカレーをよそって、自分に渡してきた。
 随分横暴に渡してくるなと思うとひとつの推測にたどり着いた。

「駄目だよ、ちゃんと朝食食べないと身体によくないよ」

「いや、ただ秋穂が一人で食べるのがいやなんだろ」

 秋穂はギクリとした目つきをして、そんなことないもんと言ったが、明らかに図星というのが見て取れた。
 幼いころ真っ暗な夜に自分に泣きついたりするほど、極度に一人が嫌いな姉だ。
 今でもその癖は治らないのでたびたび世話することも少なくない。
 うまい言い訳ついたつもりだけど、結局はそれだったか。

「ねえねえ冬馬、明後日って誕生日だよね。何か欲しいものとかない?」

 カレーを頬張りながら秋穂は首をかしげつつ俺にそうたずねた。

「んープレゼントか。そうだなあ、現金が欲しいな」

「何それ。もっと夢があるものとかないの?」

「冗談だよ。そうだなあ・・・ ここ最近寒いからマフラー買ってくれる?」

「わかったー。マフラーなら全然いいよ。明後日楽しみにしててね」

 秋穂の顔はニッコリしていた。自分の誕生日じゃないのに。
 そういえば、俺の誕生日のときはいつも喜んでくれた。
 逆に姉の誕生日に自分は何もプレゼントしたこともなく、そこまで喜ばず、自分ってそういうところドライなのかなと思えた。

 家を出ると、いつもの通学路は白い日差しと背筋が曲がるような寒さが真冬の訪れを示し、紅葉はすっかり枯れ、裸体の木が寒そうに北風に吹かれていた。

「おー。また遅刻か冬馬」

 信号機の向こう側から、冬馬より数段高い身体に校則違反の派手なカーディガンが見えた。
 自分と同じ遅刻仲間で一番の親友である
東雲悠(男子六番)だ。
 親は政府のお偉いさんで、幅広い知識とユーモアを兼ね備えている。
 クラスに独りはいる人気者ってやつだ。
 ただ政府のお偉いさんの息子というのは建前で、この国について相当な嫌悪感を持っているらしく、大東亜なんてヘドが出る生ごみと同じだぜ、そのうち冬馬も痛い程わかるぜ、などと言っている。
 思想から父さんとは仲良くないらしいが、本人曰くそちらのほうがせいせいするらしい。

「人のこといえるのかよ」

 信号機越しからそういうと、悠は肩を揺らして笑っているのが見えた、
 信号が青に変わると、俺は走って通学鞄を振り回して悠を叩いた。

「痛くないぞ。お前の鞄、教科書入ってないからな」

「うるせえ。教科書なんて全部机のなかだよ」

 勉強しろよと悠が突っ込むと、二人で笑いながら学校へと続く通学路へ走った。

 教室のなかは一時間目が終わった休み時間で、活気が満ち溢れていた。
 受験が近づき、休み時間を勉強に使うクラスメイト・集団で話しているクラスメイト・疲れて眠っているクラスメイト、小さな教室という空間で様々だ。

「やほー。お二人さんは今日も遅刻かい」

 一番前の席から大きな声が聞こえた。
 もう一人の幼馴染の
佐伯ゆか(女子六番)は、小柄な冬馬よりさらに一回り小さい体がその声の大きさと騒がしさに比例しない存在感を放っていた。

「おっ、チビ。どこにいるんだと思ったここか」

「あーうるさいな。このデカブツ」

 悠はゆかの頭をわしゃわしゃつかんだ。
 大柄な悠と小柄なゆかの身長の差は25cmくらいだろうか、随分と絵柄として面白かった。

 昔から勝気な性格で女の子らしくないので、冬馬も悠も男女の隔たりというのを感じず、中学まで幼馴染として仲良くいられた。

 ゆかは中学に入って天真爛漫な性格の
叶ゆきな(女子三番)、気の強い笹塚由真(女子七番)、ムードメイカーの湯浅舞(女子17番)、真面目で文武両道な横川翔子(女子18番)と運動部に所属している俗にいう女子スポーツ派といることも多くなったが、幼馴染という関係はずっと続いている。
 今はゆきなと舞は話していて、由真と翔子は本を読んでいる。

「大体さ、あんたたち遅刻しすぎでしょ。半分は遅刻してるんじゃない」

「いや。ゆかもだいぶ遅刻してるぞ」

「だよな。冬馬!」

「うるさいね。わたしここ最近遅刻も欠席もしてないよ。真面目になったんですー」

「嘘つくなって・・・」

 次の言葉を発する前に暴力的な睡魔が自分を襲ってるのに気がついた。
 よく見ると先ほどまで勉強していた
江頭隆平(男子二番)菅野桜子(女子八番)もぐっすり眠っており、クラスメイト全員が虚ろな眼をしながらふらふらしていた。

「ねえ、冬馬。何でこんなに眠いの。わたし今日8時に寝たから元気いっぱいなのに、こんな眠いなんて」

「それは寝すぎだ。てかどうなってるんだ」

 気がつけばクラスメイトのほとんどが床に倒れるのが見えた。
 悠もぐっすり寝ており、自分も持たないのが見て取れた。
 糞・・・いったいどうなってるんだよ。
 冬馬の思考は眠りというなかで消えた。

 全員が眠ったあとでガスマスクを被ったガタイのいい兵士が乱暴にクラスメイトたちを運んだ。
 隣のクラスはざわざわがとまらなかった。
 3年C組がプログラムに選ばれたという話は彼らが運ばれてからすぐに、この学校中を通りまわった

残り36人


   次のページ    表紙        名簿