BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
中盤戦
25
時計を見ると、9時2分…。どうやら、2−Bも禁止エリアに入ったようだ。
――まぁ、当面は、関係ないわね…。
時計から目を離すと、前を歩く赤桐凌(男子2番:6班)の背中が菱倉理沙(女子17番:6班)には見えた。どこを目指しているかは分からないけど、村田を撃った後――村田のデイパックをあさってから――ここまで歩いてきている…。
赤桐は、あたしには元々の支給武器であるシグ・ザウエルP230しか持たせてはくれない。(まぁ、敵は赤桐が倒してくれるから、何の問題も無いのだけれど…)
――そう、あたしはラッキーなのよ…。
運良くこのクラスでも一番運動神経が良いであろう赤桐と出会い、しかも運良く同じ6班だったのだ…。(まぁ、同じ班じゃなければ、そもそも今頃生きてないわね…運がいくら良くても、逃げ切れるはずないもの…)
せいぜい、比肩しうるのは、矢賀大河(男子22番)や名村鏡夜(男子11番)と仁志雷也(男子12番)、真辺黎(男子18番)、多めに見れば真山鷹史(男子19番)も、ってところかしら…? ぁ、あと、もう死んじゃったけど、加えて青井時政(男子1番)もね。
なんとか、追い縋れる人なら、もう少し居るでしょうけど…。
あたしは少し笑って、頭の中にまとめてあるノートのページを引き出した。
赤桐 凌
168,2cm/56,7kg
・茶に赤みのかかった髪 ・細い目
・必要時以外は無口 ・座高72,0cm
・立代第ニ中 1−C⇒2−A
加えるとしたら、1分の瞬きの回数とか、登下校のコースとか、一度プライベートに誘った事とか(もちろん、断られたけど…)かしらね。
ふと、知らない事が浮かんだ。
――誕生日、訊いたことないのよね…。
「ねぇ、赤桐クン、誕生日ってさぁ…いつなの?」
赤桐は全く反応を示さない。相変わらず、イングラムを肩から提げたまま、一定の速さで歩いている…。
そう、この調子だから、赤桐のノートはあんまり埋まらないのだ…。
あたしはちょっと溜め息をついて、また時計を見た。
まださっき見たときから5分しか経っていなかった。つまらない時は、いつも時間が意地悪をする…。
過ぎて欲しい時間も、終わってしまえば良いと願う瞬間も、長く長く引き伸ばされ、1秒1秒が重々しく、胸に刻まれる。楽しい時のようには、忘れさせてやくれない…。
そう、昔のあたしの時間は、本当に止まっているかのようだった…。
1秒1秒はまるで、数時間もの時間と感じる…。
あたしの父(法律上ではね…血縁的にもそうだけど…そんな事は考えたくもない)はあたしの事を溺愛した。
しかしそれは、親から子への愛情などとは、遠くかけ離れたものだという事くらいは分かっていた。
あたしは、子供の頃からずっと父の目が嫌いだった。汚らしく濡れたべた付きのある目…。
手も嫌いだった。仕事から帰ってくる度に自分の頭を撫でるねっとりとした、汗の匂いのする手の平が…。
声だって、嫌いだ。大きい声を出すとまるであたしが壊れてしまうかのような猫撫で声…。
あたしの為と言い買い揃える日用品のセンスの悪さ…。
――何もかも、大っ嫌い!
アノヒトの全てが嫌い。やる事成す事、全てが薄汚れた感情に裏付けされた腐った魂と、そして、自分に受け継がれたその血と、肉と…。自分を作ったアノヒトが嫌い。
どうして、自分を作ったのか…。
そうやって自分の存在にすら嫌気が差して、ずっと色々な事を考えていたら…あたしは結局、今、こうして既に人としての感情を持ち合わせなくなった。
人が死ぬこの状況で、それを助長する行為を行っていて…。
そして、日常でも他人を騙して、誰の中にも、菱倉理沙という人間の形を作っていった。もちろん、それはあたしじゃない。菱倉理沙であって、菱倉理沙でない、なにか別の存在。あたしの仮面。
そうやって深く考えると、いつも頭に鈍痛が奔るようになっていた…。そうなると、必ず自分を見失う。
――死ぬ、そんな事になったら…!
「ね、ねえ赤桐クンの両親ってどんな人なの!?」
頭の中を現実へと強制的にあたしは戻した。しかし、その言葉には動揺が明らかに見てとれる…。
赤桐はちょっと振り向いた。
眉を少し動かして、すぐに前を向いたが、何か弱味を知られた感じだ…。
「今は居ない――」
赤桐はあたしの言動については何も言わずに、立ち止まって話しを始めた。
「――俺の実父は俺が2歳の時に病死した。再婚した2人目は弟だけ作って失踪。最後の3人目は母と俺と弟を乗せた車を運転していて事故死した。
1人目は胃癌、体中が病巣で、胃癌なんて病名は不適切な有様だった。解剖した死体の臓器という臓器は全て、白い斑状の癌に覆われていた。脳髄を除いてだが…。
2人目は元から子育てに興味無さそうな顔をしていた。母を孕ませて弟を産ませるとある日から忽然と姿を消して、以来俺たちは見かけた事もない。
3人目は事故死。ハイウェイでの追突事故で全座席3列のうち、真ん中の列に居た俺以外は運転席の3人目の父、弟と母は後部座席に居て、前と後ろから潰されて死んだ。」
一気に話すと、また歩き出す赤桐…。
が、しかし、それは初めて聞く赤桐の過去だった。昨日の話しすらもしない赤桐だったから…。
普通、例えば友達と遊んだ次の日などには、昨日こうだったよねとか言い合って笑ったり、言いそびれた事を言ったりとするものだろう…。赤桐だって、それなりに交友関係はあるのだから…。放課後に遊んだと野中がこの前に言っていたし…。と、言ってもA組では他に片月健(男子6番)しかいないが…。大方はD組。水谷、仙道、楠見――…
「誰!?」
草陰から人が出てきて、あたしは思考を中断せざるを得なかった。(それでも良いような内容だけれど…。だって、死ぬよりはマシじゃない? どんな事だって…。それに、今この場所に居ないD組のやつらなんて…)それでも、そいつは素早くあたしの首に手を回して、あたしを羽交い絞めにした。
――かなり速い動きだ。
あたしは考え事をしていたとは言え、まさか接近に気付かないなんて…。
「止まれ、赤桐!」
声と、その特異な能力からは、1人しか思い当たる人間はA組には居ない。
槍技、柔道、空手と本流で無い競技もその軽業などもこなすセンスの良さのお陰で、広島市内屈指の実力を持つ、サッカー部レギュラー、江住大輔(男子3番)…。
あたしは首を捻って、視界の先に棒のようなものを持っている江住の手を確認した。(そのせいで、首に回す手にさらに力が入った…。)――支給武器は…カスね、多分。
「赤桐武器を捨てろ!」
しかし、覚えより語気が激しい…。サッカー部のムードメーカーと呼ばれる江角であったのに…。
――どうも、このゲームで精神的に参っちゃってるらしいわね…。
「捨てろって言ってんだろ、早く捨てろよ、それ! 菱倉がどうなっても良いのかぁ!!?」
江住の腕にさらに力が入る。ちょっと、痛いんだけど…!
――早くしてよ、赤桐…!
「おい! 赤ぎ――…」
江住は口を噤んだ。信じられないのだろう。――赤桐が、人質をとっている自分に、銃を向けている事が…。
スーと腕があがり、江住にポイントされる。
「ぉ、おい、赤桐! 見えてるだろ!? 菱倉が…居るんだ。どうなっても、良いってのか!!?」
赤桐の目がキュッと細まる。
江住がヒッと声を出すのが聞こえた。そして、あたしを突き放すと、道に沿って一気に駆け出す。
――遅いわね…。もう、逃げられないのよ…。
それを見てあたしは、少し笑いながら思った。
案の定、駆け出して1秒も経たず、パラララッと、イングラムが咆えた。江住の周りの土がパッと舞う。江住はギャッと悲鳴を上げて、土の上に倒れこむ。それでも、まだほふく前進を続ける。
その背中を赤桐が腰のS&W.M29をベルトから抜きながら歩いて追った。
「や、や…やめてくれぇ…!」
あたしも、首を回して特に異常が無い事を確かめてから、追う。
江住は、もう赤桐に追いつかれ、ただただ見上げるだけだった。何かを言おうと口を開けては、閉め、また開けては、閉める…。そして顔を手で覆って…本能だけが体を守ろうとしている。
それでも、赤桐は引き金を引かないので、あたしは班が同じだったのか、と少し考えた…。
けど、次の瞬間には江住の手に一つの赤い点が浮かび、顔にも赤の花が咲いた。映像…そして音。
煙の上がっているM29を下げた赤桐に目線をおくり、倒れた江住の体にその目線をうつし、溜め息をついた。
――あたしは、こいつが6班かどうかなんて分からなかったんだけど…!
3という液晶を見ながら思った。
「荒っぽいし、ホント……容赦ないのね。」
赤桐は何も言わずに、江住の体からデイパックをもぎ取って、中をあさった。
どうせ何もない、とあたしは思ったのだが…。
「菱倉、お前、これを持っておけ…」
小さなゲーム機のような大きさの物を赤桐は持ちながら言った。
その後、あたしがそれを受け取って説明書を読み終わるうちに、赤桐は江角の持っていた口の空いていない水のボトルを出すと、その中身を少しあおり、デイパックと一緒に捨てた。
「これ、使えるわ、赤桐」