BATTLE ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜


26

 赤桐が江住を撃った銃声は、1km以上離れた7−Iにまで届いた。もちろん、そのエリアの中の小さな洞窟のようなものの中に居た神崎美佳(女子8番:6班)にも…。
「また…銃声…?」
 夜に、体育館を数人が出て行った直後にもぱらららっという音がして、出口で青井や雅実が死んでいた。それからずっとこのエリアに隠れていたけれど、隠れて少し経つと大きい爆発音もした…。
 少し落ち着くと、また銃声。今も、また…。
「なんで…? みんな、なんで…?」
――他人を傷つけて、どんな意味が、あるの…?
 そうやって、殺し、殺されるクラスメートを思い浮かべ、ただ彼女は座っていた…。
 けれど、これ以上、ここに居ても、何も変わらない、そう彼女は思った。せめて、あたしが一つの争いでも止めさせる事が出来るのなら…と。

 7−Hには、それまで、クラスの半数以上が足を踏み入れていたが、神崎は奇跡的に誰とも会うことは無かった。良い意味ではゲームにのった面々とも、少なからず敵意のある人間とも…。
 がしかし、良くない意味では、誰かを信じようと、このゲームを許すまいと思う名村鏡夜(男子11番)や仁志雷也(男子12番)も数十mばかり離れた場所を、和と真紘もまたその頭上の丘の上を神崎に気付くことなく駆けて行ったのだから…。(この場合には、赤桐はこちらのグループに入るだろう。なぜなら、彼も6班なのだ。一緒に行く事を神崎が望んだかどうかは、別だが…)
 そして、神崎は移動するという選択をしたために、一つの出会いを生む。それは、幸運とは言い難く、まさしく両者にとって不運であったのだろう…。


「美佳…?」
「香織…。」

 2人は名前を呼び合った。
 佐藤香織(女子10番)は、決して人殺しなどはしないと、神崎は思っていた。なぜなら、彼女は自分の親友だから。そして、香織が右目の横に――スッと流れるような切り傷を――一生残る傷を負っている理由を、学校でただ一人知っているからもあった…。
「会えて、嬉しいよ…香織…」


 佐藤香織は、ゲーム開始時からずっと、島を巡り歩いていた。海沿いをずっと、空と海を見ながら、過去を思い浮かべて…。
――香織、ママ、ちょっと疲れちゃった…。本当はね、香織と一緒に、暮らしたかったの…ずっと…。
 家に帰ってランドセルを置く間も無く、母は香織の部屋に来て言った。
――でも、1人は寂しいの…。香織も、一緒に逝こう…?
 包丁を持っていた、母の目は、母の目はどこか………死んでいた。
 いつもは、帰ってくるあたしを、笑って迎えてくれるのだ。それなのに、あの日は違った。あたしはいつも通りだったけれど、母は、もう…。
 あたしは、必死に母を押し退け、窓ガラスを破ってベランダから飛び出したのだ。大小のガラスは宙を舞い、あたしは地面に落ちる際に、その一つで傷を負った。

「香織…?」
「いやあああああぁぁー」
「どうしたの、香織!」
 自分の親友の佐藤香織は、あたしの呼びかけにいきなり悲鳴を上げた。大きく空を見上げ、足から崩れ落ちる…。
「香織、大丈夫なの? ねぇ、どうしたの…!?」
 近寄ろうとすると、彼女はデイパックを振り回して、それを拒否した。
「いや、嫌、嫌…寄らないでよ!」
――香織、一緒に…ねぇ、一人は嫌なのよ…。
――いや、お母さん、ねぇ、どうしたの…?
――怖いよ、お母さん、止めて…!
――一緒に、ねぇ? 寂しいのよ、香織…。

「香織、どうしたの…!? ねぇ、一緒に居ようよ。あたし達、友達でしょ…?」
 あんたなんて…!
「煩いのよ!!」

 神崎美佳の世界の中にある、佐藤香織は、もうどこにも居ないことに、神崎は気付いた…。
 何度も一緒に笑ったけれど、それは、もう佐藤香織の中には、思い出としてさえ残っていない、と…。
――香織…。

 佐藤香織は彼女の支給武器、ワルサーPPKを取り出した。
 そして、両手でそれを保持しながら、ゆっくりと神崎に照準を合わせる…。
 その目は、神崎も、むろん佐藤本人も気付かなかったが、あの日、心中を強制した香織の母親のように、死んでいた…。狂気が全てを支配し、過去と現実と誤同させ、そして目の前の全てが信じられなくなる…。
――あんたなんて、死んでしまえば、良いのよ…。
 引き金にかかる人差し指に、香織は力を込めた…。ゆっくりと…。
 朝の太陽が葉の間を抜け、香織の首筋をチリチリと焼く。
 汗が、出てきている事に、香織は気付きはしなかったが…自分が目の前の女を殺せない事だけは、少し感じた…。
――殺すのよ、この女を…! そうすれば、あたしは……!!

 その葛藤の間に、神崎は何もしなかった。
 世界の7割が殆ど崩れかかっていたのだ。信じていた友達に裏切られたという事実が、その7割の全て…。
 日頃は、かなり気の強い女子生徒として、周りには見られていた。しかし、彼女は弱い部分も多かった…。が、耐えていたのだ。様々な悩みや苦しみにも…。
 それでも、こんな状況は、想像しえなかった。だからこそ、今、こうして何もできない…。

「なんで…? 香織…」
――あたしは、香織を親友だって思ってた。今も、そうだよ?
 ずっと、そうだって思ってたのよ? 学校が離れたって、友達で居られるって…。
「なんでなの…、香織、あたし――」
 神崎の声は、遮られた。
「やめてよ! 煩いのよ…。煩い煩い、煩い…!
 誰かを信じるなんて、無理に決まってるじゃない!
 あたしの母さんだけじゃないわ、実際に出口すぐで4人も死んでたじゃない! 誰がやったって言うの!? そうよ、昨日まで笑いあってたクラスメートよ!!
 信じられないわ! 肉親すら裏切ったのよ!? 誰が、信用できるって……言うのよぉ…!!」

 二人が二人とも、どこか、壊れかけていて…、もう少しでお互いが砕け散りそうだった。
 その前に――野中秀勝(男子5番)が、2人の大切な人の前に現れた。

【残り27人】

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