BATTLE
ROYALE
〜過去から現在(いま)へ〜
27
「佐藤、銃を下ろせ!」
銃を佐藤に向けながら、野中は言った。いつものような気ままな印象は見受けられず、神崎が初めて見る、怒気がその体中から滲み出ている。
「早う、そいつを下ろせ…佐藤。わいは、撃つぞ、何があっても…」
そう言う野中は、きっちりと銃を持ち、その震えのない手が覚悟を物語っていた。
実は、佐藤香織にとっては野中秀勝が初めて出来た友達だった。
保育園に入ってすぐに、一緒に転入して来た子が野中で、お互いに両親が園長先生と話している合間、野中から話しかけてきたのだ…。
――わい、野中秀勝や。秀って呼んでもええけど、苗字でもオーケーや。よろしゅう、な?
あの時は3歳だった。それまで、(やや過保護な印象が残っている)母は、あたしを家から出そうとしなかったが、近所付き合いを覚えると、保育園に行かせるようになったのだ。
そして、家が近い訳でもなかったけれど、よく遊んだし、偶然にも小学も一緒だった。二人の組は違ったけれどそれでも、仲は変わらず、あたしの両親が離婚し、母が死んでからも、ずっとそれは変わらなかった。――10年の間、ずっと…。
一緒に遊んで、今思えば口にするのも恥ずかしくなるような事もなんどかして…。もちろん、いたずらをして、バレた時には一緒に怒られた。秀が自転車に乗れるようになって、まだ乗れないあたしを一生懸命教えてくれたりもした。
秀の自転車の後ろにもよく乗せてもらって、自転車通学禁止の小学校の帰りの坂道を物凄いスピードで駆けていったこともある…。
――本当に、色々あった10年。その10年で、あたしは秀を好きになった。
あたしは好きだと思い始めると、ちょっと距離を開けるようになった。けれど、秀はいつでも気軽に声をかけてくれた。
もしかしたら、と思う日々が続いた…。
――なぁ佐藤、わい…いや、オレ、神崎が好きなんや…。
いつの帰り道でそう言われただろう…。
その日は、本当に久しぶりに一緒に帰った。夏休みを終えた頃から、お互いに誘うことはなかったのに、葉がたくさん風に吹かれて落ちていたあの日は、秀から言ってきたのだ。――帰ろう、と…。
その帰り道に、野中は言った。神崎美佳を好きだと。
――なんだ、そういう事だったんだ…。
笑いながらあの時は答えた。
その頃には、美佳とは今と同じような関係で、秀と3人一緒も少なくなかった。
だからだろうか? あたしはその時に嫉妬を覚えなかったどころか、本当に何も感じなかったのだ。――そう、秀は美佳が好きなんだ。そっか…。
「秀……、ごめんなさい…あたし………」
けれど、本当は違ったのかも知れない。
あたしは、それでも美佳を一番大切な友達だと思っていた。だから、一度、稀奈本次(女子9番)の親戚がプログラムに参加して死んだと言う話を聞いたときに思ったのだ。絶対に、自分はそうなっても、秀と美佳だけは信じられる、と…。
――けれど、現実は、どう…?
「美佳、あたし……嫉妬していたのよ…。本当は、多分悔しかったのよ…。それを、本当は分かってたのに、あたしは……」
無理に、全ての感情を押さえ込んでいたのだ。
本当はどうして? と、思う気持ちもあったし、早くにあたしの気持ちを言っておけば良かったと自分に対して後悔もした…。
美佳の良いところはあたしも認める。明るいし、器量もあたしなんかよりもずっとあって、とっても魅力的だと思う…。
けど、やっぱり、不満の一つも持ってなかったのは、嘘だったのよ…。
多分、今の関係を壊したくないとあたしは心の中に全部を抱え込んでた。無理だってことくらいは分かるはずなのに…。
あたしが全部抱え込むようになったのは、母が死んで以来だろう。
秀にも誰にも、あの日の事を言わなかったし、秀も聞かなかった。けれど、あたしは本当は秀に聞いてほしかったんだと思う。そして、あの日の事や、自分が思っている事を全て、言いたかったんだ…。そうして、初めてあたしは、何か自分を縛っていたものから脱する事が出来たんだと…。
けど、実際、抱え込むだけで、あたしは潰れているだけで…。
母の事、秀の事…、抱え込みすぎて、それはあたしが何かを失くしたくないと思ったゆえの決断だったけれど、結局は、プログラムに参加させられたことによって、逆に何か、大切な何かを、あたしは自分から手放す事になってしまったのかもしれない…。
「ごめんなさい……」
あたしは2人に背を向けて、走り出した。
「香織!」
「佐藤!」
2人の声が重なった。
けど、あたしは、もう戻れない。
自分から禁を破ってしまったのだ。信用を裏切ったのは自分からなのだ。どんな理由をつけようとも、あたしは…あたしは……
――母と、同じ事をしてしまったのよ…。
「大丈夫か、神崎…」
野中は神崎に手を貸しながら言った。
神崎は立ち上がりながら頷いた。
「追うぞ…」
野中は言った。その言葉は神崎の崩れた心の中に光を運び、活気に満ちた新しい何かを生んだ。
二人は、ほぼ同時に、佐藤香織が消えていった茂みに駆け込んだ。
「行くな、佐藤!」
野中は叫んだ。危険だとは思ったが、しかし、理性に負けない時間を、野中は佐藤香織と共に過ごしてきたのだ。その時間を、あの思い出を、自分の命の為に捨てる事は出来ない。
そして、それは神崎にとっても同じだった。
神崎は野中と佐藤の昔の事は何も知らなかったが、少なくとも二人の仲が良いのは見て分かったし、何より、佐藤の気持ちはよく伝わっていたから。
――野中に何も言わずに行くつもり? いつだって、あいつの事見てたじゃない。いっつも、一緒だったでしょ? ねぇ、なんで逃げるの?
神崎は、ほんの少し前に殺されようとしていた事など、気にはしていなかった。
少なくとも、それでも良いと思ったし、最後に佐藤香織は分かってくれたのだから。
――それが、あたしへの気持ちでなくても良い。それでも、野中を想う気持ちで元に戻ってくれたのなら…。
森は開けた。
「佐藤!」
野中は神崎よりも少し先に森を抜けていたが、佐藤は居ない…。
必死に辺りを見回した。確かに、佐藤を追っていたのだ。なら、居るはず、どこかに…!
「あそこ!」
神崎は叫んだ。その声に、浅瀬を渡ってすぐの島のようなところの、腰当たりまであるような草むらに消えかかっていた佐藤が少し反応した。
野中はすぐに走り出した。
足元が砂地に変わっていく感じがした。まだ、朝日が出て数時間、砂は靴の底を通しても、ちょっと冷たかった…。
バシャッと水の跳ねる音が野中の足元で聞こえて、次いで、あたしの足に水が当たった。波はそう高くない。
けど、冬の海もまた冷たかった…。
「佐藤!」
また、野中が香織の名前を呼んだ。野中は島に登りきっていた。
手をあたしに貸そうとしてきたけれど、断った。「早く、香織を止めて……」
野中はうんと頷いて、視界から消えた。空と、登っている岩場以外は見えなくなった。
「来ないでよ!」
「佐藤、待て!」
そんな声が聞こえたころ、あたしはなんとか登りきった。
手の下に短い草の感じがあった。その先には背の高い草。風が吹いていて、ちょっと長い草があたしの顔をちょっとくすぐった。
立ち上がって見ると、香織は、崖の目の前だった。野中はその手前数mに居たけれど、それ以上は近づけないようだ。あたしは、茂みをかき分けながら進んだ。
土は湿り気が合って、思いの外足をとられ、よろけそうになった。
「秀、美佳…、こないで? あたし、だめなんだよ…。行けないよ…」
「なんで! あたし、なんとも思わないよ? 一緒に行こうよ…」
「佐藤、わいを、信用出来んて事か? なぁ、ずっと一緒やったやろ?」
「違うの!」
香織は叫んだ。
「2人とも、好きよ…。けど、あたしはそんなに単純な感情だけじゃ、一緒に居られない!
あたしから裏切ったんだもの…!
それに、あたし知ってるのよ…。あたしは、あなた達を羨むしかないのよ!」
香織は心の中の思いを全て、その言葉に込めていたんだろうか…。
「違うよ…、あたしは、裏切られても、良いの…。
もし、何か失くしたように思っていても。香織……取り戻せるはずでしょ?」
まだ、大事な何かは失くしていない。きっと、また…。
野中は一歩前へ出ようとした。
香織は、銃を持ち上げてそれを制した。
「ねぇ、2人とも……」
それ以上香織は、もう何も言わなかった。
ふと、あたしはもう、香織を止められないと、思って、首を振った。
「佐藤…」
「ごめんなさい…」
逝って欲しくない。もう、何人も人が死んでいる。その上、香織まで死んだら…。あたし、香織が死んだら、あたしも追うかもしれないから…。あなたも一緒に、そして、生きよう?
色々な言葉が喉まで込み上げてきたけれど、それら全ては、声にならなかった。
どうしても伝えたかった事もあったのに…。
あたし、あたしね…。
ううん、香織あなたは良いの? あたしなんてどうでも良い、あなたは、これで良いの? ねぇ、あたしがどうとかじゃないの…。あなたはこれで――香織は笑った。そして、視界から消えた。
「いやあーーー!」
駆け寄って、あたしは崖を見下ろそうとした。
野中はあたしを抱き寄せて、言った。「見るな…」
野中は、見て欲しくなかった。
海に静かにうつ伏せで浮かんでいる佐藤香織だった人間を…。赤く染まる海を…。