BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

12 「Dead or Alive の恋人たち」

 F10エリア、崖の上。
 クラス公認カップルの2人。
 小川正登(男子3番)と東野みなみ(女子17番)は、ただ立ち尽くしていた。
 足元には、それぞれの支給武器が転がっている。
 正登のものが、ベレッタM93R。みなみのものがSIG SAUER P203。どちらも、9mmパラベラム弾仕様の拳銃だ。
 この場所で落ち合ってから約1時間、一言も言葉を交わしていない。
 顔を見合わせたのも1度だけ、後方の山で銃声がした時だけだ。
 正登は、時計に視線を落とす。
 針は午前4時を指していた。
 彼らにとっての最期の時が近づいている。
 彼は瞳を閉じた。

 休日のファーストフード店。
 2階の窓際の席に彼らの姿があった。
 椅子の下に置いてある3つの大きな紙袋が目を引いた。
 修学旅行で着る服を買った帰りだ。
 徳山では物足りないと言うみなみのために、広島まで行ってきたのだ。
 上下、その他含めて一着買えるほどの交通費は痛かった。両親にバレたら、どれだけ叱られるのかというプレッシャーも大きかった。
 こんな時はボヤきたい気持ちでいっぱいになるのだが、好きな女の子の笑顔を見ているとどうでもいいと思えてしまう。
 男とは不思議な生き物だ。

 その日の帰り道。
「もうすぐ、修学旅行だね」
 いつもと変わらない澄んだ声、けれども、少し緊張しているように感じられた。
「なに?」
 少し前を歩いていた正登が振り返り、彼女の様子を察したように優しく聞き返した。
「夕日って、キレイだよね」
「あっ、ああ……」
 さすがに『夕日もきれいだけど、みなみの方がもっときれいだよ』なんてセリフは、言わなくて正解だっただろう。
「どうしたの?」
 そんな正登の顔を不思議そうにのぞき込むみなみ。
「いや……なんでもないよ」
「ホントに」
「あぁ、ホントだよ」
 口で取り繕おうとしても表情まではごまかせない。
「ホントに、ホント!?」
「ああ、ホントだよ」
「うぅ〜……何か隠してない」
 ぷっと、頬を膨らませるみなみ。
「そんなことないよ。それより、さっき何を言おうとしていたの?」
 みなみの表情が和らぐ。
「あのね。一緒に朝日が見たいの」
「朝日?」
 正登はその意図を理解しかねていた。
「だから、その日は朝まで一緒にいようね」
 顔を赤らめるみなみ。
「そうだね」
 つられるように正登も顔を赤らめた。
 そんな2人を夕日が照らしていた。

『パン、パン……』
 再び響いた銃声。
 正登は振り返ると山肌を睨んだ。
 単に発砲した人物に憤りを感じたのではない。
 今の銃声が少し前に聞こえた連射音とは明らかに違ったこと、つまりは複数人が『プログラム』に乗ったという事実に対して憤りを感じたのだ。
 なぜなら、マシンガンを持っているにも関わらず、威力の弱い拳銃を使うとは思えない。
 つまりは、他に『プログラム』に乗った者がいるということだ。
 試し撃ちの可能性もあるが、『プログラム』に乗らない人間が試し撃ちをする必要があるとも思えない。
 とにかく、人生最低のイベントは確実に始まっている。
「なぁ、みなみ」
 意を決して話しかけた。あちらこちらで銃声が響き始めているのだ。伝えたいことは早く伝える方がいい。
「なに?」
 顔を見合わせる2人。
 少しの間、お互いに言葉が出てこない。
「オレたち、これからどうなるのかな?」
 沈黙を破ったのは正登だ。そうしなければ意を決した意味がない。
「わからないわ。でも、きっと……」
 みなみは言葉につまった。暗闇のせいで正登は気づいていないだろうけれど、涙が溢れてきた。
――でも、きっと……。
 彼女の続けようとしている言葉に正登は気付いていた。
 明るくなれば、みなみの表情を、美しいロングヘアーを、いつもの朝のように見ることができる。
 だが、それが、2人の最期の時となることを。
 そう、2人を生かしているのは、あの約束だけなのだ。
「一緒に朝日が見たい」
『プログラム』に選ばれたと告げられた瞬間、正登は死を覚悟した。
 正登には、優勝するという選択肢など考えられなかった。
 病気などで生きたくても生きられない人には申し訳ないが、自分1人だけが生き残るために『プログラム』に乗ることは、正登にとって全く意味をなさないことなのだ。
 みなみの居ない生活の中で、1人『人殺しの罪』を背負って生きていくことなど自分にはできない。
 2丁の銃を使いみなみを守り抜いて最後に自殺する選択肢もあるが、彼女の性格からして許してはくれないだろう。
 こうなれば残る道は1つだけだ。
 彼女も同じ気持ちなのだろう。
 残り時間はわずかだ。 
「もうすぐ、夜明けだね」
 みなみが口を開く。声が震えている。
「泣いて、いるの?」
 思い切って、聞いてみる。
「うんうん、泣いてなんかないよ。だって、最期は……最期は笑っていたいじゃない」
 最後の方は声になっていなかった。
「みなみ……」
 正登はみなみを抱き寄せた。みなみのことが愛しくてたまらない。
「も〜……バカ……我慢していたのに……、どうして、そんなこと言うの」
 泣き出してしまうみなみ。
 正登にはかける言葉が見つからない、ただ、頭を優しく撫でてあげることしかできなかった。
 どれくらい、そうしていたのだろう。
 実際のところは、ほんの数分にすぎないのかもしれないが、正登にはとても長い時間に感じられた。
「わたし、弱い女でゴメンね」
 今度はしっかりした口調でみなみが言った。
「やっぱり、わたしは1人じゃ生きて行けないよ。2人じゃないと……だから。だから、一緒に行こう」
「そうだね」
 正登がうなづく。
「大丈夫、私たちなら2人で1つになれるよ」
 見つめ合う2人、それぞれの目には涙が光っていた。
『ガサ、ガサ……』
 物音に気づいた正登が振り返った。
 背丈ほどある草木をかき分け人影が現れた。
 どんなことをしてでも、最後の約束だけは果たさなくてはならない。
「伏せろ、みなみ」
 みなみが身を伏せたのを確認した正登は、ベレッタM92Rを構えた。
 朝が近づき明るくなったせいか、暗闇に目が慣れたせいか、さっきよりも視界が開けている。
 正登の目に映ったのは、最も会いたくない男の姿だった。
 間違いなく『プログラム』に乗っていると思われる男の名は、3年4組2学期男子委員長半田彰(男子15番)だ。
 日頃の様子といい、出発前の発言といい、危険極まりない。
 みなみを護るためには、撃つしかない。
 覚悟を決めた正登にとっては幸いなことに、服についた草木の葉をはらっている彰は、彼らに気づいていないようだ。
 正登は、狙いを定め、引き金を引く。
「ダメッ!!」
 みなみの声も一瞬、遅かった。
 連謝音が響き、正登の手から腕、肩にかけて衝撃が伝えわる。
「うっ!」
 彰がうめき、一寸の後、後方へと倒れる。
「半田君!」
 みなみが駆け出した。
 正登も、後を追う。
 近づいてみると、彰の制服の胸のあたりに小さな穴が2つ開いていた。
 まだ、息はあるようだが、とても助かりそうにない。
「そりゃ、そうだぜ。胸に穴が開いてるんだぜ。それも、2つも」
 正登の心の中、もう1人の自分が言った。
 しかも、彰の手には武器など握られていない。
「オレは取り返しのつかないことをしてしまった」
 正登は自分の顔から、血の気が引いていくのを感じた。


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