BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
11「逃亡者」
『ハァ、ハァ、ハァ……』
荒い息づかい。
B4エリア、森の中を龍野奈歩(女子11番)は夢中で走っていた。
後ろの方から銃声がしたような気もしたが、彼女にはどうでもいいことだった。
――アイツに見つかるわけにはいかない。
今は逃げるのに精一杯だった。
頭の中には、1人のクラスメイトの姿が浮かんでいる。
いつも笑顔を絶やさず、誰にでも分け隔てなく接する少年。
そういう意味では彼女と似た者同士といえる彼であったが、彼女の心は強い拒否反応を示していた。
背の高い草をかき分けると、茂みに囲まれた空間が広がっていた。
――もう、大丈夫かな……?
立ち止まり、振り返る奈歩。
人の気配はなかった。
力が抜けていく体を木にあずける。
息が整ってきても、鼓動は乱れたままだ。
乾いたのどに政府支給のペットボトルの水を流し込む。
どれくらいの間、走り続けてきたのだろう。
――3:40
視線を落とした先では、時計の長針が1周していた。
出発した直後、あてもなく山頂へと続く坂道を上った奈歩。
町の方へ坂道を下って行く人が多いと思ったからだ。
数百メートル進んだ所に適当な茂みを見つけ、その中に身を隠した。
支給武器を確認しようと、デイパックのファスナーに手をかけた時だ。
茂み向こう側に人の気配を感じた。
見つからないように、そっと様子をうかがう。
暗闇の中に不鮮明ながら人影が見えた。
知り合いかもしれないが、いや、クラスメイトの誰かであるので知り合いではあるのだが、こちらから声をかけるのはためらわれた。
相手によっては、いきなり撃ち殺されるということも有り得る。
それが『プログラム』なのだ。
――お願い、気づかずに通り過ぎて。
そう祈りつつ、身を伏せる。
しかし、人影は徐々に近づいてくる。
クラスメイトをここまで恐れなくてはならないことが、とても悲しかった。
山道に茂る草木をかきわけてくる人影。距離がつまったことで、それが2つであることがわかった。
数メートル先で、前を歩いていた方が立ち止まる。
遅れてもう1人も止まった。
体に緊張がはしる。
――お願い、早くどっかへ行って!
心の中で叫んだ。しかし、
「おい、誰かいるのか?」
鼓動が早くなる。それは、あの少年といつも一緒にいる男の声だった。
「えっ、どうしたの?」
間違いなくあの少年の声だった。
『プログラム』の中で、絶対に会いたくないと思っている彼の。
次の瞬間には、夢中で走り出していた。
どこをどう走ったのかなんて覚えていない。
禁止エリアが指定されていたら、どうなっていたかなど考えたくもない。
逃げ切ることもできたし、結果オーライ。
そんな楽観的な見方で済まされる問題ではない
走っている間に聞こえていた銃声にしてもそうだ。
発砲するような人物と遭遇していたかもしれないのだ。
そして、考えてはいけないと思いつつ考えてしまうのは、誰が撃ったのかということだ。
まず、思い当たるのは2人だ。
1人目は、出発前にやる気満々な態度を見せていた半田彰(男子15番)。
2人目は、武道を習っておりある程度の戦闘に耐える力を持っている桃井なな(女子19番)だ。
日常からクラスメイトとの関わりを避けていた感のある2人なら、やる気になっても不思議ではない。
同じことは津久井藍(女子12番)にも言えるが、彼女のような華奢な女の子が発砲するとは思えなかった。
――特に、虫も殺せないような顔をしている藍には。
1つ期待することは、あの少年が銃弾の餌食になったことだが、彼のしぶとさと一緒にいたであろう男の実力を考えると、とても叶いそうにない。
――これから、どうしたらいいの。
やはり、函館もみじ(女子16番)や山北加奈(女子20番)と待ち合わせの約束をしなかったのは間違いだったのかもしれない。
しかし、森嶋の相談してもいいという言葉を聞いても、話しをすることができなかったのだ。
それ以前に、隣同士に座らされていたにも関わらず、顔を見合わせることもできなかった。
それは、『プログラム』に選ばれたショックのせいだったのかもしれない。
――でも、もしかしたら……。
今や、無条件で信じられる人物など、この会場に存在しない。そう思った。
――明るくなるまで、待つしかなさそうね。
夜が明ければ、状況が好転するなどという甘い考えは通用しないとわかっているが、今は自分に言い聞かせて気を紛らわせることしか出来なかった。
朝までの居場所を求めて、森の奥へと分け入った。
§
「それにしても、さすがはオッズ1位の野村だ。仲間を集めておいて、まとめて始末しようとはな」
本部の中、数台のコンピュータと大きなモニターが置かれた部屋。
『プログラム』担当官、森嶋和仁はオッズ表を眺めながら笑みを浮かべていた。
「しかし、逃がしてしまっては何の意味もないのではないでしょうか?」
積極的に話し合いに参加するというよりは、上官に話しを合わせる感じで中田が口を開いた。
「いや、それは違うな。逃がす逃がさない以上に、あの銃声が他の生徒に与えた影響が大きいな。『殺らなきゃ、殺られる』、今に不安に負けた奴らが戦いを始めるさ」
「さすがは担当官!」
お世辞丸出しだが、森嶋が気にする様子はない。言われ慣れしているのか、はたまた、気づかないほど鈍感なのか。
「ところで、担当官。先ほどの小山田の言動ですが、あれは反政府思想に当たるのではないでしょうか?」
武田が真剣な表情で裁定を求める。
「確かにそうだが、これから本当に行動を起こすとは限らない。それに、首輪は絶対に分解できない上、盗聴もバレていない。どうせ、ボタン1つで片が付くんだしな。ギリギリまで待っても遅くないさ。それに俺たちが殺したんじゃ、上の人たちに申し訳が立たん。よほどのことがない限り、その手はご法度だ」
緊張感という言葉には無縁と思われた森嶋も、表情を少し固くしていた。
それだけ、トトカルチョの結果に直結する首輪の爆破は重大なことなのだ。
下手を打てば、生徒の首が飛んだ後に自分の首が飛ぶことにもなりかねない。
「担当官、新たな動きです!」
モニターに向かっていた兵士が叫んだ。
「ついに、彼らが動いたか!」
興奮気味の森嶋の視線の先、D6エリアに4つ、F10エリアに3つの点が灯っていた。
<残り42人>