BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

10 「まっすぐな瞳」

 時刻は3時半を回っていた。
 G3エリア、高校の図書館。
 カウンターの影から顔を出し、安東初江(女子1番)は外の様子をうかがっていた。
 体育館前に集まった後、一通り構内を見回ったあとで鍵の開いていた図書館に落ち着いたのだ。
 恐らく、急に退去が決まった慌しさの中で閉め忘れたのだろう。
 参加者だけではなく、会場の住民も被害者なのだ。
 先ほどの銃声以降、辺りは再び静寂に包まれていた。
――問題なしね。
 人影はない。
 肩からベルトで下げているショットガン(SPAS12)がつっかえてしまったが、何とか身をかがめた。
「様子はどう?」
 小山田寛子(女子4番)は『プログラム』の中でも、いつもと変わらない口調だ。
 しかし、右手の中では拳銃――CZ100が黒光りしている。
 もし、映画の撮影なら自分たちは、さながら悪の組織に立ち向かう女捜査官といったところだろうか。
 映画研究会の自分と、演劇部の寛子、何とも皮肉なシチュエーションだ。
 だが、肩にかかっているショットガンも寛子の拳銃も、ハリボテの小道具ではない。
 まぎれのない本物なのだ――人に向けて引き金で引くだけで命を奪える。
 寛子の向こう側では、加藤妙子(女子5番)が外の様子を見張っている。
 首から下げているは、支給武器の双眼鏡だ。
 戦闘力は皆無の品だが、見張りという作業では重宝している。
 だからといって、1、2を争うハズレ武器であることに変わりないのだが。
 それはさて置き、見張りをしている人以外はどうしているかといえば、閲覧用の椅子をベッド、カーテンを布団代わりにして。束の間の休息中というわけだ。
 眠る前に支給武器を確認するとは言っていたが、結果は知らせてもらっていない。
 朝になれば、おのずと分かることとはいえ、夜のうちに襲撃される可能性もある。
『プログラム』で運命をともにするチームとしては連帯感に欠けるのではないか。
 原因は9人もの大所帯であることにつきる。
 人が3人集まれば派閥ができるという。
 どこかの国の政党ではないが、自分たち9人も例外ではない。
 派閥という表現が適切かは別にして3つのグループに別れる。
 1つ目は瀬川絵里香(女子9番)に千田蘭(女子10番)、根岸美里(女子14番)、いつも9人をリードしている3人だ。
 2つ目は自分たち3人。中でも寛子はグループのサブリーダーと言っていい。ただし、絵里香が独善的な判断をくだした際には、多数決を主張する寛子との間で、激しくもめることも多い。カンファランスも上手くいっているとは言い難い関係だ。普段なら、寛子が一歩引いて丸く収まるのだが、今回は命がかかっている。それで済むとは思えない。
 3つ目が白井由(女子7番)に小野田麻由(女子3番)、野中遥(女子15番)の3人だ。彼女たちは、2人の論争を静観していることが多く、中間派と呼んで差し支えないだろう。
 説明が長くなってしまったが、つまり一枚岩ではないということだ。
 それは、この『プログラム』においては、とても危険なことだと思う。
「ねぇ、妙子、初江。ちょっと、いい?」
 寛子が口を開いた。どうやら、お決まりのパターンが始まるようだ。
「絵里香は、これからどうするつもりだと思う?」
「それって、どういう意味?」
 怪訝そうな妙子。
「絵里香はこの『プログラム』の中で、どういうふうに行動するつもりだと思うかってことよ」
――やっぱり、始まった……。
 いつもならため息の1つでもつくところなのだが、今は自分自身、絵里香が自分たちの支給武器を教えずに寝てしまったことに疑問を感じていたので、素直に耳を傾けることにした。
「多分、なんとかして脱出するつもりなんじゃないかな」
「そうよ。それ以外にわざわざ仲間を集める理由も必要性もないわ」
 ここは妙子に同感ということで追従する。
「私も、脱出すること自体に反対する気はないわ。問題は方法と、後、他のみんなを見捨てて自分たちだけっていうのはどうかってことだわ」
「えっ!」
 いまいち意味が分からなかった。
「クラスメイトのみんなを見捨てて9人たちだけが生き延びようとするのはいけないんじゃないかな。それに兵士の人たちだって、やりたくてこんなことしてるわけじゃないと思うの。だとしたら、その人たちを殺すことも」
「寛子……」
 寛子の言わんとすることが少しずつ分かってきた。
「考えてみてよ。さっきだって、誰かが襲われたのよ、マシンガンで。襲った人はともかく、襲われた人が『プログラム』に乗る気がない人なら助けないと、脱出する時は一緒じゃないとダメなんじやないかな」
 とても寛子らしいと思った。
「でも、乗っている人と乗っていない人なんて、どうやって確かめるつもりなの。さっきの銃声だって、ナイフかなにかで襲われた人が仕方なしに撃ったかもしれないじゃない」
 外へと視線を向ける妙子、その言い分ももっともだ。
「正直、難しいわ。でも、絶対に『プログラム』に乗らないって人ならいるわ。例えば、高川君、久慈君、千野君、この3人が殺し合いをするなんて思えないわ。そして、彼らには彼らで『プログラム』には乗らないと信じられる人がいるはずよ。そうやって、糸をたぐるように仲間を集めていくの。細い糸をたばねてロープを作るみたいに」
 少し間を空けて、寛子は続ける。
「それに、今の私たちの力じゃ脱出は無理よ。この首輪をどうよって外すの、本土との間の海はどうやって越えるの、本土についてからはどうするの。やっぱり、野村君や北沢君、久慈君や千野君、それに皆田君たちと協力しないと脱出なんてできないわよ。少なくとも、9人だけで固まっていても時間切れを待つことくらいしかできないわ」
 途中までは単なる絵里香への反感かとも思ったが最後の言葉は、その通りだと思えた。
 だから、異論などなかった。
「わかった。私も協力するよ。きっと、絵里香も協力してくれる」
 うんうん――寛子は首を横に振った。
「どうして?」
 妙子は不思議そうに言った。
「この作戦には、大きなリスクがともなうわ。私たちの仲間が全員生き残れる保障はないし、誰かの命を奪わなければならなくなるかもしれないわ。きっと、絵里香は反対する。それに、9人じゃ目立って仕方ないわ」
「わかった。私は一緒に行く」
 妙子が笑った。
「私も」
 続いて答えた。
「2人ともありがとう」
 寛子も笑った。

 寛子のまっすぐな瞳は、自らの決意の先に何を映すことになるのだろうか
 それば、初江にも妙子にも分からない。
 それでも、寛子について行くということに迷いはなかった。


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