BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
14 「心の夜明け」
「チェックメイト」
皮膚を通じて伝わってくる銃口の冷たさと押し寄せてくる敗北感。
中里大作(男子13番)は、魔法にでもかかってしまったかのように、その場で固まってしまった。
――この声、久慈か!!
ニューナンブM60を持つ手が震え、カタカタと音をたてる。
「銃を捨ててもらおうか」
久慈孔明(男子7番)の声、いつもクールな彼だが、それ以上に冷たく迫力のある響きだ。
――従うしかない。
「ニューナンブM60、か」
大作の投げ出した銃を拾い上げる孔明。
もちろん、銃は突きつけられたままだ。
「直正、裕雄。中里のデイパックを調べてくれ。俺たちに会う前に、誰かから武器を奪っているかもしれない」
「わかった」
千野直正(男子11番)は、さっそく、大作のデイパックを調べ始める。
大作は唇を噛んだ。孔明という存在をまったく頭に入れていなかったこと、いや、そもそも、高川を相手にする=3人と戦うというところまで頭が回らなかった時点で負けは決まっていたのかもしれない。
「それから、銃弾は必ず見つけてくれ。ニューナンブM60の38SP弾は、こいつの弾と互換性がない。弾がなければ、使い物にならないからな」
説明書もなしに、これだけのことを言ってのける孔明。やはり、敵に回したこと自体が愚かだったということだろう。
「作戦成功だね」
――この声!
高川裕雄(男子10番)が茂みをかき分けて現れる。両手で、大きな盾を抱えていた。
――作戦ってことは、全部、読まれてたってことか。
大作の中に沸いてきたのは、悔しさというより諦めに近い感情だった。
――この2人には、かなわないか……。
直正に目を向ける。背後にいる孔明の様子はうかがえない。
――高川1人なら、クソッ!
「武器らしいものはない。銃弾はいただいたけどな」
「そうか。なら、後はコイツをどうするかだな」
孔明の声を聞いた大作、体がピクッと痙攣するのを感じた。
「そうだな。コイツから、俺たちの支給武器の情報が漏れると困る。それに、野村たちから逆恨みの攻撃なんかされたらたまらない。口を封じた方が、安全だろ」
直正が、躊躇なく言い放つ。
「そうだな」
――終わりか。
孔明と直正に完敗したせいなのだろうか。
ここへきても、大作の心に恐怖や後悔の念が沸いてくることはない。
――完敗だったぜ、久慈、千野。
覚悟を決める。
「なんてな」
顔を上げると、孔明がニヤッと――それでいて嫌味を感じさせない――いつもの笑顔を見せていた。
「俺たちは、誰にも死んで欲しくない。誰かを殺したくもない。武器を奪えば十分だ。荷物を持って早く行け」
直正も表情を和らげている。
――完敗どころか、勝負にもならない……。
大作は、心の中で苦笑していた。
戦闘力だけではなく、人間としても2人には敵わないのだと思い知らされた。
「わかった。せっかく、もらった命、無駄にはしないぜ」
デイパックを抱えると、逃げるように走り出す。
「待って、忘れ物だよ」
振り返った大作に、裕雄はバックを投げ渡した。大作の私物が入っているバックだ。
キャッチすると同時に、きびすを返す大作。
背後から、大作が最も嫌っていた男の声が響く。
「お互い生き延びて、また、一緒に野球やろうね」
大作にとって、その言葉は何よりも痛かった。
§
「半田君、半田君!」
東野みなみ(女子13番)の声を小川正登(男子3番)は呆然と聞いていた。
正登のベレッタ93Rから放たれた銃弾は、間違いなく半田彰(男子15番)の胸を撃ち抜いていた。
鮮血によって真っ赤に染めてられていく彰の制服。
自分が引き金を引いた結果であるにも関わらず、正登は実感を持てないでいた。
「どうしよう、このままじゃ半田君が」
みなみの――恋人の悲痛な叫び。
しかし、彰を助ける手段などあるのだろうか。
ここが、病院の手術室でも助からないのではないか。それほどの傷だ。設備もなく、医者もいない場所で、自分たちに何が出来るというのだろう。
「まったく、2人とも生き残る気あるの?」
不意に聞こえた声。
辺りを見回すが、自分たち以外に人のいる気配はない。
――そら耳?
「そんな大声出したら、殺る気になっている人のいい的だよ」
「半田君!」
半泣きのみなみだ。
「だから、大声出さないでよね。そう簡単に死んだりしないよ。小川も気にするな。撃たなきゃ、撃たれる。『プログラム』っていうのはそういうものだよ。人がいるかどうか確かめもせずに、飛び出した方が悪いよ」
ゆっくりと体を起こす彰。
「大丈夫なの?」
彰は、みなみの差し出した手を制するように言った。
「ベレッタM93R、大丈夫、たかが9mmパラベラム弾だよ」
――べレッ…で、93Rで、9mmって何のことだよ。
頭の中に沢山の?マークが浮かんだ。
「ベレッタM93Rは、その銃の名前。9mmパラベラム弾は、その銃の弾の種類。説明書、ちゃんと読んだの? まぁ、知っていたところで、そう役に立つ知識でもないけどね」
彰は、自分の胸――ちょうど、弾の当たった辺りをポンポンと叩いてみせた。
「おい、半田。本当に大丈夫なのかよ」
「もちろん、問題なしだよ」
彰は涼しい顔だ。
「でも、血が!」
「そうよ、半田君。そのケガじゃ、無理しない方が」
明らかに、命に関わる傷だ。立っていること自体、不思議なことなのだ。
「『でも、血が!』って、自分で撃っておいて、そういう言い方はどうかと思うよ」
――クッ!
顔をしかめる。反論の余地はない。
「まぁ、それは置いておいて、2人とも、まだ気づかないの?」
彰は、いつもの無表情で続ける。
「なにか、おかしいと思わないの?」
――おかしいと思わないかって、その傷で、普通に話がでいること自体が信じられないことだ。
みなみと顔を見合わせる。
「どうして、こんなに血を流して平気なんだと思う?」
「何でって言われも、驚異的としか言いようがないよ」
そうとしか答えようがない。
「血のりだよ、血のり。『プログラム』を生き延びるには策略も必要だよ」
不敵に笑う彰。
「じゃあ!!」
安堵の表情を浮かべるみなみ。
「あぁ、血のり袋を破れたけど、体の中には弾は入っていないよ。こんなことも見破れないようじゃ、生き残れないよ」
――生き残るか……、俺たちには無縁の言葉だな。
自分たちは、すでに覚悟を決めている。
「じゃあ、半田君は、私たち相手に、その策略を使って何をしようとしたの?」
みなみの鋭い一言、確かにその通りだ。
「そうだね」
彰の表情がわずかに歪んだ気がした。もちろん、気のせいかも知れないが。。
「分からない、分からないんだ。生きる理由も、死ぬ理由もない。『プログラム』に乗る理由もなければ、降りる理由もない。政府に反逆する理由もなければ、優勝も目指す理由もない。ただ、自分の行動理由を見つけられずに死ぬのはゴメンなんだ。もし、小川と東野さんが、殺す気で留めを刺しにきていたら、2人を殺していたかもしれない。でも、2人にはその気はなかった。だから、何もしなかった。それだけだよ」
「半田の言う『理由』って、何なんだよ?」
正直、半田彰という男とこんなに真剣に話す機会があるとは、先刻までは思ってもみなかった。
しかし、一度話し始めると、最後まで聞きたくなってしまうのが人情というやつだ。
それは実に、不思議な感覚なのだが。
彰は息を吐いた。
少し間をあけて、口を開く。
「それが、分かっていたらこんなに苦労はしないよ。もっと、無感情だったら楽なのかもしれない。『プログラム』に乗るかどうかを投げたコインの表裏で決められるくらいに」
そこまで話したところで腕時計に目をやる彰。
「おっと、無駄話が過ぎたみたいだね。早くしないと、銃声を聞きつけた人が来るかもしれない。動いた方がいいよ」
こちらに構わず、彰は歩き出してしまう。
「それから、1つ忠告しておくよ」
背中越しに続けた。
「2人で生きることが出来ないから死ぬっていうなら、最期まで2人で生きる努力をしてからにすれば。そのまま、海へダイブじゃ、逃げているようにしか見えないよ」
――半田、そこまで見抜いてたのかよ。ということは、
「お前、わざと飛び出して来たのか? オレたちを止めるために」
思ったままを口にする。
「想像に任せるよ。でも、そこまでお人好しに見える」
明確に答えることなく去って行く彰の後ろ姿を、しばらくの間、呆然と見つめていた。
そして、
「正登、行こう。私は逃げたくない」
「あぁ、そうだね」
笑顔を取り戻し、歩き出す2人。
島の夜明けより一足早く、2人は『心の夜明け』を迎えた。
<残り42人>