BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

15 「センキカクセイ」

「5時か」
 政府支給の少々、安っぽい腕時計の短針が5の数字を指している。
 辺りが薄明るくなっていく中、部坂昇(男子17番)は、F8の果樹園付近へと差しかかっていた。
 目的地は、C8の公民館だ。
 そこで、ブラスバンド部の2人、田尾繁(男子9番)、澄井愛美(女子8番)と合流することになっている。
 バンド部に所属している昇、専門はフォークギターによる弾き語りだ。
 ブラスバンド部の2人とは、音楽の話でいつも盛り上がっている。
 部の他の部員や一部の生徒には退廃音楽(ロック)に興味を示す者もいるが、昇には関心のないことだった。
――正直、雑音にしか聞こえないんだよな。
 昇はバンド部員には珍しくエレキギターの電子音が苦手なのだ。つまり彼にとって、ロックはまさに退廃音楽なのだ。
――田尾たちは、もう着いているだろうか?
 普通に歩けば、1時間もあれば公民館に辿り付ける――もっとも、ありがたい政府支給の地図の縮尺が正確であればの話だが。
 出発してから2時間半、普通ならゆっくり歩いていても到着しているはずだ。
 しかし、昇の現在位置は本部と公民館の中間辺りだ。
 原因は注意深く行動してきたことだ。悪く言えば、警戒のしすぎということになる。
 昇は襲撃者に備え、数十メートル進むごとに物陰に身を隠して、辺りの様子を確認しているのだ。
 特に、3時頃に南西の方向――展望台のあたりから銃声が聞こえてからは、警戒を厳しくしていた。
 更に、1時間ほど前には、北と東の方向から別々に銃声がした。地図からして北は山の急斜面、東は海を見下ろす断崖絶壁付近のはずだ。
――そんな場所で一体誰が!?
 自分も、いつ襲われるかわからない。
 デイパックを開いている間は周囲への注意力を保つことが難しい。その瞬間に襲撃されることを恐れ、支給武器の確認もしていなかった。
――これも、公民館までの辛抱だ。
 2人と合流さえできれば、見張りも交代で出来る。万が一、戦闘になっても心強い。
「そう、合流さえできれば」
 自分に言い聞かせると、物陰から顔を出す。
 辺りに人の気配はない。
――よし。
 物陰から飛び出すと数十メートル先の小屋を目指す。
 残り30メートル、20メートル、10メートル、そして小屋の陰へ、
 次の瞬間、
『パラララララ……』
 背後からの銃声、自分の残像が直撃を受けた。それくらいの至近距離を熱い鉄球が通過していった。
 物陰に隠れながら進む方法をとっていなければ、間違いなく直撃を受けていただろう。
――一体、誰が?!
 恐る恐る顔を出す。
 すると、数十メートル程向こう側、何やら黒っぽくて四角い箱を肩から下げている男子生徒の姿があった。
――野村だ!
 野村将(男子15番)は四角い箱――コルト9mmSMGを昇へと向ける。
『パラララララ……』
 とっさに顔を引っ込めた昇だが、またしても至近距離を通過した銃弾に肝を冷やした。
――ヤバイ……。
 相手が文系の女子なら、まだ何とかできるかもしれない。。
 しかし、相手はあの野村将だ。
 向こうが丸腰で、こちらが銃でも勝てないかもしれない、そんな強敵だ。
――どうする……そうだ!
 一計を案じた昇は、デイパックを投げ捨てた。
 そして、小屋を背にして全力で走り出した。

 数分後。
――なんとか、逃げ切れたようだな。
 昇は一息ついていた。
 作戦通り、将は追ってこなかった。と言うより、追って来られていたら、とっくの昔に追い付かれている。
 昇の作戦、それは支給武器を捨てることだった。
 将ほどの能力の持ち主なら、丸腰で逃げるザコなど「いつでも倒せる」と捨て置き、デイパックを確保すると踏んだのだ。
 ザコと思われるのは気分の良いことではないが、命に比べれば気にするほどのことではない――当然のことながら。
 同じく支給武器を捨てたことも、大した問題ではない。
 民家に入れば、刃物――例えば、包丁などは簡単に手に入る。
 中には、日本刀やボウガンなんかを置いている家もあるかもしれない。
 猟師の家なら、猟銃だってあるはずだ。
――それに、いくら野村でも、久慈と千野のコンビや、桃井に皆田、それから北沢や中里たちと戦う中で、無傷でいられるはずはない。
 つまり、昇の考えによると、まだ、自分が生き残る可能性は多々あるというわけだ。
――とにかく、まずは公民館だ。
 歩き出す昇。と、
――誰だ!
 不意に近くに人の気配を感じた。どうして今まで気づかなかったのだろう。ともかく、そちらの方へと視線を向ける。
――女子用ジャージ(塩見一中のジャージは男女でデザインが違う)、ということは女子か。
 昇が、そう知覚した瞬間、
『パパパパパ……』
 彼女の腕の中、SMG――H&K UMPが火を噴いた。
 無数の9mmパラベラム弾を受けた昇の体が前のめりに倒れる。
「なによ。コイツ、デイパック持ってないじゃない。まったく、ツイてないわね」
 彼女は残念そうに呟いた後で、自分の撃った相手が誰かを確かめることもなく立ち去った。
 もっとも、頭はもちろん名札さえも銃弾によって砕かれていたので、確かめようとしたところで無駄な努力であったのだが。
 そして、その全てを昇が知る術はなかった。

 明けの明星が、東の空の端にその姿を残す中、『戦姫』は鳴り響く銃声とともに覚醒した。


  §


「一休み、していいいかな?」
 若い医師の問いかけに、無言でうなずく少女。
 1人の少年の『死』を語った瞬間の苦しそうな表情。
 そして、これから残り40人の『死』(42人クラスの『プログラム』が終わるためには、41人の生徒が死ななくてはならない)を語らなくてはならない苦しさ。
 想像するに耐えない。
 語るには、相当な覚悟が必要なのだろう。
――わたしも、一休みしようかな。
 聞き手にも、語り手にも同様の覚悟が求められるのだ。
 少女は、医師の煎れたコーヒーへと口を運んだ。


                         <1人退場 : 残り41人>


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