BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜
58 「シンクロニシティ」
D5エリアの端、農機具小屋の中、千野直正(男子11番)は静かに腰を下ろしていた。
わずかに鼻をつくのは、錆びた鉄、それに堆肥の混じったにおい。
10月とはいえ、トタン屋根の粗末な小屋では、肌寒さをしのぐには心もとない。
――いや、寒いのは体じゃないな。
殺る気の野村将(男子14番)、装備はマシンガン、絶対に逃してはならない猛獣を解き放ってしまった。
あの一瞬、躊躇してしまった。
小山田寛子(女子3番)たちを襲った仮面の女子生徒、高川裕雄(男子10番)に発砲した半田彰(男子15番)、将と仮面の少女の銃撃戦、必死に逃げてきた山北加奈(女子20番)――覚悟を決めていたはずだった。
――殺る気の人間は、最悪、命を奪ってでも無力化する。
その覚悟がまったくもって不足していた。
――次に戦う時、次に戦う時に俺は……。
右手に握るミューナンブM60が鈍く光る。
撃てるのだろうか、クラスメイトを、昨日まで仲間だった人を。
――孔明は撃つ気だったんだろうな。
親友の久慈孔明(男子7番)のいつもの笑顔を思い出す、あの時、仮面の少女の後ろに回った時、足の不調さえなければ、孔明は彼女を間違いなく狙撃していただろう。
――俺は孔明ほど割り切れない。
「挑まれた勝負からは逃げない」、桃井なな(女子19番)から勝負を挑まれた勝負、男女を無視して受けた理由だ。
けれど、今の直正は逃げているのかもしれない。
『プログラム』の中、ルールに乗って優勝を目指す気はない。かと言って、人を殺さないと誓ったわけでもない。
ただ、脱出のあてもない『プログラム』の中で、殺る気の人間だけを殺してでも無力化するという無意味な選択肢を取っている。
それ自体、逃げているといるのかもしれない。
そんなことをしたところで、最後の最後には「時間切れ、優勝者なし」という結末を招くだけだと分かっているのに、なぜ、なのだろう。
――桃井さんはどうなんだろう。
直正が評するところの「卑怯なことはしない」少女、その整った横顔が思い出される。
――桃井さんは、撃つんだろうか。
殺る気の人間を止めるためなら?
自分の身を守るためのなら?
津久井藍(女子12番)を守るためなら?
――そして、同じ状況になった時、俺は撃てるのか……。
頭の中を回り続ける問、答えは出ず、時間だけが過ぎていった。
§
「で、お姉ちゃんは、どうして戦いたいわけ?」
妹のみみは、からかい半分、興味半分といった口調で尋ねてきた。
――戦いたい訳。
ストレートな質問に、私は答えられなかった。
男女差を越えてまで、千野君との戦いにこだわっている自分、そこには当然理由があるはずなのだ。
体の奥底から湧き出てくる、戦いたいという気持ち、喉の渇きにも似た焦燥感。
武術家としての想いから戦いを望んでいるのは本当――けれど、その根源はどうしようもなく感覚的なものなのだ。
強いて言うなら、野球選手へのヒーローインタビュー、
「今日のホームラン、打った瞬間の感覚は?」
「無我夢中でバットを振りました。当たった瞬間のことは思い出せないです」
「球種はシュートでしたね」
「そうだったんですか。覚えてないですが、上手く打てて良かったです」
そんな酷く不鮮明な感覚なのだ。
感情と言うよりは、本能に近い感じだろうか。
考え込む私に対し、妹が言葉を続けた。
「もしかして、次直のお兄ちゃんのこと好きなの?」
それは違うと思う――これは、断言できる。
千野君と一緒にいても、胸は高鳴らない。
出てくるのは、渇望だけ。
「そういう、みみこそ、次直君とはどうなの?」
言われっ放しも悔しいので、聞き返してやった。
千野次直、千野君の3つ下の弟、みみとは道場への入門以来の幼なじみだ。
「う〜ん……、ただの友だち、かな」
みみは、ぽんと手を叩くと続けた。
「ずっと一緒に練習している相手で、多分、これからも一緒に練習する相手で、練習してない時は友だち、そんな感じ。それから、ちょっと、羨ましい相手、今はみみの方が強いけど、これから男の子は体が大きくなって、練習とは別に強くなれちゃうから」
この時ばかりは、みみのあっけらかんとした性格が羨ましかった。
B9エリア、『プログラム』の会場にならなければ、隣のA9エリアの港から水揚げされた魚のセリや直売で賑わっているはずの市場。
その一角、年代物のソファーがベッド代わりに津久井藍が寝息を立てている。
ななは壁にすがり、藍の安らかな寝顔を見つめる。
――藍だけは護りたい。
胸が締め付けられるような気持ちになる。
同時に、自分の戦いは藍のためになっていないのではないかという思いが胸を過ぎる。
――千野君、半田君……。
私は2人と戦った――2人が『プログラム』に乗っていると思ったからだ。
――本当に?
2人が攻撃してきたわけではない――直正が棒手裏剣を投げてきたのも、今思えば、正体の分からない相手への威嚇だった可能性もある。
そもそも、藍の身に危険は及んでいない。
彼らの姿を見止めた瞬間、踵を返して立ち去ること、それがもっとも安全な選択肢だったのだ。
自分がそうしなかった訳、私が引き寄せられるように戦ってしまったのは、なぜなのだろう。
殺る気になった危険人物を止めたかった?
藍以外のクラスメイトを守るために、危険を排除したかった?
それとも、もっと違う何かを私は持っているのだろうか?
――どうして、どうして私は……私は?!
月のない空の下、ななは心を照らしてくれる光を探し続けていた。
答えの出ない気持ちに戸惑いながらも、意識しあう2人。
2人の気持ちが互いを引き寄せ合い、再戦の機会が与えられるのか、それとも、機会は永遠に奪われてしまうのか。
今の2人には知る由もなかった。
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