BRR(BATTLE ROYALE REQUIEM)
第2部
〜 真実の神戸 〜


 

57 「散る落葉のように」

 私は階段を駆け上っていた。
 後ろからは足音が2つ、まだ、差があるとはいえ、私より早い。
 振り向きざまに引き金を引いた。
 手すりに命中したらしく火花が上がり、足音が止まる。
 その隙に距離を稼ぐべく、足を速める。
――まだ、こんなところでは死ねませんから。
 そんな彼女のすぐ後ろ、鈍い音が響き、火花があがり、続けざまに、壁の一部が欠け落ちる。
 目の前に階段の終わりが見える、そこは狭い踊り場になっていて、一番奥に飾り気のない鉄製の扉があった。
――これですね。
 ポケットからキーを取り出す。すばやく、鍵穴への指し、扉を開いた。
 強烈な向かい風と光、そして音、その中に身を躍らせる。
 外へ出るのと同時、外から扉を閉める。
 鍵は回収しない、もう持っている意味はない。おそらく、もう、ここに来ることはないだろうし、追っ手も同じ鍵――本物の鍵を持っている。
 まっすぐ前へと走る私を見下ろすヘリコプター。
 本当は着陸して待っているはずだった。けれど、そんな余裕はない――追っ手が迫っている。
 屋上の端へと近づく。
 私の背後、大きな音が響く――扉が開いた音だ。
 反射的に振り返る。
 2人の男が顔を出し、私に狙いを定めようとした瞬間、
『パパパパパパ……』
 上方からの射撃、男たちは慌てて身を隠す。
 見上げた空の上、ヘリのドアから身を乗り出し、サブマシンガンを構えている彼がいた。
 こんなギリギリの状況なのに、私は安心感に満たされる。
 しかし、想いとは裏腹に状況は悪い。
 近いうちに、追っ手は2人どころではなくなるだろう。
 2回、3回と彼が威嚇射撃を続ける。
 男たちは顔を出さない――弾切れを待っている。
 私は見上げる、こんな絶望的な状況なのに、彼は解決策を用意してくれる。そんな確信があった。
 目が合った、4回目の射撃――そして、彼は下を指差した。
 次の瞬間、ヘリが急降下を始めた。
 ヘリの動きが見えていたように、顔を出す男たち、私へと照準を合わせる。
 私は躊躇しない。
 男たちが引き金を引く直前、空へと身を躍らせた。
 追いかけるように響く銃声、すぐ上を通過する熱い塊。
 重力に引かれ加速する体、近づくヘリ、もし、プロペラと体が触れれば、バラバラと墜落、互いに命はない。
 けれど、どうしてか不安は感じない。
 私が伸ばした右手、彼が伸ばした左手、2つの手が触れ合い、そして、強く握り合った。


 次の瞬間、彼女は何か生暖かい物の上にいた。
 天然の堆肥の香り、手触り、それが落ち葉だと気づくのに時間はかからない。
――夢……当たり前よね。
 非現実から開放され、現実へ戻される。
――ここは、どこ?
 左腕がわずかに痛む。
 山道を歩いている自分。
 左腕に鋭い痛み。
 バランスを崩す。
 それから、
――それから、斜面を滑り落ちた?
 酷く曖昧で、途切れ途切れの記憶、どうやら、ベッドで夢を見ていたのではないらしいことは確かだ。
 必死に記憶をたどる。
 バスの中、
 クラスのみんな、
 沢山の荷物、
――そうか、私、修学旅行に行くところだったんだ。
 スーツ姿の男、
 専守防衛軍兵士、
 白チョーク、
 森嶋和仁、
 そして、
「お前らは『プログラム』に選ばれた」
 決定的な言葉、
――そうだ! 私たちプログラムに選ばれたんだ!
 それからの回復は早かった。
 ディパック、
 支給武器、
「私たちは殺し合いをする」、
 6時間に1回の放送、
 禁止エリア、
 次々に蘇る、そして、気づく、
――私、何時間、寝ていたんだろう。
 もしかすると、放送を聞き逃してしまっているかもしれない。
 顔を挙げ、わずかに痛む左腕を持ち上げ、手首を目の前へと導く。
 これで、時間が確認できるはずだった。
 けれど、彼女には、それができなかった。
――えっ!?
 目を擦る、見えない。
 もう一度、見えない。
――うそ、だよね……。
 指で開く、それでも見えない。
 冷や汗が流れる、鈍い痺れが背中を伝う。
 
 彼女は視力を失っていた。

「きゃ」
 叫ぼうとした口に手をあて、無理やりに堪える。
 叫び声なんてあげるわけにはいかない――殺る気の人が近づいてきたら終わりだ。
 けれど、どうしろというのだろう。
 目が見えないのだ。
 ここがどこかも分からない。
 仮に、放送を聞き逃していなかったとしても、禁止エリアを避けることさえ難しい。
――どうして、どうして私がこんな目に。
 叫びたい、けれど、叫べない。
――わたし、死ぬの? 生きたい! 目が見えない 盲目 プログラム 見えない 禁止エリア 誰か来る 来ないで……。
 体が熱く、背筋が冷たい。
――きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
 心の中で大きな悲鳴が上がった。

 少しして、彼女は気を失った。

 目が見えない――最大の危機を背負った彼女の命は散る落葉のように消えてしまうのか、それとも。
 ただ1つ確かなこと、それは、今、彼女のいるG8エリアが午前3時から禁止エリアになるという事実だけだった。

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