BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


84

 目的地に向けて歩き続ける彼女の背中が切迫した状況を物語っていた。
 全く足を止める事もなく突き進む。
 今、彼女の頭の中は若菜の事でいっぱいなのだろう。
 自分の事など眼中どころか、頭の片隅にもないのかもしれない。
 置いてかれまいと、三代に撃たれた左腕を抑えて懸命に後を追いかける。
 どこまで滑稽なんだろう、自分は。
 自分で自分に問い掛ける。
 どんなに頑張っても、どんなに想っても彼女を手に入れる事など出来ないのに。
 それでも、もう自分で納得してしまっているのだから仕方ない。
 ただ、傍にいられるだけでいいのだと。
 それ以上を求めてないわけではないし諦めたわけでもない。
 今、この瞬間、自分は彼女にもっとも近い位置にいる。そして、若菜ですら知り得ない彼女の本質を知っている。
 そんな、ほんの僅かの優越感。
 少なくとも今はそれだけでいい。
 それだけあれば、自分はまだ少しの間、生きていける。
 
 目的地のB−7までは後ほんの僅かの距離だろう。
 かなり急いで歩いてきた。
 夕子と合流してから、ここまで全く休憩も取らずに歩き続けているのだから当然と言えば当然かもしれない。
 若菜の安否に関しては何とも言えなかった。
 夕方の5時までに武史を殺した犯人を連れて来なければ、若菜と正巳を殺すと三代は言った。だが、連れて行ったからと言って殺さないとは一言も言っていないのだ。
 必ず無事であるという保証はない。
 そこまで考えた時、唐突に空気が震え荘厳な音楽が島中に鳴り響き始めた。
 西郷の定時放送だ。
 どうやら、いつの間にか正午になっていたらしい。
 一心不乱に歩き続けていたせいか、時間の感覚は余りなかった。
「中野」
 呼びかけたが、前を歩く夕子は振り向こうともしない。
 さすがに放送を聞き逃すわけには行かない。とにかく立ち止まらせようと、夕子の腕を掴んだ。触れただけで、折れそうな程に細くて白い腕。
「離して」
 反射的に手を離していた。 
 何の感情も映さない夕子の瞳が目の前にある。
 吸い込まれそうになる意識を振り切って、関口は口を開いた。
「放送が始まる。とりあえず聞こうぜ」
「そんなの歩きながらでいいわ」
 一瞥して言うと、すぐに前に向き直り歩き出して行く。
『時間だ。放送を始める』
 西郷の声。
 タイムリミットだった。若菜以外であれば誰が死のうが関係ないが、禁止エリアだけは聞き逃すわけにはいかない。
 禁止エリアを聞き逃す事は死に直結すると言ってもいいのだから。
 それに、夕子の目的地は分かっている。後を追うのは簡単だ。
 すぐにデイパックを地面に下ろすと、中から地図とペンを掴み出した。
『まず死者だが、今回は出ていない。次、禁止エリア。午後1時にE−8。3時にG−6。5時にA−2だ。以上』
 それで放送は終わりだった。
 相変わらずの無機質で抑揚のない声。
 その部分だけ若菜以外に対する時の夕子と同じように思える。
 舌打ちすると関口は、すぐに立ち上がった。
 夕子を追いかけなくては。
 幸い若菜は無事のようだし、三代達がいるというB−7も、そこに向かうまでの道のりも禁止エリアには指定されていない。
 地面に置いていたデイパックを引っ掴むと、関口は地面を蹴って走り始めた。
 夕子の姿はもう見えなくなっている。
 急がなくては。
 そう思い走るスピードを上げた瞬間。
 突然、目の前に新たな人影が現れた。
「危ねえ!」 
 危うく衝突しそうになり、急ブレーキをかけて立ち止まろうとしたのだが、勢い余ってその場に膝を着いてしまった。
 舌打ちして目の前にいる人物に目を向ける。
「大丈夫?」
 こちらを見るや否や、本田明日香(女子15番)は心配そうな顔でそう言った。
「あ、ああ。まあ」
「良かった。こんな所で走ってたら危ないよ」
 殺し合いというこの状況下で見当違いの発言をする明日香に、少々唖然としながら関口は立ち上がった。
 ”この女、俺が怖くねえのか?”
 まともな女子なら、不良グループである自分など畏怖の対象以外の何者でもないだろう。
 もっとも、プログラムが始まって以来、関口があった女子は若菜といい有紀といいまともじゃない者ばかりなのだが。
 小さくため息を吐き、関口は明日香に向き直った。
「危ないのはお前だよ。俺が殺し合いに乗ってたらどうすんだよ。今、お前はここで俺に殺されてもおかしくなかったんだぜ」
 一瞬、明日香が泣きそうな顔になったような気がしたが、そう思った時にはもう苦笑いに変わっていた。
「そ、そうだよね。ありがとう。今度から気をつける」
 とりあえず明日香は全くやる気はなさそうである。
 実際問題、ここで殺されてもおかしくなかったのは明日香だけでなく関口も同じなのだ。
 相手が明日香だったから良かったものの、これが三代だったら即殺されていただろう。
 夕子を追いかける事に意識を傾けすぎていて、周囲の状況になど全く気を払っていなかった。
 ”気をつけなきゃなんねえのは俺も同じか”
「じゃあ、俺はもう行くけど、もう一つだけ忠告しといてやる」
 明日香はこちらを向いて目を丸くしている。
「いいか。省吾と三代と崎山に会ったらすぐ逃げろ。あいつらは───」
「ハナ?! ハナに会ったの?!」
 言葉の途中で明日香が身を乗り出してくる。
 予想外の反応に関口は思わず目を剥いた。
「ねえ! ハナに会ったの? どこで? 逃げろってどういう事?」
「お、落ち着けよ。ハナって崎山の事か?」
 頷く明日香の表情は必死そのものだ。
 こんな事をしている間にも、夕子はどんどん先に進んで行ってしまっているだろう。
「関口君! ハナは!」
「分かったから落ち着け」
 こんな場所で立ち止まっている暇は自分にはないのだ。
「悪いが急いでるんでな。手短に話すぜ」
 必死の表情のまま明日香が頷く。
「山口が三代と崎山に攫われた。あいつらは殺し合いに乗ってる」
「何で! 何で、ハナが?!」
「野々村殺した奴を探してるっつってた」
 その言葉に、明日香は「あっ」と言って黙り込んでしまう。
「じゃあ、俺は行くぜ」
 言うが早いか踵を返して歩き出そうとしたのだが、明日香はまだ喰らいついてくる。
「待って! どこ行くの?!」
「その崎山のとこだよ」
「私も行く!」
 明日香の表情は真剣そのものである。
「やめとけ。三代もいるんだ。殺されるかもしれねえぞ」
 脅しに近いその言葉に、明日香は一瞬怯んだようだったが、すぐに怯えを隠して言った。
「たっくんの事で、ハナが殺し合いに乗ったのなら止めなきゃいけないもの」
 その言葉に対して、関口は舌打ちして告げた。
「好きにしろよ」
 それだけ言うと、今度こそ夕子の後を追って歩き始めた。
 勝手についてきて明日香が三代に殺されようが自分には関係ない。忠告はしてやったのだから。
 それに花子が殺したいのは、他でもない夕子なのだ。
 そして、夕子はその花子も三代も殺す気でいるだろう。
「関口君」
 後ろから明日香が声をかけてきた。
「関口君は、山口助けに行くんでしょ?」
「ああ」
「山口が好きなの?」
「なわけねえだろ」
 間の抜けた発言にがっくりと肩を落とした。
「そうなんだ。ハナは、たっくん……野々村君の事が、ずっと小さい頃から好きだったの」
 そんなところだろうとは思っていたが、自分にとってはどうでもいい事でもある。
「どうしてハナは三代君と一緒にいるんだろう……」
「さあな」 
 そんな事はこっちが聞きたいくらいである。
 正直、花子などどうでもいい存在なのだ。問題は三代だ。
 夕子なら花子一人くらい一瞬で殺害出来るだろうが、三代がいる以上そうもいかない。その上、夕子にとって唯一の弱点とも言える若菜を人質に取られているのだ。
 どうするつもりなのだ、一体。三代と真っ向勝負するとは思えないが。
 その三代も何を考えているのか分かったものじゃない。
 ゲーム。あの時、三代はそう言っていた。
 あれは本心だろう。
 優勝を狙いに行かずに、こんなゲームをする理由はなんだ。
 唐突に頭の中に別の人間の顔が浮かんだ。
 あの病院で会った柴隆人。あの男も何を考えているのか分からなかった。
 ”クソッ。どいつもこいつも……”
 省吾のように優勝するつもりで皆殺しを考えている奴の方が分かりやすくてよっぽどいい。
「ねえ」
 また明日香が後ろから声をかけてきた。
「もしさ、山口が殺されちゃったら……関口君はどうするの?」
 振り向かずに聞いていたが、その言葉に思わず足を止めた。
 若菜が死んだら。
 どうするのだ、夕子は。
 当然、三代の事も花子の事も殺そうとするだろう。だが、これはプログラムだ。二人を殺して終わりではない。
 自分も明日香も、恐らくは三代達と共にいるであろう正巳も全員殺すのか。
 急に忘れていた疑問が頭をもたげてきた。
 どうして夕子は若菜と一緒に行動しようとしないのだ。
 病院で若菜を見つけた時に再会するチャンスはあった。だが、夕子はしなかった。
 義人達がいたとはいえ、夕子の若菜に対する異常な程の執着を考えれば一緒に行動する方がむしろ自然なはずだ。
 それなのに、若菜の事を自分に任せてまで、夕子が単独で行動し続ける理由。
 唾を飲み込んだ。
「まさか……」
 ”いるのか。このクラスの中に……”
 他の理由が浮かばない。
 夕子が若菜よりも優先するものがあるとすれば。
 ───彼の傍だけが私の生きる場所だもの。
 寒い日だった。
 商店街の一角。こじんまりとした駐車場で夕子と向き合った。
 自分が想いを告げたその場所で、夕子は心に決めている男がいると言ったのだ。
 その男が自分の身近にいるというのか。
 どす黒い何かが身体の奥底から湧き上がってくるような気がした。
「関口……君……?」
 嫉妬ですらないこれは、強烈な殺意。
「急ぐぞ」
 ひとり言のように告げると、関口は再び足を進め始めた。
 そのすぐ傍で、明日香は怯えたまま立ち尽くしている。
 そんな二人を真上に昇った太陽が照らし出していた。

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