BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


83

 前を歩く大きな男に隙はなかった。
 どうやって殺すか。
 崎山花子はそれだけを考えて足を動かしていた。
 様々な方法を想像してみたが、前を歩く三代が自分に殺される姿が浮かんでこない。
 武史の仇を討った後。
 自分がまず最初にすべき事は、三代を殺す事だった。
 幼い頃からの親友である進一郎と明日香の生存率を上げる為には、三代に生きていられては困るのだ。
 とにかく、仇討ちを果たすまでの間に弱点の一つでも見つけられればいいのだが。
 実際、全ての片が付くのは時間の問題だろう。
 三代は強い。
 何の力も持たない自分でも分かる程に。
 健二、一弥、関口。クラスの男子の中でも、いかにも強そうな男子三人も三代には歯が立たなかった。
 他に三代と渡り合えそうな者と言えば、クラス委員の西村涼。後は関口の仲間である菊池と省吾くらいだろうか。
 それでも三代が殺されるとは思えない。
 そんな男を殺す事など自分に出来るのだろうか。
 ふと、三代が背負っている小柄な少女の姿が視界に入った。
 あの森の中で、三代に真正面から挑んだ少女。
 愚かだとは思わなかった。
 むしろ、同じ女として尊敬したと言ってもいい。
 よく諦めずに立ち向かえたものだ。
 痛くはなかったのだろうか。怖くなかったのだろうか。
 その疑問をぶつけるべき若菜は意識を失ったまま三代に背負われている。
 少し離れた位置を黙って歩いている正巳へと目を向けた。
 あれから正巳は一言も口を聞いてはいない。
 親友である若菜を売った正巳は、今どんな気持ちでいるのだろう。
 自分に置き換えてみれば明日香の命を売るようなものだ。
 そんな事、とてもじゃないが想像つかない。だが、同じ事を正巳にさせたのは自分。
 ともすれば同情してしまいそうになる心を必死で抑え込んだ。
 今は余計な事に気を払っている場合ではないのだ。
 武史の仇を討つその時までは。
 どんなに恨まれようとも、詰られようとも、後ろは振り返らない。
 それだけが今の自分にとって、唯一の生きる目的なのだから。
「あそこだ」
 唐突に三代が立ち止まり口を開いた。
「あれがアジトだ」
 三代が顎で示した先に、倉庫らしき建物が三つ並んでいる。
 その中のどれかが三代とその仲間のアジトなのだろう。
 当の三代はもうアジトへ向けて歩き始めている。
 自分の傍に立っていた正巳も、何も言わずに三代の後を追って歩き始めた。
 二人の背中を見つめながら、花子は小さく息を吐く。
 自分の身体が震えているのが分かった。
 とうとう、ここまで来てしまった。
 この震えが恐怖からなのか、武者震いなのかは分からなかったが。
 進むしかないのだ。
 自分の望みを、武史の望みを叶える為に。
 汗ばんだ両手をきつく握り締め、花子も二人の後を追って前へと踏み出した。
 三代がアジトにしていたのは三つある倉庫の内の一番左側の建物だったようだ。
 真っ直ぐに左側の倉庫へと進んでいく。
 倉庫の扉の目の前まで来ると、若菜を背負ったまま三代は足で扉を蹴り開けた。
 そのまま中へと突き進んでいく。
 正巳がその後に続き、最後に花子が倉庫内へと足を進めた。後ろ手で扉を閉めてから、内部を見回してみて気付いたが、かなり広く作られているようだ。
 天井は高いが、中には特にこれといったものは置かれていない。
 あえて言うなら車が何台か放置状態で置かれているだけである。
 その車の数を目で数えようとした瞬間。
「随分、遅いお帰りで」
 倉庫内に突然声が響いた。
 驚いたのか正巳が小さく悲鳴を上げる。同時に、花子も思わず息を呑んで周囲を見回した。
「だ、誰?」
「そりゃ、こっちのセリフだ」
 声が聞こえたのは、左手の壁際にある車の辺りからだった。トラックの荷台の辺りに、いつの間にか黒い影がある。
「あ、あなたは……?」
 女の声だったような気がしたがよく分からない。
 問い掛けに答えるようにして、黒い影が荷台から飛び降りた。
 ゆっくりと、こちらに歩み寄って来る。
 影の正体はすぐに分かった。
 自分よりも小柄な少女。そう。丁度、今三代の背で眠っている山口若菜と同じくらいの背の高さ。
 そして、何より目立つのは、その顔の中央を斜めに走っている大きな傷跡。
「早田さん……」
 ひとり言のようにその名を呟いた花子の事は無視して、早田智美は三代の方に向かっていった。
「よう。機嫌悪そうだな。あの日か?」
「てめえは随分楽しそうじゃねえか」
 自分より遥かに大きな三代を、小柄な智美が睨み上げる。
「ああ。面白い遊びを見つけたからな。お前も乗れよ」
「遊び?」
 智美が自分と正巳を交互に見比べる。
 その視線を受けながら、花子は下唇を噛んだ。
 分かってはいたが、やはり三代にとっては遊びなのだ。分かっていても、はっきりそうだと言われると許し難いものがある。
 それでも、今は堪えるしかない。
 三代の力を利用する為には、こんなところで機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
「じきにここに関口が来る」
「何しに?」
「野々村を殺した奴を連れて来るのさ。山口を助ける為にな」
 三代が背中の若菜へちらりと視線を投げた。
「わけわからねえな」
「崎山が野々村の仇討ちをする。その為の舞台を用意してやっただけだ」
「舞台、だと?」
「ああ。崎山主演の復讐劇だ」
 一瞬、智美がこちらへと視線を投げた。冷たい、蔑むような目。
「何で関口が山口助けに来んだよ?」
「さあな。そうしたがってたから、取引条件にしてやっただけだ。野々村殺しの犯人を連れて来たら山口を助けてやるってな」
「で、その犯人ってのが分かったら?」
「殺すさ。そうだろう、崎山?」
 最後の方だけ花子に向けて言うと、三代がこちらに歩み寄って来た。
 自分の目の前で立ち止まり、静かにこちらを見つめてくる。
 思考を読まれるような気分になり思わず顔を背けた。
 沈黙が流れる。
 ややして、口を開いたのは智美だった。
「ちっ。くだらねえ。勝手にやってろ」
 吐き捨てるように言うと、そのまま扉の方へと歩き出した。
「どこへ行く?」
 三代の視線が自分から智美へと移る。
「ここ以外のどっか」
「あいつを探しに行くのか?」
 背を向けていた智美がこちらを振り返る。
「だったら?」
「あいつはいずれ俺達の前に現れる。行く必要はない。それに、今お前にいなくなられると俺が困る」
 三代が口元だけで笑った。
「仲間は多い方がいいだろう?」
 三代に向けられていた智美の視線が、ややして自分の方へと向けられる。
 しばらく見つめ合う事となった。
 それから智美が小さくため息を吐いて、三代の方に視線を戻した。
「分かったよ。めんどくせえな。ここに残りゃいいんだろ。けどな……」
 再び自分に視線を向けてくる。
 先程までとは違い、射抜くような瞳だった。
「お前の復讐なんかにゃ協力する気はねえ。覚えとけよ」
 それだけ言うと、また三代へと視線を戻した。
「崎山が気に入らんみたいだな」
「一番気に入らねえのはてめえだけどな」
 本気なのか冗談なのか真顔のままで智美が言う。
「まあ、そう言うな。全部に協力しろとは言わん。とりあえず、こいつの見張りをしてくれないか?」
 言いながら、三代がその背で眠っている若菜の方を目で示した。
「ちっ。何で、あたしがそんな事」
「崎山とは一緒にいたくなさそうだからな。これは俺の頼みだ。頼むぜ」
 言い終わるより前に、三代は背中の若菜を下ろし智美にその身体を預けた。
「こいつ、どうすんだよ?」
「隣の倉庫に縛って転がしときゃいいだろう。間違って殺すなよ。関口が来た時、人質が死んでたんじゃ意味ないからな」
「知るか、ボケ」
 舌打ちして言ってから、智美は若菜の身体を引き摺るようにして扉の方へと歩いて行く。
 何かブツブツ文句を言っているようだったが、そのまま特に何も言わずに扉の向こうへと消えて行った。
 それと同時に、三代がこちらを振り返る。
「早田はお前とはウマが合わんようだな」
「そうみたいね」
 何故かは分からないが、実際、智美は自分の事が気に入らないように見える。
「仲間っていうのは早田さんの事だったのね」
 三代の仲間が智美だったという事は正直驚きだった。
 普段の学校生活を見ている限り、三代と智美の間に何らかの繋がりがあったようには見えなかったから。
「ああ。他にもう一人いるんだがな。今のところ会えてない」
 先程、三代と智美の会話の中に出て来た『あいつ』という人物の事だろうか。
 誰であるのかは会話からは予想出来なかった。
「ところで、これからどうする? 関口が来るまで特にする事はない。少し休むか?」
「え? でも……」
「心配するな。お前を襲う気はない。復讐が終わるまでは、な」
 三代が口元だけで笑う。
 それを見て花子も薄い笑みを作って返した。
「じゃあ、休ませてもらうわ」
 実際、今の時点で三代に殺されるという心配は余りしていない。
 理由は分からなかったが、三代は自分の復讐を本当に楽しんでいるように思える。
 仲間である智美の反感を買ってまで自分に協力するのである以上、今自分を殺したりはしないだろう。
「さっき早田がいたトラックに毛布がある。地べたで寝るよりかは幾分マシだろう」
 小さく頷いてから、三代の近くに佇んでいる正巳に視線を向けた。
「高村さんはどうするの?」
「俺が見張ってるさ。まあ、その必要もないだろうがな。山口がここにいるんだ。こいつは逃げんよ」
 そう言い切ると、三代はちらりと正巳へと視線を投げた。
 正巳は何も答えない。ただ、視線を受けてかその身体が小刻みに震えだした。
 怯えているのだろう。
 もっとも、だからどうするという事もない。
 すぐに正巳から目を離すと、花子はそのまま三代の脇をすり抜けてトラックの方へと向かった。
 背中に感じるのは三代の視線。
 どんな目で自分を見ているのだろう。
 恐らく、そこには三代の本心があるはずだ。振り返りたい衝動に襲われたが、あえて前だけを見て歩いた。
 利用するか、されるか。
 全ては自分次第だ。
 決して揺らいではいけない。一瞬の隙も見せてはいけない。
 武史の仇を取る。その瞬間まで。
 ”たっくん……”
 静かに閉じた瞼の裏側に、武史の笑顔が見えたような気がした。

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