BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


82

 どちらに行けばいいのか。
 舗装された道の中央に立ち止まり、大島健二は左右の道を見比べた。
 今、自分が立っているエリアはC−5であるはずだ。
 地図がないので確実にそうだとは言い切れないが、少なくともその周辺エリアである事は間違いない。
 問題はこれからどちらに進むかだった。
 隣接エリアであるC−6は、既に禁止エリアに指定されている。
 万が一、判断を誤ってそちらに進んでしまえば、その瞬間に死が確定してしまう。
 どうする。どちらに行くか。
 さすがの健二も死ぬかもしれないというリスクを負っている以上、中々決断に踏み切る事が出来なかった。
 頭の中の地図のみを頼りに歩くのにも限界がある。
 ただでさえ禁止エリアは少しずつ増えていっているのだ。
 早く誰かを見つけなくては。
 今、何より先にしなくてはならないのは地図を確保する事だ。
 それから水。最後が武器である。
 それもこれも仲間が出来れば一遍に手に入るはずなのだが。
 夜中に役場らしき施設から逃げ出した後は、誰と出会う事もなくここまで来てしまっていた。
 目的地などはない。
 ただ、人の姿を探し求め歩き続けているだけだ。
 探している人物とは他でもない三代貴善である。
 ”三代……”
 あの男をこのまま放っておくわけにはいかなかった。
 他のクラスメイトの為にも、夏季の為にも。そして、自分の為にも。
 何せ、自分は三人の少女を見捨てて逃げ出してしまったのだ。
 そうしなければ死んでいたのだから仕方がない。
 そう言ってしまえばそれまでなのだが、それで自分を納得させられるはずもない。
 そんな健二にとって、早朝の放送で自分が見捨てた三人の名が呼ばれなかった事は不幸中の幸いだった。
 三人ともまだ生きている。
 その現実が健二を奮い立たせた。
 今、自分がすべき事は何か。
 それはもう一つしか思い浮かばなかった。
 ”三代を殺す……”
 これ以上、他の誰かが犠牲になってしまう前に自分の手でケリをつける。
 もう誰も三代に殺させない。
 例え、自分の手を汚してでも。
 自分自身に誓いを立てた健二は、すぐに決意を実行に移す為に、夜中の内に役場へと一度引き返していた。
 逃げた時は無我夢中だった為、道が分からず戻るのに時間がかかってしまったが、早朝の放送直後にどうにか役場へと辿り着く事が出来た。だが、その時には、既に誰の姿もなくなってしまっていた。
 唯一、もう二度と動く事のない夏季を残して、三代はどこかへと消えてしまっていたのだ。
 三代だけではない。正巳も、冴子も、花子も皆いなくなってしまっていた。
 一体、どこへ行ってしまったのだろうか。
 もしかしたら、たまたま通りかかった誰かが三人を助けたのかもしれないが、果たして三代を退ける事が出来る者などいるだろうか。
 もし、そんな事が出来る人物がいるとしたら一人しか思い浮かばない。
 ”涼ちゃん……”
 あの三代に勝てる者など、いるとしたら涼くらいのものだろう。
 想像が現実だとしたら、三人の安全は保障されたも同然だが、どうしても嫌な感じが拭えない。
 崎山花子。
 あの時の彼女の様子は明らかにおかしかった。
 とても普段の花子と同じ人間とは思えない程に。だが、だからといって花子に何が出来るだろうか。
 三代の前では怯えて震えている事くらいしか出来なかったはずだ。
 ───取引をしないか?
 あの時、三代が花子に告げた言葉。
 ───あなたは今までに誰を殺したの?
 花子が自分達に投げかけた問い。
 それを知って花子はどうするつもりだったのか。
 ”クソッ。考えても仕方ねえ……”
 とにかく三代を探し出して殺す。それだけだ。
 生きていれば、いずれ花子とも正巳とも冴子とも再会出来るだろう。
 あの後、自分と一弥が逃げた後、何があったのかはその時に聞けばいい。
 それより今は左右どちらの道に進むかである。
 勿論、どちらに進んでも安全であるという可能性もなくはないのだが。
 そう思った時、少し離れた位置で人の声を耳にして健二は振り返った。
 丁度、今、健二が立っている場所から真っ直ぐ左に行った辺りだ。
 殺し合いに乗っている者である可能性もあったが、健二は迷う事なくそちらへと駆け出した。
 それから数歩、地面を蹴っただけで健二は足を止めた。
 声の主も自分に気付いていたらしく、こちらへと歩み寄って来ていたらしい。
 声の主は二人いた。
 どうやら二人で何事か話をしていたようだ。
「よう」
 右手を挙げて笑ったのは柴隆人である。 
 そのすぐ隣で坂井友也が小さく舌打ちをした。
「柴。それに坂井か」
 こちらに向けて頷き、隆人が小さく口端に笑みを作った。
「俺の勝ちだぜ、坂井」
 鼻を鳴らして隆人が言うと、友也はその場で腰を落とし煙草に火を点け始める。
 友也が吐いた煙を視界の片隅で追いかけながら隆人に声をかけた。
「何してるんだ、お前ら?」
「誰でしょうゲーム」
「は?」
 思わず間抜けな声を上げてしまった健二である。
 一瞬、その場に沈黙が流れた事は言うまでもない。それから、隆人が笑いながら口を開いた。
「要は近付いて来た奴が男か女かを当てるってだけのゲームだ」
「そ、それで柴が勝ったって事か?」
「そういうこった」
 さすがの健二も呆れてしまいそうになった。
「負けたらどうなるんだ?」
「別に何も。暇だからやってるだけだ」
 この状況でそんな下らない事をしているとは、二人揃ってどういう神経をしているのだろうか。
 眩暈すらしそうになってくる。
「お、お前ら、今がどんな状況か分かってるのか」
「何だ、急に?」
「プログラムの最中なんだぞ。死ぬかもしれないって事が分かんねえのかよ!」
 思わず、隆人に詰め寄ってしまう。
 状況も理解出来ていないままでは、この二人もまた夏季のようになってしまう可能性がある。
 もう誰も殺させない。そう誓った途端、こんな能天気な連中に出会ってしまうとは。
「随分、ネガティブな野郎だな。そんな奴だったか、お前?」
「今まで通りでなんて……いられるわけねえだろうが……」
「まあな。で、何があった? ボロ布みたいになっちまってるじゃねえか」
 恐らく今の自分の格好を見て言ったのだろう。
 三代との戦いで千切れてしまった部分がある。顔も腫れ上がっているはずだ。
「三代にやられた。お前らも奴には気をつけろ。下らねえゲームなんかしてたら一瞬で殺されかねないぞ」
 最後の部分に皮肉を込めて言ってから、意地が悪かったかもしれないと少しだけ後悔した。
 当の隆人はというと、先程までと変わらず笑みを浮かべたままだったが、少し雰囲気が変わっている。
 上手く言えないが、同じ表情のままで目だけが鋭くなったという感じだ。
「柴?」
「三代か。あいつ、そんなにやるのか?」
「あ、ああ。俺と一弥二人がかりでも歯が立たなかった……」
 一弥はあれからどうしただろうか。
 今はどこにいるのだろう。出来れば探し出して合流したい。
「池田はどこ行ったんだよ?」
「分からねえ。どうにもならなくなってバラけて逃げたんだ」
 今、思い出しても悔しさで涙が出そうになる。
「三代、一人だったか?」
 いつの間にか友也が立ち上がっていた。
 答えるように頷いた自分と目が合うと、友也は煙草を口元へと運んだ。
「お前ら、どこであいつに会った?」
「F−7にある役場みたいな所だ。けど、もういねえよ」
「分かった。おい、柴」
 隆人の方へと視線を移すと、友也は煙草を地面に落とし笑みを浮かべた。
「俺、ちょっと三代探すわ」
 隆人はいつの間にか真顔に戻っていて、黙って友也へと視線を向けている。
「わけありってわけか?」
「さあな。知りたきゃ付き合えよ」
 短い沈黙が走ったが、すぐに隆人が口端に笑みを浮かべた。
「まあ、いいけどな。別に目的があったわけじゃない」
「お前に免じて炭鉱跡から回ってやるさ」
「炭鉱跡?」
 どうも二人は地図で言うとA−4にある炭鉱跡に行こうとしていたようだが何かあるのだろうか。
「そんな所行って何するつもりだったんだ?」
「さあね。柴に聞いてくれ」
 友也に促がされ、隆人の方に視線を投げた。
「ちょっと個人的に調べたい事があってな。それだけだ」
「調べたい事?」
「ああ。まあ大した事じゃないさ」
 それだけ言うと、隆人は友也の方に向き直り口を開いた。
「じゃ、行こうぜ。三代とやり合う事になったら、お前盾になれよな」
「野蛮な事はお前に任せるって言ったろ」
 軽口を叩き合いながら去ろうとする二人を見ながら、健二は一度小さくため息を吐き、それから口を開いた。
「俺も一緒に行かせてもらうぜ」
 友也と隆人が同時にこちらへと振り返った。
「正気か?」
 真剣な表情で問い掛けてきた隆人に向け静かに頷いて見せる。
「三代は殺す」
 これだけは誰にも譲れない。これ以上、犠牲者が出てしまう前に、必ず自分の手で三代を殺す。
 静かに隆人と見つめ合った。
 隆人の視線が突き刺さってくる。自分の何かを計るような、そんな視線。
 これが先程まで下らないゲームなどをしていた男と同じ人物なのだろうか。
「いいぜ、俺は」
 頷いた隆人が友也へと顔を向ける。
「俺も別にいいよ」
 隆人とは違い興味もなさげに告げると、友也はまた煙草を咥えて火を点けた。
 何を考えているのだろうかと、ふと思った。
 友也は何故、三代を探そうと思ったのだろう。友也と三代が親しかった様子は、普段の学校生活の中では見られなかった。
 それは友也と隆人に置き換えてみてもそうであるのだが。
 何か理由があるのだろうか。
 疑問に思ったが、すぐに考える事を止めた。
 詮索をしても仕方がない。それに、二人もこちらの事情については深く詮索してこなかった。
 今は三代を見つけ出す事だけを考えていればいい。
 ”三代。お前だけは絶対に俺の手で……”
「あぶなっかしいな、お前」
 突然、隆人が真顔でそんな事を告げた。
「どういう意味だ?」
「死んでもいいってツラしてたぜ、今。ま、いいけどな」
 一瞬、見つめ合った後、隆人は踵を返して歩き始めた。こちらを振り返ろうともしない。
「行こうぜ。身代わり候補」
 声を掛けられて隆人の背中から視線を移した。
 友也が笑っている。
「身代わり? 何だ、それは?」
「こっちの話さ」
 そう言うと、隆人の後を追うように友也も歩き出した。
 二人の背中を見つめながら、健二は静かに両の拳を握り締める。
 自分がすべき事は一つ。
 三代を殺す。
 例え、自分が死んでしまうとしても、必ず。
 静かな決意を胸に、健二は二人の後を追って歩き始めた。

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