BATTLE ROYALE
〜 LAY DOWN 〜


81

 訳の分からない不安が汗となって額から流れ落ちてくる。
 自分と向き合っている義人もそれは同様のようだった。
 信用出来るか出来ないかで言えば、まだ半々というところだろうが。
 今のところ、いきなり襲われる心配だけはないようだ。
 黙って出方を窺っていた一弥を急かすように、義人が口を開いた。
「三代と何があった?」
 急かす義人の表情に余裕は見られない。
「だから、さっき言った通りだ。三代にいきなり襲われたんだよ。俺とオーケン二人がかりでも勝負になんなかった……。だから逃げたんだよ。クソッ……」
「高村は? 高村を置いて逃げたと言ってたろう? 高村はどうなったんだ?」
「わからねえ……」
 正巳の事は余り考えたくなかった。
 自分と健二は、正巳、冴子、花子の三人を見捨てて逃げたのだから。
 思い出すだけで悔しさで涙が出そうだった。
「わからねえ……けど、多分、高村も矢口も崎山も無事だとは思えねえ……」
 早朝の放送で三人の名前が呼ばれなかった事だけが救いだった。
 それでも、あの三代を前に無事で済んだとは思えない。
「何時頃の話だ、それは?」
「夜中だよ……。3時くらい……」
 時間の感覚は余りなかった。
 確かそれくらいの時間だった気がする、という程度だ。
「なら、高村は無事だ。特に怪我も負ってないはずだ。俺はさっき奴に会った」
 その言葉を聞いた瞬間、反射的に顔を上げた。
「会ったって……。高村にか……?」
「ああ。一人だった」
 無事だったのか。
 そう思った瞬間、気が抜けそうになった。
「よかった……。そうか、無事だったのか、あいつ……」
 本当に心の底から嬉しかった。
 自分達が見捨てて逃げた時点で殺されてしまっていてもおかしくなかったのに、無事に無傷で生きていてくれたとは。
「池田。三代に襲われた時、高村はどうしてたんだ?」
「え? ああ、確か隅っこで震えてた気がするけど……」
 あの時は三代を倒すのに必死だった為、正巳の事まで注意していなかったが、少なくとも一緒に戦うというような素振りはなかった。勿論、葵の死を知り悲しみに暮れていた中で、いきなりあんな状況になってしまったのだから仕方ない事ではあるのだが。
「そうか。矢口と崎山も一緒にいたと言ってたな。あの二人は?」
「高村と同じだよ。崎山は震えてた気がする。矢口はそれ以前に誰かに撃たれて寝たきりだったし……」
「分かった」
 一言、そう呟くと、義人は黙りこくってしまう。
 何か考え事でもしているようだったが、ややして再び顔を上げると緊張した面持ちで口を開いた。
「お前らが襲われた時、三代が何か言わなかったか?」
「何かって、何だよ?」
「何でもいい。とにかく何かだ。三代は多分ただ殺し合いに乗ってるだけじゃない」
 義人の真剣さに、一弥も思わず息を呑みそうになった。
「何も言ってなかったと思う。それより、お前、高村と何かあったのか?」
 今までの学校生活の中で、義人と正巳の接点などあったようには思えない。それなのに、正巳の事をやけに気にしているようなのが腑に落ちなかった。
「お前が高村の心配するなんて───」
「山口がいなくなった。高村と一緒にだ」
「どういう事だよ……?」
 目の前の義人は緊張した表情のままである。
「山口は俺達と一緒にいたんだ。そこに高村が来て山口を連れ出した。二人で話したいと懇願されれば、山口は間違いなくそれを受け入れる。高村がそういう山口の性格を知らないはずがない。三代め、何を考えてる……」
 緊張している義人とは裏腹に、一弥にはどういう状況であるのかが上手く飲み込めなかった。
 分かったのは正巳が若菜を連れ出したという事。そして、義人が探しているのは正巳でなく若菜の方であるという事くらいだ。
「な、なあ、もうちょっと分かりやすく説明してくれよ。さっぱり分かんねえよ」
「あくまで勘だが、高村は三代から逃げて助かったわけじゃない。多分、高村は生かされただけだ」
 生かされた、とはどういう事なのか。
 唾を飲み込んで、義人の顔を真正面から見返した。
「そもそも無事で生き延びてるって事がおかしいんだ。加藤を殺し、お前らの事も殺そうとした。その三代から高村が自力で逃げ出せたとは思えない。つまり、三代は高村をあえて生かしたんだ。多分、自分の手駒として利用する為に」
「何の為に、だよ……?」
「さあな」
 そう言ったきり、義人は睨むような視線を地面に向けてしまう。
「どうするんだ、これから?」
 一弥の言葉を受けて、義人が顔を上げる。
「山口を探すさ」
「俺もつき合わせてもらうぜ。高村が三代に利用されてるかもしれねえんだろ。それがマジなら、逃げた俺のせいでもあるし」
 自分達が逃げたせいで、三代に利用される事になってしまったのなら、絶対に正巳を助け出さなくてはならない。
 何より、三代は夏季を殺したのだ。
 これだけは絶対に許せない。
「分かった。とりあえずお前らが三代に襲われたって所に案内してくれないか」
 今更、あんな所に行って何をしようというのか。
 疑問に思って視線を返すと、義人が続けて口を開いた。
「矢口と崎山がどうなったのか知りたい。多分、そこにはいないと思うが。万一という事もある」
「崎山……」
 ここにきて、初めて思い出した事があった。
 あの場から逃げ出して以来、完全に忘れきっていたが、あの時、三代より誰より様子がおかしかったのは。
「どうした?」
「髪、切ってたんだ、崎山……」
 プログラム開始前、あの学校にいた時までは長かったはずの髪が、あの市役所らしき建物で会った時には短くなっていた。
「それがどうかしたのか?」
 少し不思議そうな表情で義人が問い返してくる。
「どうかって、おかしいじゃねえか。この状況で髪なんて普通切るか? なんか様子も変だった気がするし……」
「この状況? まさか、プログラムの最中に髪を切ったというのか?」
「あ、ああ、多分……」
 さすがに義人も驚いた表情をしていたが、やがて緊張した顔付きになって告げた。
「確かにおかしいが、考えていても始まらん。とにかく、三代に襲われた場所に連れてってくれ」
 真剣な表情で促がした義人に向けて、一弥も頷き返した。
 義人の事を信用出来るだろうかという疑念は、いつの間にかなくなってしまっている。
 三代が何をしようとしているのか。
 嫌な予感を抱えたまま、一弥は義人と共に歩き出した。

 一時間近く歩き、ようやく見覚えのある建物を見つける事が出来た。
 この建物自体、配布された地図には載っていないので中々見つける事が出来なかったのだ。
 もっとも、義人が持っていた探知レーダーのお陰で、やる気の者に突然襲われるという心配をせずに済んだ事だけは幸いだった。
 道中、お互いの持っている情報を交換しあったが、一弥にとっては驚かされる事ばかりだった。
 義人と若菜が一緒にいた仲間の一人があの不良の菊池であった事。
 そして、総合病院で起こった事。
 何より、衝撃的だったのは良平の事である。
 どうやら若菜と葵は、良平に襲われたせいで別行動を取る事になってしまったらしい。
 最初に聞いた時には耳を疑い、義人に掴みかかりそうになったが、どうにか自分を押さえ込んだ。
 この状況でそんな嘘を吐くとも思えなかったし、何よりもう何があってもおかしくないと思っている自分もいた。
 真実は良平本人に聞けば分かる事だ。
 そう思う事で自分を諌め、三代に襲われたあの建物へと足を進める事にした。
 新しい仲間とも言える義人と共に。
 入口の前まで来た時、少しだけ心臓が高鳴った。
 ここには、恐らくまだ夏季の死体がある。
「池田?」
 入口前で、義人が振り返ってこちらに目を向けた。
「いや、悪い。行こう」
 流れてきた汗を髪をかきあげるふりをしながら拭い取り、一弥が先に入口の扉に手をかけた。
 扉を開けると、見覚えのある受付カウンターが視界に飛び込んでくる。
「どっちだ?」
 カウンターを中心に左右に通路が分かれていて、どちらにも扉がある。
 一弥達が身を潜めていたのは右手側の小さな会議室らしき部屋だった。左側の部屋も似たような作りだったが、そちらは物置のようになってしまっている。
 先頭に立って右側の部屋へと進んだ一弥は、開け放たれたままの扉の前で思わず立ち止まった。
 ”夏季……”
 扉の向こう側に、倒れている人の姿が見える。
 思い切り下唇を噛み締め、流れてきそうになる涙を堪えた。
 倒れている夏季の傍まで来ると、唐突に義人が片膝を床に落とした。
「あ、天野……?」
 義人は黙って、開いたままの夏季の目を閉じてやっていた。それから、目を瞑って黙祷しはじめる。
 しばらくして立ち上がった義人は、何も言わずに更に奥の部屋へと歩いて行った。
「ありがとうな」
 その背中に向けて小さく告げると、一弥も夏季に黙祷を捧げ、すぐに義人の後を追った。
 義人は一弥達が三代と戦った部屋の中央付近に立って周囲を見回している。
 室内には誰の姿も見当たらなかった。
「誰もいない……」
「ああ。死体もない」
 呟いた義人の表情は憂鬱そうだ。
「矢口と崎山も三代に?」
「その可能性が高いな。もっとも、高村の事も含め、まだ推測の域を出ていないが……」
 背筋に冷たいものが走ったような気がした。
 三代がしようとしている事。これからする事は何なのか。
 こんな時、健二や涼が傍にいてくれれば心強いのだが。
「もし、さ、高村がマジで三代に利用されてて山口を連れ出したっていうなら、三代の目的は山口なのか?」
「さあな。俺は三代の事をよく知らん」
「俺も知らないけど、山口と付き合いがあったようには見えなかったな」
 学校生活を思い浮かべてみても、若菜と三代が話しているところなど見た事もない。
 それどころか、どちらかの口からどちらかの名前を聞いた事すら記憶にない。
「三代か……」
 余り話した事のない男だった。
 どんな男だったか思い出そうとしても思い出せない。
 ただ、一人でいる事が多かったような記憶があるだけだ。
「行こう。これ以上、ここにいても仕方ない」
 それだけ言って、義人は背を向けて歩き出して行ってしまう。
 その背中を見つめながら、一弥は小さく拳を握り締めた。
 三代が本当に正巳を道具として利用しているのならば、必ず助け出してみせる。
 健二も涼もいなくても必ずだ。
 最悪の場合は、三代を殺してでも。
 ”夏季……”
 人殺しなどしたくはない。それでも、三代は夏季の仇でもあるのだ。
 出来るかどうかは問題じゃなかった。
 ただ、何かせずにはいられない。そんな衝動。
 これが健二や涼の持っている勇気なのかどうかは分からないけれど。
 ”俺はもう逃げない。絶対に……”
 握った拳を更に一度強く握り締め、一弥は義人の後を追って歩き出した。
 決して逃げないという誓いを胸に秘めて。

                           ≪残り 29人≫


   次のページ  前のページ   名簿一覧   表紙