“全て捨てた者”
第二章
〜吹雪に揺れる死体〜
1話
 清心荘は夜を迎えた。真冬は日が暮れるのが早い。
 漆黒の闇。まさに殺人が起こるにはおあつらえの舞台だ、と私は思った。同時に、そんなことを考えるようになった自分も闇に取り込まれてしまったような気がした。
 私はそんな中、『奴』が来るのを待っている。そう、許し難い罪を犯した『奴』を。
 標的は『奴』とあと二人。奴らを始末すれば全ては終わる…。
―晴美…。
 ふと、椎葉晴美のことを考えた。3ヶ月前に死んだ彼女のことを。
 彼女は優しかった。優しすぎたのだ。だからあんな目に遭った。そして自ら死を選ぶ結果につながった。
―……。
―これは復讐なのだ。晴美に代わって、私が奴らを断罪するのだ。
―もうすぐ、来るはずだ。奴が。
―来た! 奴が…。
『奴』は何の警戒もせずに現われた。夜中に外に呼び出されたというのにどうやら私を警戒していることも無いようだ。私に殺されるとも知らずに…。
―愚かな奴だ。最後まで愚かで終わるのだろうな。
『奴』が私に向かって一人ごちて、私に背を向けた。
―今だ!
 私は素早く『奴』の首にビニールロープをかけ、一気に『奴』の首を絞めあげた。
 いきなりの出来事に『奴』は戸惑いを隠さなかった。「何故…」と一声漏れた。驚きと、怒りの混じった、しかし小さな声。
 私は落ち着いて『奴』の耳元で囁いてやった。自分が何故殺されるのか、全てを説明してやった。
 その瞬間、『奴』の顔色が変わった。それが窒息によるものか、私の教えてやったことによるものかは分からないが、おそらく両方だろう。
 恐怖と驚愕。そして哀願の表情。
 これだったのだ。私が『奴』の死の瞬間に求めていたものは。
 こんな死に方が『奴』にはふさわしい。晴美をあのような目に遭わせた『奴』には。
 やがて抵抗していた『奴』の全身の力が抜けた。死んだ。『奴』はたった今死んだ。
 既に自分が人殺しになっているとはいえ、また一人殺すのはなかなか大変だった。
―さて、次は奴を吊るすだけだ…。
 私は事切れた『奴』の死体を持ち上げ始めた。
 天候が悪くなってきた。今日はこっちの地方は吹雪く可能性があると聞いた。そうなれば私にとって好都合だ、と思った。