BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第二部 / 序盤戦(前編) ] Now 36 students remaining...
< 9 > 夜明け
「中山・・・・・・さん?」
美希は、精一杯の気力を振り絞って、呟いた。
それだけで気を失ってしまいそうに苦しかった。
美希の身体はもうずたずただったし、美希自身もそれはわかっていた。
しかし、美希はしっかりと目の前にいる諒子を見据えた。
諒子は美人揃いのB組――と他のクラスからは言われていたが、美希にはよくわからなかった、もちろんその中に自分が含まれていることも――の中でもトップクラスの容姿の持ち主だった。
美希ほど長くはないが、それでも美しく上質な髪の毛は、ショートともロングとも取れない絶妙な長さで切り揃えられていた。
可愛い、とも、美人、とも言えない、強いて言うならその中間地点のような印象の諒子だが、いまではその口元をきゅっと固く結んでいた。
二重になった目蓋の奥、諒子の瞳は力強い輝きを持っているようだった。
身長は美希と同じくらいで中学3年生の女子にしては平均的だし、割合に細身の美希からすると諒子はそれなりに女らしい身体をしていて、まさに『モテそうな女の子』そのものだった。
ただ、この状況でもきっちりと制服を着こなしているあたり、諒子の性格が窺えた。
その諒子の目が、美希に向けられた。
「だいじょうぶ?」
「ん・・・・・・」
美希はうめくように返事をした。
だいじょうぶなはずがなかった、なにしろ、こんな高い建物の屋上から落っこちだのだ。
いま生きていることすら、美希には不思議でならなかった。
それは、もちろん、光が助けてくれたからなのだけれど。
§
「・・・・・・ちょっと。痛いじゃないの?」
横合いから、華江が言った。
左腕を右手で押さえていたが、そこからはぽたぽたと、赤い雫が地面に落ちていた。
諒子のカースルから撃ち出された、拳銃の中ではかなり大口径の弾丸、――454マグナム弾が、華江の左腕の肉を微かに削ぎ取ったのだ。
桐谷優(男子六番)や中村有里(女子十五番)の頭部を一瞬で砕け散らせた、坂待や兵士が持っていたガバメントの45口径を上回る大型弾だ。
命中していれば、明らかに肘から先が吹き飛んでいたかもしれなかった。
「当然じゃない、撃ったんだもの」
諒子が平然と返した。
それで華江は、侮辱されたような気がして、ぎりっと唇を噛んだ。
ステンレスの銀色が美しいカースルの銃口は、いまなお華江に向けられていた。
諒子が言った。
「あなた、よく平気で人を殺せるわね?」
華江がふんと鼻で笑った。
「そう言うあんたこそ、よく平気で人を撃てるじゃない」
言いながら、気づかれないようにじりじりと、地面に落ちているイングラムに近づいていった。
もし気づかれたりなんかしたら、間違いなく身体の一部が吹っ飛ばされる。
しかし華江は、『偶然』という名前の幸運を、ただ指を咥えて待っている気はさらさらなかった。
幸運の女神に媚を売るより、勝利の女神の首筋を掴んで引き寄せてやるわ、待つ女って柄じゃなのよ、あたしは。
「私は人を殺す気なんてないわ。あなたと一緒にしないで」
諒子は気づいたふうもなく、言い返した。
華江は思った。
偉そうなこと言っておきながら気づかないなんて、自己弁護よりも自分の生命を大切にすることね、中山さん?
「そうね――」
華江は、口を開いた。
言いながら、跳んだ、イングラムに。
はっとした諒子が、慌ててカースルの銃口を華江に向けた。
そのときには、華江はすでにすくい上げるようにしてイングラムを手にしていた。
どん、という低い音がして、再び諒子のカースルから炎が吹き出した。
華江は、咄嗟に身体を屈ませた。
その頭の上を、454マグナム弾が空気を切り裂いて通り過ぎた。
弾丸は、その向こうに停めてあるライトバンのフェンダーに穴をあけ、エンジンに食い込んだ(あらあら、あの車、もう使えないわ。ちゃんと弁償しなさいよね)。
華江は起き上がると、右手だけでイングラムを保持し――なんでこんなに重いのよ。バカじゃないの!?――、引き金を引いた。
ぱらららららっ、とイングラムが炎を噴き上げ、諒子の右側にあった街路樹の幹に穴を穿った。
連射でくる反動は、両手で保持したときとは比べ物にならなかった。
華江は思った、――ダメだ、片手だけじゃ、まともに撃てない。
しかし引き金からは指を離さず、諒子のいる方に乱射しながら、思い切り走った。
駐車場に停まっている車の陰に隠れるように姿勢を低くしながら、走った、とにかく。
背後で、どん、どん、どん、と三回銃声がしたが、当たらなかった。
ただ、そのうちの一発が近くのトラックのサイド・ウィンドウに命中し、安全ガラスが粉々に砕け散って、横を走っていた華江に振りかかった。
それで、華江は頬と首筋をちょっと切った。
あの寸胴オンナ! 女の子の顔に傷をつけるんじゃないわよ!
華江はもう数発くらいイングラムをぶっ放してやろうかと思ったが、やめた、当座は自分の生命を守ることが最優先だった。
そもそも、もうマガジン内に弾丸は入っていなかったので、どうしようもなかったのだけれど。
別に逃げてるわけじゃないわよ、言っとくけど? ただ一時的に退いただけなんだから、状況が状況だし。
そんなことを思いながら、とにかく華江は、もう安全だと思えるところまで、走り続けた。
今度からは予備マガジンをあらかじめ用意しておくべきね、――そんなことを考えながら。
§
諒子の耳に、火薬が激発したときの残響が木霊していた。
キーンという耳鳴りのような音が徐々に消えていくにつれて、諒子の額にどっと汗が噴き出した。
諒子の心の中、華江を殺せなかった苛立ちと、人を殺さずにすんだ安堵とが、複雑に絡み合っていた。
なんだか両肩に、急に重いものを持ち上げようとしたときのような鈍い痛みが感じられた。
カースルは大口径のマグナム弾を使用するため、破壊力が非常に高いぶん、撃発時の衝撃も半端なものではなかったのだ。
小学校の頃、新体操をやっていて多少は身体に自信がある諒子でさえ、ちょっと気を抜けば後ろに吹っ飛ばされるどころか、肩が脱臼してしまいそうなほどだった。
もうできるだけこんなものは使いたくないな、諒子は思った。
チリチリと銃身が焼ける音とともに、青白い煙を上げているカースルをすっと下ろし、諒子は小さくため息をついた。
「は、うっ・・・・・・」
美希の呻き声に、諒子ははっと我に返った。
慌てて潰れたセダンの上にいる美希に駆け寄った。
その下には、国山光がいた、もちろん潰れた状態で。
諒子は、光の姿を正視できなかった。
しかし美希をいつまでもそうしておくわけにもいかない。
諒子は美希を起こそうと、美希の腕に手を触れた。
「あ――いッ!」
美希が悲鳴を上げたので、諒子は慌ててその手を離した。
どうも美希は、体中骨折しているようだった、複雑骨折というやつだろうか?
諒子は天を仰ぐように上を見た。
あんな高さから落ちたら――、もう助かるわけ、ないじゃないの。
諒子は思わず、ぎゅっと拳を握り締めた。
友人が死にそうになっているのを、ただ見ていることしかできない自分がもどかしかった。
遥か遠く、まるで無機質な鉄筋コンクリートのビルの屋上に、大東亜共和国気が嘲笑うかのように翻っていた。
それで、諒子は、まるで手の届かないところで誰かが自分たちを笑っているような気がして、むっとした、なんとなく。
美希に視線を戻した。
「美希ちゃん・・・・・・?」
諒子は、呟くように問いかけた。
どうしていいのかわからなかった。
美希は、苦しそうに諒子を見ながら、言った。
「あたしに構わないで・・・・・・逃げ・・・・・・て。こんなとこ・・・・・・いたら、あぶ・・・・・・ないから」
それは――、その通りだった。
本部になっている中学校からさして遠くもない、この場所は、いつ他の人がきてもおかしくなかった。
しかも先程の銃声で、かなり広範囲にまで居場所がばれてしまっているはずだった。
マシな人がきてくれればまだよいが、やる気になっているやつがこないとも限らない。
吹きさらしの駐車場は、危険だった、とても。
「でも、でも私・・・・・・」
諒子はうめいた。
逃げられるはずがなかった。
このまま美希を放っておいたら、やる気になっている誰か――そう、藤本華江のような――に殺されてしまうかもしれない。
それに、そうでなくても、坂待の言っていた禁止エリアに、いずれ引っかかってしまうかもしれない。
諒子は迷った。
どうすればいいの? 私は一体どうすれば・・・・・・?
美希がまた、口を開いた。
「お願い・・・・・・逃げて・・・・・・。あたしを・・・・・・光くんから離さ・・・・・・ないで・・・・・・」
そして、そっと目を閉じた。
涙を堪えた諒子は、きっと睨むような目で顔を上げた。
「誰か・・・・・・助けてくれる人を探してくる! だから、絶対に・・・・・・絶対に死んだりしちゃダメだからね!?」
半ば怒鳴るようにそう言うと、美希に背を向け、走り出した。
美希は目を開け、その背中をぼんやりと見つめていた。
諒子の背中が見えなくなると、ふっと視線を空に移した。
東の空が明るくなっていた。
山際にかかったぶ厚い雲が真っ赤に染め上げられていた。
美しかった、まるきり知らない町で見る、ただの朝焼けのその景色が、とても神秘的なものに見えた。
そういえば子供の頃、おばあちゃんが言ってたっけ、朝焼けが見えた日は天気が悪くなるから傘を持って行きなさいって――。
そうそう、なにか忘れていると思ったら、家を出るときに鞄に傘を入れ忘れてたんだ、あたし。
でも、ああ――、きっと今日の日の出はきれいだろうなぁ・・・・・・。
あたしも、見たかったな、きれいな日の出。
朦朧とする意識の中で、美希はなんとなく、そう思った。
ゆっくりと目の前が暗くなっていくのを感じた。
そして美希は、日の出を目にすることができなかったのである。
もう、永遠に――。
§
「いつっ――!」
肩に走った痛みに、慶吾は思わず顔をしかめた。
「はい、消毒はこれで終わりです」
由香里が丁寧に消毒液を薬箱にしまい、ガーゼを慶吾の傷口に当てると、そう言った。
慶吾の痛がる姿を見て、貴志が微かに笑っているようだった。
貴志を無視し、慶吾はてきぱきと道具を片付けている由香里に礼を言った。
「サンキュー、南サン。おかげでだいぶ痛みも取れた」
「そうですか? よかった」
由香里は素っ気ないふうを装ってそう言った、もっとも顔がやたらと赤くなっていたけれど。
ひょっとしたら、貴志は由香里が赤面しているのを見て笑っていたのかもしれない。
慶吾はなんとはなしにそう思いながら、シャツの上にワイシャツを着て、厚手の生地の学生服を羽織った。
中学生は公共の場では礼節として学生服を着用すること、というわけのわからない規則が第壱中学校にはあったので、とりあえず暑くても学蘭は持ち歩かなければならないらしい。
その点、女子は夏服と冬服でセーラーがわかれているので、薄手の涼しい夏服を着ている生徒が多いようだったが。
もっとも、これが元々修学旅行なんて行事でなかったら、男子のほぼ全員が半袖のワイシャツだっただろうが、この状況では厚手の学生服はありがたかった。
なにしろここは東京とは根本的に気温が異なっているのだから、――いやはやさすがは日本有数の避暑地を擁する長野県だ。
慶吾はそんなことを考えながら、キャリコを構えて入り口で見張っている健司に声をかけた。
少しばかり、こいつには余計なお世話かもしれないな、と思ったけれど。
「黒澤、さっきのこと、気にするなよ?」
健司はしばらく、驚いたように目を大きくしていたが、やがてふっと息を吐いた。
言った、わずかに表情を和らげながら。
「あんたに慰められるとは思わなかったな」
慶吾もにやっと笑って、言った。
「あんたはよせよ。俺、こう見えても先輩だぜ?」
「オーケイ、三村」
「ま、そっちの方がいいけどな」
そのとき、突然、がちゃっとドアが開く音がした。
慶吾と健司は、揃って音のした方に視線を向けた。
奥の部屋から芳明が目を擦りながら入ってきた。
小さなあくびを噛み殺しているようだった。
「食べ物はなにもないよ。全部腐ってる。冷蔵庫の中なんてひどい有様だよ」
「そうか」
芳明の言葉に、慶吾はひとつ頷いた。
それは予想していたことだった、おそらくかなり前から、この都市一帯に特別退去勧告が出されていたのだろう。
堪えきれずにあくびを漏らしている芳明に苦笑しつつ、慶吾は言った。
「俺が見張りをするから、他のやつは朝まで寝てろ。寝れるときに寝ておかないと、あとがつらいぞ?」
「でも、三村さんは?」
由香里が尋ねると、慶吾は人懐こい笑みを浮かべた。
言った。
「俺は美人看護婦さんに介護してもらったから、全然眠くないんだよ。俺が疲れたときは任すから」
やれやれとばかりに芳明と貴志は頷くと、すぐに隣の部屋に向かって行った。
開け放したドアの向こう、ソファの上で芳明がごろりと横になるのが見えた。
下手にドアで遮られていれば不安もあるだろうという配慮だったが、そんなことはまったく気にしていないようだった。
よほど眠かったのだろう、芳明はすぐに寝息を立てはじめた。
由香里は、慶吾のいる部屋のベッドを使った。
寝ている姿を見られるのが気になるのか、はじめは慶吾の方をちらちらと窺っているようだったが、やはり女の子は体力がもたなかったらしく、しばらくするとすぅすぅと小さな寝息が聞こえてきた。
慶吾は由香里が寝ているのを確認し、音を立てないようにそっとその場を離れると、ドアの脇で立っている健司に言った。
「黒澤、悪いけど、もう少し見張りしててくれ」
慶吾はベレッタを掴むと、立ち上がった。
「どこか行くのか?」
健司は、眉をひそめながら慶吾を見た。
慶吾は軽く肩をすくめ、「いいや」と言った。
「あの二人のディパックをいただこうかと思って。食料と水は、いくらあっても困らない」
果物ナイフとトマ・ホークは、さすがにいらないと思った。
重いだけだろ、あんなモンは。
慶吾は健司の脇をすり抜け、ドアを開いて表に出た。
もちろん必要以上に警戒することも怠らなかった。
東の空が、仄かに赤く色づいていた。
日の出が近いな。
慶吾は思った。
それから、周囲をよく確認して、スクランブル交差点に向かって行った。
健司はキャリコを構え直して、その背中を見送った。
ふと、健司の頭の中に、ある女の子の顔が浮かんだ。
あいつはいま、どこでなにをしているのだろうか?
まだ、無事なんだろうか?
どこかで息を殺して、隠れているのだろうか?
取り止めもない思考が、健司の頭の中を満たしていった。
べつにその女のことが好きとか、そういうわけではなかった。
ただ気にかかった、――そう、気にかかっただけだった。
眼鏡をかけた、容姿としては中山諒子に匹敵するほどのトップクラスに分類されるであろう女。
榊原郁美(女子九番)だ。
健司は、郁美とは小学校から同じクラスだった。
東京都ではふつう、小学校から私立中学へ行くのが半分、公立中学へ行くのが半分くらいだ。
しかし、公立中学はいくらでもある。
大抵はバラバラになって、同じ中学になるものなど、ほとんどいないのが普通だった。
だが小学校6年のときに香川県から引っ越してきた榊原郁美とは、何故か中学も同じでクラスも同じだった。
まあ、そのせいで二人共がこのクソやくたいもないゲームに参加させられているわけだが。
郁美は転校してきた当初、とても大人しくて、男子とはもちろん、女子ともほとんどしゃべらなかった。
健司としても、話したくもないやつを無理矢理話させるようなことは無論せず、教室の隅で一人本を読んでいる郁美を放っておいた。
しばらくして健司が郁美と話をするようになったのは、生徒会――当時は児童会とか言ったな――で、同じ図書委員をやらされてからのことだ。
ある日、郁美が図書館の仕事で、本の山を運んでいた。
数にして十数冊。
健司はそれを遠巻きに見て、これはちょっと女の手に余ると判断し、運ぶのを手伝ってやったのだ。
暇だったし、別にやることもなかったから、いい運動になった。
郁美はそれから、健司にだけは(ごくたまにだが)自分から話しかけ、健司もよく郁美に宿題を見せてもらっていた。
は――? 宿題は自分の力でやるものだって?
冗談じゃない、あんなことして、俺になんのメリットがあるって言うんだ?
体力と精神力と時間が浪費されるだけ無駄じゃないか。
勉強なんてモンは、自分からやる気にならないとできるもんじゃないんだ、そうだろう?
まあそんなことはどうでもいいが、とにかく――。
それで健司は、郁美の親――確か母親の方だったと思う――が離婚して、東京に引っ越してきたことを知ったのだった。
「そう言えば――」
健司は、小さく呟いた。
そう言えば郁美には、三つ年上の兄がいたはずだった。
『はずだった』と言うのは、その兄がもうすでに、この世にいないことを意味している。
3年前に、政府によって殺された――らしい。
それが両親の離婚の原因だとも聞いている。
なんでも、スポーツ万能で、頭がとてもよく、コンピュータが得意だったということだ。
そんな優等生が、なぜ政府に殺されたのか?
郁美は決して言わなかったが、健司には大体、見当がついていた。
3年前――。
香川県――。
両親の離婚――。
東京への移住――。
政府に殺された――。
これだけの情報があれば、頭のきれる健司には、わかったも同然だった。
“プログラム”に選ばれてしまったのだ、彼女の兄は。
それも、優勝者も担当官も殺され、二人の男女ペアだけが逃げたという、あの前代未聞の1997年度第12号プログラムに、だ。
確か――。
健司は、郁美の言葉を思い出した。
『信史お兄ちゃんはね、カッコよかったんだよ』
郁美は、哀しそうに笑いながら、そう言ったのだ。
郁美の両親が離婚する前の旧姓は・・・・・・『三村』。
そうだ、郁美の兄は確か、『三村信史』といったはずだ。
健司がそこまで考えたとき、交差点の方から銃声が聞こえた。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん! 四発。
健司は一瞬、躊躇したが、奥の部屋から貴志が飛び出してきたのを見て、走って交差点の方に向かった。
そのときには、もう郁美の兄――『三村信史』のことは、頭の中から追い出されていた。
【残り34人】
[ 第二部 / 序盤戦(前編) 【完】 第三部へ続く ]