BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第三部 / 序盤戦(中編) ] Now 33 students remaining...
< 11 > 激戦
歩道の沿石につまづいて、奈緒美はヘッド・スライディングをするように、アスファルトの上に倒れ込んだ。
膝が擦れ、血が滲んで痛かったが、どうでもよかった。
口の中に苦い唾液が溜まり、心臓がダンスをするように激しく踊りまくっていた。
脇腹が圧迫されたように、痛い。
運動不足かしら、と思い、奈緒美は自分が少し冷静さを取り戻していることに気が付いた。
「ここ・・・・・・どこ?」
立ち上がって辺りを見てみると、どうやら自分は駅のロータリーにいるようだということが分かった。
城下町らしく城をイメージしたような新しい駅舎には、人の気配を窺うことはできなかった。
駅の西側に、1階部分がコンビニエンス・ストアになっている、ビジネス・ホテルがある。
東側には、鳥のマークの大きなデパートメント・ストアがあった。
ロータリーの中央には、小さい花壇とタクシー乗り場、そして派出所がちんまりと建っている。
派出所の丸くて赤いランプは、電気が通っていないのか、ついていなかった。
奈緒美はとりあえず、派出所のドアに背中を預け、休むことにした。
西向きの派出所の影になり、寒かった、少しだけ。
奈緒美は、腕時計を見た。
そろそろ朝食の時間だ、いつもなら。
今も食事はあるのだけれど(政府支給の、クソまずいパンだが)、奈緒美はとても食べる気にはならなかった。
ついさっき、嫌と言うほど人肉のミンチを見たのだ。
亮二と博文の死体を思い出し、奈緒美は必死に嘔吐感を堪えた。
しかし、堪えきれなかった。
派出所の前の花壇にうずくまり、吐いた。
気持ち悪かった。
嘔吐感の波が治まると、ディバッグの中からミネラルウォーターのボトルを出し、口を漱いだ。
こくんと喉を鳴らし、一口飲んだ。
冷たい水が食道を通り、少し気分がよくなった。
水って、こんなに美味しかったかしら、と思った。
一口だけのつもりが、ついごくごくと飲んでしまった。
「ぷはぁ・・・・・・」
――あら、全部飲んじゃった。ま、いっか。
奈緒美は空のボトルを捨て(一応、近くのくずかごに)、再び派出所のドアの前に座り込んだ。
奈緒美の頭の中を、1人の男子生徒の姿が過る。
背の高い、眼鏡をかけた、頭の良さそうな(実際、良い)男の子。
杉山貴志だ。
貴志は、クラスでは結構モテるタイプの男子だった。
三村慶吾も密かに人気はあったが、貴志のようにあまり表立ってはいなかった(もっとも、貴志が知ったら、こう言っただろう。『俺のほうがモテるに決まってんだろ、ベイビ』)。
そんなことより、とにかく、奈緒美は貴志が好きだった――ライバルは多かったけれども。
彼は今、無事なんだろうか?
どこで何をしているのだろうか?
誰かと一緒なのだろうか?
貴志は、稲山奈津子(女子一番)とデキていると言う噂を聞いたが、アレは本当なのだろうか?
取り止めもない思考が、頭の中を回っていた。
色恋沙汰で盛り上がっていた頃が、いやに懐かしく思える。
つい昨日までのことなのに、遠い昔だったような錯覚に捕われた。
「杉山くん、どこにいるのかなぁ。会いたいな・・・・・・」
奈緒美は、呟いた。
思った。
貴志はきっと生きている。
安全な所に隠れているに違いない。
それは、半分当たっていた。
彼は生きていた。
しかし、安全な所にはいなかった。
慶吾たちと共に――激しい銃撃戦を展開させていたのだから。
§
慶吾はベレッタの側面の突起を押し、マガジン・キャッチを開放した。
予備マガジンを押し込み、スライドを引く。
がしゃっと音がして、初弾が装填された。
建物の影から腕を伸ばして、おもむろにトリガーを引いた。
ぱん、と火薬が炸裂し、腕に強い反動がきた。
発射された弾丸は、交差点を挟んだ反対側の建物の壁を抉った。
慶吾の背後から、ばん、と言う少し低めの炸裂音がした。
貴志が持っていたスミス・アンド・ウェスンのM586が炎を吹いたのだ。
357マグナム弾が、慶吾が抉った壁の弾痕の少し右側を、削り取った。
その建物の影から腕が伸び、手の中に握られている拳銃(シグ・ザウエルP230だ)が、炎に包まれるのが見えた。
ぱん、と言う音が響いた。
慶吾と貴志は、慌てて壁の陰に隠れた。
近くには、キャリコを構えた黒澤健司と、ナイフを握り締めている太田芳明、蒼い顔をした南由香利がいた。
「くそ! なんだ! 何なんだ、あいつは!?」
貴志が、叫んだ。
また、ぱん、と言う音が響き、貴志のすぐ脇を、シグ・ザウエルから撃ち出された9mmショートが通り過ぎた。
「とにかく、俺たちをあまり歓迎してくれない奴ってことだけは、分かるな」
慶吾が、言った。
健司が、頷いた。
「でも・・・・・・なんで山下くんが?」
由香利が震える声で、言った。
慶吾が、頭を振った。
「理由なんかない。とにかく、あいつは、俺たちを殺そうとしている、それは確かだ」
慶吾はそう言ってから、建物の影から頭を出し、山下仁(男子二十一番)に向けて引き金を引いた。
パラベラム弾が壁を抉ると、すぐに仁が顔を出し、9mmショートをこちらの壁にもめり込ませる。
先程から、ずっとこの状態だった。
由香利に全員の地図のチェックをさせたが、火薬の炸裂音で耳がイカれていて、誰が死んだのかは良く聞こえなかった。
慶吾は、思った。
――くそ、これじゃ弾の無駄遣いだ。
その通りだった。
仁との銃撃戦で、少しだが、弾丸を消費してしまった。
ベレッタの9mmパラベラム弾は多少出回っているであろうが、貴志のM586の357マグナム弾は、そう出回っているとは思えなかった。
健司のキャリコが撃ち出す22口径ロング・ライフル弾などは、論外だ。
「おい、とっとと蹴りを突けないと、血に飢えたハイエナどもが寄ってくるぜ!?」
銃声に声を掻き消されないように、貴志が怒鳴った。
それも、その通りだった。
ここでいつまでも時間を食っていたら、やる気になっている奴の格好の餌食なのだ――そう、藤本華江のような。
もちろん、慶吾たちは華江が諒子に撃たれ、微かだが怪我をしたと言うことは知らなかった。
慶吾の脳裏に、3年ぶりに黒服の男が蘇った。
おやおや、久しぶりですね。今のうちに墓碑銘、決めちゃって下さいよ。『天才ロックン・ローラー・三村慶吾、ここに眠る』ってのはどうです? 珍しくて、いいんじゃありません?
慶吾は、苦笑した。
そんな墓碑銘の墓、建てた瞬間に政府の役人どもがぶち壊しに来るぜ。
しかし――当座はこの危機をどう乗り越えるか、それが問題だった、慶吾には。
「おい、黒澤、杉山!」
慶吾は、叫んだ。
壁の角を9mmショートが削り取り、反射的に首を竦めた。
言った。
「俺が囮になるから、杉山はあいつを――」
再び、ぱん、と言う音がした。
地面に転がっていたコーヒーの空き缶が、跳ねた。
「山下を殺れ! 黒澤はバックアップだ!」
慶吾は怒鳴った。
「俺が飛び出してあいつの気を引くから、杉山はあいつを撃てるところまで、とにかく走れ。黒澤は、杉山が走っている間、あいつに1発も撃たせるな。撃ちまくれ」
貴志と健司が、頷いた。
慶吾は、ナイフを弄んでいる芳明を見た。
「太田は、ちゃんと南サンを護ってやるんだ。いいな!?」
銃撃戦で居場所がなくて苛々していた芳明は、それで大きく頷いた。
男として、最高の任務だった。
「でも――」
何か言おうとした由香利を目で制し、慶吾は、言った。
「俺は、おまえたちを生きてここから逃がす義務がある。そうするまで、俺は死なないさ」
それで全員、驚いたように慶吾を見詰めた。
「逃げるって、ここからかい? どうやって?」
芳明が、言った。
慶吾が首を竦めた。
「そいつは――」
一呼吸置くと、慶吾は地面を蹴って、建物の影から飛び出した。
「生き残ってからのお楽しみだ!」
走りながら、慶吾が叫んだ。
ぱん、ぱん、ぱん、と連続して、仁のシグ・ザウエルが発射された。
顔の近くを、熱い物が凄い速度で通り過ぎたような気がしたが、気のせいかもしれない――当たらなかった、とにかく。
慶吾は立ち止まり、仁に向けてベレッタの引き金を引いた。
10発程度を撃ち、ベレッタはすぐにホールド・オープンした。
仁が、すっとシグ・ザウエルを慶吾に向けた。
貴志が、飛び出した。
一瞬、仁はどちらにポイントしようか迷ったが、結局貴志に銃口を向けた。
仁が引き金を引こうとした瞬間に、貴志に次いで健司が飛び出した。
たらららららっ――と景気の良い音を立てて、キャリコが炎を吐き出した。
仁は慌てて、身体を影に隠した。
ロング・ライフル弾が、建物の壁を粉砕していった。
健二のキャリコが、鉛玉を吐き出すのをやめた。
仁は影から顔を出し――目を見開いた。
自分のすぐ目の前に、杉山貴志がいたので。
スミス・アンド・ウェスン、M586の銃口が、正確に自分の眉間をポイントしていたので。
杉山貴志、100m走ベストタイム、11秒51。グレイト。
仁は心の中で、地団太を踏んだ。
――くそ! くそ、くそ! こんな奴に殺されるなんて!
仁は、貴志を睨んだ。
貴志と仁の視線が、合った。
貴志の瞳に、明らかな動揺と戸惑いの色が見えた。
貴志は、仁を殺すことに躊躇いがあったのだ。
思わず仁は、シグ・ザウエルを貴志に向けた。
はっと思い出したように、貴志の目が見開かれた。
M586とシグ・ザウエルが、同時に火を吹いた。
仁は、貴志の右肩に血が吹き出すのを見た次の瞬間、車に轢かれたような強い衝撃を、眉間に感じた。
それだけだった。
至近距離から放たれた357マグナム弾は、仁の頭部の後ろ半分を、跡形もなく吹き飛ばした。
貴志は、痛みと後悔の念に顔を歪めた。
肩からどくどくと血が流れ出し、腕を伝って地面に落ちる。
握ったM586のグリップに、一筋の赤い線が付いた。
「杉山!」
すぐに慶吾が走ってきた。
貴志は、無理して立ち上がろうとしたが、バランスを崩して尻餅を突いた。
思った。
うわ、情けなさ過ぎるぜ、この格好は。
なんとか上体を起こし、言った。
「悪ィ・・・・・・。ちょっと動揺しちまった」
慶吾は貴志の学生服を脱がせ、Yシャツの袖を破った。
「おいおい、俺の一張羅なんだぜ、大事に使ってくれよ」
貴志は冗談を言ったが、慶吾は無視した。
「ちょっと背中見せろ」
「――あ?」
「背中だ」
慶吾は貴志の身体を、くるりと反転させた。
貴志が、うめいた。
弾丸が肩を貫通しているのを見ると、ほうと溜息をついた。
「良かった、弾は残ってない。――黒澤!」
慶吾は、健司を呼んだ。
「こいつを運ぶ! 手伝ってくれ!」
健司は、すぐに飛んできた。
当初の目的だった秀貴と和也のディバッグは諦め、変わりに仁の手からシグ・ザウエルP230とマガジンを奪ってから、貴志を立ち上がらせた。
「ちゃっかりしてるぜ」
貴志が呆れたように、言った。
どうやら、致命傷にはなっていないようだ――多分。
「黒澤、さっきの薬局まで運ぼう。早くここを離れたいが、とにかく、手当てが先だ」
健司は頷いた。
すぐに芳明と由香利が駆け付け、貴志を先程の薬局に運び込んだ。
入り口から周囲を確認し、ドアを閉めた。
「南サン、こいつの手当て、頼む」
慶吾が言うと、由香利は頷いた。
「とりあえず、消毒だけしとくね。ちょっと痛いだろうけど――」
Yシャツを脱がせ、由香利は丁寧に血を拭き取ると、消毒液を付けたガーゼを傷口に当てた。
貴志が、うめいた。
俺の時に笑った報いだ、とは、慶吾は言わなかった――ちょっとだけ、心の中で思ったけれども。
「私、縫合とかはできないわ」
由香利が、薬箱をしまいながら、言った。
慶吾は、頷いた。
「とにかく、消毒はしてくれ。丁寧にな。縫合は――」
俺がやる、とは言えなかった。
縫合の現場など、川田のやるところを横から見ていたくらいだ、それも3年前に。
自信など、ある筈がなかった。
「バンソーコーでも貼っとけ」
言った。
貴志が、笑った。
「随分とぞんざいじゃないか。いいよ、俺は別に縫わなくても。抜糸が面倒だ」
慶吾は今更ながら、自分の愚かさに溜息が出た。
思った。
なんで俺は、商店街の方に来たんだろう。
そもそも商店街とは、人がたくさんいるところだ、普段は。
そう言う印象があるから、孤独な状態に置かれた者は、何かといつも人がいる場所に集まりやすい――つまり、商店街はそう言う場所だったのだ。
やる気がなくても、怯えてしまって、どうしようもない者が、この近くにまだいるかもしれない。
そんな奴らが出会ってしまうと、どちらともなく、殺し合いになってしまうのだ。
商店街付近に人がかなり集まっていたのは、そう言う理由からだろう。
そうすると、今からむやみに動きまわるのは、危険過ぎる――それも、かなり。
こちらには拳銃が3丁あるが――いや、シグ・ザウエルを合わせて4丁か――、怪我人もいる。
そうそう動けるものではない。
「ちょっと、いいか?」
慶吾が口を開くと、皆がこちらを向いた。
「とにかくだ、さっきの銃撃戦で、感付いた奴がいるかもしれない。ここから動くのは、危険だ。分かるな?」
貴志と健司、芳明と由香利が、同時に頷いた。
続けた。
「しかし、いつまでもここにいるわけにもいかない。あくまで、ほとぼりが冷めるまでだ」
また、皆が同時に頷いた。
慶吾は唇をちょっと舐め、だから、と続けた。
「俺はちょっと、周りを見てくる。そう遠くへは行かない。とにかく――そうだな、次の放送までには必ず戻ってくる。おまえらは、ここで待ってろ」
慶吾が言い終えると、健司が言った。
「俺は付いてっていいんだろ? ここには杉山はもちろん、太田と南がいる。銃も一丁ずつ、ある。防御には十分だろ?」
慶吾は首を振った。
それは、慶吾も考えたことだ。
「いや、黒澤はここにいろ。杉山は、多分もう銃は撃てない。そうだろ?」
慶吾の言葉を受けて、杉山が唸った。
悔しいが、恐らくは、その通りだった。
右腕に力が入らないのだ。
腕が死人のように重く、冷たくなっていた。
「それに、太田。もしここを襲われたとしてだ、守り切れると思うか、2人と自分を?」
慶吾は芳明を見て、言った。
芳明は、自信なさそうに首を振った。
「1人じゃ無理だよ・・・・・・。それに俺、まだ、その――」
語尾が段々小さくなっていく。
慶吾には、分かっていた。
芳明は、まだ人を殺すことに躊躇いがあると言うことに。
貴志でさえ、その事態に直面しても躊躇ったのだ。
「健司の戦闘力は、必要なんだ。いいな?」
健司は、俯いた。
理解はできたが、あまりスッキリしなかった。
「でも、なんのために外に出るんだ? 他の奴を探すためか?」
健司の言葉に、慶吾は頷いた。
「それもある。マトモな奴は、探すべきだ。それに――まぁちょっと、やりたいこともあるんだ」
「やりたいこと?」
由香利が聞き返した。
「ちょっとな。ところで、誰か信じられそうな奴は、いるか?」
慶吾が言った。
貴志は、少しどもりながら、言った。
「稲山は――信じていい。俺が保証する」
慶吾は笑って、頷いた。
オーケイ。なるほど、そうだったんですか。噂もまんざら、嘘じゃないんですね、いやはや。
「清水さんは、信用できると思うな」
由香利が言った。
慶吾は、清水奈緒美の顔を思い浮かべた。
ああ、あの可愛い系の娘か――そういえば、なんとなく内海幸枝に似ていた気がする。
「滝川なんか、多分いいんじゃない?」
芳明が言った。
滝川直(男子十三番)か。多分ってのが怖いけど――まぁ頭に入れておこう。
慶吾は、健司の方を向いた。
「おまえは?」
「――いや、特にはない」
「そうか?」
「でも――」
健司が、言った。
「郁美に会ったら、俺の名前を出してでもいいから、連れて来てくれ」
慶吾は、暫く驚いたように健司の顔を見た。
それから、微笑んだ。
「――オーケイ。そんじゃ、ちょっくら行って来るけど、留守番よろしくな」
慶吾は、ディバッグを掴んだ。
ベレッタを構え直し、唇をちょっと、舐めた。
「――気を付けて」
由香利の言葉に笑顔で返し、慶吾はドアを開けた。
ぴーひょろろろと、晴れた空にトンビの鳴き声が聞こえた。
今日は、絶好のピクニック日和だ。
また出た、黒服の男――しつこいんじゃないか、ちょっと?
やぁ、慶吾君じゃないですか。いい天気ですねぇ、葬式にはもってこいですよ、そう思いません?
慶吾は口笛をひょうと吹いて、壁に背中を付けながら、歩き始めた。
川田の嘘ツキめ、晴れた日は調子がいいとか言って、全然ダメじゃないか。
空を見上げた慶吾は、何かがきらっと光ったような気がしたが、何も見えなかった。
しかし、上空のKH型偵察衛星は、しっかりと慶吾の姿を捉えて、その映像を秋子の元へ送っていたのだ。
ターゲット、『ワイルド・セブン』を発見。オーバー。
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