BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第三部 / 序盤戦(中編) ] Now 32 students remaining...

          < 12 > 気紛れ 


  新田浩(男子十六番)は、走っていた。
  緩やかな上り坂が続く、坂道だ。
  先程確認した地図によると、この近くに下水処理場がある筈だった。
  しかし、浩の目的は、下水処理場などではなかった、もちろんのことながら。
 「くそ、くそ! 冗談じゃねぇ! 逃げてやる、絶対逃げてやるぞ!」
  浩は、走りながら、呟いた。
  そもそも、このゲームにのった覚えがなかった――少なくとも、自分では。
  杉山貴志たちを襲ったのは、恐怖――そう、恐怖のためだ。
  思った。
  別にやりたくてやったんじゃない、仕方なかったんだ、あいつピストル持ってたし。
  そう考えると、貴志たちを襲ったと言う事実を、比較的素直に受け入れることができた。
  早い話、いいわけが得意な人間なのだ、新田浩は。
  恐らく自分では気付いてすらいないだろうが、とにかく、そういうことだった。
  先程まで緩やかだった坂の勾配が、徐々に急になってきた。
  煙草を常時携帯している浩にとって、この勾配は並大抵の運動ではない。
  ちくしょう、煙草が吸いたい。
  浩は、思った。
  浩のごひいきはバスターだが、なければワイルド・セブンでもいい――とにかく、煙草が吸いたかった。
 「はぁ、はぁ、ちくしょう・・・・・・」
  息が切れる。
  煙草を吸えば、きっともっと楽に走れる、と思った。
  その逆は、考えつきもしない――ヘビー・スモーカーとは、そう言うものかもしれないが。
  自分の荒い呼吸の音と重なって、ざぁざぁと水の流れる音が聞こえていた。
  浩の左の方向に、薄い茶色の、でかいタンクが見える。
  これが下水処理場だろう、と浩は思った。
  もしそうだとすると、この会場――ゲーム会場だ、ちくしょう!――の、かなり端まで来ていると言うことだ。
  浩の口元が、三日月型に歪んだ。
  ――逃げれるかもしれない。
  ふと、坂待の言葉を思い出した。
 『もし逃げようとした場合は、この対人用戦車で、撃ち殺します』
  ――いや、『撃ち殺しまーす』か。くそ。
  しかし、本当に対人用戦車など、あるのだろうか?
  浩はしばらく、考えた。
  ――あるな。
  答えが出た。
  あの桃色政府なら、このクソくだらない椅子取りゲームにも、戦車の10台や20台はすぐに用意するだろう。
  しかし、坂待の言ったことが事実だったら、周辺に待機している戦車は、2台の筈だ。
  MLRSとか言う危ない物も入れると4台だが、とにかく、たったの4台だ。
  それでこの広い試合会場を、果たして完璧にカバーできるのだろうか?
  無理だろそりゃ、いくらなんでも。
  浩は、思った。
  政府の連中には、俺たちがどこで何をしているかすら、分からない筈だ。
  一旦会場を出てしまえば、もう電波で爆弾を爆発させられることもないだろう。
  たった4台の戦車で、一体何ができる?
  もちろん浩は、政府が一人ひとりの行動をモニターしていることなど、知る筈もない。
  浩は、逃げ出すことにした。
  ここの周りは海じゃない――密林でもないが、とにかく、本土であることは間違いない。
  山に逃げ込めば、戦車だろうが何だろうが、そうそう追っては来れないだろう。
  煙草を買うのは、逃げ出してからでも遅くはない。
  浩は、周りを見まわした。
  もう呼吸も落ち着いている。
  浩は、ディバッグを背負いなおし、持って来たドラムバッグを草むらに捨てた。
  着替えやタオルなど、命あってこその代物だ――それに、走る時は邪魔になる。
  そして、恐らく全力疾走が必要になるであろうから、もう少し身体を休めるべきかもしれない。
  どこか隠れる場所はないだろうか、と近くの茂みに目をやり――ぎょっとした。
  茂みの奥に、人影が見えたので。
  がさがさと茂みが、揺れた。
  浩は慌てて、右手にバタフライ・ナイフを構えた。
  相手の武器が拳銃だったらダッシュで逃げるしかないが、そうでなかったら、このナイフもそれなりの武器になる筈だった。
  また、がさがさと茂みが揺れた。
  浩は、ごくっと唾を飲み込んだ。
  ナイフのグリップを握る手が、じっとりと汗ばんでいるのが分かった。
  がさがさ、がさがさ――揺れている。
  しかし、一向に何者かが出てくる気配はなかった。
  よく目を凝らしてみると、人影がふたつ、見える。
  そして、見ようによっては、その人影が掴み合っているようにも見えた。
  もしかして――。
  浩は、音を立てないように茂みに近付き、その向こう側を覗いてみた。
  果たしてそこには、浩のよく知るクラスメイトが、互いに戦っているところだった。
  背の高い学生服は、瀬戸雅氏(男子十二番)だ――手に鎖を巻いているが、あれは何なのだろう?
  そして雅氏と戦っているのは、驚くことに、セーラー服を着た女子だった。
  江藤裕美(女子三番)だ。
  裕美は右手に、黒く光る金属の棒――特殊警棒と言うやつだろうか?――を構えていた
  とにかく、裕美は女子にも関わらず、雅氏に対してなかなかの善戦をしていた。
  その光景を、浩は人形劇でも見るような感じで、ただ眺めていた。

 「だっ!」
  裕美が掛け声と共に、雅氏の頭部目掛けて特殊警棒を振り下ろした。
  雅氏は、左腕でそれを受けた。
  鈍い音がして、雅氏は苦痛に顔を歪める。
  雅氏の左腕は、痺れて言うことを聞かなくなっていた。
  ――ちくしょう! このアマ、腕を折りやがった!
  その憎悪に任せて、無事な右手を裕美の顔に振う。
  手に巻きついた鎖が、裕美の左頬に食い込んだ。
 「あくっ!」
  裕美が口から血を出して、後ろに弾かれたように、飛ぶ。
  よろよろと立ち上がろうとした裕美の脇腹を、雅氏は思いきり蹴り飛ばした――そう、自分が昔、クラスメイトにされていたように。
  雅氏は、七原光平(男子十五番)や、月下亮二に、陰湿なイジメを受けていた――だが、月下亮二は、もうこの世にいないけれど。
  もちろん、影でバレないように、だ。
  あまり気の強い方ではなかった雅氏は、それで、登校拒否になった。
  親や先生には、仕返しが怖くて、どうしても言えなかった。
  しかし、とにかく、どうでもよかった、そんなことは。
  虐められたことはあるが、虐めたことのない雅氏にとって、裕美に蹴りを入れた瞬間は、一種快感だった。
  婦女暴行とはいえ、合法的にやったのだ、罪にはならない。
 「ど、どうだよ。まいったかよ?」
  雅氏は、脇腹を押さえてうずくまる裕美を見下ろして、言った。
  まいった、と言えば、生かしておいてやるつもりがないこともなかった。
  しかし、裕美はそこまで気の弱い女ではなかった。
  きっと雅氏を睨みつけ、握っていた特殊警棒で、思い切り雅氏の脛をぶっ叩こうとした――が、それを察した雅氏は、軽いバック・ステップで、避けた。
 「まだ、まいらないのかよ・・・・・・」
  雅氏は呟き、今まで握り締めていた右手を、開いた。
  ちゃらっと音がして、鎖の付いた鉛の塊が、手の中から零れ落ちる。
  雅氏に支給された武器は、鎖分銅だったのだ。
  雅氏はカウボーイよろしく、分銅を遠心力を使って、頭上でぐるぐると回し始めた。  
  共和国のカウボーイ、瀬戸雅氏。イーヤー!
  雅氏が一際大きく手を振ると、その鉛の塊が、空気を切って裕美に向かって突進して行った。
  慌てて立ち上がった裕美の首に、冷たい鎖が巻きつく。
  分銅は、裕美の首に鎖を二重に巻いた後、後頭部に勢いを殺さずにぶち当たった。
  裕美の頭に、車に跳ねられたような強い衝撃が走り、ぐらりと身体が前に傾いた。
  鼻から生温かい血が、ぴゅっと吹き出した。
  裕美は、地面に倒れ込みそうになったが、倒れなかった。
  鎖が首に食い込んで、裕美の体重を支えたので。
  そして雅氏が、鎖の端を引っ張ったので。
 「ぐえっ!」
  裕美は、うめいた。
  首が絞まり、息ができない。
  裕美はがむしゃらになって鎖を外そうとしたが、首を引っ掻いて血が出ただけで、鎖は緩まなかった。
  裕美が苦しがるのを面白がっているかのように、びんびん、と鎖が引かれた。
 「げぇ・・・・・・、おえ・・・・・・っ」
  ――こいつ、猟奇的な趣味あんじゃないの、案外?
  薄れゆく意識の中で、裕美はそんなことを思った。
  目の前が白くなっていく。
  思った。
  ああ――これはもう、死ぬしかないかもね。

  人は死ぬ時、過去の景色を走馬灯のように見ると言う。
  裕美も、そうだった。
  12歳の誕生日の日、お金がないのに無理して大きなケーキを買って来てくれた、パパ。
  あたしが食器を洗い終わった後、嬉しそうにお駄賃をくれた、ママ。
  昨日、家を出る時に、お土産買ってきてねと笑って言った、お姉ちゃん。
  ごめん――お姉ちゃん。お土産、買って帰れそうに――ないや。
  裕美の脇腹に、また痛みが走った。
  雅氏が蹴りを入れたのだろう。
  アバラの2、3本は、折れているかもしれない。
  どうでもいいよ、そんなことは――どうせ、もう死ぬんだから。
  裕美の脳裏に、男子が現れた。
  背は高くないが、髪が長くて、結構かっこいい同じクラスの人。
  始めて彼を見た時、裕美は全身に電気が走ったのを、よく覚えている。
  告白する勇気はなかったけれど、裕美はいつも彼の横顔を眺めているだけで、幸せだった。
  ああ、神様。せめて1分――いえ、30秒でいいです。時間をくれたら――あたしは――
  急に、喉を締め付けていた鎖が、緩んだ。
  理由は分からなかったが、とにかく、裕美は再び酸素を吸うことが出来た。
  雅氏の怒鳴り声を聞いたのは、わんわんと言う耳鳴りが治まってからのことだった。

  急に背中を襲った鮮烈な痛みに、雅氏は驚いた。
  よく熟れたグレープ・フルーツをナイフで刺したような音がして、また新たな痛みが背中に生じた。
  刺されたのは、グレープ・フルーツではなかった。
  自分の背中に穴を空けられたことに雅氏が気付いたのは、血の滴り落ちるバタフライ・ナイフを持った新田浩が、自分の視界に入ってからのことだった。
 「ぎ――」
  それからようやく、雅氏は今まさに悲鳴を上げるべき状況だと言うことを、悟った。
 「ぎゃあぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!」
  思わず鎖が、手から離れた。
 「い、痛い! 痛い痛い! ああああ・・・・・・」
  雅氏は地面に尻餅を突き、ずるずると後退を始めた、浩の前から。
  背中から熱い液体が、ごぼごぼと流れてくる。
  それでも雅氏は、後退した――無駄だったが。
  浩の右手がひらめき、太陽の光に刃がぎらりと反射した。
  眩しい――それが、雅氏の最期の思考だった。
  浩は、思い切りナイフを突き立てた――雅氏のこめかみに。
  どつっと言う鈍い音がして、雅氏は頭からアンテナを生やした。
  やぁ、これ、新しいファッションなんですよ。どうです? なかなかいいでしょう。――え? 見たことないって? いえいえ、今年は流行りますよ、絶対。――いや、ホント。
  雅氏が白目を剥き、ぐらりと後ろに傾いた。
 「こいつは、返してくれ。俺のだ」
  ナイフのグリップを握ったまま、浩は言った。
  左右に細かく揺すってやると、ぶちゅぶちゅと嫌な音を立てて、雅氏の頭からナイフが抜けた。
  アンテナが生えていた場所からは、どろりとした赤い液体が流れ出し、地面に広がっていく。
  浩はとりあえず、雅氏を足で蹴飛ばして、茂みの中へ追いやった。
  見てらんねぇよ、気持ち悪くて――まぁ、俺がやったんだけど。
  それから、首を回して、裕美の方を見た。
 「おい。おい? 死んだか?」
  首に食い込んでいる鎖を乱暴にとってやると、裕美は目を開いた。
 「げほっ! げほっ、げほ・・・・・・」
  裕美は喉を押さえて、咳き込んだ。
  首にくっきりと、鎖の痕が残っていた――首輪の下辺り。
  何の役にもたたない首輪だ。
  そして、顔を上げた。
  先程、走馬灯の中に現れた男子生徒の顔が、そこにあった。
 「に、新田・・・・・・くん?」
  はっとして辺りを見まわすと、向こうの茂みに、学生服を着た肉の塊が転がっていた。
  その周りに、赤い血が池を作っていた。
  嘔吐感が、裕美を襲う。
  しかし、吐かなかった。
  吐くわけにはいかない――好きな人の前で。
 「助けて――くれたの?」
 「別に」
  返事は、素っ気なかった。
  しかし、とにかく、浩が自分を助けてくれたことに変わりはなかった、裕美の中では。
 「じゃあな」
 「ま、待って! どこ行くの!?」
  くるりと浩が向きを変えたので、裕美は驚いて尋ねた。
  また、関係ねぇだろ、と言う素っ気ない返事が、返って来た。
  裕美は無理をして、立ち上がった。
  頭が、くらくらしている。
  さっきの分銅のせいだ、と思った。それで、鼻血を拭わなくちゃ、とも思った。
 「あ、あたしも――連れてって! お願い!」
  裕美は、哀願した。
  喋るたびに肋骨に響いて痛かったが、今はそれどころではなかった――せっかく会えたのに。
  浩は、ちょっと振り返って裕美を見た。
  裕美は、また冷たい返事を返されるかと思っていたが、そうではなかった。
 「別にいいぜ」
  浩は、言った。
  もちろん、裕美を助けてやるつもりは、更々なかった。
  さっさとここから逃げ出すのだから、足手まといはまっぴらだ。
  しかし、裕美がいれば脱走できる確率が上がるかもしれない。
  裕美は苦しそうにしながら、浩についてきた。
  浩は、会場外の境界線まで、あと100m足らずの所まで来ていた。
  戦車なんか――どこにもないじゃないか。
  浩の口元に、不気味な笑みが閃いた。

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