BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第三部 / 序盤戦(中編) ] Now 31 students remaining...

          < 13 > 末路


  ひとりでさっさと前を歩く浩を、裕美は懸命に追っていた。
  歩くたびに脇腹に激痛が走り、顔をしかめなければならなかったが。
  浩は、どんどん雑木林の中へ入って行った。
  誰かが襲って来るかもしれないのに、迷うことなく進んでいく。
  裕美は純粋に、凄いと思った。
  しかし、それと同時に、微かな不安も覚えていた。
  浩は、何を焦っているのだろうか?
  何かを企んでいるんじゃないだろうか?
  もしかして、自分を殺す計画を――?
  そう考えて、裕美は軽く頭を振った。
  大丈夫、浩くんはそんなことする人じゃない。
  それに、あたしを殺すのなら、さっきあそこでできたもの。
  きっと隠れる場所を探しているんだ、そうに決まっている。
  そう思った。
 「おい」
  考えている最中に声をかけられ、裕美はどきっとして、顔を上げた。
  浩の目が、裕美の目を捉えていた。
 「おまえ、走れるだろ?」
 「えっ」
  浩の言葉に、裕美は目を見張った。
  走れるだろ、ですって? 冗談じゃない、歩くだけでも精一杯なのに。
  裕美は、首を振った。できるだけ、可愛らしく、弱々しく。
 「無理だわ。骨が折れてるみたいだし、それに――」
 「関係ねぇよ」
 「えっ?」
  裕美は、首を傾げた。
  関係ないって――何が?
  浩の目が、突き刺さるような痛みを、裕美に与えた。
  なんで――? なんで怒ってるの、浩くん?
 「ほ、ホントよ? ホントに骨が――」
 「知ったことかよ、そんなこと」
  裕美は、言葉に詰まった。
  浩は、続けた。
 「いいか。俺はここから逃げる。俺は北から場外に出るから、おまえは東から出ろ」
 「ちょ、ちょっと待って。だって、逃げようとしたら殺――すって、あの役人が言っていたわ」
 「バカか、おまえ」
  浩は、冷たく言い放った。
 「何のためにおまえを助けてやったんだよ。戦車は2台しかいないんだぜ? しかも、1台は川の反対側だ。こっちの1台だけで、2人を追えるわけないだろ」
  浩の言葉を聞いた裕美は、ぽかんと口を開けた。
  それは――なに? つまり、どういう――ことなの?
  震える声が、喉から漏れた。
 「あたしに――囮になれって、言うの?」
 「ああ」
  浩は、頷いた。
  それで、裕美は、眩暈がしそうになった。
  ハハア。つまりあたしは、あなたに協力すればいいんですね、命をかけて? あら、そうですか。
 「おまえ、俺のこと、好きなんだろ? だったら――」
 「違うっ!」
  裕美は、怒鳴った。
 「そんなんじゃないっ! あたしの好きだった浩くんは、そんな人じゃなかった!」
  裕美は、怒鳴りながら、思った。
  あたしの好きだった浩くん、だって――あ〜あ、過去形になっちゃったよ、ついに。
 「あたしは優しい浩くんのことが――! お掃除手伝ってくれたりとか、消しゴム貸してくれたりとか――そういう浩くんが・・・・・・」
  思った。
  あちゃ〜、泣いてるよ、あたし。こういうの、みっともなくって、嫌だな。
  しかし、浩は冷たかった。
  溜息をつくと、言った。
 「だからバカなんだよ、おまえは。平和な日常生活と、命がけの椅子取りゲームを一緒にするな。とにかく、俺は逃げる。おまえも、うまくいったら、逃げれる。あとで落ち合えば、それでいいじゃないか」
  そうして浩は、木にもたれかかった。
  がさっと木が揺れ、ぎゃあぎゃあとやかましく鳴きながら、カラスが飛んでいった。
  ふいに裕美の脳裏に、浩に殺された雅氏の映像が浮かんだ。
  先程の雅氏の死体には、既にたくさんのカラスが群がって、死肉を啄ばんでいるのだろうか?
  他のみんなのも? あたしの肉も、カラスに食われちゃうの? 不味いわよ、あたし、きっと。
 「分かったか?」
  浩は、聞いた。
  裕美は、思った。
  この人は、人じゃない。――悪魔だ。
  生死を左右するギリギリの状況では、人はこうも変わるものなのだろうか?
  みんなも、こうなってしまっているのだろうか?
  変わっていないのは、あたしだけなの?
  あたしが、おかしいの?
  しかし、それでも裕美は、頷いた。
 「・・・・・・分かった」
  なんだか、可笑しかった。
  こんな人のために協力するの、あたしは?
  あたしは、こんな人を好きになってしまったの?
 「じゃあ、いちにのさんで、せいいっぱいでいいから走れ。おまえは東だ」
  浩が、言った。
  オーケイ――いちにのさんで、競争しようか? どっちが早く、あの山まで辿り着けるか?
 「いち、にィの――」
  浩が、呟いた。
 「さんっ!」という言葉が、重なった。
  浩が、駆け出した。
  裕美も、駆け出した――浩の、微かに東側に。
  一歩進むたびに、身体がバラバラと崩れ落ちそうなくらい、痛んだ。
  喉を締め付けられたからか、全然思うように息ができない――苦しい。
  裕美は、ディバッグを捨てた。
  少し――ほんの少しだけ、走りやすくなった。
  脇腹は、痛みが急激に増してきた。
  走りながらも、意識が朦朧としてくる――ああ、まずい。これは、とても。
  しかし、走った、とにかく、浩の後を追うように。
  自分の息をする音が、妙に大きく聞こえた。
  ごうごうと言う音。
  思った。
  これ、あたしの呼吸する音――なのかしら?
  なんだか違うような気がした。分からなかった。

  浩は、全速力で走っていた。
  藪の中は少し走りにくいが、それは戦車だって同じことだ。
  とにかく、今は逃げなければならない――なんとしても。
  しかし、走りながら、浩は微かに後ろめたさを感じた。
  江藤は大丈夫だろうか?
  今ごろ掴まって、撃ち殺されてはいないだろうか?
  だが、すぐにその思考を、頭の中から追い払った。
  いや、江藤だってバカじゃない。
  きっと、走り出した振りをして、すぐに会場内に戻ったに決まっている。
  いくら好きな男(俺のことだけど)のためとはいえ、死んでまでそいつを助けようなんて、思う筈がない。
 「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
  息が切れる。
  ――ちくしょう。こんなことなら、もう少し煙草、持ってくりゃよかった。
  胃の中が、ひっかき回されているような感じだ。
  口の中に、酸っぱい液体が充満している。
  しかし、止まるわけにはいかなかった。
  とにかく、早く山の中へ行かなければ、一刻も早く。
  今のところ、自分の呼吸の音以外は、聞こえなかった。
  走り出してから、随分時間が経った気がする。
  10分――? 15分――? 30分は、経ったんじゃないか?
  いえいえ、なに言ってるんですか。まだ3分も経っていませんよ、おにいちゃん。
  走った時間はともかく、周囲に何かがいるような気配は、全くなかった。
  逃げきった――のだろうか?
  浩が少し、走るスピードを緩めようとした、その時だった。
  がりがりっと言う音が聞こえた、自分のすぐ近く――首輪から。
 『――あー、聞こえるかぁ、新田ぁ?』
  銀色に光る首輪が、妙に癇に障る声を発した。
  坂待の声だ。
  浩は、蒼くなった。
  ――気付かれていた!? そんなバカな!
  首輪が、言った。
 『あのなぁ、この首輪、ミッドウェー23号って言うんだけどなー。無駄だよ、新田ぁ。この首輪にはなー、ちゃんとおまえたちの位置を知らせるセンサーが付いていてぇ、こっちでモニターできるんだよなー』
  皆さん、ご覧下さい――これが共和国科学技術の結晶。超高性能、喋る首輪でございます。
  浩は、坂待が自分の首にぶら下がっているようで、気持ち悪くなった。
  首輪は、続けた。
 『それとなー、ミッドウェーには、小型集音機と特殊カメラが付いててなー。つまり、なんだー。みんなの行動とか、全部筒抜けなんだよなー。分かるかー、んー?』
  分かりたくなかった、今は。
  坂待の声がするってことは、盗聴器とカメラの他に、スピーカーが組み込まれていると言うことだ、どうでもいいことだが。
 『じゃあなー、新田ぁ。おまえ、なかなか度胸あったよー。バカだけどなー』
  そう言うと、がりっと音がして、一方的な通信が途切れた。
  浩は、立ち止まった。
  もう先は決まっている。
  これ以上走るのは、どう考えても、無駄だと思った。
  そしてそれは、すぐに実証された。
  浩の目の前に、突然巨大な山が現れたので。
  その鋼鉄の山からは、望遠鏡みたいな筒が一本、突き出していたので。
  その筒は、確実に浩の方に向いていた、当然のことながら。
  戦車と言うものを初めて見た浩だったが、いかにも戦車らしい形の戦車だ、と思った。
  エンジンの音は、聞こえるか聞こえないかほどの大きさだ。
  窓はなくて、ハルの部分に防弾ガラスで覆われた180度可視光カメラと、赤外線カメラが付いていた。
  まさしく、大東亜共和国専守防衛陸軍が開発した、高性能戦略戦闘車両だった。
  こんなものを相手に逃げ切れると思った自分が、今となっては、とても恥かしく思えた。
  真っ直ぐな砲身に空いた穴が、何もかも吸い込む、あのブラック・ホールのように見えた。
  真っ暗だった砲身の奥が、きらりと輝いた。
  浩は、目を閉じた。
  ばすっ、と言う、案外軽い音がした。
  心臓が、どきどきと踊っている。
  浩は、ああ、俺は死んだんだな、と思った。

  目を開けた。
  死んではいなかった。
  自分の視界いっぱいに、穴だらけになったセーラー服が見えた。
  無数の穴が空いている白いセーラー服は、真っ赤に染まっていた。
 「お、おまえ・・・・・・」
  浩は、言った。
  裕美は、ゆっくりと振り返った。
 「大丈夫・・・・・・だった?」
  そう言って、裕美は血を吐いた。
  ぐらりと大きく揺らいだ裕美の身体を、浩は慌てて抱き止めた。
  血がどろどろと腕にまとわり付いたが、どうでもよかった。
 「な、なんで――ついてきた? あのまま戻ったって、分からなかったのに――」
  浩が声を絞り出すと、裕美は笑った――可笑しそうに。
 「だって――浩くんが走れって――言ったんじゃない・・・・・・」
  浩は、強い衝撃を覚えた、今まで嘗て受けたことのないくらいの。
  そう――100階建てのビルの屋上から飛び降りた、そんな感じ。
  俺の言葉を信じて――? こんな俺の言葉を――?
 「え、江藤・・・・・・」
  浩は呟いたが、胸が詰まって、続きが言えなかった。
  裕美は、言った、笑ったまま。
 「ねぇ・・・・・・あたし、浩くんのこと――」
  裕美の喉に、血の塊が込み上げてきた。
  ああ――せめて――あと一言だけ。10秒でオーケイだから・・・・・・
  血を飲み込んだ、なんとか。
 「浩くんのこと、好きだよ――今も」
  言えたよ、ちゃんと――現在形で。
  もう、思い残すことはなかった。
  好きな男の子の腕の中で死ぬ――まぁ、何てドラマティックなの。贅沢かしら?
 「俺も――」
  薄れゆく意識の中で、浩の声が、妙にくぐもって聞こえた。
 「俺も、今、好きになった――おまえのこと。悪かった・・・・・・」
  裕美は、笑った。
  浩も、笑った。
  次の瞬間、ばすっと言う音が聞こえ、浩と裕美の身体を散弾の雨が襲った。
  2人は、肉の塊となって、飛び散った。
  長い長い喪服の行列。その中に、彼らは加わった。
  やぁ、新入りさんですか。仲良さそうで、羨ましいですね。墓石は並べて立ててあげますよ。なに、サービス、サービス。

  戦車の蓋が開き、中から兵士が2人、出てきた。
 「逃走者2名、処理しました」
 『了解』
  無線に向かって呼びかけた後、兵士のひとりが、もうひとりの兵士に言った。
 「中央の連中は、何を考えているんでしょうか? いくら国防上必要な実験だからと言っても、これは――」
  もうひとりの兵士は、首を振りながら、言った。
 「それは、俺たちが考えることじゃない。俺たちの任務は、逃げようとした生徒を殺すことだ」
 「・・・・・・」
  しばらく兵士は、黙っていた。
  目の前の肉の塊を見ると、なんだかもやもやしたものが爆発しそうで、怖かった。
  果たして、これでいいのだろうか?
  分からなかった。
 「さぁ、戻るぞ」
  兵士のひとりが、戦車によじ登った。
 「自分は――間違っているような気が――します」
  ひとりの兵士の呟きは、誰の耳にも届かなかった。
  少なくとも、もうひとりの兵士は、聞こえなかったかのように、何も言わずに戦車の中へ入って行った。
  残された兵士が、それに続いた。
  エンジンが震え、戦車は動き出した。
  このような生徒を殺すために――このような生徒が出ないことを祈りながら――

   【残り28人】


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