BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第三部 / 序盤戦(中編) ] Now 29 students remaining...
< 14 > リボリューション
旧・米帝大使館の地下室で、三村秋子は指を鳴らした――あまりいい音はしなかったけれど。
ペンタゴンのスーパーコンピュータが、やっとのことで大東亜ネット(共和国では、このクローズ・ネットをインタネットと呼び習わしているが)に接続することができたのだ。
共和国内から接続すると、自動的に大東亜ネットに接続されてしまうわけだが、米帝のサーバから大東亜ネットに入るとなると、その逆と同じくらい難しいことなのだ。
第一段階終了と言うところか。
先程までメイン・スクリーンに映っていた慶吾の姿は、もう消えていた。
しかし、秋子は気持ちを落ち着けた。
――大丈夫、慶吾が死ぬ筈はない。
今は、自分のするべき事をするだけだった。
早速端末のひとつを使い、政府の中央処理演算センターにハッキングをかけてみることにした。
まずは、パスワードの解析だ。
それは解析ソフトに任せるとして、もうひとつの端末で、植田市の公式ホームページを検索して見た。
一通り表示はしてみたが、“プログラム”の情報など、どこにも書いていなかった、当然のことながら。
一番関係ありそうな内容は、『現在、市内全域に特別退去勧告が出されています』という一文だけだ。
秋子は、小さく溜息をついた。
「仕方ないわね、こっちもハッキングしてみよう」
そして、軽くキーボードを叩いた。
こちらでもパスワード解析ソフトが、忙しく働き始めた。
あとは、祈りながら待つしかなかった。
それにしても、と秋子は思った。
「待つことがこんなに疲れるなんて・・・・・・」
呟いた。
知らなかった――とは、言わなかった。
3年前、秋也の無事を祈りながら待ち続けた経験が、秋子にはあった。
とにかく、3年前と同じで、今は信じるしかなかった。
思った。
慶吾は今、何を信じて生きているのだろうか?
あたしの知らない、クラスメイトたち?
それともやっぱり、大好きなロックを信じて?
はたまた、川田の言葉を信じているのだろうか?
あとは――ううん、そんな筈ない。――でもまさか、もしかしたら、ひょっとして――あたしを信じているのだろうか?
もしそうだとしたら――応えなければならない。その心に、なんとしても。
あたしは、革命を煽動するようなタイプじゃない――そんなことは分かってる、十分に。
でも、川田章吾は、言っていた。
「七原を守ってやれよ、典子サン」
そして、こうも言っていた。
「今はまだ無理だ」
また、米帝で慶吾に聞かせてもらった、ロックの一曲(確か、レノンと言う人の“リボリューション”という曲だ)の歌詞に、こんなのがあった。
――ブラザー・ユー・ハフ・トゥー・ウェイト。
秋子は、考えた。
でも、もしかしたら――今が時期なんじゃないかしら?
川田の言った歴史の波が、今まさに来ているのかもしれない。分からない。
しかし、とにかく、やるしかなかった。
それが革命になって共和国を滅亡に導くのか、それとも滅亡するのは自分たちか?
どちらにせよ、自分のするべき事をやるだけだ、と秋子は思った。
パスワードの解析は、まだ終わらない。
「早くしてよね、もう」
秋子は、言った。
そんなこと言ったって、仕方ないじゃないですか。一生懸命やってるんですよ、これでも。
それは確かに、仕方のないことだった。
世界も一目を置く、巨大な国家を管理する政府のコンピュータだ、セキュリティが堅くない筈がない。
苛々しながら秋子は、ふと部屋の墨の埃を被っている、ラジオ・カセット一体型のデッキを見つけた。
ひょっとしたら、何かの曲が入っているかもしれない、と思った。
待つしかない状況では、曲でも聴いていなければ、やっていられそうになかった。
秋子はラジカセに近付き、電源を入れてみた。
ぶっ、と音がして、主電源の赤いランプが点灯する。
「何のカセットが入っているのかしら?」
『再生』のスイッチを押すと、ガチャンとカセットが回りだし、静かなピアノと共に、唄が流れ始めた。
この曲は――聞いたことがある。
そう、ロックだ。
ずっと昔、秋也が歌ってくれたことがある、“イマジン”と言う曲。
秋子は、聞いていてどきどきした。
歌詞は分かっていた――英語だったけれど、米帝に3年もいれば、英語はもう聞き取れる。
分かったような気がした――この国で、何故ロックが『退廃音楽』と呼ばれ、禁止されているのか。
仕方がない、と思った。
川田も言っていたことだ。
それにしても、この歌詞は本当に、この国にとって都合が悪いことこの上ない。
イマジン・オール・ザ・ピーポ・リヴィン・ライフ・イン・ピース・・・・・・
本当だろうか?
本当にそんな日が、来るのだろうか?
分からなかった。
ただ、これだけは分かっていた。
その来るべき“ライフ・イン・ピース”の中に、慶吾は欠かすことができない、ということ。
がちゃん、と音がした。
“イマジン”が終わった。
突然、先程とは対照的な、バリバリとスピーカーを震えさせる、エレクトリック・ギターが鳴り出した。
“リボリューション”だった。
慶吾が、そして秋子が、あまり好意的になれない曲。
しかし、歌詞の内容が間違っているわけではないので、批判する気にもなれない。
とにかく、そう言う曲だった。
どっちかと言うと、これはこの国で推奨されそうな曲だった。
ドンチュウ・ノウ・イッツ・ゴナ・ビー・オールライト
これも果たして、本当だろうか?
考えている秋子の耳に、ラジカセから流れてくる音とは違う、ビープ音が聞こえた。
それで秋子は、テープを止め、端末の前に戻った。
その音は、政府のコンピュータへの侵入に成功した、という音だった。
つまり秋子は、まんまと政府のメインコンピュータに、侵入したのである。
秋子は、とりあえず、ランチャー・ソフトで、色々と探ってみた。
「――なにかしら、これ?」
気になる名前が付けられたファイルが、秋子の目に飛び込んできた。
“program-odds”と言う名前。
ファイルを開く時は注意しなければならないが、とにかく、気になった。
基本操作は、ありがたいことに、ユニックス機と同じだった。
ファイルを開くための短いコマンドを、キーボードで入力する。
何故か、ブラウザが立ち上がった。
ホームページのデータかしら? と思った、一瞬だけ。
ブラウザに表示が完了した時、秋子は、全身の血が一気に頭に上ったかと思った。
それは、スポーツ新聞の競馬欄のような構成のページだった。
プログラム・オッズ――政府の役人どもは、プログラムを賭けの対象にしていたのだ。
そのファイルは、政府の極秘ホームページ用の、状況報告データだった。
秋子は、怒りに身体を振わせた。
国防上必要な実験? 尊い犠牲? ふざけないでよ!
ふざけているのではなかった。
政府は真面目に、プログラムをやっていたのだから。
それが、秋子の怒りを更に膨張させる。
出場選手、42名――うち、14名は既に、死んでいた。
名前の下に、予想(◎、△、×などだ)、そして倍率、注意書きがあった。
慶吾の名前の下には――◎、15倍、そして、“渡米学生。プログラム出場経験あり”と書かれていた。
1枠3番、トウカイテイオー。本命馬の一点買いだ!
そんな感じ。
それで、秋子は、驚愕した。
政府の奴らは、知っていたのだ――慶吾が、秋也だと言うことを!
「・・・・・・なんてこと」
秋子は、呟いた。
知っていたにも関わらず、政府は秋也を殺さなかった。
それは、どう言うことか?
政府が寛大だったから――ではない、当然のことながら。
政府の人間は、楽しんでいるのだ――賭けを、純粋に。
嫌だなぁ、楽しんでいるなんて。人類みな平等に、ですよ。秋也くんだけ殺しちゃったら、不公平じゃないですか。
秋子はデスクを叩いた、思いきり。
手の平がじんじんと痺れたが、どうでもよかった。
「――許せない」
呟いた。
この国の政府は狂ってる、絶対に。
これはもう、救いようがないと思った。
壊さなければ――この国を――たとえ死んでも。
秋子には、黒装束を着た男がこちらに振り返って、にこりと笑ったような気がした。
そうですか。棺桶と墓石の準備はできてますよ。そうそう、名前ですがね、どっちにします? 三村秋子ですか? それとも、中川典子にしますか?
そんなことは、どちらでもよかった。
秋子は、思った。
――まだ死ねない。
慶吾たちを助けるまでは、死んではならなかった。
先程と同じビープ音が、また、した。
植田市のサーバのパスワード解析が、終了したのだ。
秋子の表情に、少し落ち着きが戻った。
実のところ、政府の中央コンピュータよりも、こちらの方が大事だったのだ、秋子には。
早く、あの首輪の効力を無効にしなければならない。
あの首輪――ミッドウェー23号――には、3年前になかった機能(カメラ、スピーカー)がついていることを、慶吾は覚えているだろうか?
もし覚えていなければ――慶吾のことだ、無茶をするに決まっている。
そして、もし政府の人間にそれがバレたら――?
3年前の、秋也の死顔が浮かび上がった。
秋子は慌てて、首を振った。
いけない、いけない。どうしていつも、悪い方向に考えちゃうのかしら。
そうならないために、秋子はやるしかないのだ。
しかし、どうすればよいのだろう?
秋子は、考えた。
一旦データをダウンロードして、ダミーのデータを送りつけようか?
そうすれば、もう首輪は無効化されるだろうし、爆発させられることもないだろう。
秋子は、首を振った。
――いや、ダメだ。
ダウンロードをするには、少なくとも数時間はかかる筈だ。
しかも、ダミーを送り返す時間を合わせると、倍になる。
それだけの時間、プログラム会場にいる役人にバレないようにするのは、不可能だ。
それに、ダミーのデータを作る時間もある。
このアイディアは、破棄しなければならない。
それならば、ちょっとしたコンピュータ・ウィルスを送りつけてみようか?
データを破壊するプログラムを作って――。
秋子はまた、首を振った。
それも、ダメだ。
アンダーサイト系のホームページにある既存のウィルスでは、簡単にウィルス探知ソフトで発見されてしまうだろう。
ウィルス探知ソフトが起動していなければよいが、そんなことはまず、あり得ない。
発見されれば、逆探知されてしまう恐れが、大いにあった。
それはマズかった、とても。
時分でプログラムをすれば問題ないかもしれないが、それもかなり時間がかかる。
秋子の考えは、行き詰まった。
「ああっ――もう! どうすればいいの!?」
秋子は苛々しつつ、頭を掻いた。
すべきことは分かっているのに、それをする手段が、ない。
秋子は、目を擦った。
何時間もディスプレイを見ているせいで、目が異様に疲れていた。
ファイルの文字が、ぼんやりと滲んで見える。
ああ――ダメだわ、これじゃ。視力、相当悪くなったかも。――慶吾くん、眼鏡の女の子は、嫌いかな?
どうでもいいことが頭に浮かんできて、それを追い払うように、秋子は目をディスプレイに向けた。
「――あら?」
思わず秋子は、首を傾げた。
何か、とても長い名前のディレクトリがあった。
そのディレクトリの名前――“pg history-guadalcanal/midway-1997^2000”だ。
ガダルカナルって、確かあたしたちのプログラムの時の、首輪の名前よね、確か。
秋子は、思った。
ミッドウェーは、今年から導入された、新型の首輪の名前だった筈だ。
1997^2000というのは、ひょっとして1997年〜2000年と言う意味なのだろうか?
そうすると、“pg history”って――過去のプログラムのバックアップ・データかしら?
キーボードを軽く叩き、コマンドを入力してみた。
その長い名前のディレクトリが、ウィンドウとして開いた。
秋子は思わず、目を細めた。
幾つかのファイルの中に、ローマ字だが、懐かしい名前があった。
“guadalcanal-shiroiwa3b”と言う名前のファイルだ。
shiroiwa3b――シロイワ3b――城岩3B。
200近くの似たような名前のファイルの中で、この名前だけは何故か、一際目立っているように、秋子には見えた。
一番新しいファイル名は、“midway-toritudaiichi3b”だ――今、慶吾がいるクラス。
秋子はとりあえず、都立第壱中学校のデータを開いてみた。
新しいウィンドウが開いた。
知らない名前が、42人分、整然と並んでいる。
十数人の名前には、死因、致死武器、備考の欄に、幾つか文字が書き込まれていた。
恐らく――いや、間違いなく――既に死んだ人間の名前だろう。
“M19”(三村慶吾だ)の欄には、何も書かれていなかった。
――よかった。
ほっと溜息をついた秋子は、それではなんとなく不謹慎に感じがして、咳払いをひとつ、した。
ここには、これと言って目立ったものは何もないようだ、当たり前だが。
それで秋子は、城岩中学校のデータを見ようか、迷った。
それも多分、同じようなデータなのだろう。
懐かしい名前を見て感慨に浸るのもいいかもしれないが、今はそんな時間は、ない。
それに、見れば必ず、涙が溢れ出すに決まっている。
そこに書いてある名前を持っていた人はすべて、今この世にはいないのだから。
しかし、それでも秋子は、キーボードを叩いて、コマンドを入力した。
懐かしい名前を、もう一度、脳裏に焼き付けておきたかった。
だが、表示された画面を見て、秋子はちょっと眉を寄せた。
都立第壱中のディレクトリ内になかった形式のファイルが、城岩中のディレクトリ内にあったからだ。
拡張子を見たが、それが何の拡張子なのか、秋子にすら分からなかった。
しかし、そのファイルの名前が、気になった。
“the-3rd-man”と言う名前。
ザ・サードマン――それは、三村信史の愛称だった筈だ、確か。
何故、そんな名前のファイルが、ここにあるのだろうか?
「――もしかして?」
秋子は慎重に、そのファイルを解析してみた。
そう大したファイルではなかったので、解析は数分で済んだ。
秋子は、笑った――にっこりと、満面の笑みで。
「そうだったの・・・・・・」
呟いた。
慶吾は昔、言っていた。
「三村なら信じられる。あいつは――凄い奴なんだ」
ハハア、なるほど。確かに凄い人だ、三村信史は。
これが成功していれば、3年前のプログラムで逃げ出せたのは、たった2人だけではなかっただろう。
『可愛いレディーへの、俺からのちょっとしたプレゼントだぜ、ベイビ』
にやりと笑った信史の顔が、秋子の眼前に現れた。
そう、それは信史からの、とても役立つプレゼントだった。
これで秋子は、コンピュータ・ウィルスを手に入れることができたのだ。
ウィルス検索ソフトに引っ掛からない、極めて珍しいウィルスが。
全てのデータをバックアップとして保存されていたことは、不幸中の幸いと言うべきだ。
秋子は、早速作業に取り掛かろうとした。
――その時だった。
凄まじい爆音と共に、激しい横揺れが秋子を襲った。
一瞬、中央の大型スクリーンの映像が、乱れた。
「な、なに!?」
秋子は、天井を見上げた。
ぱらぱらと砂が落ちてくる。
続いて、大型の拡声器で増幅された、ノイズ混じりの声が、秋子の鼓膜を振わせた。
『あー、旧・米帝大使館に潜伏中の反国家テロリストに告ぐ。大使館は完全に包囲されている、大人しく出て来なさい! 繰り返す。反国家テロリストに告ぐ。大人しく――』
秋子は思わず、ちぇっと舌打ちをした。
せっかく糸口が見えたところで、今度は自分が危険になっているようだ。
しかし秋子は、端末の前を離れたなかった。
とにかく、1秒でも早く仕事を終えねばならない。
声がまた、した。
『投降の意思がないとみなせば、直ちに攻撃する。大人しく出て来なさい――』
秋子は、立たなかった。
急いでコマンドを入力し、エンターキーを押す。
ディスプレイの中央に、送信状況を示すグラフィックが表示された。
「これで――」
秋子は呟いた。
刹那、凄まじい爆音がして、秋子の視界が白一色に漂白された。
15キログラムのHMXオクトーゲン火薬使用爆弾が、いっぺんに炸裂したのだ。
ミサイルの直撃にも絶え得る筈の、旧・米帝大使館が、跡形もなく吹き飛んだ瞬間だった。
【残り28人】
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