BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第七部 / 中盤戦(後編) ] Now some students remaining...
< 35 > 強襲
ザーザーとフロントガラスを叩きつける雨をぼんやり見ながら、兵士等々力は煙草を吹かしていた。
バカみたいに大きなハンドルに足を預け、シートに深深と身体を沈めている。
長距離トラックの運転手が車の中で眠るとき、高速道路のパーキングなどでよくやっている、あの格好だ。
隣の3人同時に座れる助手席には、同僚の内山と田中も、同じようにぼんやりと外を見ていた。
ただ、田中は煙草が嫌いだとかなんとか言って、等々力から一番遠い、運転席とは反対側の窓を少し開けていた。
この3人は、今回、たまたま同じ任務――少女をプログラム会場へ運べ、という任務だ――についただけで、別段親しいというわけではない。
ただ、本部から受けた命令が『待機せよ』であるため、何もすることがなく、どうしても多少、親密にはなってしまう。
兵士等々力が、言った。
「それにしても、今回の任務はえらい楽だったよな」
田中が、内山を挟んでそれに答えた。
「ああ。俺、前回なんて、米帝への侵攻部隊の輸送だったけど、ありゃあ酷いもんだぜ?」
「なにが?」
つまらなそうに、内山が返す。
田中が説明しようとしたとき、それは、聞こえた。
たららららららっという、壊れた洗濯機が回っているような、音だ。
しかしもちろん、そんなわけがない、ここはトレーラーの中なのだから。
一瞬、今回運んだ荷物の中に洗濯機はあったか? と考えたが、命令では『少女』を運ぶように言われただけだ。
とにかく、洗濯機なわけがない。
刹那、ガン! という音がして、左側――田中が座っていた助手席側のサイドミラーが、吹き飛んだ。
トレーラーに乗っていた誰もが(と言っても3人だけだが)息を呑んだ。
先程の――壊れた洗濯機の音の正体に、気付いたので。
田中が、叫んだ。
「サブマシンガン! 敵襲だ!」
再び、たらららららっ――という音が、トレーラーの外から聞こえた。
この独特な重低音は、おそらく、専守防衛陸軍が正式採用している、ヘッケル・アンド・コックのMP−5シリーズのサブマシンガンに違いなかった。
そして、それらは、トレーラーの中にも常備されていた。
キキキキン! という音がして、トレーラーの防弾ガラスが、微かに振動した。
等々力は、叫んだ。
「田中! 窓を閉めろ! 撃ち込まれるぞ!」
パワーウィンドウだったら電気系統のスイッチを入れなければならなかったが、とにかく、このトレーラーは違った。
それで、兵士田中は、窓を閉めようとノブに手をかけようとした。
手はかからなかった。
田中がノブに手をかけるより前に、トレーラーのドアが開いていたので。
もちろん、中から開けたのではない(弾丸のシャワーが降り注いでいるのに、なぜ自分からドアを開ける必要がある?)。
つまりそれは――外から開けられたということである、当然なのだが。
それで、等々力は、気がついた。
くそ! ロックをし忘れていた!? 迂闊だった、ちくしょう!
そう思う間もなく、無意識のうちに、手はシートの後ろのMP−5クルツ・サブマシンガンに伸びていた。
しかし、それを掴むより前に、9ミリパラベラム弾がトレーラーのキャビンの中に撃ち込まれていた。
シートに穴が空き、安っぽいスポンジが飛び散った。
ルームミラーに掛かっていた、なんだか分からないペンギンのキーホルダーが、吹き飛んだ。
そして、等々力は、見た。
開放されたドア側に座っていた兵士――田中の頭部が、まるでハムを車でひき潰したようにぐちゃぐちゃになるのを。
防弾チョッキは着ていたが――しかし頭部を狙われては、どうしようもなかった。
だらしなくストラップを外してかぶっていたM−1スチール・ヘルメットは、何の抵抗もなく弾き飛ばされていた。
ゆっくりと、兵士田中の死体が、開かれたドアから、雨が降りつけるトレーラーの外に落ちた。
車高の高いトレーラーからアスファルトの上に叩きつけられる際、ぐしゃっという、気味の悪い音が響いた。
間髪おかずに、また、たららららっ――という音が、した。
等々力の左脚に、ずきっという痛みが走った。
撃たれたらしい。
すぐ隣に座っていたはずの兵士内山が、ゆっくりと自分の肩に持たれかかってきた。
内山の方に目をやり――等々力は、ひっと声を上げた。
内山の身体の左側面が、真っ赤に染まっていた。
逃げ場のない狭いトレーラーのキャビンの中で、内山は、左側からのサブマシンガンの攻撃を全身にもろに食らってしまったのだ。
その左腕は、今にも千切れそうな感じで、薄い皮膚一枚でつながった状態でぶら下がっていた。
じろっと等々力の方に向いた目が、こう告げていた。
おいお前、なんで逃げなかったんだよ? お前がドア側に座ってるから、俺が逃げられなかったじゃないか。死んじまったよ、俺。どうしてくれるんだ、ええ?
「うっ、うわぁ!」
等々力は、慌てて運転席側のドアを開けると、クルツを掴んで、転がり落ちるようにキャビンから出た。
また、たらららら、という、サブマシンガンの音がした。
等々力は、それでも、訓練のマニュアル通りにクルツの安全装置を解除した。
思った。
俺は、戦闘員じゃない――ただの輸送員なんだから、果たしてこんなものがちゃんと使えるだろうか?
使える使えないはともかく――使わなければならなかった、この状況では。
等々力は、ごくっと唾を飲み込むと、自分の身体ほどもある巨大なタイヤの影から、弾が飛んでくる方をちらと覗いた。
目を見開いた。
息を切らして、クルツを構えながらそこに立っていたのは――紛れもなく、自分が輸送してきた少女だったので。
少女の可愛らしい、しかしそれでも鋭い目は、せわしなく動き回り、周囲の安全を確認していた。
どうやら――等々力には気がついていないらしかった。
無理もない。
なにしろ、運転席側だった等々力は、兵士内山の影になっていてほとんど見えなかったであろうから。
典子は、アスファルトの上に落ちている兵士田中にちらっと目を移し、それから、自分の身長ほどもあるタイヤに足をかけた。
どうやら、トレーラーのキャビンに乗り込む気らしい。
そこで、等々力の口元が、ふっと歪んだ。
何てことはない、相手は年端もいかない少女なのだ。
いきなりの襲撃で油断してはしまったが――しかし、仮にも兵士である(しかも男の)等々力が、少女に負けるはずもなかった。
しかも、向こうはこちらに気がついていない。
そしてトレーラーのキャビンの中に一旦入ってしまえば――あとはもう、どこにも逃げ場はないのだから。
そこを、先程とは逆に、サブマシンガンを撃ち込んでやれば――勝てる。
典子の足が、キャビンのステップにかかった。
もう少し――もう少しだ。
等々力は、思った。
完全に典子がトレーラーに乗り込んでしまえば、あとはこちらがキャビンの中に向かって引き金を引くだけでよい。
「よっ、と・・・・・・」
小さな声が、聞こえた。
典子がキャビンの中に入ったらしい。
等々力は、このチャンスを逃すまいと、クルツを構えてタイヤの影から踊り出ようとした――そのときだった。
ぱすっ、ぱすっ、ぱすっ。
普通の人には聞こえない(そう、訓練された兵士など以外には)微かな音が、等々力の耳に届いた。
それが、サイレンサー付きの拳銃――コルト・ガバメントから放たれた音だということを、等々力は知覚することができなかった。
その音がした次の瞬間には、もう、45口径ACP弾が、等々力の思考中枢を引き千切っていたので。
後頭部から侵入した大型の弾丸は、脳を巻き込み、等々力の顔に大きな穴を穿っていたので。
その身体がバランスを失い――巨大なタイヤに体を預け、そのままずるずるとアスファルトの上に沈んでいった。
「やれやれ。困りますね、そういう危険なことをされては――」
サイレンサーが付けられていて、サブマシンガンよりも大型化したコルト・ガバメントをすっと下ろしながら、石田は呟いた。
兵士石田は、まだ昇降口の屋根の下にいるので、身体はこれと言って濡れている様子はない。
トレーラーが停車している位置まで、30メートルはたっぷりあるはずだったが、大型のオートマチック拳銃がその距離を無効にしてしまったのである。
しかしそれにしても、この距離から狙った場所に命中させるというのは、クレー射撃並みである。
石田は、手際よくガバメントの銃口に付けられたサイレンサーを外すと、やっとのことでキャビンに乗り込んだ典子の姿を一瞥した。
「頑張ってください。できる限り、応援させてもらいますよ・・・・・・」
そう呟くと、サイレンサーを近くの植え込みの中に投げ入れ、ガバメントをホルスターに納めると、くるっと踵を返した。
そうして、何事もなかったかのように、周辺の警戒をする(フリをする)仕事に戻っていった――
§
トレーラーのキャビンに乗り込んだ典子は、ふと運転席側のドアから外を覗き――ぎょっとした。
巨大なタイヤ(もう、なんでこんなに大きいの? 乗るとき大変なだけじゃないの)にもたれかかるような格好で、兵士が一人死んでいたので。
その顔が、見るも無残なイチゴジャムのようになっていたので。
ああ――こう言っては失礼にあたる、とても。だけど――なんて不味そうなイチゴジャムなんだろう。
てっきり典子は、トレーラーに乗っている兵士は、2人だけだと思っていたのだ。
しかし、手前の兵士の影になって、奥の兵士を見落としていたのだ。
危ないところだった、それも、かなり。
典子は、思った。
気付かないまま乗っていて、もしその兵士に息があったら、自分はすぐに撃ち殺されてしまったに違いなかった。
まあ、今回は、狙った2人の兵士の流れ弾があたって死んでしまったようだが、どうやら。
この次からは気をつけなければならない。
もちろん、この次があれば、の話だが、とにかく、注意を払うことを怠ってはならない。
注意を払うことに越したことはない。
だが、まあ当座は、早く作業をしなければならなかった。
作業と言っても、それ程のことではない。
典子はトレーラーのシートの上に腰を下ろし――しかし、ちょっと考えた。
それで、キャビンの中を血まみれにしてシートにもたれている兵士(内山のことだ、典子が名前を知っているはずはないのだけれど)の身体を、手でぐっと押した。
なんだかとにかく、異様に重かった。
心の中で謝りながら(この殺してしまった兵士たちにも、それぞれ家庭があって、大切な人がいて、可愛い子供がいるのかもしれない。それらを食べさせていくために、必死で働いていた最中だったのかもしれない。あまり、いい仕事とは言えないと思うが)典子は、その兵士の身体を、助手席側のドアから外へ落とした。
下で死んでいるもう一人の兵士の上に重なり、どしゃっという音が聞こえた。
ああ――典子は、思った。
まるで自分が、出来の悪いホラー映画の主人公になったみたい。
いや、実際、そうなのかも知れない。
映画と違うのはただひとつ、現実に、人が死んでいることである、俳優が演技で死ぬのではなく。
考えた。
このゲームが始まってから、あたしは何人の人を殺めてしまったろうか?
『このゲーム』とは、つまり、2000年度第12号プログラムが開始されてから、ではない。
あのとき――3年前、中川典子や、七原秋也や、川田章吾が、ともに戦った、あのプログラムが開始されてから、である。
まず――桐山和雄(川田は、典子の精神的負担を和らげるために、ショットガンで撃ったが、しかしとにかく、桐山を殺したのは典子だった。それは、変わらない。第一、顔を撃ち抜かれて、どうして生きていられるわけがある?)。
そして――思い出しただけで吐き気がしてきそうだけど――政府の役人。
そいつに付随していた、防衛軍の兵士2人。
それから――
そこまで思い出して、典子は、考えるのをやめた。
そんなことを考えても、もう何の意味もないのだから。
なによりも――殺し過ぎていた、典子は、名前も知らない兵士たちを。
本部の中学校にいた十数人の兵士もそうだったし、3年前のプログラムで逃げ出すとき、島を離れる船(武装巡視船だったような気がする、いま思うと)の中の兵士を、秋也と一緒に皆殺しにしてしまったのだから。
そう思うと、典子は気が遠くなる。
自分が、とても恐ろしい悪魔になってしまったような気がして。
ひょっとしたら、そうなのかも、知れない。分からない。
だけど、典子は昔――3年前の、あのプログラムの最中にだ――秋也に言ったことがあったような気がした。
いきなり襲ってきた赤松義生(なんだか懐かしい気がする、とても)を、秋也が見下したような言い方をしたのを訂正したあと、自分は秋也に何と言ったか?
考えた。
思い出した。
『それにしてたって有無を言わせずっていうのはひどいと思うけど』
典子は、自嘲の笑みをたたえた。
なにを偉そうに言っていたのだろう、あたしは?
まったく、有無を言わせずに人を殺しているのはどちらか、もう数えるまでもない。
赤松は、有無を言わせずに天道真弓を殺した。
あたしは、有無を言わせずに、恐ろしい数の人間を殺してしまった。
殺した人の人数で良い悪いを決めるわけではないけれど、でも、典子は吹っ切れなかった、どうしても。
しかし、ナーバスになっているわけにはいかない、今は。
続いているのだ、秋也と典子を巻き込んだ、死ぬまで終わらない『プログラム』は。
だから、とにかく、やるべきことをやるしかなかった。
その考えが、一時的な現実逃避と、ただの自己欺瞞だということは、もうとっくに理解していたけれども。
典子は運転席に座り、開いていたドアを閉めた。
このトレーラーは、珍しいことに、旧式のディーゼル・エンジンを搭載していた。
思った。
ちょっとめんどくさいな、これは。
しかしとにかく、典子はやった。
左足で、クラッチ・ペダルをいっぱいまで踏み込んだ。
そのために、足を思い切り伸ばさなければならなかった。
濡れた制服のスカートから、じわじわと雨水がシートの方へ移っていった。
それから、シフト・レバーがニュートラル位置になっているか確認し、エンジン・キーを、『ON』の位置まで回した。
かちっと音がして、計器類のすべての警告灯が点灯した。
この手のディーゼル・エンジンは、すぐに始動させることはできない。
このようにして、エンジンに余熱を与えなければならなかった。
しばらくして、スピード・メーターとタコ・メーターの間にある、丸いボタンのようなものが、赤く点灯した。
エンジンが温まったサインである。
それで、典子は、エンジン・キーを『START』の位置まで回した。
キュルルルルルルル――という、始動時の独特な音が、した。
同時に、アクセル・ペダルをいっぱいまで踏み込んだ。
シリンダー内で空気と軽油の混合気体が圧縮され、発火した。
一瞬、トレーラーのキャビンが横に揺れ、エンジンがかかる。
キャビンの後方についている、天を向いた2本のマフラーから、真っ黒な煙が排出された。
アクセル・ペダルから足を離し(それでトレーラーは、アイドリングの状態まで回転数を落とした)、それから典子は――あの、前もってメッセージを書き留めておいた、地図を取り出した。
唇を、ちょっと、舐めた。
チャンスは一回きりだった。
秋也が典子のメッセージに気がついてくれることを、祈るしかなかった。
だから、祈った。
ああ、神様。
都合のいい時にだけする、神頼みというやつだ――別に期待してはいないが。
神様がこの際なんになる?
川田くんに続いて、秋也くんもプログラムに2回、当選してしまいました。めでたしめでたし。
はっきり言って、そんな神様だったら、いらない――そんなことを言ったら罰があたるかもしれないが、誰が何と言おうと――とにかく、いらなかった。
まあ、当座、祈りも終わった、適当なのだけれど。
典子はもう一度だけ、地図の裏の文字を確認した。
それから、すうっと息を吸い込み、目を閉じて、左手の平で左耳を塞いだ。
右手は、典子の身体の半分ほどもある、大きなトレーラーのハンドルの中央に置かれていた。
地図の裏に書いた文面は、覚えている。
あとはある規則性に従って、右手に力を加えればよい。
そして、典子は、右手にぐっと力を込めて押し込んだ――ハンドルの中央、すなわち、クラクションのスイッチを。
船の汽笛に勝るとも劣らない大音響が、試合会場全体に、響いた。
それは、典子の、メッセージだった。
§
プァッ、プァッ、プァ――――――ッ、プァ――――――ッ! プァ――――――ッ、プァ――――――ッ、プァッ!
いきなり空気を震わせて聞こえてきた大音響に、三村慶吾は驚いて、立ち止まった。
「な、なに、これ!?」
「分からない――けど」
中山諒子と、千早由貴子が、お互いに顔を見合わせた。
慶吾たちは今、市役所の前を通っている――そして、おそらく禁止エリアぎりぎりの――道を歩いていた。
おにいちゃんたち、ちょっと歩くの、遅すぎやしませんか? だってほら、随分前でしょ、トンネルを出たのが?
それは――その通りだ。
やはり、予想以上に慶吾の傷は深く、なかなか思うように進むことができなかったのだ。
だが、まあ、とにかく、少しずつではあるが、目的地には近づいていた。
もちろん、その目的地はもう、この世界には存在しない(あったとしても、それは炭と瓦礫の塊になっている、もう)のだが。
そしてそのことを、慶吾はまだ、知らない。
しかし、当座気にかかることは――この奇妙な音だった。
慶吾は、左腕にはめてある腕時計を、見た。
文字盤を保護するガラスに、固くなった自分の血がこびりついていて、時刻がよく見えなかった(結構気に入ってたのに、くそ)。
訊いた。
「いま、何時だ?」
「18時30分よ」「午後6時半くらい」
諒子と由貴子が、それぞれ違う答え方で、ほぼ同時に言った。
2人は思わず、顔を見合わせた。
それで、慶吾は、ちらっと笑いかけ――すぐに眉を寄せた。
6時間に一度の放送が、まだかかっていないことに気がついたので。
会場の至る所に設置されているスピーカーから、坂待の声が聞こえてこないことに気付いたので。
もっとも、精神衛生の観点から言えば、それは好ましいことなのかも知れない(あの妙に明るい声を聞くだけで、むしゃくしゃとしてくる、なんだか。死んだクラスメイトの名前を読み上げるのだ、嬉しそうな声で。最後はおそらく、こうだろう。『はーい、これまでに死んだ人は以上です』――いや、『以上でーす』か。まあ、どっちでもいい、クソ)。
だがしかし、とにかくも――不自然なことではあった。
それに続いて、今度は正体不明の、この音だ。
一体どうなってんだ、今回のこのクソゲームは?
慶吾は、ちらと視線を落とした。
3人とも、頭のてっぺんから足の先まで、ずぶ濡れになっていたが、構っている余裕はなかった。
音は、まだ続いていた、不自然な周期で。
不自然な周期で――?
慶吾は、なんとなく、考えた。
確かにこれは不自然だが――ひょっとして、不規則ではないんじゃないか?
実は、何かの規則性に従って、何かの目的で誰かが鳴らしているんじゃないか?
考え込んでいる慶吾の耳に、諒子と由貴子の会話が飛び込んできた。
「ねぇ、これって――」
「うん。なんだか、車の警音器の音――みたいだよね?」
「でもなんだか――何かを伝えたいみたいな感じだと思わない?」
何かを伝えたいみたいな感じだと思わない――?
何かを伝えたいみたいな――
何かを――伝える――?
「そうか・・・・・・ひょっとしてこれは――」
慶吾は、ひらめいた。
何かを伝える、一番手っ取り早い方法は、音だ。
その音を使った電信方法――モールス信号?
いや待て、それではこの音はなにを伝えようとしているんだ?
思い出してみろ、最初から――
慶吾は目を閉じ、いまも響いている音(おそらくは大型トラックか何かのクラクションだろう)も聞き取りながら、一番はじめに聞こえてきた音のサイクルを思い出した。
『プァッ、プァッ、プァ――――――、プァ――――――ッ。プァ――――――ッ、プァ――――――ッ。プァッ!』
まず――短く2回、長く2回、また長く2回、短く1回――2回か? いや、1回だったと思う、多分。
トントンツーツー、ツーツートン、ツーツーツーツー・・・・・・ノ、リ、コ、ヨ、リ、ワ、イ、ル、ト、セ、フ、ン、ヘ――
「典子!?」
慶吾は、思わず叫んでしまった。
聞いたことのない女性の名前を突然叫んだ慶吾に、諒子と由貴子が不審な目を向けた。
音はまだ続いている。
とにかく、慶吾はそのメッセージを、解読していった。
短く1回、長く1回、また短く1回、長く2回・・・・・・トンツートンツーツー・・・・・・カ、ン、ハ、ツ、テ――?
しばらくして、音が、止まった。
大型車の大音響を発するクラクションを使って、典子が伝えようとしたメッセージは、こうだ。
≪典子よりワイルドセブンへ。本部の端末、破壊せり。以後、数時間は復旧の見込みなし。会場北、総合病院前にて待つ。頑張って――≫
それで、慶吾は、思わず吹き出した。
思った。
結局、典子は、自分のことなら何でもお見通しなわけだ、なるほど?
総合病院で待ち合わせとは――まるで慶吾が怪我をしていることを知っているみたいだ(実際、知っていたのだけれど)。
距離は薬局よりも遠くなるが、しかしその分、設備は整っているはずだ。
総合病院への道の途中に、薬局を回って、健司たちを連れて行けばいいのだ。
問題はない――途中、誰かに出くわさなければ、だが。
慶吾は、頷いた。
言った。
「行先を変える。最終的な目的地は、総合病院だ。途中、薬局に寄って、黒澤たちを拾っていく。いいかい?」
諒子と由貴子は、頷いた。
慶吾がそう決めたのであれば、それに従おうと思った。
ちらっと慶吾が笑み、歩き出した。
それは先程よりも幾分――力強い感じがした。
考えた。
コンピュータが破壊されたということは、禁止エリアも、このやくたいもない首輪も、無力化しているということだ。
ならば禁止エリアでもなんでも、最短距離になる道を通った方が効率がいい。
だが、無効化させられる時間は数時間だ、と言っていた。
つまり10時間後には、システムが復旧してしまう可能性がある。
急がなければならなかった。
慶吾は、腹の痛みも忘れ(忘れられるものじゃないんだけど、まぁ言葉のあやですよ、奥さん。いいじゃないですか)、脚の動きは自然と速くなっていった。
典子に会える――また、会えるのだ。
ああ神様――いや、神様はダメだ、多分、とにかく。
なら仏様か――?
なんでもいい、この際――ありがとうございます。
慶吾は、嬉しさのあまり、忘れていた。
あの音が慶吾へのメッセージだということで、ちょっとした錯覚に陥っていたのかも、知れなかった。
つまり、あの音は――会場中に響いたのだ、大音響だったので。
そして内容は、ただのモールス信号である。
国際的にはもう既に廃止され、公式には使われていなかったが――しかし、そんなことは問題ではなかった。
慶吾に宛てられたメッセージは、必ず慶吾だけが読むとは、限らないのである。
そう、あの、机の引出しの中に入れておいたラブレターを、誰かがたまたまこっそり見つけてしまうのと同じように――
§
その音が止み、あたりがまた雨の音一色にかき消された。
しとしとと降る雨の音を聞きながら、旗山快は――唇の端を吊り上げた。
言った。
「なるほど、そう言うわけか」
モールス信号は、軍の中では意思伝達の基本だ。
入隊させられた時から、みっちりと教え込まれたのだから、忘れるはずがない。
快もまた、慶吾に宛てられた典子の伝言(おそらくラブレターと言ってよい、これは、随分と無骨だが)を、解読したのである。
これで、定時になっても放送が流れない理由が分かった。
今ごろプログラム本部では、システムの復旧に右往左往の大忙しだろう。
思った。
ご苦労様、と言いたいところだが――いい気味だ。普段仕事をしていない分、しっかりと働くがいいさ。
だがまあ、そんなことはどうでもいいことだった、快にとっては。
問題は、リストに載っている転校生――三村慶吾を殺しに行くべきか、それともこの2人のクラスメイトの処置を考えるか、その選択である。
快はいま、高校を出て、市立図書館の前にいた。
典子という人物(多分女の子)が指定した総合病院前までは、そう遠くない。
待ち伏せも可能かもしれない。
だが、この2人の女生徒を逃がすとしたら、今しかないのだ。
このチャンスを逃したら、もう二度と、そんな幸運は巡ってこないだろう。
柄にもなく、快は、悩んだ。
そして――本人たちに決定させることにした、結局。
自分では、決めることができなかったので。
快は、言った。
「ちょっと訊きたいんだけど?」
華江と郁美が、快の方を向いた。
「なによ?」
「なに?」
華江は苛立たしげに、郁美は――まぁ別段感情もなく、答えた。
快は少し躊躇ったあと――訊いた。
「もし、いまここから逃げられるとしたら、きみらはどうするかい?」
「・・・・・・」
一瞬の間があいたあと――
「はぁ?」
「へっ?」
それぞれ間の抜けた答えが、返ってきた。
これはこれで面白かったが――とりあえず、これは快の求めている答えではない、当然のことながら。
それで、快は、もう一度訊いた。
「もしここから逃げれたら、君は逃げるか? それとも最後まで戦うか? どちらを選ぶ?」
そこで、華江が、バカバカしそうに鼻を鳴らした。
言った。
「ハン、そんなの、決まってるじゃないの」
「なんだい?」
「最後まで戦ってやるわ、あたしなら。戦ってる途中で逃げ出すなんて、そんな後味の悪いこと出来るわけないじゃないの」
それで、快は、ちょっと唇を舐めた。
言った。
「なるほど? で、榊原さんはどうだい?」
快は郁美を見た。
その視線を受けとめて、郁美はしばらく、う〜んと唸っていたが、やがておずおずと口を開いた。
「あたし――あたしだったら逃げたいけど、でも逃げないだろうな、多分」
快は、ちょっと眉を上げた。
訊いた。
「何故だい?」
「あたし、ある人となら、多分、一緒に逃げる。だけど――その人を置いて自分だけ逃げるわけには、いかないわ」
快は、頷いた。
思った。
オーケイ、なるほど。それがきみたちの答えってわけだ。それならば――その決定に従うよ。
「なんでそんなことを訊くの?」
郁美が、不思議そうに快を見た。
「そうよ。そんな仮定したって、無駄なんだから。あたしらは戦うために生まれてきたのよ、きっと」
華江が同調した、最後の言葉の意味はわからなかったが。
しかし快は、気にしなかった。
言った。
「いや、別に」
この華江と郁美の言葉を聞けただけで、満足したようだった。
やっぱり自分の目は間違っていなかった、というような、自慢げな瞳を、快は輝かせていた。
最初から、この2人の言葉は予想してもいたし、それとはまったく逆の言葉も予想していた。
だがとにかく、この2人には、あるのだ――快の持ち得ないものが。
それはすなわち――自分をはっきり表す性格であり、人のために何かをしようとする心であり、そして何より――最後まで戦おうという、『生きるため』の強い意思であった。
任務のためなら死んでもいい、いつ殺されようと別に構わない――そういう考えは、明らかに、この少女たちにはないようだった。
快は微かに笑み、言った。
「変なことを訊いて悪かったね。とにかく、これで、今後の方針は決まった」
「方針?」
郁美が聞き返し、快が頷いた。
言った。
「これから総合病院の前へ行く。そこで、ぼくは、三村慶吾を、殺さなければならない」
それで、郁美が、息を呑むのが分かった。
「こ、殺すって――」
「殺すは殺すだ。他のなんでもない。ぼくは使命を全うする。とにかく今は、それだけさ」
快が言い終わると、華江がつまらなそうに口を挟んだ。
「使命を全うして――」
華江は、セーラー服の胸元のリボンをもてあそびながら、言った。
快には少し、華江が怒っているように、見えた。
なにか怒られるようなことをしただろうか?
快は考えたが――しかし思い当たることはなかった。
華江が、続けた。
「使命を全うして、それからどうするつもり? 三村――さんを殺して、その次はあたしたち?」
華江の言葉に、郁美がはっと息を呑んだ。
快は、困ったように、唇をすぼめた。
言った。
「それは分からない。生きていたら、今度はそれを考えるよ。とにかく、今は、三村慶吾を殺さなくっちゃ」
冗談めかした口調ではあったが――しかしそれは本心だった。
三村慶吾は、かなり手強い相手のはずだ。
快の方が死ぬことだって、十分にあり得るのだ。
もしそこで死んだら、死ぬ前に考えていたその後のことなんて、どうでもいいものになってしまう。
はっきり言って、ごみ捨て場に不法投棄されたガラクタと一緒だ。
使いものにならない。
だったら――その後のことは、死ななかった場合に考えればいいことではないか。
快は、手に持っていたHk-pグレネード・ランチャーを、手際よく操作した。
カチンという音がして、グレネード・ランチャーの砲身が、ぽっきりと折れた。
そこに、ディバッグの中から取り出したグレネード弾を装填する。
グレネード・ランチャーは、その名の通り、グレネード(榴弾)を撃ち出す装置である。
基本的な使い方は拳銃と同じだが、威力は数ミリの弾丸とは、比較にもならない。
射程距離は400メートルと短いが、しかしターゲットの付近にあたれば、確実に死傷させることができる。
弾丸(砲弾、の方が正しいのか、この場合?)の装填が終わり、快は砲身を元に戻した。
イングラムとスミス・アンド・ウェスンは、それぞれ華江と郁美に渡してある。
快を襲って、殺そうと思えばそうできるはずなのだが、それはやらないらしい、今のところ。
一度、快と戦って敵わないことを知ったからなのか、それとも快が、それならばそれでも別に構わないと考えているからなのか、とにかく、快が武器を渡した時も、華江も郁美も、大人しくそれを受け取っただけだった。
だから、快は、この2人のことはとりあえず置いておいて、思考を慶吾を倒すことだけに集中させた。
腹の奥――横隔膜のあたりから、笑いの衝動がこみ上げてくる。
果たして勝つのは――慶吾なのか、快なのか?
どちらにせよ、生死を賭けた、面白い戦いにはなりそうだ。
快は、笑いの衝動を腹の中でやっつけてから、呟いた。
「ぼくを殺してみるといい、三村さん――できるものなら、ね」
その呟きが風にのって、郁美の耳に届いた。
ぞっとした。
郁美に話しかけるような、少しとぼけたような口調ではなく、なんとなく――そう、精神に異常をきたした、狂人のようにどろりとした口調だったので。
そして、考えた。
三村慶吾は、果たしてこいつに勝つことができるのだろうか――?
分からなかった。
しかし、それは、いずれ分かることである――例え知りたくなくても。
自分が先程、快に向かって言った言葉のせいで、脱出の道を自ら絶ってしまった郁美にとって(華江にとってもだ)、この結果は、郁美の未来にも大きく関係してくるであろう。
もちろん、郁美はそんなことはまったく気がついていなかったのだけれども――
しかしひとつだけ、分かっていることがあった。
これから始まる、旗山快と三村慶吾の戦いが、ひょっとしたらとても重要な意味を持つものではないかということだ。
そしてそれは、今まで以上に壮絶な戦いになるであろうということも含めて。
それが終わったとき、自分は果たして、どういうことになっているのだろうか――?
郁美はそう考えたが、それは郁美には――いま生きている誰にも、分かることではなかった。
あたりが暗くなり、いっそう激しく降り出した雨の中、それぞれの武器を従えて、目的の地へ向かって歩いていく陰があった。
国立総合病院――それが、彼らの目的地であった。
そして、数時間後には、廃墟と化しているであろう場所である――
【残り**人/端末損傷の為、モニター不能】
[ 第七部 / 中盤戦(後編) 完 第八部へ続く・・・・・・ ]