BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第八部 / 終盤戦(前編) ] Now some students remaining...

          < 37 > 絶望、そして・・・・・・


  ザーザーと降り続く雨の音をかき消して、あたり一帯に凄まじい爆音が鳴り響いた。
  それはもちろん、沼田正樹が文化会館に仕掛け、旗山快らを負傷させたHMXオクトーゲン使用爆弾である。
  その音は空気を振動させ、商店街の裏道を歩いていた慶吾の耳にも届いていた。
  慶吾は立ち止まり、形のいい眉を寄せて周囲に注意を払った。
  音の聞こえてきた方角とその反響具合からして、すぐ近くではないが、たいして遠くでもないはずだった。

 「な、なんの音?」
  中山諒子(女子十六番)が、少し驚いたように周囲を見回していた。
 「爆発――みたいだけど。どういうこと・・・・・・?」
  千早由貴子(女子十三番)も、少し姿勢を低くして立ち止まった。
 「大丈夫、かなり距離があるはずだ。ここの近くじゃない。――今回は爆弾も支給武器のうちに入ってたのかもしれないな」
  慶吾は言いながら、その二人の表情をちらっと盗み見た。
  諒子はいわゆる美人顔と呼ばれるやつで、大きめな瞳が特徴的であった。
  由貴子の方も、ボーイッシュな感じがする割には比較的整った顔つきの女の子である。
  しかし、今ではもう、諒子の張りのあった頬の肉は落ち、由貴子の精悍だった顔は疲労のせいか、見る影もなかった。
  慶吾は多少なりとも眠ったが――と言っても、撃たれて気絶していただけだ。あのまま道路に転がっていたらどうなっていたか、まったく運がいいとしか言いようがない――諒子と由貴子は、このゲームが始まってから不眠不休であったので、そうなってしまうのも無理はなかった。
  しかも、いつなにが起こるか分からない状況で極度の精神的疲労が蓄積し、睡眠不足も祟って、肉体的にも精神的にも限界だった。
  もうこれ以上付き合わせるのは無理かもしれないな・・・・・・。
  慶吾は、思った。
  だが、まさか二人を置いて行くわけにもいかないし、もう少しで(それでもかなりの距離はあるが)典子が待っている病院に着けるはずだった。
  そこに着きさえすれば、あとは少し休むことができるだろうし、今後の計画を練ることもできるだろう。
  しかし――
  慶吾は思った。
  しかし、早く行ってやらないと、典子の方もやばくなるんじゃないか?

  どう言う経緯かは分からないが、とにかく典子は、政府の裏をかいてコンピュータを破壊して、今はこのプログラム会場に入り込んでいるのだ。
  それは、間違いなかった。
  だとしたら――政府の奴らが、みすみす典子を野放しにしておくとは思えない。
  コンピュータの修復も行ないつつ、典子を駆逐するために幾人かの専守防衛軍の兵士たちを動かしているかもしれない。(もちろん慶吾は、典子が兵士の大半を射殺してから脱走したなどということを知るはずもないから、そのような心配を本気でしていたのだ)
  どうすべきだろう――?
  慶吾は、悩んだ。
  おにいちゃん、こんなこと、悩んだってどうにかなる問題じゃないですよ。
  そうかも知れないが、でもそうでないかも知れない。わからない。
  慶吾は軽く、首を振った。
  思った。
  とりあえず、健司たちと合流するのが先だ、今は。
  少しばかり遅れてしまったが――少しばかりどころじゃない、約束の時間からかなり遅れている。完全に遅刻だ。これが学校だったら、先生のお小言の一つや二つは頂けるかもしれない。ひょっとしたら今回は、怒られるかな、南サンあたりに? まあ、仕方のないことなのだけれど――とにかく、みんなで脱出する方法を考え出さなければならない。
  慶吾は、痛む傷口を抑えながら、歩き続けた。
  もうすぐ、例の薬局だった。




       §

  慶吾は思わず、息を呑んだ。
 「お、おい。冗談・・・・・・だろ?」
  慶吾が、小さな声で呟いた。
  冗談ではなかった。
  慶吾の目には、火事の後のように燃え尽きた薬局の残骸が映っていた。
  思った。
  ちょっと待ってくれ、一体どういうことだ、これは?
  ひょっとして、俺は場所を間違えているのか? 黒澤や杉山のいる、あの薬局の場所を?
  いや、そんなはずはない。確かに俺は、ここを出てきたはずだ。
  じゃあ・・・・・・これはなんだ? なんなんだ一体!?

  何だかわからなかったが――とにかくそこは、確かに薬局があったはずの場所だった。
  なにかに吹き飛ばされたように、商店街の道路の方にまで残骸の破片が飛び散っていた。(爆発でもあったのか?)
  大量の雨のせいで火は完全に鎮火しており、煙のひとつすら上がっていなかったのだけれど。
  相当前に焼け落ちたと見て、間違いはなかった。
  さっきの爆発とは、まったく関係ない。
 「これって・・・・・・どういうこと?」
  諒子が、震える声で、言った。
  ここに来て、一気に表情が強張った由貴子が、思わず怒鳴り声を上げた。
 「わかんないわよ! それより奈津子は!? 奈津子がここに向かったはずなのよ! それに杉山くんや黒澤くん、由香利だって――」
 「――静かに。まだ、死んだと決まったわけじゃない・・・・・・」
  慶吾に諌められ、ぐっと由貴子は口を紡んだ。
  しかしその瞳には、激情の炎が揺らめいていて消えることはなかった。
 「ちょっと待っててくれ。調べてくる」
  そう言い残し、慶吾は瓦礫の中に足を踏み入れた。
  炭になった柱や梁は慶吾が乗ると、ぽきっと折れた。
  完全に――燃え尽きていた。

  クソ、やっぱりそうか・・・・・・。
  慶吾は、ぎりっと歯をくいしばった。
  裏口があった付近のアスファルトの地面に、無数の小さな穴があいていたので。
  そこに、きらりと光る小さな金属片を発見したので。
  これは形と大きさ、口径から見て、おそらく5.56ミリNATO弾の弾頭だろう。
  恐ろしい破壊力を持つ、先の尖った高速弾である。
  アサルトライフルなどに使用されているが、今回支給された武器の中に5.56ミリNATO弾を使用する銃器を持った人間は、慶吾のチームにはいなかったはずだ。
  ということはつまり――
 「敵襲があったってことか・・・・・・?」
  慶吾は、呟いた。
  その通りだった。
  だけど――
  慶吾は、考えた。
  だけど、どうして一方的にやられっぱなしだったんだ?
  ここには黒澤や杉山もいたはずだろ? しかも、武器は充分あったはずだ。
  相手が、かなりの人数だったって言うのか?
  それにしても、一人の死体もないなんてことは、あまりにも不自然だ。
  一緒に焼け落ちたのか?(赤城真治の死体は、薬局の残骸の中にはなかったうえに、爆発によって肉片と化し、爆風で吹き飛ばされていたので、慶吾は見つけることはできなかった)

  慶吾が考え込んでいた、そのときだった。
  慶吾の目に、きらっと光るものが映った。
  慌てて駆け寄り、目を凝らしてみると、真っ黒に焦げているそれは、学生服のボタンであった、間違いなく。
  一瞬、慶吾の表情に絶望の色が浮かんだ。
  やっぱり死んだのか、みんな? しかし――

  そう考えたとき、がしゃん、と大きな音がして瓦礫の一部が崩れ落ちた。
  慶吾は何気なくそちらに目をやり――眉を寄せた。
  そこに、ぽっかりと四角い穴があいていたので。
  その穴の中に、雨で緩くなった地面ごと、炭化した柱が崩れ落ちたのだった。
  穴の大きさはたいして大きくなく、1.5メートルくらいの正方形だ。
  慶吾は、穴の端に腹ばいになり、中を覗きこんでみた。
  地面が腹の傷と擦れて痛かったが、この際それは我慢するしかなかった。
  穴の深さは2メートルほどで、かなり狭い。
  中は、四方の壁がコンクリート剥き出しの、小さな部屋のようになっていた。
  そこに、薬瓶やらなにやらが、きちんと積まれているのが見えた。
 「ここは・・・・・・」
  慶吾は、理解した。
  地下室なのだ、ここは。
  この薬局は、薬品庫として地下室を設けてあったのだ、全然気付かなかったけれども。

  ほぅっと小さく溜息をつき、慶吾は立ち上がった。
  思った。
  大丈夫、あいつらはきっと死んでいない――多分、そんな気がする。
  建物は全焼しているのに地下室の扉自体は焼け落ちていないし、ひょっとしたら地下室に隠れて炎が鎮火した後で出て来たという可能性だってある。
  そうですか? 私は死んじゃったと思いますがね、多分。死体も燃えちゃったんじゃないんですか? 
  黒服の男が、耳元で囁いた。いい加減、聞き飽きたぜ、その声は。
  とにかく慶吾は――信じるしかなかった、仲間が無事だということを。
  確信できる根拠は何もないのだけれども。

  慶吾は、瓦礫の間を踏み越えて、諒子と由貴子がいる場所に戻った。
 「先に総合病院に行こう。そこで脱出する手段をみんなで考えるんだ」
 「ちょ、ちょっと待って! それよりも――」
  諒子が言いかけた言葉を手で遮り、慶吾は言った。
 「大丈夫、あいつらは生きているはずだ、多分・・・・・・どこかで隠れているんだ、と思う」
 「そう考える根拠はあるの?」
  幾分落ちついたのか、妙に冷静な声で由貴子が訊いた。
  慶吾は、正直に首を横に振った。
 「勘だ」
 「カン?」
 「そう、勘・・・・・・」
  慶吾の言葉に、由貴子が大きく溜息をついた。
  呆れた、というよりも、なにかを諦めたような感じがした。
  言った。
 「いいわ、そんなに気を使わなくても。奈津子たちは、もう死んだんでしょう? 瓦礫の中で死体でも見つけたのか、それとも遺品でも見つけたのか、それはわかんないけど、あたしたちにショックを与えまいとして、それでそんなことを――」
 「違う。そんなことは・・・・・・俺にはできない。俺には――」
  由貴子の言葉を遮って、慶吾は言った。
 「俺は無力なんだ、結局・・・・・・」
  語尾の方が、だんだんと弱く消えるような口調だった。
  慶吾は思った。
  そうだ、俺にはそんな気のきいたことはできやしないんだ。
  それができるのは、あいつくらいだ――あの、テキ屋のにいちゃんのような、少し近付きがたく、そしてどこか人懐っこい笑みをする男――川田章吾。
  あいつは、よく分かっていた、自分のことも、このプログラムのことも。
  俺だってこのクソゲームは2回目なのに・・・・・・。
  てんでダメだ、話にならない、川田と俺は――



 「――そんなことは、ないと思うわ」
  慶吾の思考は、その言葉によって中断された。
  諒子だった。
 「判ってない。あたしがどうして、あなたを助けたのか――由貴子がどうして、あなたを頼るのか――判ってない。あなた、全然、判ってない」
  少し口調を強めた諒子の瞳に、微かな涙の雫が浮かんでいた。
  慶吾は、少しだけ、気圧された。
  この言い方は、ひょっとすると慶吾にとっては理不尽に感じるものだったのかも知れない。
  しかし、慶吾には諒子が言ったこの言葉が、まったく正当な理由によって述べられているような気がした。
  諒子は続けた。
 「あたしは、あたしたちは――好きだから。あなたのことが好きだから、あなたを助けて、あなたを頼っているんだよ? 分からないの、そんなことくらい?」
  諒子の声が細かく震えた。
  本来ならば、もうちょっといいシチュエーションで、贅沢は言わないが、もう少しばかり平和な日常のひとコマの中――例えばそう、放課後の学校。傾いた夕日が差し込む教室などで。ああ、ほんの数日前までは何気なく過ごしていた光景が、もう遠い夢の中のことに感じる、今では。懐かしいドリーム・ランド――で紡がれるべき言葉なのかも、知れない。
  とにかくも、諒子はその決定的な一言を、口にしたのだ、残酷にも、クラスメイト同士が殺し合うという最低なゲームの最中に。
  慶吾は諒子をじっと見つめ、しかしなにも言葉が見つからず(俺って、どうしてこんなに国語が苦手なんだ? もし典子だったら、気のきいた言葉でも言えたかもしれないのに)ただ黙って言葉を待った。

 「あたしもさ――」
  ほんの少しの沈黙ののち、諒子の言葉を代弁するように、由貴子がゆっくり口を開いた。
 「あたしも、三村さんは無力じゃないと思う。とにかく、あたしは三村さんが側にいるから、こんなに安心してられんのよ。それは、確かなの。多分、諒子も、そうじゃない?」
  由貴子は、ちらっと諒子の方に視線を向けた。
  それで、諒子は、頷いた、はっきりと。
  由貴子は視線を、慶吾に戻した。
  言った。
 「そう言うわけでさ、三村さんはあたしたちにとって必要な存在なんだよ。だから、少なくとも、無力じゃない――と思う」
  言い切って、由貴子は、ほうっと溜息をついた。
  心臓がバクバク脈打っていて、呼吸もどうも息苦しい。
  やっぱり緊張するもんなんだな、こういうこと言うのって、例えこんな状況下でも。
  由貴子は、思った。
  その通りだった。
  しかも、一人の相手に、同時に二人で告白したのだ。
  いやはや、こんなことって、できの悪い恋愛小説でもないんじゃない? しかも見事なダブル・プレー。グレイト。
 
  一方、慶吾はというと――混乱していた。
  当然といえば当然かもしれない。
  なにしろ、一度に二人の女の子から告白されたのだ、しかも、涙つきで。
  色々な言葉が浮かんで――そして言葉になる前に消えていった。
  俺ってやっぱり、語彙が貧弱だ・・・・・・。
  慶吾はつくづく実感し、しばらく考えた末に、結局一言、「ごめん・・・・・・」としか言うことができなかった。
  おにいちゃん、子供のケンカの仲直りじゃないんですから、「ごめん」はないでしょう、「ごめん」は?

 「でも、俺――」
  言葉を紡ぎかけて顔を上げた慶吾は、しかし急に表情を急変させた。
  俯き加減でこちらを向いている諒子の肩の向こう――遠くの建物の影に、黒っぽい人影が見えたので。
  その人影が、両手でなにか大きな物を持っているように見えたので。
  慶吾は、咄嗟に諒子と由貴子の肩を掴んで自分の背後に押しやると、二人を庇うように一歩前に出た。
  もちろん手には、滝川直(男子十三番)が持っていたショットガン(ベネリM3Sソードオフ・ショットガンだ。前回、川田が持っていたライアット・ショットガンとは、ちょっと違っていた)が構えられていた。
  それで、諒子と由貴子も一瞬で事態を察し、すぐに瓦礫の影に身を隠した。
  慶吾の腕が、微かに動いた。
  同時に、がしゃっという音がした。
  それは、慶吾が、ポンプ・アクションをした音だったのだけれど、諒子にはその音が、なぜか生々しく聞こえた、とても。
  もし相手に“やる気”があって、銃を持っていたとしたら、銃撃戦は避けられないだろう。
  いずれにしても、武器は多いに越したことはなかった。
  諒子は、スカートのウェストに突っ込んでいた大型の回転拳銃――カースル454マグナムを抜き出すと、自分のディバッグの中を漁り、チョーク箱ほどの紙箱を取り出した。
  蓋を開けると、金色に鈍く光る、大人の親指ほどの大きさもある454マグナム弾が、こちらに尻を向けてずらっと鎮座していた。
  シリンダーを開け、ロッドを押して空薬莢を排出し――迂闊なことに、諒子はプログラム開始当初、華江に向けて全弾発射したあとから弾丸の装填をしていなかった。もし誰か別のクラスメイトと遭遇していたら、やばかったかも知れない。今度からは気をつけよう、今度があればの話だが――五発のマグナム弾を、その銀色の大きな弾倉につめていった。
  それを見て、由貴子もウージー・サブマシンガンのマガジンに弾丸が装填されていることを確認し、セーフティーを解除した。
  それぞれ、お互いの顔を見合わせた。
  雨の中でも頬が紅潮しているのは、まだ告白したときの興奮が冷めやらないのか、それとも極度の緊張からか、どちらなのかは分からなかった。




       §

  黒澤健司(男子九番)は、慌てて建物の影に身を隠した。
  あまりにも雨が酷くなっていたので、一旦薬局に戻って計画を練り直そうと帰ってきたのだが、ちょっと顔を出したときに偶然にも何者かと遭遇してしまったのだ。
  健司は、その人物の顔などよりも手に握られた拳銃らしきものに気を取られていて、すぐに頭を引っ込めたので、それが誰であるのかまでは判らなかった。
  一瞬、慶吾かもしれない、と考えたのだが、このゲームでは慎重に慎重を重ねないと自分が痛い目を見ることになるのは明らかだった。
  だから、健司は、持っていたキャリコM110のセーフティを解除し、いつでも撃ち込めるような体勢をとった。
  もう握り慣れてしまったキャリコのグリップの感触が、健司の手の平に伝わっていた。
  クソッ、なんだってこんなときに・・・・・・。
  健司は思った。
  かなり離れていたので顔までは見えなかったのだが、3人はいたような気がした、少なくとも。
  一方、健司は単独だった。
  1対3――しかも向こうがそれぞれ銃器を持っていたら?(もう残り人数は少ないので、1人で銃を数丁持っていることも考えられる、さすがに健司のキャリコ級のものは多くないだろうが)
  さすがの健司にも、キャリコ1丁で三人以上(もしかしたら銃を所持している)と張り合えるとは思えなかった、とても。
  マガジンの装填時間も、弾丸の消費量も、弾丸の種類の稀少性にしても、色々な面で健司は不利だった。
  おそらく撃ち合いになったら、数分も経たないうちに健司は追い込まれ、蜂の巣にされてしまうかもしれない。
  どうです、いま取れたばかりの新鮮な蜂蜜は? このどろりとした舌触りがたまらないと思いませんか? けっこう上物なんですけどね、これは。

  健司は軽く、頭を振った。
  思った。
  いま重要なことはとにかく――向こうの奴らに“やる気”があるのかどうか、ということだ。
  もしやる気満々で向かってくるのだったら――迎え撃たなくてはならない、なんとしても。
  しかし、もしやる気じゃない奴らだったとしたら?
  下手な膠着状態で神経質になって、やる気もないのにちょっとした拍子で戦闘になることもあるかも知れない。
  考えた。
  チクショウ、どうする――? 何かいい方法はあるか、向こうの奴らがやる気かどうか確かめる方法は?
  おにいちゃん、そんな方法があったら、きっとみんな使ってますよ。あるわけないじゃないですか、そんなの。
  誰かがまた、囁いた。
  ハハア、なるほど、それもそうだな。
  健司は微かに、笑みをこぼした。
  確かに、この方法で相手がやる気になっているかどうかが判るわけではない――ひょっとしたら、やる気のない相手を逆上させてしまうかも知れない。わからない。
  しかし、いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。
 「イチかバチかだ、試してみるか・・・・・・」
  健司は呟いた。
  そして、おもむろに自分が隠れている建物の壁から手首だけを出した。
  キャリコを持っている方の手だ、もちろんのことながら。
  そして――間髪入れずにキャリコのトリガーを引き絞った。
  タタタタタタタタタッ――という音がして、健司の片手を強い反動が襲った。
  しかし健司は、そんな反動など意に介すような素振りはまったく見せず、片手だけで完全にキャリコを保持していた。
  15発程度撃ったところで、連射を止めてキャリコを持った腕を引っ込めた。
  その数秒後、ドン、という重い音が聞こえた。
  刹那、健司の隠れていたのとは反対側の建物の壁の一部が、粉々に吹き飛んだ。
  健司は、ひゅう、と口笛を吹いた。
  思った。
  ハハア、なるほど、向こうはショットガンか。下手に戦いになってたら、まずかったかもな。

  それはそう、その通りだったかも知れない。
  しかしとにかく、いまでは向こうに“やる気”がないことがわかり、ほっとしている状態だった。
  先程、健司はキャリコをまったくあさっての方向――空に向かって行ったはずだ、障害物となる建物がなかったら――に乱射したのであった。
  それはもちろん、攻撃のためではなく、威嚇射撃のつもりであった。
  威嚇射撃とは、相手の恐怖心を呼び起こすための先制攻撃という意味だけではなく、さしあたり自分には本気で相手を殺す意思がないということを現すサインのようなものでもある。
  もし本気で殺す気ならば、威嚇射撃などというものはそもそも、必要ない。
  だから健司は、どう考えても人を狙ったわけではない――あてずっぽうの方向に、キャリコを乱射したのだった。
  そして返ってきた答えが――今のショットガンの一発であった。
  そのショットガンも、健司がいる所とはまったく正反対の建物を狙ったことからすると、そちらも威嚇射撃と見て間違いない。
  つまり――
  向こうの奴らも、戦う気はないということだ、さしあたっては。
  しかし、この方法は、相手が冷静なことが前提となったうえでしか効果がない。
  威嚇射撃の意味も気付かずに、ただ相手が銃を撃ったからと言って恐怖に駆られて撃ち返すようでは、冷静とは言えない。
  まあ、そんな奴は、おそらくこのアホなゲームが始まってしばらくしないうちに、退場を余儀なくされているだろうが。

  健司は、考えた。
  相手は健司の乱射の意味に気付き、それに対しての返答ができた――ということは、かなり冷静な証拠である。
  もちろん、全面的に信用などはできないが、しかし少なくとも相手の前に姿くらいは現すことができるだろう。
  健司が強力な銃器を持っていることを知ったのだから、とにかくいきなり強行的な手段はとらないはずだ。
  キャリコを構え、ぴったりと壁に背をつけた健司は、警戒しながらゆっくりと壁の隅から顔を覗かせた。
  健司の目が、すっと細くなった。
  その瞳に、数人の人影を捕らえていたので。
  その人影の中に、どうやら見覚えのあるような人物が混じっていたので。
 「あいつ・・・・・・三村か?」
  健司は、小さな声で呟いた。
  それはいつも通り、冷静で無愛想な声であった。
  だが、もし聞くものが聞けば――例えばそう、榊原郁美あたりが聞けば――その声の中に、若干の驚きと嬉しさの要素がブレンドされていたことに気付いたかもしれなかった。
  向こうも健司に気付いたのだろう、片手を上げて、健司の方に手の平を見せた。
  慶吾の表情は――笑っていた。
  そのうしろから、おそるおそるといった感じで、中山諒子と千早由貴子が顔を出した。
  おそらく、慶吾が途中で偶然遭遇して一緒に連れて来たのだろう、多分。
  健司は一歩ずつゆっくりと、慶吾に近づいて行った。
  慶吾の方も、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
  そして、健司と慶吾の間の距離が、遂に5メートルをきった。
  よく帰って来たな――
  無事だったか――
  とにかく、よかった――
  様々な言葉が、健司の頭の中を駆け巡った。
 
 「・・・・・・随分と、道草を食ってきたんだな」
  しかし結局、出てきた言葉は、皮肉とも冗談とも取れない、つまらない言葉だった。
  それで、慶吾は、思わず軽く苦笑を洩らした。
 「悪かったよ。心配かけたみたいだな」
 「いや、べつに」
  健司はそっけなく言い、慶吾はまたしても苦笑した。
  ああ――
  健司は嘆息した、心の中で。
  思った。
  ちくしょう、まったく、なんで俺はこうも素直になれない奴なんだろうか。
  どうして「よく帰って来たな」の一言でもかけてやれないんだろうか。
  つくづく自分が嫌になってくる。
  だが、慶吾はそれを見通していたように、
 「俺は大丈夫だ、ありがとう」
  と言った。
  健司はその言葉に、無言で頷いた。
  嬉しかった――のかもしれない。
  いや、嬉しかったのだ――こんなときにちょっと場違いな考えかもしれないけれど。



  今までの健司は、すべてにおいて――将来の夢にしたって、就きたい職業にしたって、もっともっと近いところで言うと行きたい高校にしたところで――何もかもがピンとこなかった。
  まるで他人事のようにしか、物事を考えられなかった。
  それ故に、クラスメイトは健司に『冷静な奴、クールな奴』というレッテルを勝手に貼り、一部の者は畏怖し、一部の者はキャーキャーとアイドルでも見るように騒ぎ立てていた。
  それが健司には、どうにも気に食わなかった。
  もちろん、健司が他の者よりも冷静だと言う認識は、間違っているわけではない。
  頭の良すぎる健司には、物事の裏にある欺瞞がすぐに見抜けてしまっていたのである。
  だから、なにをするにも情熱やら熱中やらという言葉はなしで、それにしては高水準のレベルをキープしてきたのであった。
  しかし、どうだ、こいつらは?
  おれの表面しか知らないくせに、頭がいい奴は冷たいだの、いつもむすっとしているだの、クールだからカッコイイだのと、自分とはまったく関係のない場所で囁き合っているのだ。
  それが証拠に、今まで健司に宛てられたラブレター(健司はラブレターだという認識はなかったが)は、下駄箱やらロッカーやら机の引出しの中やらと、すべてが間接的であった。
  直接、健司に向かって「これを読んでください」と言うように手渡しで渡した者など、皆無に等しかった。
  つまるところ――
  健司は怖がられているのだ、キャーキャー騒ぎ立てる女子にすら、心の奥では。
  それが、健司にはわかる。
  わかるからこそ、腹が立った。
  じゃあなにか? 俺はただの邪魔者ってワケか? 
  男には、体育祭のときにちょっといい成績を残したらおだてられ、女子には絶えずオモシロ半分に騒がれているだけか?
  冗談じゃない。
  
  健司はそう思っていたが、結局これまでどうすることもなく、ただなるようになってきた。
  異端者――と言うと語弊があるかもしれないが、とにかく、健司は大部分の人間よりも抜きん出ていたのである、少しばかり。
  それはなにも、健司だけではない。
  慶吾もそうだ――そもそも、政府が禁止しているロックン・ロールなんかを平気で趣味にしていること自体、異端じゃないか?
  そういう意味で言うと、藤本華江なども、そうなのかも知れない。
  とにかく、少し個性が強い、ただそれだけのことなのだ。
  しかし、郁美は――榊原郁美は、そんな接し方しかしない大部分の女子(もちろん、普通に接してくる女子もいた。中山諒子や、清水奈緒美などは、全然まわりの声など気にしていないようだった。もっとも、彼女らも結構異端な方かもしれないが)とは、まるで違っていた。
  健司のことを、なんと言うか――兄のように慕っていたような感じだった。(そう言えば彼女はお兄さんを、3年前の“プログラム”で亡くしているらしい)
  しかしとにかく、郁美は健司を頼っているようだったし、他の女子よりは健司の表面よりもちょっと下(皮下脂肪1センチくらい)までは、わかっているようだった。
  ひょっとしたら、わかろうとしていたのかもしれない。
  だから健司は、郁美だけには心を許した。
  恋愛関係だの恋人関係だのと、そういう意味ではない、もちろん。
  ただの『大切な友人』だった。
  それ以上でも、以下でもなかった。
  郁美の方がどう思っているかはともかく、健司にはそれで充分だった。

  だが、その郁美と同等のレベルで健司を見てくれる人間が、もう一人いたのだ。
  ――三村慶吾。
  慶吾は、健司を外見だけで判断する他の連中とは明らかに違っていた。
  どこかが違っていたのだ、それがどこなのかは分からないけれども。
  健司は、自分がこの不思議な米帝からの転校生にも、奇妙な信頼感を覚えていることに気がついていた。



 「大丈夫だ、ありがとう」
  慶吾は健司に礼を言ったあと、ちょっと周囲を見まわしてから、再び口を開いた。
 「ところで、こいつはどういうことか、説明してくれないか?」
  慶吾は、商店街の奥で焼け落ちた薬局の残骸を顎で示しながら、言った。
  健司が慶吾の示した方向に、顔を向けた。
  いつも冷静な健司の表情に、一瞬驚愕の色が浮かび上がったのを、慶吾は見逃さなかった。
  どうやらたった今、気づいたらしかった。
  それはつまり――
  健司は、こうなった経緯を知らない、ということだろうか?
  それとも――?

 「こいつは・・・・・・」
  健司が、呟いた。
  ごくっと、健司の喉仏が微かに動いた。
 「――どういうことだ?」
  それはもう、呟きと言うよりも呻き声と言った方がいいかもしれない、ほとんど。
  事実、健司にもなにがなんだか、さっぱり分からなかった。
  しかしひとつだけ言えることは――この薬局は、何者かによって燃やされた、ということである。
  この豪雨の中だ、どうして自然に発火するわけがある?
  放火ですか? それとも誰かが煙草でも吸ったんですか? でもあなたたち、中学生なんでしょう、一応? わかってます、それ?

  健司は、すっと目を細めてもう一度その焼け跡に目を向けた。
  その瞳に、真っ黒に焦げた石油のタンクが映っていた。
 「おい、あれ――」
 「ああ。弾痕・・・・・・だな」
  健司の呟きに、慶吾が答えた。
  それはつまり、ここで銃撃戦が展開されたということだった、少なくとも。
  相手は誰だかわからない、ひょっとしたら、仲間割れかも、知れない。
  しかし、そんなことになる要素が、あっただろうか、あのチームに?
  少し考えた慶吾は、ふと気になることが頭に浮かんだ。
  どうして健司は、ここにいなかったんだ? 見張りでもしていたのか?
  しかし、それならばこっちがこんな状況になったら飛んでくるはずだ、でないと見張りの意味がない。
  思い当たることを考えてみたが、どうも健司が動いた理由がわからなかった。
  もちろん、それは太田芳明と稲田奈津子、そして今は亡き内村真由美の過去を知らない慶吾には、分かるはずもなかったのだけれど。
 「なあ」
 「あ?」
  鋭い目で焼け跡を見まわしている健司に、慶吾は言った。
  雨で髪が額にべったりとついていたが、健司の顔から精悍さが失われることはなかった。
 「どうしてここを離れたんだ? 責めるわけじゃないが、おまえがいたら、少なくともこんなことにはならなかったんじゃないのか?」
 「・・・・・・」
  しばらくの沈黙のあと、健司はちらと諒子と由貴子の方に視線を移した。
  べつに、警戒しているわけではなかった。
  ただ――これは、個人のプライベートな問題だ、芳明と、奈津子と、そして真由美の。
  真由美は死んでいるからもういいのだけれど(ちょっと酷いかもしれないが、しかしとにかく、いいのだ、もう)芳明や奈津子(稲田、無事なのか? 南や杉山もだ)にとっては、あまり他人にぺらぺらと語られたくはないことであるはずだ。
  しかし―― 説明しないと、この状況を理解してはもらえないだろう。
  仕方がないのだ、この場合は。
  少し躊躇ったあと、健司はいつもの冷静な口調で、事態の全容を説明し始めた。
  もちろん、薬局焼失の事実は知らなかったのだけれど、奈津子と芳明の事件や、健司が芳明を捜しに表に出たことなどを、すべて話した。
  慶吾は少し眉を寄せて、由貴子はずっと俯き加減で、諒子は目に微かに涙を溜めて、それぞれ黙って話を聞いていた――
   
  【残り**人/端末損傷の為、モニター不可】


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