BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第八部 / 終盤戦(前編) ] Now
some students remaining...
< 38 > 邂逅
「そうか、そんなことが・・・・・・」
健司の話を聞き終えた慶吾は、頷きながらうめくように呟いた。
勢いよく降り続けていた雨も今は、少しばかり止んできているようだった。
慶吾も、諒子も由貴子も、そして芳明を捜し歩いていた健司ももちろん、身体中ずぶ濡れだった。
徐々に体温が奪われていくのが、よく分かった。
事実、諒子は微かに震えていたし、由貴子も少し寒そうに二の腕のあたりを擦っていた。
「じゃあ、結局太田は見つけられなかったのか」
「ああ・・・・・・」
慶吾が訊くと、健司は苦々しそうに頷いた。
芳明はどこに行ってしまったのだろう、この近辺はあらかた――まだ裏道などは見ていないが――探したというのに。
健司の様子を見て、慶吾は言った、わざと少し明るい口調で。
「まあ、黒澤が無事でよかった。太田や他のやつらも、きっと見つかるさ」
死んでいなければな、という台詞を、慶吾は喉の奥で噛み潰した。
それは、仕方のないことだった。
「そうだな・・・・・・」
それが相手にも伝わっていたらしく、健司の方も重々しく頷いた。
少しの沈黙が流れた。
それを打開するように、健司は再び、口を開いた。
「無事だといいな、みんな・・・・・・」
「そうだな」
慶吾は、頷いた、心から。
「しかしそれにしても――」
健司がまた、言葉を紡いだ。
不安のためか、健司も少し饒舌になっているようだった。
慶吾は、黒澤とこんなに話をしたのはきっと俺がはじめてだろうな、と思った。
それはもちろん、健司と榊原郁美の関係を知らなかったので、そう思ってしまうのも無理はないことなのかも知れないが。
健司は、いつもの教室では――ああ、どこの世界の話だ、それは? 銀河系の彼方、10ネックのギターを20本の手で操ってロックを奏でる星の話か?(ただし一曲に限り触覚の使用を許す)――訊かれたことには答えるけれども、ほとんど自分から話しかけるということはしなかったので。
何かを言いかけた健司は、しかし慶吾の表情を見て、不思議そうな顔で別のことを言った。
「なんだよ、妙な顔して。俺の顔になんかついてんのか?」
ええ、泥だらけですよ、おにいちゃん。あと、ちょっとした切傷も。どこでつけてきたんですか?
「いや、べつに――」
慌ててそっぽを向いた慶吾は、しかし頬の筋肉の弛緩を止めることはできなかった。
なんだか、笑い出したい気分だった。
こんな状況下で不謹慎かもしれないけれど――いや、ホントに不謹慎だ。どこに笑う要素があるんだ、幸せゲームの真っ只中だぜ、俺たちは?――だがとにかく、可笑しかった、理由は分からないが。
今までろくに話もしなかった黒澤健司と、今こうして親しそうに喋っていることが(しかもそれが政府主宰のプログラムの真っ只中にも関わらずだ)なんだか不思議な感じがした。
このプログラムがなければ、慶吾は都立第壱中学校を卒業するまで、ずっと健司なんかとは話す機会もなかったろうし、健司も慶吾なんかとこんな風に会話をすることなど、なかったに違いない。
慶吾は変わらずに典子に送り出されてぼろアパートを出て、学校では『結構モテる転校生』として存在していただろうし、健司は健司で周囲の偏見を含んだ目を敢えて無視し、時折、郁美と会話をするくらいだっただろう。
諒子にしても、あんな大胆な(そして雰囲気もない)プロポーズなどはせず、もっとロマンティックな――そう、近くの小さな公園の、街灯の下でもいい。古い体育館の、裏の路地でもいい。もっと相応しい場所だ、とにかく、こんなクソみたいなゲームの最中ではなく――シーンで、慶吾に告白したに違いないのだ。
まあ、どちらにせよ慶吾は困惑しただろうけれど。
由貴子だって、ひょっとしたら告白くらいはしていたかも知れない。分からない。
――そう、分からないのだ、そんなことは。
しかし、もしかしたらそういう可能性だってあったかもしれない。
そう言えば、ロック界の帝王(と、むかし秋也は、慶時があくびをするほどいつも同じことを言っていた)のジョン・レノンが歌っているではないか。
『キリストさんよ まったく楽じゃないぜ
どんなにキツイか想像つくだろ? 世の中 まったく狂ってるぜ』と――
結局、人生というものは、無限の分岐点を持つ道なのである。
その無限に分岐している道の中からどの一本を選び出すか――もちろん、それは自分が好んで選ぶ場合もあるし、周囲の環境や時代に押しつけられる場合もある。今回のプログラムなど、その最たる例であるが――その進む道によって、自分の未来は大きく変わるに違いない。
そして、一度通り過ぎてしまった分岐点に戻ることなど、できないのである、人間は。
だから人間は、現在も絶えず流れ続ける時間に翻弄され、もう過ぎ去ってしまった分岐点に戻りたいと熱望しながら、しかしそれができないことを充分に理解しつつ1センチ先も見えない未来に向かって歩き続けているのかも知れない。
その先が、たとえ道のない断崖絶壁でも。
ハハア、なるほど? さしあたり、いまは野バラの中を通る険しい上り坂ってとこですか?
慶吾は思った。
川田がそうだったように、きっと自分も、そして典子も、もうこの先、平坦な道なんかないのかも知れない。
すべてが上り坂なのかも知れない。わからない。
しかし、俺は約束した。
命を賭けても典子を守ると――川田と、そして慶時に。
思った。
だから俺は、例えその道が登りだろうが、針の山だろうが、ぜったいに乗り越えてみせる、典子と共に・・・・・・。
「まだ笑ってんのか? なんなんだ、一体?」
健司が、呆れたように慶吾を眺めた。
意味不明な笑いの波が収まり、慶吾はようやく素面に戻った。
「いや――悪い。ちょっと色々考え出したら止まらなくてな」
慶吾は、雨に濡れて雫が滴っている少し長めの(ロッカーにしては短いんだ、いいじゃないか)髪をかきあげた。
そのときだった。
ピピッ、という電子音が、あたりに響いた。
「――なんの音だ?」
慶吾と健司は、一瞬にして姿勢を低くし、周囲を注意深く見まわした。
しかし、男子二人の緊張をよそに、諒子がくすくすと笑いながら言った。
「ああ、ゴメン。今の、あたしの腕時計のアラームの音よ」
「アラーム?」
由貴子が、どうして? という風に訊いた。
「だってほら、禁止エリアの放送とか、聞き逃すといけないから」
「ああ、なるほど――」
頷きかけて、しかし慶吾はふと思った。
「じゃあ、今は何時になるんだ?」
「う〜ん・・・・・・とね」
諒子は、慶吾にも見えるように軽く腕時計のついた左腕を持ち上げた。
女の子にはあまり相応しくない、少しごついような感じのする腕時計だ。(ちょっと古いタイプの“C・ショック”というヤツだった。耐久力が高く、象が踏んでも壊れないというCMをしていたような気がする。ホントかよ?)
暗闇のせいで、よく文字盤が見えないかったので、諒子は時計側面のボタンのひとつを軽く押した。
ピッ、という電子音がして、バックライトが点灯した。
淡いブルーに光る文字盤に『C』の文字が刻印されていて、アナログ時計の長針と短針が逆光になって浮かび上がった。
ちょうど、長針と短針がZの文字の左側で重なっていた。
19時38分くらいだろうか。
「ちょっと急がないとな・・・・・・」
慶吾が言った。
そのときだった。
パン、という明らかに時計のアラームとは違う音色の音が、雨音に混じって微かに聞こえた。
次の瞬間、ぱぁんと何かが割れる音がして、諒子のつけていたC・ショックのバックライトが突然消えた。
同時に、諒子が「うっ」とうめいた。
発射された銃弾が、C・ショックの頑丈な保護レンズを吹き飛ばしたのである。
そのおかげで、諒子自身にはなにも怪我はなかった、とにかく。
いやはや、やはりあの宣伝文句はウソじゃあなかったんですね。銃でも撃ち抜けない腕時計。グレイト。
だが、もうその時計は壊れてしまったし、そんな数パーセントの幸運が、何度も起こるわけがなかった。
慶吾が叫ぶ間もなく、パン、パン、パン、パンと立て続けに乾いた音が、真っ暗な雨の降る商店街にこだました。
慌てて頭を下げた慶吾のすぐ上、数センチあたりのところを、なにか熱いものが高速で飛んで行ったような気がした。
慶吾はかまわず、諒子と由貴子を抱えて、薬局の隣にある建物の陰に跳び込んだ。
それに続いて、健司も一瞬の隙を突いて跳び込んできた。
「クソッ! みんな、大丈夫か!?」
そう言ってから――慶吾は、目を見開いた。
由貴子の――千早由貴子のセーラー服が、真っ赤に染まっていたので。
そしてその胸のあたりに、小さな焼き切れたような穴がひとつ、空いていたので。
「あ、あ・・・・・・れ?」
由貴子自身は、不思議そうな、何か見たこともない化学実験を見ているような、ぼんやりした表情で立っていた。
そして、自分の胸に空いている穴に、ゆっくりと視線を落としていった。
それから、それにつられるようにして、由貴子の身体もぐらり、と前へ傾いた。
慶吾は慌てて、由貴子を抱きとめた。
由貴子の身体が急速に冷たくなっているのは、雨に濡れたためだけではなかった、どう考えても。
「ゆ、ゆきこ――?」
諒子が、引き攣った笑いを顔に張り付かせたまま、由貴子の顔を覗き込んだ。
由貴子は口元から血を垂らしながら、それでも諒子に向かってなにか言おうと、口を開いた。
しかし、ごぼっという音とともに出てきたのは、いつもの元気の良いシャキシャキとした由貴子自身の声ではなく、どす黒く濁った大量の血の塊だった。
その液体が、彼女自身の顔と、抱きとめている慶吾の腕を、赤く濡らした。
赤い血が泡となって、由貴子の口元にたまっていた。
それで、はじめて、諒子が震える声で呟いた。
「ゆ、ゆきこ・・・・・・ゆきこ・・・・・・? ちょっとねぇ、じょ冗談でしょ? ねぇってばぁ・・・・・・」
冗談ではなかった。
それが証拠に、由貴子の胸からは赤い液体が溢れ、雨に混じってどんどんと水たまりの中に溶けていった。
慶吾はその光景をぼんやりと目に映しながら、もう死んでしまった親友のことを思い出していた。
三年前、瀬戸内海の小さな島の分校で、血の池の中に浮かぶ、慶時のことを――
「りょ、りょうこ――・・・・・・」
血を吐き出しながら、それでも由貴子は、言葉を紡いだ。
しかし、すぐにハッ、ハッ、と苦しそうに呼吸をし出した。
肺に穴が空いているのかもしれなかった。
由貴子は顔の向きを微かに変え、自分を抱きかかえている慶吾の顔を覗き込んだ。
きっと今、自分はとても醜い表情をしているだろうな、と慶吾は思った。
だが、由貴子は慶吾を見据えながら――笑ったのだ、はっきりと、それは、とても苦しげではあったけれども。
§
由貴子は、大きく息を吸った。
言った。
「みみみむらさん――は、むむ無力じゃない。あああああたしは、そう信じてるから・・・・・・」
そこで、いったん言葉を区切った。
苦しかった。
だから、何回か大きく呼吸をした、あまり意味がなかったけれども。
じくじくと胸のあたりから血が流れ出していたが、由貴子とって、それはもうどうでもいいような気がしていた。
いくら胸から血が流れ出しても、いくら急速に意識が薄らいできていても、由貴子の心にはなにか温かいものが残っていた。
まだ、残っていた。
これはどんなことがあっても無くさない、と思った。
無くすわけにはいかなかった――たとえ命に代えてもだ。
由貴子が生きているすべてが、そこにはあった。
無理やりに瞳を動かして、慶吾、健司、諒子の順にその顔を見た。
どの顔も、悲痛な表情を貼りつかせたまま固まっていた。
思った。
なによ、みんな、もっと笑いなさいよ。あたし、そういう辛気くさい顔、嫌いなんだけど。
ピントが壊れたビデオカメラのようにぼやけた映像しか見えなかったが、由貴子にはこれで十分だった。
大きく息を吸った。
続けた。
「みみんな、ご、ごめ、ごめん・・・・・・」
ハァッ、と息を吐いた。
いくら呼吸しても、全然酸素が身体に取り込めていないようだった。
事実、由貴子が息をしようとするたび、胸の穴のあたりから、ひゅうひゅうと間の抜けたような音が聞こえてきていた。
由貴子は、思った。
どうやらあたしの肺には大きな穴が空いているらしい。
身体に穴が空いてても、結構生きていられるようだ。
人間って、意外と頑丈なのかもね、いやはや。
まあ、どうせもう死ぬんだろうけれど、あたしは。
由貴子は再び、口を動かした。
言葉を紡ごうとするのだけれど、どう言うわけか出てくるのはすべて、熱い液体ばかりだった。
思った。
もう、どうして最期に一言くらい、言わせてくれないのよ、チクショウ。
しかしとにかく――由貴子は半ば無理やりに、目を閉じて、すぅっと大きく息を吸った。
もう目を開ける力さえ残っていなかったが、いいのだ、口が動いてくれれば。
「あ、あたし――みんなと会えて、み、みんなと同じクラスでよかった――と思う」
もう少し、もう一言だけ。
お願いだから言わせてよ、ねぇ?
由貴子は、思った。
その願いが通じたのかどうかは分からなかったが、一瞬――ほんの一瞬だけ、ふっと息をするのが楽になったような気がした。
言った。
「あ、ああ、ありが――と・・・・・・」
由貴子は、ほっと息をついた。
どうやら最後まで言えたようだった、聞こえたかどうかは分からないけれども。
どういうわけか、周囲はすっかり静かになっていて、雨の音すら聞こえなかった。
なによ、どういうことなの?
由貴子は、思った。
いつのまにか、楽に呼吸ができるようになっていた。
由貴子は、納得した。
ああ、なるほど?
あたしは死んでいるらしい、どうやら。
道理で苦しくないわけだ。
ええ、そうですよ、おねえちゃん。もう死んでいるんですから、当たり前じゃないですか、もう。
急速に、暗く冷たい場所に意識が落ちていく中で、由貴子はそれでも、思っていた。
これはこれで、別に悪くない人生だったんじゃないか、と。
それはまあ、普通の人より少し短めではあったけれども。
そして、思った。
さようなら、父さん、母さん。
さようなら、諒子、黒澤くん。
さようなら、三村さん――
また、どこかで逢えるといいと思わない?
こんなクソ食らえな国じゃない、もっと自由なクニの、新宿かどこかの駅前あたりで。
そういうのって、なんかいいじゃない・・・・・・。
――そして、由貴子の心臓は、完全に停止した。
19時42分だった。
§
「うっ・・・・・・ううっ・・・・・・」
あたりに、諒子の嗚咽が響いていた。
慶吾は、腕の中で眠る、冷たくなったクラスメイトを、そっと地面に下ろした。
雨が由貴子のセーラー服を洗い、洗い流された血で真っ赤な水たまりを形成していた。
慶吾は、すっと顔を上げた。
恐ろしいほど冷ややかなその眼光に、健司は一瞬、ぎくっとした。
その瞳は、どこか宙を睨んでいた。
どういうわけか、あれから銃声は聞こえていなかった。
おそらく、諒子の腕時計のアラーム音かバックライトで、こちらの位置がばれてしまったのだろう。
その周辺に見当をつけて撃って来たのだと、慶吾は考えた。
思った。
チクショウ、迂闊だった。
今まで少しのあいだ遠ざかっていた現実が、一気に加速して近づいてきたようだった。
DOHC直列十二気筒、スクランブル・ターボ付き。このクラスの加速がダントツだと思いますよ、いかがですか、お客さん?
これが――これがプログラムなのだ。
プログラムとは、人生と同じなのだ、結局。
幾本にも分かれた道を歩き、ちょっと油断すると、すぐに道を踏み外してしまう。
そして――死ぬのだ、最終的には。
慶吾は、ぐっとショットガンを握る手に力を込めた。
めちゃくちゃな感情が、自分の中で荒れ狂っているようだった。
由貴子は言っていた、自分は無力ではないと。
しかし結局・・・・・・。
結局、女の子一人も助けることのできない、ただの弱いヤツではないか。
だからつまり――千早は俺が殺したも同然なんじゃないのか?
こんな俺がこれから先、典子をずっと守れるのか?
川田が俺たちを守ってくれたように?
無理に決まっている、そんなこと。
俺は川田じゃないんだ、俺は――
――パン!
乾いた音が、また雨音に混じってこだました。
敵の銃声だった、もちろんのことながら。
第二ラウンド開始だ。いやはや、いつまでも感傷的になってはいられないらしい。
「クソ――」
慶吾は呟き、がしゃっとショットガンのポンプを動かした。
空になった12ゲージのショットシェルが、雨に濡れた地面に落ちた。
そして、さっと建物の角から身体を出し――おもむろに引き金を引き絞った。
ドン、という先程の銃声とは比べものにならないほど低い音がし、ショットシェルから発射された散弾の群れが放射状に広がりながら、攻撃してきた何者かの方向に向かって飛んでいった。
先程のような威嚇射撃ではない、本当に狙いを定めた、相手を殺すための一撃だった。
そいつはすぐに身体を縮め、その散弾の群れを回避した。
目標を失った散弾は、商店のショウ・ウィンドウを粉々に砕け散らせた。(ああ、やっちまった。修理代、高いだろうな)
慶吾は間髪置かずにポンプ・アクションをして、再び引き金を引いた。
ドン、という強い反動が、慶吾を襲った。
ドン、ドン、ドン、ドン――立て続けに、ショットガンが火炎放射器のような炎を吹いた。
連射だ。雨に劣らない散弾のシャワー。湯加減はどうですか? ちょうどいいって? ああ、そうなの。
その散弾は商店の壁を粉砕し、停めてあった車のボディーに無数の穴を空けた。
しかし、すぐにカチッという音がして、トリガーが引けなくなった。
弾切れだ。
慶吾は、すぐにベネリ・ショットガンを捨て、ズボンのベルトの間からベレッタを抜き出すと、これも立て続けに撃ち込んだ。
15発程度の弾丸は、すぐに切れた。
マガジンを入れなおさなければならない。
そのとき、すっとその影が身を起こした。
パン、パン、パンと、影の手元から炎が噴き出すのが見えた。
慶吾はすぐに身を隠し――片手でマガジンキャッチを解放した。
そうしているうちに、諒子が両手で、由貴子の持っていたウージー・サブマシンガンを保持して撃ち込んでいた。
フルオートで吐き出されるパラベラム弾の雨に、そいつは再び身を低くした。
慶吾は目を凝らして見たが、かなり距離があったし、おまけに街灯のひとつもなかったので、誰だかは見当もつかなかった。
とにかく――クラスメイトであることは間違いない、どう考えても。
ぱらららららら・・・・・・と、景気よく弾丸を排出していたウージーだったが、二秒も経つと、ぴたっとその動きを止めた。
弾切れだった。
諒子はすぐにウージーを捨てて、銀色に光る回転式大型拳銃――カースル454を構えた。
諒子は、心に決めていた。
弾丸の節約なんてことはどうでもいい。
ただ、どんな手段を使っても、とにかく、由貴子を殺したあいつだけは――殺してやる!
今回支給された拳銃の中で最大口径を誇るカースルが、爆音とともに454マグナム弾を吐き出した。
後ろに吹き飛びそうになる強烈な反動を、諒子は必死に耐え抜いた。
大口径のカースルは、激発の瞬間に恐ろしい反動を生じるのである。
諒子は、怒鳴った。
「だからこの銃って嫌いなのよ、もう!」
しかし、撃った。
――ガン、ガン、ガン、ガン!
ショットガンとまではいかないまでも、耳をつんざくような低く大きな銃声が、街中に響き渡った。
そして、大人の親指ほどもあるマグナム弾の一発が、銃撃戦ですでに穴だらけになった車に突き刺さった。
それは外装を貫通し、パイプに穴を空け、燃料タンクを刺し貫いた。
刹那、轟音とともにその車が爆発した。
ガラスが飛び散り、ボンネットは瞬間的な爆風によってめくれ上がり、後部座席の一部が車外に吹き飛ばされた。
この国では珍しいノイエ・ナチス(旧・ドイツ帝国のことだ)の輸入車だったようだが、そんなことはどうでもよかった。
パーキング・チケット、持ってます? ああ、ないんですか。まぁ駐車禁止ですからね、ここ。諦めて下さいよ、お客さん。
それを見て、慶吾はばっと飛び出した。
その爆煙によって、相手の姿が一瞬見えなくなったので。
間合いを詰めるための、絶好のチャンスだったので。
ショットガンはとりあえず置いておき、予備マガジンを装填したベレッタだけを持って、慶吾はその方向に向かって全力で走った。
脇腹の傷がひどく痛んで、恐ろしい吐き気が襲ってきたが、なんとか耐えた。
パン、パン!
煙の向こうから適当に撃った弾丸が飛んできて、慶吾の耳たぶを数ミリばかり削り取っていった。
しかし、それが仇となった。
銃弾は基本的に直線にしか進まない。
ということは、その攻撃軌道上に発射元があるということである。
つまりそれは――“敵”の居所を知る格好の材料なのであった。
慶吾は迷わず、煙に突っ込んでいった。
一瞬、ぱあっと燃え上がった炎で髪が少し焼けたが(軽いパーマだ、ちょうどいいさ)構わずにその勢いのまま走り抜けた。
煙が晴れたその先には――
驚いたように目を見開いている、学生服の人影が立っていた。
背の高い、癖毛のように髪を散らせた、気の弱そうな男――飯田浩太郎(男子二番)だった。
そう、それは、プログラム開始の説明を受けているとき、坂待に殺されそうになったところを慶吾に助けられた、あの飯田浩太郎だった。
ああ、そのときのお礼ってわけですか、これが。なるほど? それで、お釣りはいくら払えばいいんですか?
浩太郎は一瞬、逡巡するように目を泳がせ――弾倉に38スペシャルを装填し終わった小型の拳銃(ニューナンブM60だった。大東亜共和国の警察が正式採用しているリボルバーである)を、慌てて構えようとしていた。
だが――もう遅かった。
慶吾が、すでにベレッタを浩太郎の胸に照準していたので。
慶吾の目がベレッタの照準器を通して、すっと細まった。
膝を曲げ、腰を落としてベレッタを保持した姿勢のまま、慶吾は引き金に掛けた指に力を込めた。
浩太郎の表情がひきつり、その恐怖に見開かれた瞳を見てしまった慶吾は、なぜ自分が“しまった”と思ったのかを瞬間的に理解していた。
相手を殺す場合、絶対にその相手の目を見てはならない。
見れば必ず心は乱れ、動揺し、冷静な判断が出来なくなってしまう――と、慶吾は米帝での経験から学び取っていたので。
しかし――今回それを無視してしまったので。
そしてそれは、相手が浩太郎だからだったのかも、知れなかった。
浩太郎とは、別に特に親しいというわけではなかった。
どちらかというと、クラスメイトの中でもあまり喋らない方だったと言ってもいい。
ただ、前に一度だけ、少しばかり話したことがあった。
それは放課後、誰もいなくなった教室でギターの練習をしようと(天才でも練習はするさ)慶吾がギターケースを背負ってドアを開けたときだった。
長身の、くしゃくしゃとした天然パーマのような髪型の男が、向こうを向いてゆっくり身体を揺らしていた。
無人だと思っていた教室には、先客がいたのである。
それが浩太郎だった。
そして慶吾が驚いたことは――浩太郎が、ギターを弾いていたことだった。
もちろん、慶吾の持っているようなエレクトリック・ギターではない。
アコースティック・ギターという、言ってみればちょっと古いが一番メジャーなタイプのギターである。
浩太郎は自分の椅子に座って、赤く染まっていく窓の外を眺めながら、そのギターを鳴らしていた。
その、アコースティック独特の“ボロロン”という音色が窓の外の光景ととてもマッチしていて、慶吾が思わず聞き入ってしまったほどだった。
気配を察したのか、浩太郎はギターを弾くのをやめ、慶吾の方を振り返った。
それから、音楽やギターに関することをいくつか、本当に二言三言話しただけで、浩太郎はすぐに教室を出ていった。
たいした会話ではなかったのでよく覚えていないけれど――しかし慶吾は、嬉しかった。
自分以外でも、音楽を好んでいる人間もいるのだ、このクラスでも。
まあ、ジャンルは違うけれども、音楽は音楽だ、とにかく。
そしてそのことは、慶吾に『もしかしたらこいつとは結構話が合うかもしれない』と思わせるには、十分過ぎる効果があった。
しかし、慶吾の期待とは裏腹に、浩太郎があれから慶吾に音楽やプライベートのことで話しかけてくることはなかったし、慶吾の方からもなかなか声をかけづらく、そのままずるずると今日まで来てしまったのだ。
それだから、どんな状況でも(そう、たとえ、銃を向け合って殺そうとしている真っ最中でも)浩太郎を見て『また音楽の話でもしてみたい』と慶吾が思うのは、別に不思議なことではないのかもしれない。
この絶望的な状況下においては、それは、なおさらのことかも知れない。
そして、今やろうとしているのは、そんな淡い願いを自分の手で打ち砕くことに他ならないのだ。
慶吾がベレッタの引き金を引くだけで、浩太郎はただの肉の塊となり果てるだろう。
自分と同じく音楽を愛する人間を、殺すのだ、この手で。
それは慶吾にとって、自分が愛しているロック――ひいては音楽すべてを、冒涜し否定することと同様に思えた。
慶吾の引き金にかかった指が、まるでセメントに突っ込んでしまったかのように固まった。
それはもちろん、ほんの一秒か、そのくらいの僅かな時間だった。
しかし、無防備になった自分の身体を相手にさらすには、十分過ぎる時間であった。
浩太郎の瞳が揺れ動き、気付いたときにはもう、ニューナンブの銃口は慶吾を確実に捕らえていた。
バン!
パン!
乾いた銃声が二発、雨の商店街に響き渡った――
【残り**人/端末損傷の為、モニター不可】