BATTLE ROYALE 2
The Final Game




       [ 第九部 / 終盤戦(中編) ] Now 15 students remaining...

          < 45 > 激戦区


 「・・・・・・きろよ。おい、起きろって言ってんだろ」
  どこからか、声が聞こえた。
  榊原郁美はぼんやりとした意識の底で、思った。
  なによ、もう朝なの? 今日って何曜日だったっけ? 時間割りは? 今日って数学あったかしら、まだ宿題やってないんだけど。
 「おいっ! 起きろって!」
  誰かが騒いでいる。
  うるさいなあ、もう。誰だか知らないけど、ゆっくり寝かせてくれない? あたし疲れてるんだけど。
 「おいっ!」
  ひときわ大きな声が響き、突然胸倉をつかまれてぐいっと引っ張られる感覚に、郁美は驚いて目を覚ました。
  一番最初に目に入ったのは、沼田正樹(男子十七番)の顔だった。
  今年の6月まで柔道部に所属していたらしい正樹のごつい手が、郁美のセーラー服のリボンを掴んで強引に引っ張ったのだ。
  ああ――郁美は思った。
  どうして起きて早々こいつの顔を見なきゃなんないの? かんべんしてよ、もう。
  10年、いや100年に一度の最悪な目覚めだ
  ぼうっとした頭でそう考え――しかしすぐに、ぱっと目を見開いた。
  正樹の身体の向こうに、壁の一部が崩れた建物が見えた。
  郁美は湿った芝の上に寝かされていて、空には眩しいほどの月が煌々とあたりを照らし出していた。
  どこ、ここ? なんなんのこれは? どういう経緯であたしはこんなところで野宿をしているわけ、しかも沼田と一緒に?
  今まで休止状態だった郁美のCPUがフル稼働して、脳に入ってくる情報を分析して状況判断をしていく。
  集中力と柔軟な思考力は兄の三村信史に及ばないまでも、瞬時の分析力、状況判断能力は信史をも凌ぐほどの郁美のこと、すぐにあるひとつの重要なことを思い出した。
 『プログラム』――
  そうだった、“プログラム”に参加していたんだ、あたしたちは。
  それで、いきなり爆発があって、それから沼田が――
  思い出した。
  それで、郁美は、ぱっと身体を反らせるが早いか、渾身の蹴りを沼田の脇腹に食らわせていた。
  すりむいた膝にちりっと痛みが走ったが、それほどでもなかった。
  めりっと沼田の横っ腹に足がめり込んだ感触が、した。
 「ぐぇっ!」
  沼田はうめき声をあげたが、微かに横によろけただけだった。
  しかし、すぐにキッと郁美を睨み返すと、自分の横っ腹に入っている郁美の脚を左手でしっかりと掴んだ。
  その脚がすごい力で引っ張られ、郁美の身体がずるっと地面をすべった。
  地面の露で濡れたスカートの生地が冷たく感じられた。
  正樹は郁美の脚を左手で掴んだまま、右手で郁美の首を押さえつけた。
  どんと後頭部を地面に打ちつけた。
  くらっとした。
  正樹は、郁美の首輪の下――頚動脈のあたりをぎりぎりと締め付けた。
 「ぐ・・・・・・かはッ!」
  郁美の口から、かぼそい苦痛のうめき声が出た。
  思った。
  ちくしょう、柔道の締め技の外しかた、お兄ちゃんに教えてもらっとけばよかった・・・・・・。
  頭の中で、兄――三村信史の苦笑するような声が、聞こえた気がした。
  おいおい郁美、おれの専門はバスケだぜ? そいつは杉村あたりに聞けよ。
  どうでもよかった、そんなことは。
  大脳の奥がじんじんと痺れているような感覚がした。
  身体中の血液がすべて頭に昇った感じだった。
  めちゃくちゃに苦しかった。
  いや苦しいはずなのだけれど、それすらもうよくわからなくなっていた、郁美には。
  思った。
  あたしは、殺さ――れるのだろうか。しかも沼田なんかに? ちくしょう、もう――ダメだ。
  郁美は意識を失いかけた。
  しかしそうなる前に、郁美の首を締め付けていた正樹の手の力が、ふっと消失した。
  頭に新鮮な血液が一気に送り込まれ、かあっと顔が熱くなった。
 「げほっ、ごほっ!」
  仰向けになったままで、郁美は思わず咳き込んだ。
  肺の中の濁った空気が一掃されて、湿った雨の匂いがする空気が流れ込んだ。
  うまかった。空気って、こんなにおいしいものだったかしら?
  しかし、とにかく、それどころではなかった、当座は。
  郁美はまだ霞んでいる目を動かした。
  正樹は、郁美を見下ろしていた。
  左手はまだ脚を押さえつけていたし、右手も郁美のセーラー服の胸元を掴んだままだったが、力はあまり入っていないようだった。
  正樹が言った。
 「ちくしょう、痛いじゃねーかよ。乱暴な女だな」
  ああ、そうですか。でもあなたににそんなこと言われる筋合いはないんですけど。女の子に手を上げる男って、最低だと思いません?
  郁美はなにか言ってやろうかと思ったが、まだ呼吸が整っていなかったので、ろくに声を出すことができなかった。
  だから、睨んでやった。
  郁美の視線を受け、正樹が笑った。
  馬鹿にしたような厭味ったらしい笑みだった。
 「女のおまえが俺に力で勝てるわけないだろ。心配すんなよ、おまえを殺すつもりはねーよ」
  正樹が言った。
 『おまえを』という単語を幾分、強調したようだった。
  それで、郁美は、その形のいい眉をちょっとひそめた。
  殺す気がないですって? じゃあ今のはなに? あたし、首を締められたような気がしたんですけど、確か。
  いくらか呼吸が整ったので、郁美は口を開いた。
 「――それで? だからなに? 一体なにが言いたいわけあなたは?」
  郁美の言葉に、正樹はちっと舌打ちをした。
  言った。
 「鈍い女だな。俺が、郁美を、守ってやるって、言ってるんじゃねーかよ」
  正樹が、郁美のファーストネームを口にした。
  それで郁美は、ちょっと――いや実のところかなり――気分が悪くなった。
  前から馴れ馴れしいやつだとは思っていたのだけれど(いつも教室で、ことあるごとに郁美に声をかけてきていたので)いきなりファーストネームで呼ぶだろうか、ふつう?
  郁美はまじまじと正樹の顔を見返した。
  思った。
  なんなの、なにを言っているのこいつは? 守ってやる? あたしを? 冗談でしょう。
  郁美はなんだか笑い出したい気持ちになっていた。
  ああ、ひょっとして今の、プロポーズのつもりだったんですか? もしそうだとしたら――最低ですよ、あなたのセンス?

 「悪いけど――」
  郁美が言った。
 「あなたについていくほど、あたしの目は悪くないわ。鏡を見てから言ったら、そういう台詞?」
  バラのように棘だらけの言葉を吐き出してから、郁美は馬鹿にしたような目つきで正樹を見返した。
  実際、馬鹿にしていた、郁美は。
  こういう毒舌はおそらく兄の信史の影響だろう。
  郁美の言葉に、正樹はぴくっと頬を引きつらせた。
  どうやら怒っているようだった、まあ当たり前ではあるのだけれど。
 「ふざけんなよ」
  正樹は言った。
  郁美の胸元を掴んだ右手をぐいっと引き寄せた。
  正樹のニキビづらが、郁美のすぐ目の前に迫った。
 「おまえなんかな、いつでも殺せるんだ。謝るんなら今のうちだぜ?」
  郁美は思った。
  あらあら、さっきと全然、言ってることが違うじゃないの? おまえを殺す気はねーよ。誰の言葉でしたっけ? それともあたしの聞き違いですか。そうですか。
  だがとにかく、郁美は正樹を睨み返し、ぷっと顔面に唾を吐きかけてやった。
  一度やってみたかったのよ、これ。映画とかでよくやるけど。
 「!」
  正樹は掴んでいた郁美のセーラー服の胸元を離した。
  郁美はぐっと状態を地面につけ――状態を抱え込んで首の反動だけで起き上がった。
  スカートがめくれてしまったが、そんなことを気にしている場合ではなかった、今は。
  なに、ちょっとしたサービスですよ、お客さん。料金はいただきませんから。

  郁美は身体を起こしたその勢いを殺さず、正樹の顎に頭突きをくれた。
  がんっと強い衝撃がきてくらっとしたのだけれど、とにかく、うまくいった。
  正樹は身体を仰け反らせた。
  今だ、と郁美は思った。
  郁美は全速力で走り出そうとし――しかしすぐに脚を止めた。
  ぱん、ぱん、という乾いた銃声が響いたので。
  走り出そうとした郁美のすぐ足元に落ちていた缶が、いきなり吹き飛ばされたので。
  郁美は、小さく舌打ちをした。
  ゆっくりと振り向くと、正樹が青白い煙を上げているスミス・アンド・ウェスンのM19リボルバーを構えて立っていた。
  口の端から血が垂れていた。
  歯が折れているのかもしれなかったが、どうでもよかった、郁美にとっては。
  すぐ足元には、イングラムM11サブマシンガンが置いてあった。
 「クソ、よくもやりやがったな! 殺してやるぞ、ちくしょう!」
  正樹が喚いた。
  その声のすぐ後に、ぱん、とスミス・アンド・ウェスンが炎を吐いた。
  間髪おかずに、郁美のすぐ耳元を357マグナム弾が空気を切り裂いて通り過ぎていった。
  郁美の比較的長めの髪の毛が数本、ぱらっと焼き切れて地面に落ちた。
  どうやら照準がずれたようだった。
 「ちくしょう!」
  正樹がまた、トリガーにかけた右手の人差し指に力を加えようとした。
  その前に、郁美が、動いた。
  右足に思い切り力を込め、正樹めがけて突進した。
  兄の信史の言葉を思い出したので。

 『いいか郁美。もしなにか厄介なことが突然起きても決して慌てるんじゃないぞ。常に冷静に、落ち着いて、俺みたいにいつも頭を回転させとけよ?』

  そうだった。
  常に冷静に、落ち着いて、そして物事の弱点を的確につく。
  それが信史の性格だった。
  そして郁美は、それに習った。
 “ザ・サード・マン”三村信史の妹の郁美が、脚が遅いはずがなかった。
  生きていたら兄も感嘆するであろう一瞬のうちに、正樹の懐に入り込んでいた。
  拳銃とは、ある程度の間合いがないと役に立たないのだ、はっきり言って。
  目標を失った銃口が、宙を彷徨った。
  郁美の二度目の攻撃だった。
  走り込んだその勢いのまま、郁美は右膝を曲げて正樹の股間を蹴り上げた。
  正樹が、蛙が車に轢かれたときのような変な悲鳴をあげた。
  今度は左足で正樹の顔面に蹴りを入れようとした。
  しかし正樹は、左腕で郁美の脚を受け止めた。
 「うおおおおおぉぉぉ!」
  正樹が吼え、右手をぶんと横に振った。
  右手に握られたスミス・アンド・ウェスンの銃床が郁美の頬を捉えた。
  馬鹿みたいな衝撃が郁美を襲った。
  郁美は吹っ飛ばされ、アスファルトの地面に倒れこんだ。
  口の中に、錆びた鉄のような血の味がいっぱいに充満した。
  起き上がろうとした郁美の脇腹に、学校指定の革靴のつま先がめり込んだ。
 「・・・・・・ッくあ!」
  あまりの激痛に郁美は思わず悲鳴を上げた、悲鳴と言えるかどうかはわからないのだけれど。
  脇腹を蹴り飛ばされて仰向けに転がると、今度は腹に正樹の踵が突き刺さった。
 「・・・・・・!」
  もう悲鳴すら出なかった。
  いつのまにか眼鏡がなくなっていたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
  郁美は、思った。
  こいつはあたしを殺すつもりだ。ちくしょう、さっきの言葉はなんだったのよ!
  しかしそんなことを言っている余裕は、もう郁美にはなかった。
  急に正樹の手が伸びてきて郁美の服の襟元を掴んだので。
  薄手のセーラー服が、紙を裂くように簡単に破られたので。
 「ちょっと! やめてよこのくそ馬鹿野郎ッ!」
  郁美が怒鳴った。
  しかし正樹は、正気を失ったような目で郁美の服を破り捨てた。
  その目に、郁美はぞっと悪寒を覚えた。
 「や、やめてよっ! 嫌だってば!」
  犯される、と郁美は思った。
  もう冷静にとか、落ち着いてとか言っていられる状態ではなかった、今度ばかりは。



  ふっと、郁美の脳裏にある光景がよみがえった。
  蝉がけたたましく鳴いている夏休みの午後のことだった。
  アイスクリームを咥えながら、短パンにタンクトップという格好で、家の畳の上に兄の信史が寝そべっていた。
  頭の上には、待機状態のノートパソコンと、バラバラに分解された携帯電話の部品が散らばっていた。
  今度は、携帯電話を使った悪戯を考えついたらしい、どうやら。
  郁美は言った、苦笑しながら。
 「おにいちゃんってば、そんな格好しているところを彼女が見たら、幻滅ぅ〜って感じじゃない?」
 「郁美に心配されるほど、俺は落ちこぼれちゃいないぜ、悪いけど」
  信史があくびをしながら、言った。
  郁美は「ふうん」と言って、信史が寝ている傍らに腰を下ろした。
  分解された携帯電話のねじが尻に刺さって、ちょっと痛かった。
  郁美は、信史の顔を覗き込むようにして、訊いた。
 「ね、おにいちゃん。おにいちゃんは恋愛結婚したい? お見合いでもいいと思う?」
 「はあ?」
  信史が、おもいきり間の抜けた声で訊き返した。
  それから、言った。
 「俺は結婚しないかもしれないな。郁美はしたいのか、結婚?」
 「うん!」
  郁美は元気よく頷いた。
  それから、好きな男の子のタイプだとか、こんな性格の人がいいとか、そういうことを話した(総合すると、なんだか健司に近い人物像になってしまった)。
  信史は携帯電話をいじりながら聞き流しているようだったが、最後に一言、にやりと笑ってこう言った。
 「どうでもいいけど、郁美。男と寝るときは相手を選べよ、くれぐれも」
 「わかってるよ、もう! おにいちゃんと一緒にしないでよね!」



  そのときはそんな風に笑い飛ばしたのだけれど。
  どうだ、今のこの状況は?
  こんなわけもわからない場所で、しかも最低な男に抱かれてしまう寸前なのだ、自分の意思とは関係なく。
  空には綺麗な月と満天の星空が輝いていた――まあ、なんてロマンティック。
  月が、滲んで見えていた。
  郁美はいつのまにか泣いていた。
  悲しいからなのか、それともあまりの情けなさからなのか、よくわからなかった。
 「やめて・・・・・・お願いだから!」
  郁美は、哀願した。
  しかし正樹は、郁美の声などまったく聞こえていないようだった。
  荒々しい動物のような呼吸が、郁美の耳元で聞こえていた。
  正樹の手が郁美のスカートにかかった。
 「いや・・・・・・いやだあっ!」
  郁美が、悲鳴を上げた。
  その時だった。
 「嫌だと言っているのが聞こえないのか、このクソ野郎が」
  とても静かな、しかし低く威圧感のある声が、その場に響いた。
  聞き覚えのある声だった。
  郁美を組み伏せていた正樹が、ばっと顔を上げた。
  目だけを動かして、郁美もその声のした方向を見た。
  そこには、旗山快が立っていた。
  ワイシャツがところどころ破れて、血が滲んでいた(爆発のとき破片が直撃したのだ、おそらく)。
  それでも快は、しっかりとした声で、言った。
 「いますぐに彼女から離れろ。さもないと――」
  快の目が、一層鋭くなった。
  はじめて見る、それは目だった、郁美にとって。
 「貴様を殺す」
  轟然とした態度で、快は宣言した。
 「うおおおあああっ!」
  正樹がまた、狂ったように――実際、狂っているのかもしれない――吼えた。
  すぐそばに置いてあったイングラムを掴みあげ、快のいる方に銃口を向けてトリガーを引いた。
  ぱらららららっという連射音が郁美の真上で響き、イジェクション・ポートから排出された空薬莢が郁美の上に落ちてきた。
  薬莢が触ったところがちりっと痛かったが、どうしようもなかった。
 「旗山くんっ!」
  郁美は叫んだ。
  快がイングラムで蜂の巣にされたと思ったので。
  しかし、そうはならなかった。
  快はすっと身体を沈め、頭を下げた。
  何本ものパラベラム弾の火線が、快の頭上を通過した。
  次の瞬間、快が右手を振り上げ――なにかを投げた。
  郁美にはそれが何なのかわからなかったのだけれど、どうやら鎖がついた錘のようなものらしかった。
  鎖分銅だった――正樹が役に立たないと思って、唯一取らなかった武器だった。
  その錘がついているほうを、投げたのだ、快は。
  そして郁美は、見た。
  錘のついた鎖が、正樹の握っているイングラムに巻きつくのを。
  その鎖がイングラムのイジェクション・ポートに入り込み、排莢不良を起こしたイングラムがぴたりと連射を止めた。
 「ちくしょおっ! ちくしょおぉっ!」
  正樹が怒鳴り、少し離れたところに落ちているスミス・アンド・ウェスンに向かって走り出そうとした。
  郁美は咄嗟に脚を伸ばし、仰向けの状態から正樹の足を払った。
  正樹がバランスを崩し、ひっくり返った。
  出足払い、一本。このあいだまで柔道やっていたにしては、ちょっと情けないんじゃありませんか、おにいちゃん?

  しかし、とにかく、正樹はすぐに起き上がった。
  また、スミス・アンド・ウェスンに手を伸ばそうとした。
  だが今度も郁美のほうが早かった。
  正樹よりも一瞬早く身体を起こしていた郁美が、スミス・アンド・ウェスンを思い切り蹴り飛ばした。
  郁美のつま先が、じんと痺れた(当然だ、鉄の塊を蹴ったのだから)。
  ああ――郁美は思った。
  使い方が間違っている気がする、とても。拳銃って、蹴るものだったかしら?
  とにかくも、スミス・アンド・ウェスンはくるくると回転して、快の足元まで滑って行った。
 「うわああぁっ!」
  正樹がまた、吼えた。
  郁美は思った。
  どうでもいいけど、吼えることしかできないのだろうか、こいつは?
  近くの植え込みの影に隠されていたディパックに、正樹が飛びついた。
  ぱん、と激発音が、した。
  快が撃ったのだ。
  357マグナム弾が正樹の飛びついたディパックを貫いた。
  入っていたミネラル・ウォーターのペットボトルに当たったらしく、ディパックの底から水がぼたぼたと流れ出した。
  正樹はそんなことは構わず、ディパックの中からHk-pグレネードランチャーを引きずり出した。
  ぱん、とまた激発音が聞こえた。
  発射された弾丸がいま出したばかりのグレネードランチャーに命中し、正樹の手の中から弾き飛ばした。
  さあお立ち会い。なんでも出てくる魔法の袋ですよ。お次はなににします? リクエストはありますか、お客さん?

 「くそっ! くそくそくそおっ!」
  正樹は声をあげ、またディパックに手を突っ込んだ。
  小型のポケットピストル、アーモリー・ディフェンダーを掴み出したところで、また、ぱん、という音が響いた。
  それも難なく、弾き飛ばされた。
 「ちくしょおっ! 死んじまえぇッ!」
  正樹が叫び、最後に黒い凹凸のない歪んだ球形の物体を取り出した。
  たまごによく似ていたが、たまごのはずがない、もちろんのことながら。
  それは――M26A1破砕型手榴弾だった。
  正樹はピンを引き抜き、投げた。
  放物線を描いて、それは郁美たちの方に飛んできた。
  快は、今度はスミス・アンド・ウェスンを撃とうとしなかった。
  弾丸がもうなかったので。
  しかし、巻きついていた鎖をとったイングラムを郁美が構え、撃った。
  ぱらららららっとイングラムが炎を吹き上げた。
  その弾幕に手榴弾が突っ込み――はじき返した、正樹のいる方に向かって。
  正樹はそれをなにか間近で手品を見たような、不思議そうな表情で見ていた。
  そして――正樹の頭上6メートルほどのところで、炸裂した。
  真っ白な丸い火の玉が膨れ上がり、轟音と共に爆風を当たりに撒き散らした、先ほどの爆発ほどではなかったのだけれど。
  手榴弾は、爆発もさることながら爆風であたりに飛び散るそれ自体の金属片に殺傷能力があるのである。
  だから、郁美は、地面に伏してその破片が当たらないことを祈るしかなかった。
  郁美は祈った。
  とにかく郁美は、もう嫌だった、クラスメイトの誰かが死ぬというのは。
  たとえそれが、自分を犯そうとしたクソ野郎であっても。
  ああ神様――都合のいいときにばかり呼んで何なんですけど(例えばテストの日とか)どうか誰も死んでいませんように。




       §

  すさまじい爆音が、空気を振動させてあたり一帯に鳴り響いた。
  それで、芳明は、思わず姿勢を低くして身構えた。
  目の前に見える建物の向こうの木が、赤々と炎を上げて燃えていた。
  爆発の前に、サブマシンガンらしき連射音(間違いない、あれはサブマシンガンの音だ)と、単発の銃声が数回、聞こえた。
  もしサブマシンガンがひとつしか出回っていないのだとしたら――それは華江が持っていたイングラム以外には考えられなかった。
  とにかく、あのサブマシンガンがイングラムだったとしたら、それを撃ったのは華江か――もしくは華江を殺してそれを手に入れた人物のはずだ。
  芳明は思った。
  どちらにしてもやる気になっているやつにかわりはないか・・・・・・。
  できることならば、関わりたくはなかった、もちろんのことながら。
  相手が誰であっても少なくとも銃を持っていることは明らかだったし、こちらでたった一人の男子である芳明は肩と腹を刺されて重症の状態だ。
  とてもじゃないがまともに戦える状態ではなかった、現在は。
  さいわい向こうはこちらに気がついているわけではない。
  このまま厄介なことには関わらずに逃げるのが最良の手段だった、この場合は。
  しかし――そう、しかしだ。
  芳明は、そうすることを躊躇った。
  少なくとも一方は、サブマシンガンを持っている『やる気』のやつだ。
  しかしその相手は・・・・・・?
  サブマシンガンの音がする前に単発の銃声が何度か聞こえたが、それを持っているのかもしれない。
  ひょっとしたら両方とも『やる気』のやつで、たまたま鉢合わせで銃撃戦になったのかも、知れない。わからない。
  だがもしかしたら、サブマシンガンのやつは拳銃も持っていて、その相手を一方的に狙っているだけだったのだとしたら?
  もうこのクソゲームも終盤だ、一人で銃を複数持っていてもおかしくはない。
  そういうやつが、別に『やる気』のないクラスメイトを殺そうとしているのだとしたら?
  見過ごすわけにはいかなかった、そんなことは。
  しかし――奈緒美はまだ意識が戻らないし、沙利美も奈津子も女の子だ。
  第一、危険すぎる、そんなことに彼女たちを巻き込むのは。
 「ちくしょう・・・・・・」
  芳明は、呟いた。
  奈津子たちを危険な目に合わせるわけにもいかないが、しかし目の前のクラスメイトを見捨てるわけにもいかなかった。
  芳明は考えた。
  どうすべきだろう? こんな場合、あいつなら――真由美ならどうする?
  それを承知で、相手が誰なのか確かめに行くだろうか、仲間を危険な目に合わせてでも?
  それとも――そうだろうか。
  やはり見なかったふりをして逃げてしまうだろうか。
  芳明は、真由美に聞いてみたい、と思った。
  しかしもちろん、そんなことができるはずがない、彼女はもうこの世のどこにも存在していないのだから。
  すべては自分で決めなければならなかった。
  他人に頼ることはできない、自分の決定がすべてだった、この世界では。
  芳明は決断した。
  もう迷わなかった。

 「稲山、ちょっとこれ、持っててくれないか?」
  芳明はそう言って、ズボンの脇腹のところに挿し込んであった拳銃――ルガー・スーパーブラックホークを奈津子に向かって差し出した。
  奈津子はちょっと眉を寄せてそれを見たあと、「どういうこと?」と小声で訊いた。
  芳明は軽く頭を振った。
  言った。
 「俺は、向こうの様子を見てこようと思う。もちろん、やばいやつらだったら、関わらないよ。だけど――」
  そこで芳明は、一息ついた。
  大量に失血してしまったせいか、くらっと眩暈がした。
  口の奥で血の味がしていて、喉がちりちりと痛んだ。
 「だけど、もし誰か、やる気のないやつが殺――されそうになっているんだとしたら、助けなきゃ・・・・・・」
 「駄目よ!」
  沙利美が、叫んだ。
  芳明はその声が震えていたような気がした、少しだけ。
  沙利美は激しく左右に首を振った。
  言った、今度は少し小さな声で。
 「駄目。そんなこと。ぜったいに駄目」
 「なぜ? 見捨てろって言うのか? 俺はそんなことは――」
 「どうでもいいの!」
  沙利美が、怒鳴った。
 「どうでもいいの、そんなのは! あたしは――あたしはクラスメイトが全員死んだっていいの! 芳明くんさえ生きててくれれば、あたしは、それで――あたしは――」
  そう言って沙利美は、ぽろぽろと涙をこぼした。
  自分がはじめて芳明のファーストネームを呼んだことも気がついていなかった。
 「あたし、ずっと見てたんだから――真由美ちゃんと芳明くんが付き合ってるって知ってからも、ずっと――あたしは――あたしは――」
  沙利美は泣きながら、それでも芳明の瞳をじっと見つめた。
  言った。
 「ずっと好きだったから。誰よりもずっと――だから、もし万が一のことがあったら、あたしはもう生きていけない!」
 「天道・・・・・・」
  芳明はわずかに気圧された、沙利美は芳明よりも頭一つ分くらい身長が低かったのだけれど。
  沙利美は、思った。
  最低な告白のしかただ、これは――本屋で見かける女性雑誌に載るかもしれない、こちらが告白の悪い例です。
  しかしとにかく、どうでもよかった、そんなことは。
  自分勝手な――それも、かなりだ、このゲームの説明を受けているときの飯田浩太郎と同じくらい――言い分であることは理解していた、十分に。
  だが沙利美は、そう言わずにはいられなかった。
  それが沙利美の本心だったので。
  たとえ誰が――そう、クラス中、仲のよかった子だろうが誰だろうが、とにかく誰が死んでもよかった、芳明さえ無事でいてくれたら。
  もし仮に芳明の沙利美が最後まで残ったとしたら、自殺してでも生き残ってほしかった。
  いや、死んでほしくなかった。
  とにかく、沙利美は、芳明のことが好きだった、とても。
  その心に代わりはなかった。

  アサルト・ライフルのストラップを肩に担ぎなおして、芳明がちらっと笑んだ。
  言った。
 「ありがとうな、天道。でも、俺、おまえの気持ちに応えてやることはできない、いまは――」
  芳明は溜息をついた。
  喋ることとは、こんなにも疲れることだったろうか、前は冗談なんかも気軽に口にできたのに。
  とにかく、続けた。
 「だけど俺は死なないよ。俺、ふたご座なんだけど、今週はいい運勢らしいから。だから、きっと、帰ってくる」
  芳明はちらっと笑って、そう言った。
  それが、いまの芳明に言える、最大限の冗談だった。
  言ったあとで、思った。
  でも、ああ――冗談にもなってないな、これは。
  おめでとうございます、お客さま。1等、42名さま“プログラム”ご招待、食事つき。いやはや、ついてますね、今週は。
  芳明は、沙利美の頭をくしゃっとなでた。
  言った。
 「だから天道も、生きていけないなんて言うなよ。悲しいじゃんか、そんなこと言ったら」
  そしてすぐに奈津子の方に向きなおり、拳銃を差し出した。
  奈津子は小さく溜息をついて、それを受け取った。
 「もし――」
  芳明が口を開いた。
 「もしまた銃声が聞こえたら、なにも考えないでとにかく逃げてくれ。そうなった時のために、あらかじめ合流する場所を決めておこう」
 「一番目立つところがいいんじゃない? 例えば病院とか――」
  奈津子が、地図を見ながら言った。
  会場の一番北に病院らしいマークがついていた。
  芳明たちがいる文化会館からまっすぐ北に登ったところに、その病院はあった。
 「わかった。病院にしよう」
  芳明は頷くと、ちょっと奈津子の耳に顔を近づけた。
  言った。
 「天道と、清水のこと。くれぐれもよろしく頼むよ、悪いけど」
 「わかってる」
  奈津子は、頷いた。
  芳明はちょっと躊躇ったあと――言った、小声で。
 「あのこと、俺が悪かった。ごめん、許してくれ。南さんにも謝っておいてほしい。本当は――」
  言葉を切った。
  数回呼吸をして、続けた。
 「本当は、俺の口から謝りたいんだけど、それはもうできそうにないから」
  その言葉を聞いて、奈津子は目を見開いて芳明を見た。
 「太田くん、あなた・・・・・・」
  奈津子が言葉を発する前に、芳明はもう奈津子たちに背中を向けて歩き出していた。



 「太田くん・・・・・・」
  奈津子は、呟いた。
  胸の奥に引っかかっていた、先ほどの芳明の言葉が。
  それは、もう、できそうにないから。
  もう二度と会えないような口調ではないか、それでは。
 「ど、どうしたの? 芳明くん、なんて?」
  沙利美が、奈津子と芳明の背中が消えた草むらを見比べながら、おろおろしたような口調で訊いた。
 「う、ううん、なんでもないの。でも――」
  奈津子は小さく、首を振った。
  その時だった。
 「う・・・・・・」
  小さなうめき声がした。
  奈津子は、はっとそちらに目をやった。
  木の幹に背中を持たれかけさせておいた奈緒美の目が、うっすらと開いた。
  意識が戻ったようだった。
 「い、稲山・・・・・・さん?」
  奈津子を見て一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐにその表情が苦痛に歪んだ。
  苦しそうに数回呼吸したあと、奈津子の隣にいた沙利美に目を向けた。
  言った。
 「沙利美ちゃん・・・・・・。ごめんね、あたし、なんだか――」
 「そんな、ごめんだなんて・・・・・・。あ、あたしの方こそ、か、勝手な勘違いで、奈緒美ちゃんを――」
  泣きそうになっている沙利美を見つめて、奈緒美わずかに微笑んだ。
  ゆっくりと首を振った。
 「いいの、もう。だって、私は人を――佐々井くんを、殺してしまったんだもの。それは・・・・・・事実だから」
  それだけ言うと、また苦しそうに、呼吸をした。
  奈緒美はそれから、自分が羽織っている大きい学生服に、視線を落とした。
  パッドが入った肩の部分と、第4ボタンの右横あたりに穴があいていて、べったりと血が付いていた。
  奈緒美が訊いた。
 「太田くん――は? 彼は、どこへ?」
  奈津子は、首を横に振った。
  言った。
 「太田くんなら、大丈夫だから。清水さんはゆっくりと休んだ方がいいよ。食事もして、体力をつけないとね」
  奈津子がディパックの中からパンを出し、小さくちぎって奈緒美の口元まで持っていった。
  もう少しかさかさになっていたのだけれど、食べられないことはないはずだった。
  奈緒美は目を閉じて、言った。
 「いらないわ。とても――食べる気にはなれないの。ごめんね」
 「でも、少しでも食べないと、体力つかないよ?」
  奈津子の言葉に、奈緒美はちらっと笑った。
  口元が微かにほころんだだけだったのだけれど、それが、奈津子には、とても綺麗に見えた。
 「杉山くんには、遭ってないの?」
  奈緒美が言った。
  それで、奈津子は、はっと息を呑んだ。
 「私、杉山くんのこと――」
  奈緒美が言いかけ、しかしごほっと咳をした。
  血が飛び散った。
  沙利美が慌てて、自分のハンカチを奈緒美の口元に当てた。
  芳明の学生服の胸のあたりが、新しい血でぐっしょりと濡れていた、今まで気がつかなかったのだけれど。
 「奈緒美ちゃん、もう喋らないで――。傷が開いちゃう」
  沙利美が悲痛な声で言った。
  奈津子も、沙利美の言葉に頷いた。
 「そ、そうよ。もう喋らない方がいいわ」
  しかし奈緒美は、はあっと苦しそうに溜息をついてから、言った。
 「これだけは――伝えたいの。私は、貴志くんのことが、とても、好きだから――」
  目を開いた。
  奈緒美はじっと、奈津子の瞳を覗き込んだ。
  奈津子は少したじろいだのだけれど、目を逸らすようなことはしなかった、もちろん。
  奈緒美が、ちらっと笑んだ。
  言った。
 「あなたは、私の、ライバルだから。いつまでも、ずっと――」
  奈緒美がふっと目を閉じた。
  それきりだった。
  奈緒美の頭が、かくっと垂れた。



  奈津子は、手に持った拳銃をぎゅうっと握り締めていた。
  あなたは、私の、ライバルだから。
  奈緒美の最後の言葉が、ぐるぐると奈津子の頭の中を回っていた。
  奈津子はゆっくりと、芳明の制服のボタンを震える手ではずしていった。
  思った通りだった。
  縫合したはずの奈緒美の胸の傷が、ぱっくりと開いていた。
  そのまわりはべったりと血がこびりつき、出血の量が尋常ではなかったことを物語っていた。
  それなのに――
  奈津子は、思った。
  それなのに、何でこんなに優しそうな顔をしているのだろう、彼女は?
  痛みも、並大抵の苦痛ではなかっただろう(当然だ、包丁が突き刺さったのだから、しかも胸に)。
  それにも関わらず、奈緒美の死に顔はとても穏やかで、まるで――そう、自分の家のベッドの上で、自分の愛する人に看取られながらゆっくりと生涯を閉じた、そんな表情だった。
 「・・・・・・奈緒美ちゃん?」
  奈津子は思わず、呼びかけた、死人に向かって。
  今にも「なあに?」と、むかし教室で見せたような笑顔で、返事をしてくれそうな感じがしたので。
  しかし、もちろん、そんな返事が返ってくることはなかった、もう二度と。
 「いっ、いやああああぁぁっ!」
  突然、沙利美が叫んだ。
  奈津子はそれで、はっと正気を取り戻した。
  沙利美が、激しく首をふりながら叫んだ。
 「あ、あたし――あたしのせい!? やっぱりあたしが――あたしが――あああぁっ!」
 「違うの、沙利美ちゃん! 落ち着いて!」
  奈津子が沙利美をなだめようとした。

  ぱらららららららら――
  ドガガガガガガガガ――

  サブマシンガンの軽い連射音と、アサルト・ライフルの甲高い激発音が響いたのは、その時だった。


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       [ 第九部 / 終盤戦(中編) 完  第十部へ続く・・・・・・ ]


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