BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
10
百地肇(男子18番)は森の中を彷徨っていた。先刻、何者かに殴られた後頭部と背部は酷く痛んでいたが、それよりも思い切って告白した細久保理香(女子18番)にフラれてしまったことによる心の痛みの方が大きかった。どうせ自分のモノにならないのならば殺してしまいたいと思い、支給品の柳刃包丁を握り締めながら理香を捜し求めていた。
肇の足がピタリと止まった。
少し離れた大木の根元に坐っている人影を見つけたからだ。シルエットから見て、女子であることは確実だが理香とは髪型が違うようだ。
こうなったら、女なら誰でもいい。思いっきり楽しませてもらうぜ。
肇は舌なめずりをした。
百地家は、戦国時代の忍者百地三太夫の子孫の家柄だった。代々、忍びの修行を怠っておらず、実家は忍者屋敷の構造になっており、観光客も絶えることがなかった。
嫡男だった肇は、当然のように父から忍びの修行を強制されていたが、思春期に入ってからは周囲の女子ばかりがやたらと気になって修行に身が入らなかった。中3になってからは常習的に女子を見詰めては気持ち悪がられる状態が続いていたが、決してめげなかった。なかでも、特に気に入っていたのが理香で、何度嫌悪感に満ちた視線を返されても負けずに見詰め続けた。修行を強制されていることに対する反動が、妙な形で噴出しているような状況だった。
ある日下校途中の肇は、偶然にも神乃倉五十鈴(女子7番)が前方を歩いているのを見つけた。既に彼氏がいるので恋愛の対象にはなりがたいが、とても清楚で好感の持てる少女だ。
かわいいなぁ。五十鈴ちゃん・・・
五十鈴の背中を見ているうちに妙な気持ちに支配された肇は、いつのまにか五十鈴の後をつけていた。
いつバレるかとヒヤヒヤしながらも、電柱や駐車してある車の陰に身を隠しながら尾行を続けた。
五十鈴は全く警戒する様子もなく、町の八幡神社の境内に入っていった。
帰宅前に参拝でもするのかと思ったが、五十鈴の姿は本殿とは少し離れた建物の中に消えていった。
何と五十鈴の家は神社の境内の中にあったのだ。
意外な事実の発見に驚いた肇だったが、同時に尾行をとても面白いものだと感じてしまった。
スリルを楽しめるし、忍びの修行にもなる。そして、女の子の家が判る。こんな面白いものはない。楽しみながら修行が出来るなんて最高じゃないか。
そう考えた肇は、クラスの女子全員を家までつけることを当面の目標にした。
毎日車で送迎されている上に、町の住民ならば誰でも屋敷を知っている三条桃香(女子11番)だけは対象外だったが。
初めの数日は、普段から自分の視線にあまり気付かないような鈍い子ばかりを狙ったので、連日のように成功を収め、肇の自室の地図に女子の名前が次々と書き込まれていった。
自分の尾行テクニック(?)に自信を持った肇は、手強そうな子にも挑戦を始めた。
不良の吉崎摩耶(女子21番)あたりには、失敗したら袋叩きにされる覚悟をして臨んだ。そして、無事に摩耶の家がお好み焼き屋であることを突き止めた肇は、思わず勝利の雄たけびをしていた。
だが、憧れの理香の尾行には見事に失敗し、軽蔑の眼差しを向けられてしまった。
その日は、夜通し落ち込んで涙した肇だったが、立ち直るのは早かった。
数日後、肇は理香を学校から尾行することは諦めて、先日バレてしまった場所付近に先回りして隠れ、理香を待ち伏せた。学校からの追跡でなければ理香の警戒心も薄れるだろうという考えもあったし、単に尾行する距離が短い方が安全だという考えもあった。
流石の理香もこれは察知できずに、とうとう肇を家まで案内してしまった。その夜、肇は一晩中ガッツポーズと不気味な一人笑いを繰り返したのだった。
その後も肇は尾行を続け、石川綾(女子1番)と最近転校してきた甲斐琴音(女子5番)を除く18人の家を突き止めることに成功していた。理香の他に、今山奈緒美(女子3番)には3度も気付かれてしまったが、理香と同じ方法で何とか仕留めていた。
奈緒美の訴えで職員室に呼び出されて叱られたこともあったが、肇は全く平気だった。教師に叱られた程度で、こんな面白いことを止められるはずはなかった。当然ながら学校から連絡を受けた親にも叱られたが、決してめげなかった。自分のクラスを制覇した後は、他のクラスの女子を、その後は下級生をと考え、最終的には学校中の女子の家を調べ上げるという途方もない目標を立てていた。
だが、肇の野望はそこで頓挫した。
綾だけは何度尾行しても成功しないのだ。
振り向かれてしまったことは一度もないのだが、いつもどこかで見失ってしまうのだった。それも曲がり角などで雲隠れのように忽然と姿を消してしまうのだ。
肇は意地になって再三試みたのだが無駄だった。綾が自分を上回る忍びの技術を持っているのではないかとさえ思い、恐怖すら感じた。
ついに綾を諦めて、翌日は琴音を狙おうと決めた途端にプログラムの魔手が伸びてきた。
どうせ助からないと思った肇は、せめて理香に告白してから死にたいと考えた。理香に好かれていないことは先刻承知だ。でも、理香だって死と隣り合わせの限界状態に置かれているのだから、きっと受け入れてくれるだろうと信じた。そして、理香と一緒に行動できるならば、いつ死んでもかまわないとさえ思った。
理香と出席番号が同じであることを、これほど感謝したことはない。理香が先頭にならない限り、間違いなく理香に会うことが出来る。
しかし、出発後予定通りに理香を待ち伏せて告白したのだが、あっさり拒絶される結果となった。そこで怒りのあまり理香を殺そうとしたが、背後から何者かに殴られて脳震盪を起こしてしまったのだった。
他の者に殺されてしまう前に意識を回復できたのは不幸中の幸いといえるだろう。
肇は一歩一歩女子に近づいた。周囲に他の生徒がいないことも確認した。
気配を殺して忍び寄ることには自信がある。相手がよほど敏感な者でない限り、確実に不意打ちが出来るはずだ。
この女子を陵辱した上で殺せることに、確信に近いものを持っていた。
女子はゆっくりと首を動かして左右を警戒していたが、肇は自分の姿を見事に木の影と同化させていた。
不十分な忍びの修行がこんな形で役立つとは・・・
肇はほくそえんだ。
やがて女子の横顔が確認できた。佐々木奈央(女子10番)だった。尾行した際に、比較的上品なムードに似合わないような古いアパートに住んでいたので驚いた記憶がある。理香の親友だから、理香に対するあてつけとして、襲うにはもってこいの相手だ。
肇は包丁を構えた。小心者の奈央なので、包丁で脅せばレイプも可能と考えた。
だがそこで、肇の目は奈央の手に握られた拳銃を捉えた。いくら小心者でも包丁を突きつけたら、慌てて発砲するかもしれない。残念だがレイプは諦めて、いきなり殺してしまったほうがよさそうだ。拳銃を入手できればさらに有利になるだろう。
奈央の首に狙いを付けて、突進を開始した。坐っている奈央には、とてもよけられないはずだ。
顔面一杯に恐怖の表情を浮かべて硬直している奈央にあと一歩のところで、肇は左側頭部に強い打撃を受けて右側に倒れた。
素早く起き上がった肇の目前にいたのは、甲斐琴音だった。どうやら、樹上にいた琴音に跳び蹴りをされたらしい。
こ、このやろう・・・
怒りに震えながら、肇は琴音に突撃した。琴音はとんぼ返りをして逃れると、懐から紳士用の革ベルトのようなものを取り出して振り下ろしてきた。
肇の右腕に激痛が走り、思わず包丁を取り落としてしまった。慌てて拾おうとしたが、琴音はさらにベルトを振り下ろしてきた。今度は、首筋に食い込んだようだ。苦痛で前につんのめると、次は背中に衝撃が訪れた。さらに、二度三度と・・・
どうにか気絶こそしなかったが、肇は朦朧として動けない状態になってしまった。
口の中に飛び込んできた草を噛み潰しながら、肇は2人の足音が遠ざかるのを黙って聞いている他はなかった。
<残り41人>