BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


 エリアG=7には鬱蒼とした森林が広がっている。そのなかの一本の大木にもたれかかるように腰を下ろしていたのは佐々木奈央(女子10番)であった。生理中で体調が悪かった上にプログラムに参加させられて、まさに“泣きっ面に蜂”の状態だった奈央は、不安げに左右を見回しながら呟いた。
「お姉ちゃん、助けて。奈央を守って・・・」

 奈央は病院長の娘で3姉妹の3女だった。院長である父は数年前に過労死して叔父が院長になっていたが、母と2人の姉に見守られていた奈央は不自由なく成長していた。
 だが4年前、父の死に次ぐ新たな不幸が佐々木家を襲った。上の姉のはる奈が忌まわしいプログラムに参加させられてしまったのだった。訪れた役人にプログラムの宣告を受けた際の、母の蒼ざめた表情は今も忘れられない。
 そして何日かの後、姉のクラスメートの大半は亡骸となってそれぞれの自宅に戻ってきた。その中には、何度か家に遊びに来て奈央とも顔なじみだった女子生徒もいた。
 しかし姉は帰ってこなかった。他の数人の生徒と共謀して、政府関係者を多数殺害して逃亡したとのことだった。当然のように姉は重罪人として手配され、自宅兼病院は毎日のように警察に張り込まれる結果となった。当時小学5年だった奈央も四六時中警察に尾行される始末で、友人も離れていき、精神的疲労は大きかった。
 さらに、姉のクラスメートの遺族からの嫌がらせ電話や投石も頻繁だった。それでも母と下の姉の奈美、そして奈央は励ましあいながら耐えていた。
 一方、病院は地元の住民にはとても評判がよく、警察や遺族が取り囲んでいても外来患者が減るようなことは全くなかった。しかし、ある日遺族の投石により入院患者が負傷する事件が起こり、事態は急変した。病院の応援をする地域住民と取り囲んでいる遺族との間で口論になり、ついには乱闘に発展し双方に多くの負傷者を出す羽目になってしまったのだった。
 心を痛めた母は遂に、病院を完全に叔父夫婦に任せて隣町の豊原町にアパートを借りて、密かに転居することにした。無論、警察にはすぐに嗅ぎ付けられて張り込まれてしまったが、流石に遺族が押しかけてくることはなくなった。
 それから約4年。叔父からの仕送りと母のパートで生計を立て、佐々木家は比較的安泰となっていた。奈美は昨年、全寮制の進学校に入学して医学部を目指して勉強を始めており、今は母と奈央の2人暮らしだった。
 相変わらず自宅には警察が張り込んでいたが、登下校時まで尾行されるようなことはなくなっていたので、精神的負担はかなり軽減されていた。はる奈の消息は全くつかめないままではあったが。
 奈央にとっては、引っ越してすぐに親友となった理香の存在も大きかった。姉の秘密以外は何でも話せたし、何でも相談することが出来た。ただし、理香を家に連れてくる際には、私服警官に張り込まれていることを理香に気付かれないように配慮する必要があったが。
 理香を通じて友人も増えていった。そして、
大河内雅樹(男子5番)に淡い恋心を抱くようになったが、理香も雅樹に思いを寄せていることを見抜いていたため、親友を出し抜いて告白する決断はなかなか出来なかった。だが、修学旅行中にチャンスがあれば・・・ とは思っていた。
 しかし、待っていたのは修学旅行ではなくプログラムだった。
 まさか姉と同じ運命になってしまうとは夢にも思っていなかった奈央は、ただただ蒼ざめて震えるほかはなかった。
 姉があまりにもしっかり者だった反動で、奈央は大変な甘えん坊だった。精神的な強さでは姉の足下にも及ばなかった。姉が脱出に成功したのは強靭な精神力の賜物だったと思われ、自分にはとても真似できそうにないと直感した。理香や雅樹に力づけられても、自分の運命が“死”であることを疑うことすら出来なかった。
 順番が来て指名されても、どうしていいのかさえ解らなかった。ひたすら涙が溢れた。偶然にも目が合った理香が、笑顔とピースサインをプレゼントしてくれなければ、一歩も動けずに射殺されていたことだろう。
 それでも何とか廊下を歩き、デイパックを受け取った。
 校舎から一歩外へ出ると、一刻も早く兵士たちから離れたいという気持ちが強く働いた。
 学校を出発すると闇雲に走った。誰にも遭いたくないという本能が作動し、道路を避けて森林に飛び込んだ。そして、息切れしたところの大木の下に腰を下ろしたのだった。

 風の音と遠くに梟の鳴き声がする他は静かで人の気配はない。それでも恐ろしく、何度も前後左右を確認しないではいられなかった。以前はる奈に貰ったお守り袋を握りしめながら、ひたすら震えた。
 よく考えれば、自分の直後に出発したはずの
児玉新一(男子11番)とは比較的親しい。多分、自分を殺そうとするようなことはないだろう。待っていて合流した方がずっと心強かったはずだが、今となっては後の祭りだ。
 その程度の冷静な判断もできない自分は、どう考えても助かりそうにはない。理香や雅樹が偶然ここを通りかかる幸運を待つしかないのだろうか。
 奈央は生徒手帳を取り出して、中に忍ばせた写真を取り出した。グループ旅行の時に撮影した雅樹とのツーショット写真だ。周囲を警戒しながらも、見詰めているうちに、またもや涙が溢れ出た。
 雅樹君・・・ 理香・・・ お姉ちゃん・・・
 そっと写真をしまいながら大きく溜息をついた。
 しばらくして、少しだけ落ち着いた奈央はデイパックを開いてみた。説明されたとおりのアイテムの他に金属質の物体が入っていた。取り出してみると、テレビドラマなどで見た事がある拳銃だった。
 それを理解した途端に全身に戦慄が走った。
 あたしは何て恐ろしい物を握っているのだろう。怖い・・・
 思わず拳銃を放り投げてしまった。拳銃はすぐ近くの木の根元に転がった。
 だが、その拳銃を見ているうちに少しずつ心境が変化してきた。身を守るためだけならば持っていてもかまわないような気がしてきた。
 他の人たちも何らかの武器を支給されている。自分だけが持っているわけではない。
 そっと立ち上がり拳銃を拾った。もとの場所に戻って腰を下ろした。
 デイパックから弾丸と説明書を取り出して、震える手で装填した。
 今あたしは人を殺せる物を握っているんだ。怖い。でも、襲われたら使わなきゃいけないかもしれない。で、でも咄嗟の時に使えるんだろうか。1発だけ練習した方がいいのかも。よし、やってみよう。
 体を震わせながらも銃を構え虚空を狙った。
 その時、何かが空を切るような音がしたかと思うと、手に衝撃が来て、拳銃が弾き飛ばされた。
 な、何なの、一体・・・
 思わず立ち上がった。
 と、先程よりももっと大きな音がして背後に何者かの気配を感じた。
 え?
 前後左右には充分注意を払っていた。耳も澄ませていた。なのに、どうしてあたしはこの人の接近に気付かなかったのだろうか。
 振り向く間もなく手で口を塞がれた。同時に耳元で声がした。女子の声だ。
「佐々木さんだったよね。大声を出さないって約束してくれるなら危害は加えないけど」
 この声は誰だろう。しかも、あたしの名前に自信がなさそうだし・・・ で、でもとにかくここは従うしかなさそうだ。
 奈央は頷いて約束の意思表示をした。それに対して、相手はそっと手を離した。
 振り向いた奈央の目前に立っていたのは、数日前に転校してきたばかりの
甲斐琴音(女子5番)だった。
「無闇に銃声なんか轟かせるべきではないわよ。やる気の人に居場所を教えるようなものだわ」
 琴音の優しい口調を聞いても、奈央の心は恐怖に囚われたままだった。
「あの、甲斐さんはあたしを殺すつもりじゃないの?」
 琴音は呆れた表情になって答えた。
「あたしがその気なら、あんたはとっくに死んでるわ。あたしがどこにいたか解ってるの? この木の上にいたのよ。あんたが来るよりもずっと前からね。あんたは四方をよく見ていたけど、上は一回も見なかったわよね」
 背筋が凍りつくような感じだった。琴音は最初から自分の頭上にいたのだ。もし、琴音がやる気ならば自分はカモだったわけだ。
 俯きながら答えるしかなかった。
「甲斐さんの言う通りね。上なんて夢にも思わなかった」
 琴音は視線を逸らしながら言った。
「本当はあんたがあたしに気付かないままで立ち去ってくれるのを待っていたんだけど、銃声を轟かされてはたまらないから、用意しておいた小石を投げつけさせてもらったの。悪く思わないでね」
 奈央は首を振った。琴音に対する恐怖は徐々に薄らいでいた。
「いいのよ、そんなこと。あたしの方こそ、折角隠れていたのに余計なことをしてごめんなさい。それより、甲斐さんはあたしのことを怖くはないの? 今まで話したことないし」
 琴音は一瞬目を丸くした後、プッと噴出しかけてから慌てて口を手で塞いだ。
「笑ってごめんね。でも銃を怖がって放り投げるような人を怖いと思うわけないじゃない」
 あ、そうか。全部上から見られてたんだ。
 ・・・ということは、雅樹君の写真を見ていたことも・・・ 恥ずかしいなぁ。
 思わず赤面した奈央だったが、琴音はそれには全く反応せずに言った。
「あたしは、また樹上に戻るけどあんたも来ない? 樹上は夜のうちなら安全だよ」
「有難いお話だけど、残念ながらあたしは木登りは出来ないの」
 またもや俯いて答えた奈央の肩をポンと叩きながら琴音は言った。
「だったらあたしが上から見守っててあげるから、ここにいるといいわ」
「甲斐さん、有難う」
 感涙しそうになりながら答えると、琴音はとても身軽に樹上に上り、奈央の頭上の太い枝に坐って気配を消した。
 奈央はそっと腰を下ろした。
 見守ってもらえていると思っただけで、奈央の心は先ほどまでよりもずっと軽くなっていた。
 


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