BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


「では女子18番の方、お願いします」
 理香は、美和の言葉と同時に立ち上がった。
 勿論、体内には恐怖が渦を巻いていたけれど、震えているのはなんのメリットにもならないことを今までの経過から理解していたので、どうにか開き直ることができた。
 既に大半が出発した教室はガランとしている。背後に残っているのはわずかに6人だ。
 理香は静かに歩を進め、美和や兵士たちと視線を合わすことも背後を振り向くこともなく扉をくぐった。
 扉の外は当然のように廊下だったが、目の前の壁に一方通行の標識が張ってあって左を指し示していた。今までに出発した生徒の足音が全て左方向に向かっていた訳が納得できた。
 そうすると、右側を見てみたくなるのが人情で、理香も例外ではなかった。
 右の方には照明のついていない教室が並んでいるようで、突き当りの部屋だけが明るく中に何人もの兵士がいるようであった。ここが、兵士たちの溜まり場だろうと推定できた。
 覗いてみたい気持ちもあったが、ひとつ間違えば処刑されかねない行為なので我慢し、素直に左方向へ歩き始めた。
 教室やトイレ、用務員室などがあり、2階への階段もあったがバリケードで封鎖されていた。突き当りがそのまま校舎の出口になっており、手前に2人の兵士が待っていて、そのうちの1人が床に並んだデイパックから1つを掴んで理香に手渡した。理香は無言で受け取ると出口からそっと頭だけを出して左右を見回した。不本意ながら、誰かが自分を殺そうと待ち構えているのではないかという不安を拭えないからだ。深夜だが、月明かりで比較的よく見える。どうやら目前に大木がある他は、普通の校庭のようで鉄棒やジャングルジムが見えていて、先に出発した生徒たちの姿は見えなかった。
 待ち伏せされるのではないかという恐怖から一旦解放された理香は、足を一歩踏み出しかけて思わず引っ込めた。目前の大木は月に照らされて校庭に影を落としている。そして、その影は大木の背後に誰かが潜んでいることを如実に物語っていたのだ。好意的に自分と合流したい者ならば隠れる必要はない。この人物は自分を攻撃するつもりに違いあるまい。
 出来れば出発したくないと思った理香は、ちらりと背後を振り返った。
 2人の兵士は銃を持ち上げかけている。顔付きも真剣だ。
 先刻の鵜飼翔二に対する兵士たちの何のためらいも感じられない銃撃を見る限り、クラスでも有数の可愛さと評価されている理香に対しても恐らく何の容赦もしてくれないと思われる。このまま出発しなければ、確実に頭か胸を撃ちぬかれてしまうだろう。
 兵士の声がした。
「10、9、8・・・」
 秒読みだ。ゼロまで読まれた時、間違いなく死ぬことになりそうだった。
 誰が隠れているのか知らないけど、行くしかない。危険を伴うけど一気に走りぬけよう。
 決意した理香は、足を踏み出してさっと左へ走った。
 しかし、大木の後ろから飛び出した大きな影は素早く理香の進路に立ちふさがった。
 やられた・・・ あたしはここまでなのか・・・
 一瞬観念しかけた理香だったが、相手が自分めがけて突き出した物が銃でもナイフでも拳でもなく唇であることを見て取ると、咄嗟に相手に平手打ちをしながら飛び下がった。
 頬を押さえて立ちすくんだ相手は
百地肇(男子18番)だった。
「何よ、いきなり。気持ち悪い。いい加減にしてよ」
 理香は思わず怒鳴りつけていた。
 肇はねっとりとした視線を理香の全身に注ぎながら言った。
「理香ちゃん、僕はずっと君が好きだった。一緒にいてくれよ。そして一緒に戦おうよ。2人で生き延びる道を探そうよ」
 理香は全身の毛が逆立つのを感じた。
 信じられない! 最悪の告白の仕方ね。あんたと交際するくらいなら、一生恋をしない方がマシだわ。
 と叫びたいところなのだが、この男と会話すること自体がイヤだった。
 結局、無言のまま方向転換をして逃げ始めた。
 水泳部員なので脚力には比較的自信のある理香だったが、肇の足は予想以上に速く、ほどなく校門を出たところで追いつかれて襟首をつかまれてしまった。
 理香と肇の体重差は、どう見ても20kg近くある。このまま倒されて押さえ込まれてしまったら、どうしようもなくなってしまいそうだった。
 この男にファーストキスを奪われてしまうのか・・・ いや、キスだけではすまないかもしれない・・・ 冗談じゃないわよ。
 理香は振り向きざま、肇の向こう脛を力一杯蹴り上げた。肇は苦痛に顔を歪めながらよろめき、理香をつかんでいた手を離した。
「理香ちゃん、どうしてもイヤなのか? 僕じゃダメなのか?」
 それでも、ねちっこい言葉をかけ続ける肇に、全身の皮膚を虫が這い回っているかのような不快感を覚えながらも理香は強い口調で答えた。
「お断りよ。第一、百地君に“ちゃん”付けされる覚えはないわ」
 そして理香は見た。肇の表情が変化していくのを。
 ・・・単に女を求めているだけのようだった目が、獲物を狙うオオカミの目に変化していくのを。
 肇が口を開いた。今までよりずっと低く太い声だった。
「“可愛さ余って憎さ百倍”という言葉を知ってるよなぁ。ここまで僕をコケにした以上は死んでもらうぜ。くたばれ、理香」
 言うが早いか懐から刃物を抜き出して突進してきた。
 しまった。大人しく唇を奪わせておけばよかったかも。命に比べればキスくらいは・・・ でも・・・
 最初の一撃はなんとかかわした。だが、肇は再度攻撃態勢に入った。走っても逃げ切れないのは先刻確認済みだ。どうすればいいのか。
 と、突如目の前の肇が体を左に泳がせてそのままうつぶせに倒れこんだ。倒れた肇の背後から別の影が現れ、持っていた棒状の物を2度ほど肇の背中に振り下ろした。
 形容しがたい悲鳴を残して肇はぐったりと動かなくなった。
 理香は、ホッとしたと同時に新たな恐怖に囚われた。
 現れた人物は、自分を助けに来たのかもしれないが、2人まとめて殺そうとしているのかもしれないからだ。
 一瞬、判断に迷った。相手が自分を殺す気ならば逃げねばならないが、相手が自分を助けたのならば逃げたら失礼に当たるだろう。
 まず、相手が誰なのかを見極めねばならない。月明かりの下、相手の顔をどうにか確認することが出来た。
 どうやら相手は、
盛田守(男子19番)のようだった。確か剣道部員で真面目な男だったはずだが、ほとんど会話したことがないので性格などは把握しきれていない。どう、判断するべきか・・・
 迷っているうちに、守のほうから声をかけてきた。
「細久保さん、早く逃げて」
 え? 逃げろですって?
 自分を殺すつもりならば、逃げろとは言わないだろう。わざと逃げさせてから追いかけて料理するというような悪趣味な発想をしていない限りは。
 だとすれば、守も生存方法の相談をする仲間に出来るかもしれない。といっても、あっさり肇を殺した人物を信用してもいいのか・・・
 思わず口走っていた。
「盛田君、百地君は死んだの?」
 守は首を左右に振って答えた。
「いや、気絶してるだけだよ。殺人はしたくないが、女の子を襲う奴は許せないからね」
 そうか、やはりあたしを助けてくれたのね。しかも相手を殺すこともなく。
 理香は頭を下げながら言った。
「助けてくれて有難う。もしよかったら一緒に行動して生き延びる方法を考えて見ない?」
 守は、再度首を振った。
「いや、遠慮しておくよ。それよりも、こいつが目を覚まさないうちに早く逃げた方がいいよ」
 理香は少し考えたが、やはりこの暗闇の中、1人でいるよりも誰か信頼できる者と一緒の方が心強いと判断した。
 守に近づきながら言った。
「そんなこと言わないで一緒に行こうよ。2人の方が安心できるし」
 守は半歩後退した。少し頬を赤らめているのが判る。
「いや、その申し出はうれしいけど、俺は女の子と一緒にいるのが苦手なんだ。妙に緊張するし、その・・・」
 少し声が上ずっている。かなりシャイなようだ。
 理香は微笑みながら手を差し出したが、守はますますもじもじした態度になって手を引っ込めた。
 と、そこへ背後から声がかかった。
「そこにいるのは理香だよね」
 思わず振り返った理香の目に映ったのは、守の次に出発したはずの
水窪恵梨(女子19番)の姿だった。
 理香にとっての恵梨は、比較的親しい相手だった。性格もおとなしく、危険な相手には思えない。
「あら、恵梨。よかったら一緒に行動しない?」
 理香の言葉に対して、恵梨は答えた。
「望むところよ」
 ところが、理香に近づいた恵梨は倒れている肇を見つけたらしく、足を止めた。
「ちょっと、何なのよ。盛田君が殺したの? それとも、まさか理香が・・・」
 とんでもない誤解だ。理香は慌てて事情を説明した。
 恵梨は肇の首に触れて、生きていることを確認しながら言った。
「解ったわ。とにかく、ここから早く逃げましょうよ。矢島君が来たら怖いでしょ」
 ハッと我に返った。恵梨の次に出てくるのは
矢島雄三(男子20番)だ。雄三は既に三条桃香に対して殺意を表明している。自分たちに殺意を抱く可能性も充分にありそうで、出来れば遭いたくはない。
「急ぎましょう。盛田君も早く」
 理香が声をかけたが、守はしり込みした。苦手な女の子が2人になってはとても耐えられないのだろうか。
「ゴメン!」
 と叫ぶなり、守は踵を返して走り去ってしまった。
「何よ、アレ」
 呆気に取られている恵梨の手を引いて、理香は守とは別の方向へ駆け出した。
 2人を見下ろす夜空には、幾千もの星が美しく瞬いていた。
 


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