BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


第2部

序盤戦

 理香は、先頭に指名された芦萱裕也(男子1番)を見詰めた。
 小心者の裕也は、兵士に銃を突きつけられて、体を小刻みに震わせながら出て行った。
 印藤少佐の大声が聞こえた。
「元気が無さ過ぎるぞ。若いのだから、もっと威勢良くするんだ」
 遊びに行くのなら元気も出ますけど、ほとんど死出の旅路なのに元気で行けるわけないじゃない。
 誰にも聞こえないほどの小声で、理香は悪態をついた。
 一方、担当官の鳥本美和は黙って時計を見詰めている。新米だけあって、全く余裕がないようだ。
「はい、時間です。次、女子1番の方、お願いします」
 2分が過ぎたらしく、
石川綾(女子1番)が呼ばれた。美和の視線はそのまま時計に注がれている。なかなか出発しない生徒を脅すのは兵士に任せているのだろう。
 綾はゆっくりと立ち上がるとおぼつかない足取りで進み始めた。
 しっかりものの綾だが、流石にこの状況ではやむを得ないだろうと理香は思った。
 ふらふらと教壇の傍まで来た綾は、足を滑らせたのか急に前につんのめるように倒れ、美和にぶつかって押し倒してしまった。
 印藤と兵士たちが素早く銃を構えた。
 あ、綾が殺される・・・
 理香は俯いて両手で顔を覆った。しかし、聞こえてきたのは銃声ではなく、綾の声だった。
 恐る恐る顔を上げてみると、立ち上がった美和の前に綾が跪いて深く頭を下げている。
「担当官様、申し訳ありません。恐怖のあまり眩暈がして・・・ どうか、どうかご無礼の程お許しください」
 美和はにこやかに答えた。
「いいのよ、そんなこと。貴女たちが怖いのは当然のことですし、時計に気を取られてよけられなかった私も悪いんです。気にしないで出発して下さいね」
 綾は立ち上がると、ホッとした表情に変わりながらも丁寧に言った。
「お許しくださって有難う御座います」
 言い終えると、先程よりは少し元気な足取りで出て行った。
 綾の出発に手間取ったため、
阿知波幸太(男子2番)の出番は早かった。
 呼ばれた幸太は進み出ると、美和ではなく印藤に向かって言い放った。
「俺は、そう簡単には死なないからな!」
 そして、印藤の返事も待たずに扉をくぐった。
 後姿を見送った印藤が、生徒たちを振り返って言った。
「他の連中も、今の阿知波のように気合を入れて出発してくれよ。ただし、今後は担当官を無視しないようにな」
 担当官より威張っているのはあんたじゃないのかしら。
 と、理香は突っ込みたい気持ちになっていた。
 再び生徒にぶつかられるのを避けるためか、教壇から少し離れていた美和が言った。
「時間です。女子2番の方、お願いします」
 
伊那あかね(女子2番)は、比較的元気に立ち上がると落ち着いた足取りで出発した。教室の出口で振り返り、今山奈緒美(女子3番)に目で合図を送ったように見えた。
 よく考えれば、2人の間で出発するはずの鵜飼翔二は既に火葬場行きの予約済みだ。親友の2人は続けて出発できる。恐らく校門のそばで落ち合うつもりだろう。
 あかねとしても、奈緒美との合流が半ば約束されていたのでどうにか落ち着いていられるのだろうと理香は思った。
 続いて呼ばれた奈緒美も、平然とした態度で出て行った。出際に、
大河内雅樹(男子5番)や理香に目配せをした。奈緒美と合流するのに、理香は番号が離れすぎているし、雅樹との間にも不良の宇佐美功(男子4番)が入っているので、この目配せは“必ず生きて会おうね”という意味だと思われた。無論、理香はしっかりと頷き返した。雅樹も同様だっただろう。
 数分が過ぎて雅樹の番が来た。
 雅樹は、理香のほか、
芝池匠(男子12番)大場康洋(男子6番)佐々木奈央(女子10番)などの数人とアイコンタクトを取ろうとして、兵士に見咎められ、慌てて扉をくぐった。
 その後姿を見ながら理香は、雅樹と再会できることを強く念じた。
 それからも、生徒たちは順番に出発していった。
 ある者は堂々と、ある者は震えながら、そしてある者は足がすくんで動けずに銃を突きつけられながら出て行った。
 そして、奈央の番になった。奈央は、泣き顔でゆっくりと立ち上がった。頬を涙が伝っているのが理香の席からもよく見える。このままでは奈央は、出発できずに射殺されかねない状況だった。
 奈央が、理香の方にうつろな視線を向けた。
 理香は精一杯の笑顔と、小さなピースサインをした。無論、自分だって精神状態に余裕があるわけではない。でも、少しでも奈央を元気付けるための演技だった。
 奈央は小さく頷くと、ゆっくりと歩き出した。そしてそのまま、力ない足取りで姿を消した。
 何とか奈央を守りたいと思う理香だったが、番号が離れているのが何とも痛かった。合流するのは容易ではないだろう。
 でも、絶対に絶対に生きて会おうね、奈央。一緒に助かる方法を考えようね。
 理香は誓いを新たにした。
 
児玉新一(男子11番)に続いて三条桃香(女子11番)が呼ばれた。
 桃香は、美和や印藤に軽く会釈をしながらクラスメートを振り返ることもなく堂々と出て行こうとした。
 印藤が声をかけた。
「桃香様、期待しております」
 足を止めた桃香は印藤の顔を見ずに答えた。
「私は、自分の正しいと信じた道を進むだけ。貴方のために戦う気はありませんので、あしからず」
 そして、眉を顰めた印藤を尻目に素早く扉の向こうに消えていった。
 その後も生徒の出発は続いた。
 
蜂須賀篤(男子14番)は、美和にも兵士にもクラスメートにも一瞥もせず足早に出て行った。
 全く何を考えているのか判らない男だ。
 また、ただ一人学ランを着ている
藤内賢一(男子16番)は出口で回れ右をすると、美和に向かって言葉を放った。
「貴重な勉強時間を無駄にされた借りは、必ず返させてもらうからな」
「どのようにして返してくださるのか、楽しみにさせてもらうわね」
 という美和の返事は聞かないで、賢一は姿を消した。
 今までに出発したうちの誰かが、本当にクラスメートに対する殺戮を始めるのだろうか。
 そんなことはありえないと思いたかったが、既に桃香は宣言をしていたし、他にも目つきの怪しい者もいた。
 今の所、外から銃声や悲鳴は聞こえてはいないが、何も起こっていないとは限らない。
 このように疑心暗鬼にさせることが政府の狙いであることは理解しているのだが・・・
 いろいろ考えているうちに、どんどん時間は過ぎていった。
 そして数分後、遂に理香の出発の時が訪れた。


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